車窓の旅とダークエルフ
俺とトオルの乗る装甲馬車はアンデッド達が蠢く荒野を休憩も無く昼夜問わずに延々と走り続けている。
御者の女に話しかけてはみたが「無駄口は叩くな」と叱責され彼女の名前すらまだ教えて貰っていない。当然何らかの情報収集をとも考えたが、全く取り付く島もないぐらいに無視され続けている。
彼女を怒らせてアンデッドだらけの荒野に捨てられても困るので、俺とトオルは静かに馬車の中で過ごす事に決めた。
ただ、御者の女は大きな街があった場所を通過する時だけはその街の名を俺達に告げてくれる。
最初に通り過ぎた街は『商業都市キャトリエ』という街らしかったが、街が近くなるにつれゾンビ達の数は尋常ではないくらいの数に達し、まるでゾンビの海の中をこの馬車は走っている様だった。
そんな中を進む装甲馬車の名は確かに伊達じゃない。
矢を通さない分厚い鉄板で車体は出来ていて、窓は車体の上部、屋根の近くに長細いのぞき穴が幾つかあるぐらいだ。そして二十人ぐらいが乗り込める広さのその馬車の設備も驚くべきものだった。
魔道コンロと魔道給水器なるもの。
二つの樽には水と例のカレーの素になる乾燥野菜が入っていて、備え付けの収納には鍋と食器類が入れてある。座席の下の収納には尻を痛めないための敷物まで入っていた。
何というか至れり尽くせりって感じだ。
そして馬車から一歩も出ることが出来ない長旅で一番困るのはトイレ。
御者台のすぐ後ろに当たる部分に個室のトイレが完備されていて、それを利用したトオルがトイレの中で悲鳴を上げ、事を終えて出て来た彼が興奮した様子で俺に詰め寄る。
「リュウセイさん。やばいです、トイレ…」
言われて二人でトイレを覗く。今まで床に四角の穴を空けただけのボッチャン式トイレしか見た事の無かった俺達が久々に懐かしい景色をそこに見た。
西洋風の便座がそこに鎮座していたのだ。排泄物はそのまま外に垂れ流しになるのだが、使用後のお尻の洗浄と急速乾燥を壁のリモコンみたいなやつで行える。
まさに日本の温水洗浄便座そのもの、紙を使わないだけこっちの方が優れているのかもしれない。
それにトオルのお尻からは何かフローラルな香りまで漂ってくる。
「どうなってんだこの馬車」
「どうなってんでしょうね」
十二日ぐらい経過した頃だろうか、細窓から日の光も入らないので夜なのだろうが御者の女が通り過ぎる街の名前を俺達に聞こえる様に告げる。
『帝都ヴィルゲンガルド』
アンデッド災害以前に栄えたロムスガルヒ帝国の首都だ。
トオルは目を覚まさなかったが、俺は細窓から車外を見つめ左側にある大きな黒い影を見つめる。長々と続くその影はどうやら街の城壁の様だ。そして俺は確かに見た。
城壁が崩れた場所から見える帝都の街に人の暮らす明かりが灯っているのをだ。ヤマブキ商会の護衛任務で出会ったあのすぐ脱ぐ男が語った事、「帝都にはアンデッド災害を生き延びた人々がアンデッドに囲まれた街の中で僅かながら暮らしている」というのが事実なのだと確信した。
翌朝その事をトオルに伝えたが、彼は俺の言う事を信じてはくれなかった。
「幻でも見たんじゃないですか?」
そんなトオルの言葉通りなのかもしれない。
帝都から五日ほど走り『トルワジ』の街で装甲馬車が一時停車する。
何事かと思い御者席の方を覗くと、御者の女が喋る影の様な姿のカラスと何やら会話をしていた。内容は聞き取れなかったが、御者の女が俺達に「寄り道する用事が出来た」と告げて装甲馬車を中央山脈方面、つまり南に向けて走らせ始めた。
更に体感で五日、装甲馬車が森の側で停車する。御者の女が降りて馬車の後部の扉を開くと、新たな乗客がこの装甲馬車に乗り込んでくる。
十代ぐらいの浅黒い肌をした年若い少女と頭がつるつるのヨボヨボした爺さんの二人。二人は俺達の事を特に気に止めるでも無く反対側の席に並んで座った。
御者の女が旅程を告げると声を上げて馬に鞭を入れる。
「リベルソの街を経由して終着点アントレーの街まで約十日を予定」
二十日近くなる馬車内生活と二日に一食のペースで食べるカレースープの味に飽き飽きしていた俺とトオルにとって新たな乗客との出会いは刺激的だった。だが、正直気まずい。
相手が何者なのかが気になるのはトオルも同じだった様だ。
トオルが俺に小声で耳打ちしてくる。
「ねえリュウセイさん。あのアイドルみたいな格好をした女の子、どう見てもダークエルフですよね」
「ああ、そうだな」
「話しかけてみても大丈夫ですかね?」
「どうだろう」
トオルは何度も躊躇いながらもついには勇気を持ってダークエルフの少女に話しかけようと試みる。
「お嬢…」
言いかけて俺もトオルも凄まじい殺気を全身に浴びてその場で硬直した。つるつる頭の爺さんの鋭い眼光が俺達を睨み付けて離さない。息苦しさに目の前が真っ暗になって来た。
「リフ爺、これ冷やせるかな?」
ダークエルフの少女が口を開いて爺さんに話しかけた事で俺達は眼光の恐怖から解放される。ダークエルフの少女は小さな器に入った茶色いペースト状のものを爺さんに手渡し、爺さんが掌から冷気を発してそれをパリパリに固めていく。
(この爺さん、魔法使いか?)
固まった茶色い物体をダークエルフの少女が手に取るとそれをパキポキと小さく割って俺達二人と爺さんにも手渡すと、彼女は残りの殆どをモグモグと美味しそうに頬張り始める。
俺とトオルは少女から貰った小さな茶色い欠片の匂いを嗅ぎ、そしてそれを口の中に放り込む。
ほろ苦い甘さ、懐かしい味がした。
「これは、チョコレートか」
「チョコレートですよね。リュウセイさん」
「へえ、おじさん達チョコレート知ってるんだ」
ダークエルフの少女の方から俺達に話しかけてきた。これはチャンスだ。
「このチョコレート、何処へ行けば手に入るんだ?」
「えへへ、秘密だよ。でもね、大陸の南のカリート王国でそろそろ販売が始まるんじゃないかな」
「カリート王国か、遠いな」
「それで、おじさん達は何者? うちの者には見えないけれど」
装甲馬車に乗っている以上、下手に隠し事をしても無駄だろう。ここはある程度正直に話すべきだろう。
「俺達は神聖タミナスの冒険者だ。今は正教会に追われて逃げている途中だな」
「神聖タミナス? 何それ」
少女が首を傾げると横のリフ爺が彼女に耳打ちする。
「ああ、アンデッドの女皇帝のお目こぼしで生き延びてる人間保護区の事か、神聖なんて大層な名前付けちゃって、正教会総本山のやりそうな事よね」
「人間保護区…」
「そうだよ。ロムスガルヒ帝国はアンデッドの大軍に蹂躙されて滅びたと誰もが思っていて、そんな所で生き延びている人がいるなんて誰も考えてないわよ。忘れられた小国ってところかしら」
「それはつまり、神聖タミナスという国の存在をこの世界の人々は誰も知らないということなのか?」
「そうなるね。女皇帝は慈悲を与えて僅かな人々を生かしただけじゃ無く、そうする事で生き残った帝国民をこの世界から隔絶するという罰も与えたんだよ」
そんな場所から来た俺達二人にこの少女は笑顔を向けてくれる。
「極悪非道の正教会に追われているのなら、おじさん達はきっと良い人だね」
「すまない。俺達は正教会が『人間至上主義』とやらを教義に掲げている事ぐらいしか知らないんだが…」
「正教会は元々吸血鬼達が帝国政治に入り込む為と自分達の隠れ蓑にする為に作った教団だよ。大陸中で子供達を攫ってはその楽しみの為に生き血を啜ってた極悪非道な連中、私もそこに掴まっていた一人だよ。
でも帝国崩壊と同時に親玉の吸血鬼達が正教会と下っ端吸血鬼を切り捨てたんで、今はそれ程でもないのかもね。保護区に下っ端吸血鬼は一杯放たれちゃったみたいだけれど」
「なるほど、それが神聖タミナスの吸血鬼被害ってやつか、その元凶が正教会って酷い話だな。それはそうとお嬢ちゃんは物知りだな。一体誰なんだい?」
「リン様、そのぐらいで」
リフ爺とかいうのが話に割って入って少女に忠告する。彼女がリンという名だというのはそれで分かった。
「リフ爺、大丈夫。私はこの世界の本当の神であるキスミス神を称える教団『神の息吹』の筆頭巫女のリン。去年からは年に一度だけ暗黒神ククルビタ(ラテン語でカボチャという意味)も同様に称えているけれどね」
「もしかして、ライブとかするんですか?」
トオルがついに言葉を発した。
「お兄さんも物知りだね。ライブも知ってるんだ。そう私達はこの巫女服で歌い踊って集まった聴衆達と共に神を称え、心を一つにするの。すっごく気持ちがいいんだから」
フンスと興奮気味に言うダークエルフのリン。
(巫女達ってまんまアイドルグループじゃねえか)
なんて思ったがそこは空気を読んで口にしない。が、トオルが更にその話に食いついていく。
「ケモ耳娘は、エルフはメンバーにいないんですか? いたら俺ファン、いや信者になります」
「ケモ耳娘? ああ、獣人の事ね。残念だけれど獣人やエルフはいないの。まだ正教会の『人間至上主義』と亜人獣人奴隷制の根強く生きる地域もあるから。今はほぼ人間の巫女だけだよ」
和やかなムードで会話が進むと思われたが、リフ爺とやらの介入で俺達とダークエルフのリンとの会話はそれ以上進まなかった。それ以降殆ど互いに会話をする事も無かったが、彼女はチョコレートだけじゃなく瓶に入ったプリンを食べ出したりと色々と驚きは耐えなかった。
何より困ったというか面白かったのは、彼女が目的地で歌うという歌の練習を馬車内で始めたので、俺達もその歌詞とメロディを記憶してしまいそれを口ずさめる程になってしまった事だろうか。
終着点となるアントレーの街で俺達全員は装甲馬車を降りてそれぞれの目的地へと別れて進んで行った。
ダークエルフのリンとリフ爺とやらの二人は東へと歩を進め、俺達はと言うと北の小三国と呼ばれる三つの国々の一番南に位置するファータル王国を目指し北へと歩み出す。
旅に別れはつきもの。俺達に向けて元気に手を振るダークエルフのリンの笑顔が印象的だった。
* *
俺とトオルの二人旅は続いている。
ファータル王国に入って立ち寄った小村で情報を収集、一番近いフェムトの街を目指して更に北上していく。
「聞け 大地の声を~ 呼べ 逆巻く波を~♪
悪の力が世界を覆い 人の心が陰る時~♪
勇気全開出撃だ 一人の漢立ち上がる
決して挫けぬその心 巨大な敵に立ち向かえ~♪
おお~カンバスター 雄々しく立つその姿
おお~カンバスター 赤き星の輝きと~♪ ら~(以下略)」
「なあトオル、お前も完全に覚えたなその歌」
「そうですね。熱血ロボットアニメの主題歌みたいで覚えやすかったのもありますけれど…、カンバスターって一体何でしょうね?」
「さあ、南の方で流行ってるんじゃないか? カンバスター」
俺とトオルとで話し合った結果、最初の街フェムトで奴隷を一人雇おうという話になった。
当面俺達が直面するのはやはり資金的な問題。
薬草採取からの回復ポーション作成でそこそこ稼げそうではあるのだが、俺の左腕が義手となって採取やポーションの瓶詰めという細かい作業が出来なくなった事が大きく、その作業を俺に代わってして貰う為の人手が必要という結論に至った訳だ。
それに俺達の素性をあまり知られたくない為に秘守義務を守れる仲間が欲しい所で、奴隷はそれにうってつけの存在でもあった。
幸いにも(俺達にとってはだが)北の小三国は奴隷制を敷いている国家であるので、奴隷を手に入れるのは比較的容易な様だ。
新しい街、新しい冒険の旅、俺とトオルの二人の胸は希望に膨らんでいた。




