急襲フェムト郊外
フェムトの街に迫るアンデッドの大軍。
この危機から避難する街の人々に紛れて奴隷商人オデカン商会の馬車列を襲撃し、捕われているダークエルフの少女を救出する。
その為に作業用の奴隷購入を諦めて出来うる限りの資金を投じて戦闘奴隷六人を買い、彼等を武装させるためにまずは武器屋へと向かう。
道すがら路地で蹲っている孤児達三人に声を掛け、オデカン商会の連中がいつ街を出るのか調べてきたら駄賃をやると告げる。
武装と情報が揃えば準備完了、だがそう事は上手く運ばなかった。
まず店に獣人達を入れてくれないのだ。これでは体に合った鎧などを仕入れる事が出来ない。武器屋の店主曰く「武器は売ってやるからせめて奴隷達をまず身綺麗にしてくれ」という。
言われて見ればその通りで奴隷達は獣臭さだけでは無い凄まじい異臭を放っている。思い返して見れば街を歩く人々が彼等を遠く避けて通るのも理解出来た。
急がねばと言う焦りが先立って何もかも上手くいかないので、結局仕切り直す事にして宿に戻り事情を話すと女将が不機嫌そうに裏の井戸水を使う事を許可してくれた。
資金節約のために高額な石鹸代わりに購入した炭を砕いて粉末状にしたものを水で溶いて奴隷達の体に塗りたくり、それを水で流してまず彼等を洗う。
獣人達は体を濡らすことを嫌がったが、ここは主の命令という事で強引にでも行う。
体を乾かすついでに馬小屋の隅で奴隷達と共に昼食を摂り、俺達八人はぞろぞろと再び武器屋へと向かった。
途中孤児達の溜まり場の路地に行くと、雇った三人組が待っていたのでそれぞれに銀貨三枚を渡して情報を受け取る。オデカン商会は奴隷達の全てを引き連れて二日後の早朝、開門と同時に王都へ向け出発するという。
情報は揃いあとは武装。武器屋に入り金貨十枚の範囲で節約を試みながら良い物を選べと彼等に告げる。元々狩猟民族である彼等は軽装の革鎧に槍を選ぶ者が殆どで、一人だけ弓を扱える者が居たのは戦い方に幅が出るので幸いだった。
そして夜、日が落ちて俺は奴隷達に奴隷商襲撃について打ち明けた。
「本当にやるんですか? リュウセイさん」
そんな台詞を何度も吐いて俺に確認していたトオルも一晩明けると別人の様にやる気を出していた。俺達が買った戦闘奴隷の獣人六人に計画を話して賛同の意を得る為の場に彼も同席していたからだ。
奴隷を宿の中に入れることは出来なかったので、馬小屋の片隅で共に夜の食事を摂りながらの会合となった。
最初、獣人達も面を食らった様な驚き方をしていたが、憎き奴隷商人に一撃を与えるというその一点では俺達と意見が合い、犯罪の片棒を担ぐ事を是としてくれた。目的の奴隷を助け出すためには、奴隷契約の主人であるオデカン本人を同時に誘拐する必要があるが、そうなると連行されている他の奴隷達は主人と一定の距離が離れる事で奴隷首輪が発動して奴隷全員が死ぬ事になる。
だから店主のオデカン殺害により、商会が捕えている奴隷全てを解放する事が望ましいだろうという事になった。出来るだけ被害を少なくという俺の甘い考えはその時点で吹き飛び、事に及ぶならば無法者の殺人者とならざるを得ないのだと悟った。
救いがあったとすれば、奴隷制の実態に対する嫌悪感で犯罪に手を染める事への罪悪感をさほど感じ無くなった事だろうか。
俺達は六人の奴隷達から奴隷制度の実態を聞き、その悪逆非道ぶりと残忍さにトオルは拳を地面に打ち付けて憤った。
奴隷商人とは詰まるところ合法として黙認された人身売買組織。
仕事を斡旋すると騙され、借金の型として集められた奴隷はまだマシな方で、その多くが住んでいた村を奴隷商人達が雇ったごろつき達に襲われ連れ去られ奴隷にされた者が殆どだという。中でも最も非道であると感じたのが一定年齢に達した獣人奴隷達の殺処分である。
これらの行為が如何に合法であろうとも、俺とトオルがこれまでの人生で学んできた善悪の概念に当てはめればそれらは絶対的な悪であり非道の一言に尽きる。俺とトオルにとって獣人は家畜ではなく人間なのだから。
そして当然俺達が救い出そうとしているダークエルフの少女も、決して合法的と言える方法で奴隷商が手に入れたわけではないからだ。
決行日は明日早朝、朝から俺達は準備に入る。宿を引き払いトオル一人をオデカン商会の見張りに向かわせ、俺と六人の獣人奴隷達は襲撃場所を選定するべく一足先にフェムトの街から外へと出た。
既に街から逃げ出す人の列がいくらか出来ていて、馬車列を率いて進む商人達の姿もある。徒歩の避難民と馬車列が混在するのは城門の側ぐらいで、どうやら街からあまり離れると避難民の列と馬車列が分かれてしまい、俺達が人混みに紛れて接近出来なくなりそうだ。
街の衛兵やこの地の領軍は近づいて来るアンデッド軍に対する為にフェムトの街の南城壁防衛に集中していて俺達の居る北側はかなり手薄だ。
後はオデカン商会の護衛達がどの位の人数いるかだが、奴隷達の話に拠れば商会は常時二十人は用心棒を抱えているそうで、店を挙げての移動となれば雇われた冒険者を含めてそれ以上の数にはなるという。
「冒険者は厄介だな」
冒険者と聞いてリュウセイは舌打ちする。
おそらくはアンデッド軍団に対する備えとしてCランク以上の冒険者は徴兵されている可能性が高いが、C未満の者達でもそれなりのしたたかさを持っているのは、共に仕事をしてきた自分なら理解出来る。
そうやって街道沿いで計画を練っていると、トオルが血相を変えて俺達の元へと駆け込んでくる。
「大変ですリュウセイさん。店主オデカンが一人で出発します」
どうやら店主のオデカンは腹心達に奴隷の権限を委譲して自分だけ一足先に王都へ向けて逃げる腹づもりらしい。店主という立場、人を率いるリーダーとしては失格だが、これは俺達にとってはチャンスになる可能性が高い。
「ダークエルフの少女は? オデカンの馬車だよな」
「そうです」
一人で最低でも金貨一千枚相当の価値のある奴隷、店主オデカンは他の全てを失ってもが彼女さえいれば再起できると踏んでの事だろう。そのやりようを見るだけでオデカンとやらがゲス野郎だというのは容易に想像がつく。
「状況が変わった。すぐに襲撃の態勢に移る」
俺の決断に全員が頷き、ここと定めた地点に弓を配置し、俺達はその左右で休息を取る人混みに紛れてオデカンの乗る馬車が通るのを今か今かと待ち構えた。
* *
フェムトの街の防衛を指揮するのはこの街を治めるティーミッド侯爵と近隣の領地から駆けつけたストラード伯爵の二人の率いる総勢三千の軍である。
これに対して迫り来るのは十五万を数えるアンデッドの大軍。その軍容は未だ遠くで見えないが、アンデッドの行軍する叫びとその足音だけは小さな地響きとなってこの街にも伝わる程である。
アンデッド軍の方角から現われる禍々しい黒い影を纏う死神の如き姿をした死の使い。射かけられる無数の弓矢に魔法使い達が放つ炎と爆裂魔法が単騎で現われた進化リッチリフへと襲いかかる。
「燃え上がれ私の死宇宙」
リフの黄金の鎧から発せられる死の波動がその全てを弾き返し、攻撃を全く意に介さぬ目の前の魔物に唖然とするファータル王国の兵士達。
「『黄金闘士リッチ』たるリフが汝等矮小なる人間共に告げる。汝等が奪いしダークエルフの巫女を我が元へと返還せよ」
ダークエルフの巫女の返還。そう告げられてもこの二人の侯爵と伯爵には全く身に覚えの無き事、弁明の声を上げようとした彼等に対して進化リッチリフはその余地を許さなかった。
リフの突き出す美しい装飾を持つ黄金の槍が突き出されると、彼等の足元の城壁に大穴が空く。それは彼等が拠る城壁など対するアンデッド達には全く役に立たぬという事を意味していた。
「二日、猶予を与える。約定が果たされねば軍はそのまま次の街へと進軍し、この国が滅ぶまでその歩みは続くであろう」
リフを名乗るこれまでに見た事も無い異常な進化を遂げているリッチが去ると、城壁上に陣を構えるテーミッド侯爵とストラード伯爵の二人は青ざめた顔で伝令に告げる。
「急ぎ街に布告を出せ。ダークエルフの巫女の情報を集めよ」
「亡国の危機である。この事を王都へ、全国へ広めろ。時が無い。急ぐのだ」
* *
街の南部城壁でそのような事が起こっている頃、奴隷商オデカンとダークエルフの巫女リンを乗せた馬車はフェムトの街の北門を通過し街の外へと移動して来た。
この時のオデカン商会の馬車列は二台。
先頭を行く装飾馬車はオデカンとリンの乗る馬車で、それに続く荷馬車は彼の持つ財をしこたま詰め込んだものである。
護衛に付く商会の用心棒は十名。そして急きょ集められた四人組の冒険者パーティーである。
トオルの合図でオデカン商会の二台の馬車列を認識した弓手が先頭の馬車を操る御者に狙いを定めて弓を放つ。矢は御者の胸を見事に射貫き、制御を失った馬車は人混みの中を突き抜けそのままゆっくりと街道を外れて進んで行く。
異変を察した冒険者達が弓手がいた辺りに向けて駆け出した。
俺達はそれを横目に人混みに紛れながら移動していくオデカンの馬車を早足に追う。
冒険者達が馬車から離れ、護衛の用心棒達の半数がオデカンの馬車を追う。敵の護衛が三つに分かれた所で俺が合図を出す。
「行くぞ!」
俺達は他に目もくれずにオデカンの馬車を追う護衛達に襲いかかった。




