はぐれ者四人
「とりあえずここで出会ったのも何かの縁、まずは自己紹介からいこうじゃないですか」
ゴミ収集作業員の若い男性が陽気な声で提案してくる。確かにこれから行動を共にすることになるであろう者達、互いの事を少しは知っておく必要もあるだろう。
「そうだな、ではこのはぐれ組の言い出しっぺの俺から自己紹介させて貰う事にするよ。俺の名前は星崎流一三十五歳独身、しがないサラリーマンだよ」
「やっぱりおっさんじゃん」
「おっさん、おっさん言うな女子高生」
「べ~だ」
「じゃあ呼び名は星崎さんでいいですかね」
「いや、神官連中が俺達を鑑定する時に細かく情報を書込んでいたからこの貰った身分証は後々破棄するつもりだ。実名はこの世界では名乗らない。リュウセイ、俺のことはリュウセイと呼んでくれ」
「いいですね。俺も実名名乗るの止めようっと。ああ、次は俺の番ね。俺の名前は山谷道綱二十四歳独身っすね。見ての通りゴミ収集作業員です。今後はトオルと呼んでください」
「僕は柳井斗眞十八歳高校三年生です。今年の春卒業予定でした。トウマと呼んでください」
「私はね~、長山宮子だよ~。十七歳高校二年生、柳井先輩の彼女候補で~す。おっさん達ミヤコって呼ぶことを許す」
「ちょっと、長山君」
「先輩もちゃんとミヤコって呼んでくださいね」
「ああ、長やま…、いやミヤコ」
「ん~いい。先輩の呼び捨て、いい!」
「二人ともおふざけはその位にしてまずは俺の話を聞いてもらおうか。俺がなぜここから出ようとしているのかをな」
俺の顔から笑顔が消えたのを感じ取って三人の表情が硬くなる。トウマが部屋の扉を開け外に誰も居ないことを確認する。この部屋には窓は無いので注意するのはそこぐらいでいいだろう。
「奴らが言葉にした情報を整理すると、この正教会は何かと戦おうとしていてその為に俺達を召喚した。勇者の力を求めてな。だからこのままここに残ればその戦いに強制的に参加させられてしまう。そうなれば戦い方を知らない俺達はすぐにあの世行きだ。だからまずはここから離れ、自分の持つ力が何かを探ると同時にこの世界の事を知らなければならないと思っている」
「持つ力ってリュウセイさんは言うけれど、俺達は無能じゃなかったんですか?」
「トオル、俺達は今この世界の言葉を話している。それに…」
俺は壁の棚に置いてある本を一冊取り出して開いてみせる。正教会の教義について書かれた本みたいだが、書いてある文章を読むことが出来る。
「これ、異世界の文字読めるだろ」
「読めますね。語学と文字が分かるって不思議ですね」
「そうなんだ。既に俺達はその二つを召喚によって手にしている。でもそれはあの水晶球には現れなかった。ならば他にも彼等の言うスキルの様なもの、この世界には存在しないスキルを俺達は持っているのかもしれない。それを見つけ出すのがまず第一だと思う」
「そっかあ、無能って言われて落ち込んだけれど、何か希望が見えて来たあ~」
「おじさん、でもここから離れたら私達元の世界に帰れなくなるんじゃない?」
「その事だがな…」
「リュウセイさん、その話は今はちょっと…」
俺が説明しようとするのをトウマが止めた。彼もこの件には気付いているようで、その話をミヤコには聞かせたくないみたいだ。
だがいずれ知ることになるのなら、今知っておいた方がいい。そうしないとこれから何度もその話で議論になるからだ。
俺はトウマに首を振ってその提案を否定し、ミヤコに辛い現実を突きつける。
「俺達は元の世界には帰れない。法王は俺達に嘘をついている」
「帰れない? なんでよ。なんでなのよ!」
声を上げたミヤコの口をトウマが慌てて押える。トオルが部屋の扉を開けて廊下に誰も居ないことを再度確認する。
「静かにしろミヤコ。俺達がその事に気付いたと知れると拘束されたり監視が付くかも知れない。そうなると今後自由な行動は一切出来なくなる」
「リュセイさん、そう思う根拠を教えてくださいよ」
「ああ、俺達が召喚された時に外へと多くの人達が運び出されていただろう。自力で動けない者が殆どだったが中には死んでいた者も多くいたように感じた。
それはつまり、異世界召喚の儀式っていうのはそれだけの犠牲を払う行為だったという事、帰る儀式があると仮定しても、彼等が俺達無能の為にその犠牲を再び払ってくれると思うか?」
「ありえないですね。じゃあ奴らに協力して目的を果たした後、俺達はどうなるんですかね?」
「この世界に放り出す。いや、勇者の様な力を持つ者の反抗を恐れるなら毒殺でもして葬るだろうな。その方が手っ取り早い」
「殺すなんてそんな…。この世界でも法律が、殺人を禁止するぐらいの法律はあるはずでしょう」
「そんなもの権力の前には無意味だよ。ここが剣と魔法の世界、ナーロッパ的世界って言うならこの正教会の法王てのは最高権力者の一人、彼が殺せと言えば法律なんか無視だし、殺したという証拠なんていくらでも隠蔽できる」
「帰れないばかりじゃなく、俺達殺されるんですか?」
「今の所は奴らも光の戦士ハラグチを取り込みたいから大人しくしてるが、無用となればいつ牙を剥くか分からんからな」
「それ他の皆にも知らせないと」
「だめだミヤコ、頼むからこれ以上大声で騒ぐな。この事は本来俺の胸の中だけにしまって出て行こうと思ったが、お前達が付いて来た。俺が動きやすくなる為にこの事を話しただけだが、大勢に漏れると奴らに感づかれる。
それに一番危ないのは俺達でここに残る人達じゃ無い。ハラグチが庇護している限り残りの者は安全だろうし、残った人の半分は六十歳越えの高齢者、この世界でもそれは変わらない。四十代のおっさん達は微妙だが奴らだってそんな者達を戦いの前線に立たせたりはしないだろうさ」
「なるほど、理解できました。それで俺達はどうするんです?」
「それをこれから決める。ある程度方針は固めているが、お前達の意見が聞きたい」
俺の言葉に賛同するトオルとトウマ、だがミヤコだけはフラフラと部屋の隅の方へと歩いて行き、その場に崩れ伏せってしまった。
「ミヤコ?」
「ほっといて下さい。帰れない…、私もう帰れないの。嫌だよ…うう」
ミヤコの反応は普通だ。今の状況を落ち着いて話している俺達の方が実の所は異常なんだ。異世界召喚ですか…そうですか、なんて簡単に受け入れるって本来はあり得ないんだよ。
実の所俺だって叫び出したい、泣き崩れたい。何で俺がこんな目になんて喚き散らしたい。その気持ちを押し止めているのは他の三人の存在があるからだ。
この中で一番年長者の俺が取り乱せばこのグループは崩壊する。だから俺は見栄を張っている部分もある。でも全てはこの非現実的な今を確実に生き残るためだ。
いつ敵となるかもしれぬ者達の本拠地にいる今、まだ気を抜くわけにはいかないんだ。おそらくトオルとトウマの二人も「生き残る」という一点に関しては俺と同意見のはずだ。
「それじゃあ俺の立てたプランを話すぞ…」
* *
翌朝、日の出と共に俺達は正教会の建物から追い出された。俺達個人の持ち物は結局何一つ返して貰えなかった。カバンも携帯も全て奴らに押収されたままだ。
振り返るとそこには見た事も無い荘厳な巨大建築物があった。山半分を切り取り、断崖絶壁を背にするような形で建つ正教会総本山セリムテンプル。
「やっぱり異世界なんですねえ」
なんてトオルが言う。
今更ながらに俺達全員、総本山の建物だけでなく周囲の景色や行き交う人々の姿を見て改めてそう感じた。日本とは異なる異国の景色、物珍しさばかりに目を奪われてちゃいけない。すぐに行動に移さないと。
「まずは情報収集、この国の事、主要な街の場所等を入手しながら、必要な物をいくつか揃えていこう。目標は出来るだけ早くここを離れて新しい身分証を手に入れることだ。まずは拠点となる宿の確保からだな」
ここの町は宗教系の総本山の門前町ということだが、それにしては寂れた感がある。行き交う人々の顔も暗いし、何かどんよりと沈んだ印象を受ける。
気になったのは人々が俺達に向ける視線、何というか俺達は人目を引く。
それもそのはず、俺はスーツ姿だしトオルは青い作業員服、トウマとミヤコは学生服とセーラー服という明らかに場違いな服装をしているからだ。
多くは店じまいして今では二軒だけ残っているという宿の一軒を俺達はまず訪ねた。
「一泊一部屋銀貨一枚、朝と夕の食事付なら更に銀貨一枚、前払いだよ」
まるで不審者を見る様な無愛想な女将の対応。
経費削減とばかりに四人一部屋にしようとしたらミヤコが異議を唱えた。
確かに女性に対する配慮が欠けていたかと反省し、二部屋を借り、男三人女一人という部屋割りでまずは腰を落ち着かせる。
ただ各部屋にはベッドが二つしかないので、俺達の誰か一人は床で寝ることになりそうだ。ベッドも床も大して変わらない寝心地みたいだが…。
「もう無理、我慢できない」
そう叫んで部屋に戻って来たのはミヤコ。彼女はそう言うとすぐにまた部屋を飛び出し一階へと駆け下り、宿の女将さんに何やら叫んでいた。
揉め事か? なんて様子を見に行った俺達の目の前で、デッキブラシ抱えてトイレ掃除をやっているミヤコの姿があった。
この宿は風呂無し(湯は別料金で桶に入れてもらう:有料)でトイレは共同。その共同トイレのあまりの汚さに耐えきれずミヤコが掃除を買って出たのである。
田舎にある昔ながらのぼっちゃん式トイレ。便器すら無くて床に穴が開いているだけのものなので、温水洗浄便座に慣れた俺達日本人にはかなり精神的苦痛な空間になっている。
尻拭きも大きな葉っぱが何枚か置いてあるのでそれでしろって事だろう。エコといえばエコだがなあ…。
ただ、このミヤコの行動は宿の女将さんに好印象を与えた様で、当初無愛想な対応だった彼女が色々と気さくに話してくれる様になった。
とりあえず昨日から何も口に入れていないので今日の分は別料金で朝食を頼んだが、この一食だけはサービスしてくれるという。
「本当はね、宿代と食事込みで銀貨一枚でやってたんだけどね。アンデッド災害で帝国がこんなことになっちゃてね。巡礼者は激減して宿の多くも潰れたし、食料不足もまだ解消されていないのさ。食事もこんな物しか出せなくてね。まったく困ったもんだよ」
そう女将が俺達に愚痴る。
「俺達は冒険者登録をしようと考えてるんですが、冒険者ギルドはどこの町にありますか?」
「おや、その年で冒険者かい。まあ帝国があんなことになって職にあぶれた者も多いし仕方ないか。すぐに稼ぐなら壁建設の作業員だろうけれど、そんな職じゃ先行き不安だしね。それにしても、その年で冒険者ねえ~」
女将の目が俺だけに集中攻撃を与えているが、ここは我慢。俺だってこのナーロッパ世界で齢三十五にして冒険者始めるなんて結構無謀では? と内心考えてはいるんだ。
「冒険者ギルドはタミナスの街までいかないと無いかもしれないよ。ここからだと西に馬車で七日の距離だね」
「馬車で七日ですか、じゃあその間の食料を用意しないとな」
「携帯食なら家で用意してあげるよ。一食当たり銀貨一枚になるけれど、六日分を買わなくても三日分を食い延ばすって手もあるよ」
「そうですか、ではそれでお願いします」
「黒パンと干し肉と塩だね。香草はその辺で摘めるからサービスにしとくよ」
「ありがとうございます」
「ただ、夜の移動には気を付けなよ。正教会の騎士団が動いてはいるけれど、領内は吸血鬼被害が多発しているからね」
「はい、気を付けます」
アンデッド災害に吸血鬼被害、不吉なワードが次々と…。これについても知っておいた方がよさそうだな。あからさまに聞くのは余所者感が出るので、会話の隅に混ぜて聞き出すのがいいだろうか。
「あ~良い匂い。お腹すいた~」
掃除を終えてスッキリした顔のミヤコがやって来る。本人は気付いていないが結構匂うぞお前…。
運ばれてきた朝食、女将が奮発してくれたようで美味しそうだ。
ともかくまずは腹ごしらえ、全てはそれからにしよう。