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異世界古書店の片隅で  作者: つむぎ舞
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剣聖道場

 剣聖道場の朝は早い。

 日の出を知らせる朝の鐘が鳴ると同時に起床して身なりを整え、まずは道場や寄宿舎周りの清掃に入る。門下生は剣の一から三の修行等級でその序列が分けられ、俺とトオルは一年遅れの新人という事で最低の三等級であり、清掃場所も皆が嫌うトイレや落ち葉などが大量に積もる街路を担当する。

 一等級になれば神聖なる道場内の掃除を任され、武具の手入れなども行わせて貰える様になる。

 驚くべき事に、中世封建社会制度が定着しているこの世界にも関わらず、剣聖の里に於いて門下生間の等級による格差以外は存在しない。

 種族、出自、性別、年齢、そういったものによる偏見や差別思想はその全てが除外され、ただ一心に剣の道のみを追求する事が求められるのだ。

 門下生は全員が丸刈りで、半年に一度伸びてきた髪を切らねばならない。これは根性の座っていない貴族子息が鍛錬から逃げ出し里を下りてもすぐに街や村で発見できる様にとの処置らしく、断髪に不満があるならば剣で師範代を叩きのめして分からせるという方法が許可されている。

 等級による格差も丸刈りにも俺とトオルに不満は無かった。

 すぐ側のファータル王国では俺達の手配所が出回っていて、人相書きとかけ離れた姿になるのは都合が良かったからだ。まだ冒険者としての活動もしていなかったので、名も冒険者である事もバレてはいないらしく、人相風体さえごまかせれば知らぬ存ぜぬでやり過ごせそうな感じだ。

 いくつか愚痴を言わせて貰えるならば、門下生達の年齢がほぼ十代と若く、二十代のトオルでさえ浮いて見える中で、三十半ばの俺は殆どキワモノ扱いに見られている事と、貴族子息達はどいつもこいつも皆美形揃いで平たい顔族の俺達は、何というかビジュアル面で圧倒されている。


 朝の掃除が終われば朝食となる。

「リュウセイにトオル、これは何だ。ゴミがまだ落ちていたぞ」

 そんな兄弟子の嫌がらせも日常茶飯事。性根の悪い貴族の子息の中には、不満の捌け口を弱者に当たる事で解消しようとする者が必ずいるものだ。

 慌ててトイレに行ってみれば、何処かで集めて来たゴミをトイレにこれでもかと捨てていった奴がいやがる。

 そう、そんな日の俺とトオルは朝飯抜きで掃除を続ける事になる。

「あいつらいつかギタギタにしてやりますよ。リュウセイさん」

「ああ、一年後の等級試験でぶち抜いてやるさ」

 何度も死線をくぐり抜けてきた俺達はその程度の理不尽さは『命に危険の無い小事』と鼻で笑って過ごせるが、湧き上がる「腹減った」「あのクソガキ共が」という感情は別物だ。だからそんな出来事を修行に励む活力にしている。


 午前九時頃を告げる中一の鐘は修行の始まりで、まずはこの広大な里の外周を全員でひとっ走りする。舗装もされていない凸凹道に丘の上り下り、小川を渡ったりもするので体感十五キロメートルぐらいの距離なのだろうがかなりハードだ。

 戻って来た者から剣の練習に入り、午前中はみっちり様々な型の稽古を行う。早く帰れればその分多くの型を学べるとあって門下生達は里一周ランニングで全く手を抜かないどころか、死ぬ気で走っている。

 冒険者稼業で随分鍛えたつもりではいたが、道に不慣れな事もありいつも俺とトオルとで最下位争いを繰り広げている。若さと一年の差は結構大きいと自覚した。

 俺は里では普段義手の籠手を外しているので片腕での剣の稽古になる。トオルも普段は槍を使うがまずは剣を習熟し、その延長線として槍を修めると上達が早いと師範代に言われて今は剣を振っている。


師範代「鎌首を持ち上げる蛇」

門下生「はあっ」

師範代「水面を走る蛇」

門下生「てやっ」


 中国の少林寺の拳法の修行僧の様に並び、師範代の掛け声と共にその型の流れを実践する。その技目が動物を模した象徴的な言葉で表現されており、『鎌首を持ち上げる蛇』は突き攻撃をとぐろを巻く様な円で巻き取りそのまま頭上へと跳ね上げる技、『水面を走る蛇』はそれに続く連続技で、左手で相手の腕を払いながら跳ね上げた腕を後ろから回し胸の位置まで素早く戻し逆撃の突きを放つ技である。

 先代の剣聖は龍や虎を技名に用いるのを好んだそうで、『龍聖烈破』『猛虎双牙斬』『七龍死天』等の荒々しい名が多かったらしいのだが、当代の剣聖アオイはこれまでの剣聖達が門下生用にと考案した初歩型をより分かりやすい名称で統合して今の形に直したのだそうだ。

 門下生達は「先代剣聖達の技名は格好いいが名が似たり寄ったりで覚えにくい」と不評で、剣聖アオイの俺的に首を傾げそうな技名の方が「動きに連動していて記憶に残りやすい」と好評らしい。

 習熟すれば全ての強撃を受け流せるという防御技、「猫獣人のしなやかさで硬い鱗をかき乱す」というイメージで剣聖アオイが名付けた冗談みたいな技『猫破乱鱗にゃんぱらりん』。

 これを門下生である俺達が外で披露する際には「アオイ流『猫破乱鱗』」と叫ぶ事になるのはどうなんだ?


 正午を告げる昼の鐘で畑仕事に勤しむ村人達が俺達用にも用意してくれたおむすびを数個頂いて昼食を摂る。米がある事に驚いたが、里では主に根菜と餅米を作っているらしく米自体は南のサフィオ王国からわざわざ取り寄せているのだそうだ。

 昼食を簡単に済ませると午後からは実戦形式の対戦と、対戦を想定した攻撃と防御を繰り返し行う練習を行う。門下生三十人が入れ替わり立ち替わりの対戦になるので、それぞれの門下生の技量もそれなりに知ることが出来る。

 俺達の技量は現在三級の中程という所、一級はまだ遠い。


 午後三時を告げる中二の鐘でその日の修練は終わり、後は日暮れの食事時まで自由時間となる。この時間を利用して自身が負った怪我の手当や技の復習を個人個人で行うのだが、自由時間と言いながらもここからは宿舎の部屋ごとに同室になっている者四人での行動が原則となる。

 俺の毎日の日課はその日の剣の鍛錬を義手をはめた左腕で行う事、ポーションを使った戦いを行う際には左手で剣を扱う必要があるからだ。そしてトオルは自由時間を使い槍の鍛錬に余念が無い。

 同室である他の二人も自由時間をほぼ鍛錬の時間に使っている。

 俺の同居者はトオルとオリバー、イーサンの三人。等級はオリバーが二級でイーサンが三級なので俺達二人もこの部屋では下っ端という点は変わらない。

 オリバーがリーン王国伯爵家の次男、イーサンはファータル王国の子爵家の次男みたいで、オリバーは血気盛んな正義漢、本来は魔法が得意だと言うイーサンは剣術修行に送り込まれた事が不服なようで、いつも何かに文句を言っている。

 今期の門下生に次男が多いのは数年前にこの里が襲撃された際に前期の門下生が師範代共々全滅したかららしい。

 剣聖道場で生き残ったのは農作物を街に売りに行く馬車列を護衛していた剣聖アオイと師範代数名のみで、新たに三国の援助によって再建された剣聖道場には跡継ぎを失った貴族家の次男次女が次代の当主となるべくこの道場へと送り込まれた。

 里を襲った襲撃者については単身その討伐に赴いた剣聖アオイの帰郷と共に発表があり、その正体は吸血鬼によって編成されていた正教会五星騎士団の暗部であった事が告げられ、その討伐を指揮した星騎士トラリアを討ち果したとの宣言も成された。

 だがその戦いで剣聖アオイは呪いに侵され剣を握れる体では無くなったというのは衝撃的だった。現在は剣聖アオイが伴って来たカイエンなる武人がその技を引き継ぐべく里に滞在しているという。


 話を戻そう。

 俺達四人で唯一の二級であるオリバーが室長として俺達を取り仕切る事になるのだが、十七才と若い彼が名実共に俺達のリーダーになった出来事がある。

 三級である俺達は事ある毎に上級門下生達からの嫌がらせの標的になる。俺とトオルが入門した当初、イーサンとトオルの二人が顔を腫らして部屋に戻って来た事がある。

 何かと不平を漏らすイーサンが生意気だと数人がかりで制裁を加えていた上級門下生を止めようと割って入ったトオルも巻き添えを食らってボコボコにされたという訳だ。

 それを知ったオリバーはそいつらをボコりに行くと言い出し、俺が助っ人が必要かと尋ねると「片腕のおっさんは戦力外だ。引っ込んでな」と捨て台詞を残して一人部屋から飛びだして行った。

 美形の顔に酷い痣や腫れを大量に作って戻って来たオリバーが俺達に向けて白い歯を見せて親指を突き出して事の完了を告げるとそのまま部屋でぶっ倒れる。

 俺の手持ちの回復ポーションで傷は回復し、それ以降あからさまな暴力によるいじめを俺達が受ける事は無くなった。

 その出来事以降、オリバーは俺達のリーダーであるが、彼は『兄弟子』と呼ばれる事に幸せを感じる様で、俺達はオリバーではなく『兄弟子』と彼を呼んでいる。


 日暮れを告げる夜の鐘で夕食に集まり、その日一日の修行を終える。

 俺とトオルは自由時間と夜の時間を利用して薬草採取とポーション作成を行い里に納品することにしている。採集場所や採掘場は村人から情報を得られたので探す手間は省けたのだが、ポーションが大量に里に出回った事による一部問題も発生した。

 怪我を理由に修行をサボる門下生達に容赦なく使われる回復ポーション。そして回復した彼等はそのまま厳しい修行の中へと放り込まれる。当然、そのポーションの出所は何処だという話になり、俺とトオルは門下生の一部から実害と言えるほどの嫌がらせを受けたことはないが、恨みを買うことにはなった。


 月日は流れていき、最初の一年で同室の三級組は二級に昇格。オリバーは二級のままだったが、三年目の修行が終わる最終試験で俺達四人は全員一級へと昇格することが出来た。

 だが、一級昇級試験の最中に俺とトオルは衝撃的な事実を知ることになる。俺とトオルにとっては一級合格よりもむしろそっちの方が大問題だった。

 オリバーだと思っていた彼を、師範代はオリビアと呼んだのだ。これまで等級の違いから一緒に鍛錬することが無かったので全く気付かなかったのだが、俺達がオリバーだと思っていた彼は、オリビアという女性だった。 

「オリビア」

「ああ、私の名はオリビアだが何か?」

「宿舎入口の名札はずっとオリバーになっていたが…」

 オリビアが宿舎入口の名札を手に取ると、名札の後半の文字が上から書き換えられている。

「誰かのイタズラだろ。ずっと気付かなかったよ。あはははは」

「俺達がオリバーと呼んでも気にしなかったのは?」

「ああ、三国以外では私の名をそう発音するのかと思っていた。違った様だなスマン。それにイーサンは私を普段からオリビアと呼んでいるぞ」

 そうは言っても俺とトオルはイーサンがオリビアと話している姿を見たことが無い。

「いや、こちらこそスマン。ずっと兄弟子を男だと思い込んでいた」

「あはははは」

 何というか、オリビアは女だが俺達が思う以上に豪快な漢の兄弟子だった。


 二年の月日はあっという間に流れ、俺達の修行も終わろうとしている。 

 五分刈りだった頭の毛も半年手を付けずにいると伸びてきて、門下生達もそれぞれ新たな旅立ちの時を迎える事になる。俺達が卒業を控えたある日、剣聖アオイが剣を取るという。

 そして俺達は剣聖アオイと『剣聖を導く者』武人カイエンの立ち合いを見て、その剣技の神髄を間近に見せつけられたのだった。

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