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異世界古書店の片隅で  作者: つむぎ舞
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新たなる出発

 剣聖道場で二年の修行を終えた俺とトオル、そして俺達より一年多い正規の三年の修練を終えた兄弟子達は剣聖アオイと武人カイエンとの真剣での立ち合いが行われると師範代より聞き及び、大慌てで剣聖アオイの屋敷のある丘を目指した。

 普段は門下生の立ち入りの禁じられているこの場所、初めて見る当代の剣聖アオイは俺の目から見てもまだ年若い華奢な体つきの女性だった。


『剣聖』とは本当にそれ程に強いのか?

 俺やトオルだけでなく、兄弟子である門下生達全員が、語り継がれる『剣聖』の逸話に憧れはしたが実際にそれをこの目で見たわけでは無い。

 小三国では剣聖道場で一級と認められれば国の騎士団長も夢ではないと言われている。そしてこの道場で学んだ門弟達の約半数は一級を取得してこの里を去る。

 その厳しい毎日の修行を得ての一級昇格者は自他共に認めるべき腕の立つ者達、そして俺とトオルもその一人に数えられている。

 そんな俺が感じるのは実際に下級吸血鬼と戦った過去の体験。一級の今なら下級吸血鬼を倒す事は出来るかもしれない。では上級吸血鬼は? Aランク冒険者のデイドラさんに勝てるか? そう問われると正直自信が無い。人間には限界があるのだ。人を超える人外と相対するのには限界があるのだと。そう思えてならない。

 剣聖アオイが倒したという吸血鬼騎士はバンパイアロードを凌ぐ存在なのだという。上位吸血鬼を遙かに凌ぐそれらを人の身で倒し得たという事が実際俺には信じられなかった。

 

 剣聖アオイと対峙するのは武人カイエンを名乗る男。

 彼は過去の剣聖達の技を剣聖アオイより受け継ぎ『剣聖を導く者』の称号を与えられたと聞く。そんな彼を間近に見る印象は温もりを一切感じない生気無き存在。

 人間よりも吸血鬼の様な存在に近い印象を受けた。


 門下生達が集合する中、俺とトオル、オリビアとイーサンの同室四人組は一塊になって目の前の剣聖アオイと武人カイエン二人の立ち合いを固唾を呑んで見守る。

 剣聖アオイはスラリと刀を抜くと構えというよりもダランとした自然体で立ち、対するカイエンは居合い抜きの様な姿勢で腰を落としてじっと彼女を見つめている。

 俺達が取る剣先が触れるか触れないかの間合いとは違い、二人の距離はその何倍も遠く離れている。二人の表情を見るにそれ以下は既に必殺の間合いだという事なのだろう。

 俺の、いや、俺達の目には剣聖アオイの体がゆらりとブレた様に見えたが、アオイの姿はすでにそこには無くその剣は刀を抜ききる前の武人カイエンの腹に深々と突き刺さっていた。

 何が起きた?

 門下生の誰もがそう思ったのに違いない。


『剣技 烈華れっか三型 明鏡止水めいきょうしすい


 剣聖アオイが自身の剣技の名を声にして呟く。俺達には何が起こったのか目で追うことは出来なかったが、それでも驚愕の一手であったのには違いなく「おお」と周囲からは感嘆の溜息が漏れている。

 武人カイエンの腹を蹴って刀を引き抜き再び距離を取る二人。腹を貫かれたカイエンは平然として構え、その傷口はシュウシュウと煙の様なものを噴き上げてすぐに塞がってしまった。

「再生能力、人間じゃないのか」

 俺のその言葉は門下生達の声に掻き消される。

 剣聖アオイが武人カイエンを挑発し、そのカイエンが二刀に持ち構えると地面を抉りながら地の石や砂を飛ばしながら、同時に無数の剣風の刃をアオイに向けて放ち続けたのである。

 それを回転して避け躱し、刀で弾き返しながら強引に進んで行く剣聖アオイ。

 ここにいる門下生全員でカイエンに飛びかかったとしても、その技の前に全員が骸を晒しているであろう攻撃を、剣聖アオイは激しい動きで弾き返していく。


『我流 無道蜿蜒むどうえんえん


 接近してくるアオイに対してカイエンの太刀筋が変わる。まるで双刀の剣が二匹の蛇の如くうねり剣聖アオイの激しい剣を押し返し弾き飛ばしたのだ。宙を飛んで再び距離を取る剣聖アオイ。

 すでにこの時点で目の前の戦いが人対人のレベルを超えた超常的なものであると俺やトオルを含めた門下生全員が理解する。

 二刀を目にも止まらぬ速さで振り回すカイエンの技、彼が声にした「四角なし」の言葉通り、俺達ではそれを打ち破る術が無い。それに剣聖アオイはどう対するのかに注目が集まる。

 剣聖アオイは当初の自然体に構えに立ち戻り、そのカイエンの刃の中へとゆらりと歩を進めていく。武人カイエンの剣の中を剣聖アオイはそのまますり抜けた様に俺達には見えた。

 両者が位置を変え、カイエンの動きがそこでピタリと止まる。

 彼の片腕が宙を舞って地に落ち、同時に彼の脇腹は大きく斬り裂かれてパックリと開いていた。カイエンの剣を打ち破った剣聖アオイは「我が剣技完成に至り」の言葉を残してその場に座り込んで項垂れる。

 門弟達は武人カイエンが落ちた腕を拾い上げそれを接合し、斬り裂かれた傷が再生修復していく姿を見て彼が人では無いことにようやく気付いて顔を青ざめさせている。

 武人カイエンが何者であるのか? 等は今はどうでもいい。

 剣聖アオイという人物は人の身のまま人ならざる存在であるカイエンを打ち破ったのである。これは驚愕に値する出来事だった。

 トオル、オリビア、イーサンの三人は今の出来事に目を輝かせて感動し、剣聖アオイという人物のすごさに今更ながら感銘を受けていた。

 オリビアが興奮して俺に顔を近づけて言う。

「人の可能性というのは凄いなリュウセイ。私ももっと修行していけばあの域に近づけるという事だよな」

「そうなんだろうな。一級の俺達でもまだまだ未熟だという事を思い知らされた感じだ」


 師範代の解散の号令で丘から追い払われた俺達、兄弟子達も皆興奮冷めやらぬといった感じで宿舎に戻り、その数日後はそれぞれの故郷へと皆旅立っていく。


「私はリーン王国、イーサンはファータル王国に戻るが、リュウセイとトオル、行く当てが無いのならば是非とも我が国に立ち寄ってくれたまえ。その時には歓待するしミヤコだったか、その探し人についても協力出来ると思う」

「そうだな。ファータル王国の方で情報収集した後にでも立ち寄らせて貰うよ」 


 イーサンは相変わらず無口で殆ど会話が無いが、その表情から俺達との別れを惜しんでくれているのは伝わる。先に帰郷する二人を俺とトオルとで見送った。


「皆行っちゃいましたね。リュセイさん」

「ああ、俺達も最後のポーションの納品を終えたら出発だぞトオル」

「厳しかったけれど、この二年なんか楽しかったですよねえ」

「そうか? 兄弟子の嫌がらせに怒り狂ってばっかりだった気もしたがな」

「兄弟子っていってもイキリ散らかした貴族のガキンチョ。かわいいイタズラでしたよ。まあ実の所、リュウセイさんが笑って我慢していたから俺も耐えれたんですけれどね」


          *          *


 オリビアとイーサンに遅れて三日後、一級取得者に送られる家紋入りの刀一振りを手に俺とトオルも剣聖の里を後にした。

 俺が貰ったのは刀でそれを背負っているが、腰には剣を履いているし、その上からリュックを担ぎ肩掛けカバンなども携帯しているので背の刀は目立たない。

 トオルは刀ではなく少し短めの脇差しの様な刀を貰い、それを左の腰に差すのではなく紐でダランと垂らして左足に沿って立てた形で携帯している。軍用サーベル的な携帯の仕方だ。

 俺達がまず向かうのはやはり小三国の入口となるファータル王国。強盗殺人で手配されているフェムトの街は二年経った今でも危険があるので、直接北の王都を目指すことにした。

 ファータル王国内では俺は義手は外して片腕で、トオルは眼帯を着けて槍を持たないスタイルで移動する。

 既に旅の路銀は枯渇しているので立ち寄った村で数日過ごして薬草採集とポーション作成を行って僅かばかりの資金を得ながらの旅路、俺達の持つ剣聖道場の卒業の証しである刀剣は冒険者カードよりも強力な身分証となって訪れる村々では好意的に受け入れられた。

 時にはその腕を見込まれて魔物討伐の依頼をこなし、村の若い娘の婿にどうか等と話を持ちかけられる。あまりの好待遇にこちらが恐縮してしまうこともしばしばだった。

 ファータル王国の王都ヘリソンに到着する頃には路銀もそこそこ貯まり、数日の滞在が可能となった。

 俺達がまずするのはミヤコがこの二年の内に神聖タミナスからこちら側に来ていないかを確認すること。冒険者ギルドにはぐれた仲間の捜索という体で訪ねてみたが、ミヤコという冒険者の活動実績は確認できなかった。

 二年間の活動実績が無い俺達についてもギルドから懲罰対象になり得ると問われたが、剣聖道場に入門していたからだと告げ、その証しである家紋入りの刀を見せると、例外として懲罰は不問とすると言われて助かった。まあ、懲罰といってもドブさらいらしいので、牢に繋がれたりする訳じゃ無い。

 王都ヘリソンからは兄弟子イーサンの領地も近いが、彼から特に招かれてもいないので立ち寄るのは図々しいのではという事になり、俺達は次の目的地であるリーン王国へと旅立つ為の路銀集めのためにしばらくここに滞在して冒険者ギルドの依頼をこなす事にした。

 トオルは討伐、俺は薬草採集とポーションの売り込み、だがそんな日々を送っていた俺達の耳に信じられないような訃報が飛び込んできた。

 剣聖アオイ没す。彼女の凶報は瞬く間に各地に広がり人々は剣聖の死を惜しんだ。


 冒険者ギルドの併設酒場で俺とトオルもエールを酌み交わし、殆ど顔を合せる事も無かった彼女のおかげで俺達はあの里に受け入れられて今がある。その事に感謝しつつ彼女の死を互いに悼んだのだった。

 

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