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異世界古書店の片隅で  作者: つむぎ舞
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逃避行②

 俺達は一先ず大きな街であるテアッドを目指し移動を開始する。俺達が選んだのは街道から離れた道なき道を迂回しながら進むルート。

 手配書の人数は男三人女一人の四人組であるし、名前もほぼ別人。人相書きも曖昧で自分達の風体で身バレするとは思えないのだが注意するに越した事は無い。

 それに賞金目当てで俺達を殺したのであれば遺体を放置するはずも無く、冒険者カードをすり替えた効果がそれ程長く持つとは言い難いというのも理由の一つだった。

 ほぼ徒歩での移動、依頼遂行中の冒険者という事にしておけば、そんな移動もあまり怪しまれることは無い。

 どちらかと言えば盗賊と疑われないかの方が心配だった。

 途中立ち寄った小村には手配書は来ていない様で、付近に獲物を求めてやって来た冒険者と説明して食料と水の補給と魔物情報を得て、その見返りとして回復ポーションをいくつか村に提供する。

 この一連の行動に必要な薬草採取とポーション作成の段階で、俺にポーション作成という錬金術の能力がある事をミヤコとトオルには打ち明けた。

 薬草採取だけだと思っていた俺が、なぜか結構な額を稼いでいた理由が判明してミヤコもトオルも合点がいった様だったが、秘密にしていた事に対するそれなりの突き上げは食らった。

「おじさんだけズルい」

「リュウセイさん。俺達仲間ですよね」

「すまんな。ポーション作成能力が今の神聖タミナスでは貴重な能力らしく、貴族や教会に目を付けられると飼い殺しにされるかもしれなくてな」

「まあ、確かにそうよね。でもそれを受け入れればおじさんだけは助かるんじゃない?」

「そうかもしれんが、そんな生き方はゴメンだね。トオルとの約束もあるしな」

「約束って何よ?」

「いやまあ、その…」

「エルフ女性を集めてキャバクラを開くんですよね。俺もその店の従業員になる予定ですよ」

「異世界まで来て、馬鹿なの! もう」

「人間しか居ないこの神聖タミナスでは俺達の夢は叶わないって訳だ。トオルに至ってはケモ耳娘を嫁にするって野望もあるしな」

「それは欲望って言うのよ。二人ともトウマを見習って欲しいわ」

「トウマはこの世界で何を目指したんだ?」


「藤井先輩、いえトウマは元の世界では医療従事者を目指していたの。でもこの世界で回復術師の能力があると分かって、この世界の人々を自分の技で救えるかもしれないって喜んでいたのよ。でもあんなことになって…」


「そうか。悪いがミヤコ、トウマが生きていたとしても姿を現さない所を見ると彼は吸血鬼になっていると考えた方がいいだろう。最初は獣みたいな吸血鬼も時間が経てば記憶を取り戻して知性的になるらしいが、魔物となった彼が果たして人の心を持っているかというのは疑問だぞ」


「分かってる。分かってるんだ。でも…」

「リュウセイさん、ミヤコもその話は今は止めましょう。まずは俺達が生き残らないと」


 タミナスとテアッドまでを乗り合い馬車なら約十日の距離だが、俺達の逃避行はその後約一ヶ月に渡って続いた。途中グレイウルフの小さな群れに襲われたが、それ以外は極めて順調な旅だった。

 ようやく到着したテアッドの街には全員で入らず、これといって外見的特徴の無いトオル一人に買い出しを頼み、少しだけ食料と水を補給する。

 ここからが正念場。城壁を建造中の工事現場の先にあるアンデッド領域との境界線へと向け俺達は歩を進めていく。

 そこで俺達は人々が言うアンデッド災害とはどういうものなのかを目の当たりにした。

 地平線を埋め尽くすのでは無いかと思う程に、あちこちを徘徊しているゾンビの群れ。それらがまるで見えない壁があるのではと疑うぐらいに一定の位置から先、つまり神聖タミナス側へは侵入せずにいるのだ。

「目的地は、どうやらあそこみたいだな」

 俺が指差す先、少し遠いが確かに廃墟となった村らしき建物跡が乱立する中に大きな木が一本立っている。だが俺達はそこに向かう事に二の足を踏んだ。村はアンデッド領域と呼ばれる中に突き出す様な形で存在していたからだ。

 境界らしき場所からその廃村までの間にアンデッドは一匹たりとも存在してはいない。

 だが本当にこの先へと進んで大丈夫なのか?

「あそこへ行くしかない様だな。もしゾンビ共が反応したらすぐにこっち側に逃げ込む腹づもりでな」

「ひいいいい」

「ほっ本当に大丈夫なんでしょうね?」

「分かった。じゃあ俺がまず少しだけ進んでみるから、そこで待っていろ」


 俺が廃村に向けてポッカリと空いた空き地へと歩を踏み出す。遠巻きにゾンビ達が俺の姿を見ているのを感じる。少し遠いが俺の左右で彷徨いているゾンビ達を慎重に確認しながら俺は更に二十歩近くを進んだ。

 どうやらあの廃村とそこに続く狭いルートも境界線になっている様だと感じた。

 ホラー映画だと俺が大丈夫だと二人に合図した途端にゾンビに襲われてジ・エンドだが、そうはならなかった。

 俺が再三身振り手振りで来いと合図して、ようやくトオルとミヤコも歩き出した。

 廃村へと無事到着するとすぐにミヤコが村の真ん中に立つ大きな木に登り周囲を偵察する。俺とトオルの二人で村に残るマシな建物を調べて回った。

「野営の跡がありますよ。リュウセイさん」

「ごく最近だな。それにそこの壁にある板に何か書いてあるぞ」

 板にはここを利用する者達への注意書きが記されている。

 村の井戸水は利用可能。食料保存庫の場所。魔道コンロの使用方法。周囲のアンデッドを不用意に刺激しない等、明らかにこの場所を定期的に利用している何者かの存在がある事を示すものだ。


 早速その注意書きが事実か確認する為に、俺は食料庫とされている土蔵を覗いて見る。

「この壺の中身は砂糖と塩か…」

 蔵の中にはその他に酒の入った瓶や紐で吊された少しカビ臭い干し肉と、その奥に山盛りに積まれた乾燥して干からびた黄土色のカブの様な野菜らしきものがある。

 その野菜を見て俺はそれが何となく「食える」ものだと理解する。薬草採取の時に雑草の中から薬草を見分けた時と同じ感覚だった。その乾燥した野菜を見た途端になぜか腹がグウと鳴り、俺は妙な空腹感を覚えた。

 乾燥野菜を一つ手に取り家に戻るとトオルが魔道コンロとやらの使い方と格闘していた。 

 日も落ち始めていたので夕食の準備に取りかかる。といってもその辺の廃材を集めて火を起こし小さな鍋に湯を沸かして塩と干し肉の欠片としなびた香草を少々入れるスープだ。

 だが今日はそこに手に入れた黄土色の干からびた野菜を小さく削って入れてみる事にした。湧かした湯に野菜を入れるとそれはすぐに溶けて懐かしい匂いのするとろみのついた汁へと変貌する。

「これは…」

 俺とトオルはこの匂いに釣られてすぐにスープの味見を試みる。塩気を足して味を整えるとトロトロになった美味そうな黄土色のスープが出来上がる。

 木の上にいたミヤコが家の中に入ってきての第一声。

「カレーの匂いがする。どうしたの?」

「カレーのルーみたいな味を出す野菜が保管してあってな。それを鍋に入れたらこうなった」

 途端にミヤコのお腹もグウと鳴り、彼女が真っ赤な顔になる。

「食べましょうリュウセイさん。俺もう我慢の限界」

 トオルに促されて俺もミヤコも固いパンを出来上がったカレースープに浸しながら貪るように食べた。食べながら俺達三人は、久々に味わう懐かしい味に涙していた。

 小鍋一つ分では物足りなくなってもう一杯を新たに作って再び夢中で平らげる。


 食事に満足して横たわる俺達にミヤコが木の上から見た事を報告する。

「密集はせずまばらにゾンビ達は徘徊しているけれど、それがずっと何処までも続いているって感じ。とても走り抜けるなんて無理ね。それに…変なのが空に浮かんでいるのよ」

「変なの?」


「遠くてよく見えないけれど、空にゾンビとは違う禍々しい何かが浮いているの。私達をじっと見張ってるみたいにも見えたわ。本当にあのゾンビの海を渡って馬車が走ると思う? あり得ないって考える方が正しい気がするけれど」


「そうかもな。でも現にこの場所は存在し、利用している何者かの痕跡も残っている。馬車が来るとして俺達はそれが何時来るのかを知らないのが難点だが、ここに来て俺はそれが事実だろうと確信を得た気がする」


「まあいいわ。おじさんに従うしか道は無いもの」

「食料も水もある。とりあえず一ヶ月、ここで様子を見てみようじゃないか」


 話は纏まり翌日からこの廃村内で馬車を待つ生活が始まる。

 昼はミヤコが木の上で偵察し、俺とトオルが薪等の資材を集めてくる。夜は俺とトオルが後退で夜番を行うという流れだ。

 二日目にはトオルが魔道コンロとやらの使い方を解明し、その日の夜からは焚き火を起こさず魔道コンロでの調理に切り替えた。

 カレー味の存在は偉大で、俺達の毎日の食事への不満は劇的に解消された。三日目にはミヤコはカレー味に飽きたのか、酒を一杯飲んですぐに眠りに就いてしまった。

 そんな生活が十二日ほど経過した頃、ミヤコが慌てて作業している俺達を呼びに来た。

「リュウセイ、トオル。何かこっちに向かって来る」

 俺もトオルも手を止めすぐに見晴らしの良い場所へと移動してミヤコが指差す方角に目を凝らす。小さな土煙を上げながら、ゾンビ達が移動して出来た道の中を確かに一台の大型馬車が走ってくるのが見える。

「来た。本当に来た」

 俺は思わず声に出していた。


 村の中央の大きな木の下に停車した大型の装甲馬車。

 馬車を引く二頭の馬の目は赤い妖しげな光を称え、その鬣からは不気味な妖気が漂っていて胴体も濃い緑がかった色をしている。

「これは、ナイトメアか…」

 冒険者ギルドの魔物図鑑に記載のあった魔物。そして御者台から降りて来た背の高い女はどこかの貴族令嬢かと見間違う程に着飾ったドレスを身に纏っている。

 女は俺達の三人の姿を一通り眺めると、口を開いた。

「三人、うちの者じゃないね。協力者ってところか…、まず通行証を見せな」

「俺は言われた通り懐から『青き衣の少女人形』を取り出し彼女に向けて掲げた。女はそれを確認すると満足げな表情で馬車の後部扉を開いて「乗りな」と俺達に促し、そして訪ねた。

「何処まで送ればいい? ドワーフ皇国かい。それとも人間達がいる小三国方面かい?」


 神聖タミナス以外の地理が全く不慣れな俺達。ドワーフの国に連れて行かれても困るのでとりあえずその小三国とやらの方でお願いした。

「通常の馬車移動なら五十日って所だけれど、一ヶ月って所だね。長い馬車生活になるけれど我慢しておくれよ」

 女が御者席に戻ったので、俺達は荷物を抱えて装甲馬車へと乗り込む。トオルが入り、荷物を渡して俺がそれに続く。

 ミヤコが装甲馬車のドアの前で立ち止まり動かなくなった。

「ミヤコ?」

 手を差し出す俺にミヤコは首を振って言う。


「おじさんゴメン。私やっぱり行けない」

 俺とトオルとでその場でミヤコの説得を試みるがミヤコはもう決めてしまっているのか頑なに動こうとはしない。 

「早くしなよ。出発するよ」

 御者の女が俺達を急かす。俺はミヤコにもう一度だけ確認した。 

「ミヤコ、本当にいいんだな?」

 静かに頷くミヤコ。その決意は固いようだった。

「トオル、俺のその荷物を取ってくれないか」

 俺の荷物の一つ、モンシェルから奪ったミスリルナイフや吸血鬼から身を隠せるというローブ、俺が作成したポーションと俺の貯めた資金の半分の入った袋だ。そこに『青き衣の少女人形』を放り込んでミヤコに手渡す。

「受け取れミヤコ。そしてお前が一区切りついたと納得したら俺達の後を追って来い。待ってるぞ」

「うん、おじさん。トオル元気でね」

 ミヤコが力強く装甲馬車の扉を閉めると御者の女が声を張り上げ二頭のナイトメアに鞭を入れる。途端に勢いよく走り出す装甲馬車。

 装甲馬車の小さな後部窓から俺達は手を振りながら小さくなっていくミヤコの姿をずっと見ていた。


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