消える命
御者不在でのろのろと荒れ地を移動する店主オデカンとダークエルフの少女を乗せた馬車を追うオデカン商会の五人の用心棒達。
その背後から駆け寄り勢いのまま襲いかかる俺達。
先頭を走る俺ともう一人の獣人とで最後尾を走る二人に斬り付けてそのまま駆け抜ける。仲間の悲鳴に振り向き立ち止まった二人を俺を追い抜いた二人の獣人が槍で討つ。
馬車を操作しようと御者席に乗り込もうとしていた男を獣人の一人が槍を投げつけて倒し、彼はそのまま御者台を制して馬車を少しだけ加速させる。
「西へ、あの森まで走れ」
俺は声を上げてそう命じ、俺達はそのまま西にある森に向けて走り出す。馬車が速度を上げられないのは荒れ地が凸凹すぎて気を抜けば転倒しかねない程の悪路だからだ。
全力疾走とはお世辞にも言えない駆け足での移動、弓を放った獣人が遠回りして俺達に合流してくる。
「追っ手が来ます」
振り向くと冒険者四人と用心棒の三人がこちらに向けてどんどん近づいてくる。森まではまだ遠い、追いつかれる。
突然前方を走る馬車が斜めに傾いて止まった。
車輪が大きな窪地に嵌まり抜け出せなくなってしまった様だ。獣人の一人が悲鳴を上げて魔法の炎に包まれる。
「トオル、オデカンを出せ。人質にして奴らと交渉する」
俺はそう声を上げトオルに伝えると、追っ手の冒険者達の方に向けて義手の籠手を構えて風魔法の刃を発射した。
「何だ?」
俺の放った風の刃が何か見えない壁に弾かれて消えた。同様に獣人の放った弓も冒険者達の手前で弾かれて地面に落ちる。
「防御結界です」と獣人に告げられ、「そんな魔法卑怯だろ」なんて咆えてはみたが事態は変わらない。四人の冒険者のうちの二人が魔法使いらしく。一人が防御魔法、一人が攻撃魔法を放っている様だ。
だが追っ手の冒険者達も接近戦は不利と見てまずはこちらの数を減らそうとあまり距離は詰めて来ずに遠距離からの魔法攻撃に徹している。だからといって逃げられる訳じゃ無い。
「リュウセイさん。来て下さい」
こんな時に、次は何だ? 腰を低くして構える獣人達の肩を叩いて現場を任せると、俺は馬車の方へと急いだ。
トオルが馬車の扉を開けて狼狽えていた。
俺が中を確認するとそこに居たのは中年の男女と年若い娘が一人、そして猿ぐつわを咬まされ腕を縛られたダークエルフの少女の四人。
「オデカンとその家族か…」
俺はオデカン夫人とその娘と思わしき二人の女性に出ろと命じ、そして無理矢理二人を外へと引きずり出すと彼女達に刃を突きつけ追っ手の冒険者達の前まで連れて行く。
「おい、護衛の連中と雇われ冒険者共よく聞け。俺達はお前達の雇い主のオデカンにも金にも興味は無い。ただ攫われた仲間を奪い返しに来ただけだ。交渉の余地はあると思うがどうだ?」
俺の声にリーダーらしき冒険者が答える。
「人質を取っておいて抜け抜けとよく言う。だが俺達の方に選択肢は無い様だな。まず要求を言え」
「まずここで、この女二人を解放する。その後俺達はオデカンを連れてあの森まで行く。それまでお前達はここでじっとしていろ。森に着いたらオデカンを解放する。但し、それまでにオデカンが仲間の奴隷首輪を解除しなければ彼はそこで死ぬ事になるがな」
とりあえず俺の提案での交渉は成立。女二人をまず解放して追っ手の冒険者達の方へと送り出し、その後でオデカンを彼等の前に連れ出しその無事な姿を確認させておく。
俺は全員に森に向けて移動する様に命じて殿に立つ。
「そこでじっとしてろよ。いいな」
追っ手の冒険者達に念を押して俺も移動を開始する。
「リュウセイさん。こいつ奴隷首輪を解除しようとしないです」
「この期に及んでまだ欲出してんのか」
「うるさ~い。希少種の価値は天井知らず。そう簡単に諦め…ふごお」
さすがにこいつの態度に俺はキレ気味だ。つい手も出てしまう。
「この子はお前の持ち物じゃねえ。いい加減にしやがれ。まあ、森までもうすぐだ。そこで決断しなければお前を殺す。脅しじゃないぞ」
「ふん」
奴隷商人オデカンがふてくされて言う事を聞かない中、縄を解かれたダークエルフの少女リンが俺に話しかけてくる。
「おじさん。私の奴隷首輪、外せるかも」
「どうやるんだ?」
「ちょっと待ってて」
彼女は立ち止まり胸に手を当て歌でも歌うように声を上げようとする。が、突然首輪を掴んで苦しみ始める。どうやら彼女のその行動に首輪が反応した様だった。
「けほっ、歌おうとすると首輪が絞まっちゃう。ダメみたい」
「そうか、無理はするな。俺達が何とかするから」
歌でどうして首輪が外れるのかは分からないが、ダメならばやはりオデカンを殺すしかない。
森までもうすぐ、その時俺達の後方から沢山の馬蹄が轟く。
* *
リュウセイ達が奴隷商人の馬車列を襲撃する少し前、フェムト守備軍を率いるティーミッド侯爵とストラード伯爵の元にダークエルフの巫女についての報告が届いていた。
それは侯爵が街に出した布告にオデカン商会の商会員が密告という形で応えたものであり、これによりアンデッドの大軍をこの国に引き寄せた元凶がこの街の奴隷商人の一人である事を彼等は理解したのである。
すぐに騎士達を派遣しダークエルフの巫女を保護しようとするが、ティーミッド侯爵は奴隷商オデカンが一足先にダークエルフの巫女と共に街を出たと告げられたのである。
「奴隷商一人の我欲で国を滅ぼす訳にはいかぬ。すぐに騎士団を派遣してダークエルフの巫女を保護せよ。手向かう者は全て排除して構わぬ。急げ」
ティーミッド侯爵は率いてきた配下の騎士の半数である十騎を派遣して事に当たらせる。オデカン商会の馬車列を把握するため騎士は商会員の一人をその背に乗せて北門を出て行ったのであった。
門を出てすぐに騎士団はオデカン商会の馬車の一台を発見する。そしてダークエルフを乗せた馬車が盗賊達に襲われたと護衛の男達から聞き出したのである。
西方向に擱座した馬車が一台見える。
騎士達は急ぎ方向を変えてダークエルフの巫女を盗賊達から奪い返すべく駆け出した。擱座した馬車の側の冒険者風の男達の制止の声も構わず彼等は駆け抜けていく。
そう、彼等にとってはダークエルフの巫女の保護が最優先目標であり、奴隷商人オデカンの命などどうでもいいのである。
* *
俺達の背後から迫る馬蹄の響き。迫り来るのは十騎の重装甲の騎士達だ。
「何で騎士団が出てくる。このオデカンって奴はそれ程の大物なのか? とにかく走れ。急いで森の中に逃げ込むんだ」
俺は義手の籠手を構えて騎士達に向けて風の刃を飛ばす。だがそれは騎士達の鎧に弾かれて効果が無い。ついには魔石の魔力切れで刃も出なくなった。
「クソっこんな時に弾切れか」
遅れて森に向かおうとする俺と入れ替わるように三人の獣人達が騎士達の方へと飛び出して行く。
「おい、止めろ。逃げるんだ」
「主殿、行け。俺達が時間を稼ぐ」
背に聞こえる声、俺は彼等のその行動が信じられなかった。俺が死ねば彼等は自由の身になれる。そんな俺を命令されてもいないのに守ろうとする。なぜだと。
だが立ち止まれない。俺は振り返らず森に向けて走り続ける。
遠くを走るダークエルフの少女が倒れ、彼女を助け起こそうとトオルが手を差し伸べる。それでオデカンへの注意が逸れ、彼が騎士達に向け助けを求めて逃げ出した。
慌てて獣人とトオルがオデカンを追いかけようとしているのが見えた。直後接近する蹄の音を聞き俺は横へと飛び込むように転がり騎馬からの攻撃を避け再び立ち上がる。
騎馬の群れはそのまま俺の横を通り過ぎて助けを求めるオデカンの首を容赦なく横薙ぎの剣で飛ばし、悲痛な表情で武器を構えるトオルと獣人二人に向けて突き進む。
「だめだ、戦おうとするな。逃げろ」
俺の声はかすれてまともに出なかった。
だがそこで騎士達の動きが止まり、彼等は大混乱に陥る。
もうダメだと俺がそう思った瞬間、騎士達の乗る馬が数騎竿立ちになって騎士達を振り落としながら倒れたのだ。それで騎士達の勢いが止まり、彼等はその場で態勢を立て直すべく乗馬を足踏みさせ左右に展開させている。
そんな騎士達の分厚い重鎧をいとも容易く射貫いていく矢が空から降り注ぐ。一人、二人、三人と射貫かれては落馬していく騎士達。
俺は森の木の上に立つ人影を見つけた。
朝日に照らされキラキラと輝くベネチアン風のマスクを着けた謎の弓使いがそこに立っていた。
「エルフある所に我あり」
謎の弓使いはそう叫んでいたような気がする。ともかく彼のおかげで窮地を脱し、俺達は何とか森の中へと逃げ込むことに成功する。
生き残ったのは俺とトオルと獣人が二人、そしてオデカンが死亡したことで奴隷首輪が外れたダークエルフの少女リンの五人。
謎の弓使いは頭上の木の上を駆けながら俺達の逃げ道を指し示す。しばらく駆けて森が深くなった場所で弓使いは俺達の前に姿を現した。
謎の弓使いがいつのまにか抱えていたのは傷ついた一人のエルフ女性。
「すまないダークエルフの少女よ。このエルフ女性救出に手間取り、参じるのが遅れた」
「メロンのおじさん。やっぱり私は二番目の女なのね」
「ああ、君はエルフ種ではあるが私の愛するエルフではないからな」
ダークエルフの少女リンと謎の弓使いはどうやら顔見知りらしい。
しかも弓使いはマスクメロンとかいう冗談かと疑いそうになる名前だった。
マスクメロンはリンに女性エルフを頼むと告げ、リン救出をリフに知らせに行くと言い残して去って行く。リフとはリンと同行していた覇気溢れる老人の事だろう。
去り際に彼は俺達にこのまま西の山を越えた先の盆地にある『剣聖の里』を目指せと俺達に告げた。
そこは小三国の権力の及ばぬ治外法権の地だという。犯罪者となった俺達が向かうのは確かにそこしか無さそうだ。俺達は意を決して『剣聖の里』なる土地を目指して歩き出す。
夜が更けて野営に入ったが、落ち着く間もなく早速トラブルに見舞われる。
悲鳴を聞いて駆けつけると裸のエルフがトオルに馬乗りになって剣で彼を殺そうとしていた。獣人達が慌ててエルフ女性を引き剥がして剣を奪い取る。
「リュウセイさ~ん、俺、俺何かしました~?」
トオルが震えながら俺に抱きついてきた。
トオルから事情を聞くと、外套一枚を纏っているだけのエルフ女性が寒そうだったので、トオルは自分の外套も彼女に与えようと近づいたらしい。
「ダメだよお兄ちゃん。人間がエルフに不用意に近づいちゃ。殺されるよ」
ダークエルフのリンがトオルの前に立ち腕組みしながらそう言う。
「よく分からんが、そうなのか?」
「エルフ達はずっと人間達に酷く迫害されてきたんだから。殺したいほど恨まれてるんだよ」
そういう事ならとエルフ女性の事はリンと獣人達に任せてトオルは飯の支度、俺は見張りに立つことにした。飯が終わり獣人達二人が俺の分の飯を持って来てくれた。
獣人二人と共に座り、その場でしばらく今日の事について俺は会話した。
「四人も死んだ。すまないと思っている。『剣聖の里』に無事着いたらお前達を自由にするつもりだ」
「あまり気に病むな主よ。俺達の寿命は短い。奴らは戦士として誇りある死に場所を得られたという事だ」
「どういう事だ?」
「俺達は他の戦闘奴隷に比べて値が安かっただろう。それは俺達が年老いていたからだ。奴隷は四十才を迎えると殺処分されていくが、俺達は皆齢三十五を既に超えている。残された人生をどう生きどう死ぬか、今日戦士として自らの意思で戦い死んだ者達は幸福だったと思う」
「だが、自由の身になればもっと長く生きられるだろう。あと五年で死ぬなんて考えなくても」
「ずっとそんな中で生きてきた。俺達は他の世界を知らんのだ。だから主よ、今日死んだ者達の事を悲しまないでくれ。そして出来れば笑って見送ってやって欲しい」
「そうか、酒でも酌み交わせれば良かったんだがな。今はこれで」
俺は鞄の中から小さな食器を取りだしそれに水筒から水を注いでいく。大きさの揃わぬ木の器に注がれた水杯を、三人で飲みそして今日死んだ者達がどんな男達だったのかを語った。
何処かも分からぬ森の夜が更けていく。




