逃避行①
俺達の手配書がタミナスの街のあちこちに掲げられている。
罪状は『正教会の宝物を盗み出した盗賊一味』。宝物も何もゴミみたいな装備と僅かばかりの金で放り出しておいてよく言えたものだ。
一応こんな事もあろうかと正教会が発行した身分証は破棄し、新たな名で冒険者登録を行い身分証を手に入れた訳が、それでも完全に逃げ切ることは不可能だろうと思えた。
理由は二つ。一つ目は名前をそのまま利用したトウマとミヤコは捜査対象となりえ、捕縛されて出身地などを訪ねられればすぐにボロが出てしまう可能性が高い。
もう一つは手配書に載せられた年齢だ。
俺が三十五才、トオルが二十四才、トウマが十八才、ミヤコが十七才とそれに該当する年齢の者が調べられる可能性がある。
トウマとミヤコは名と年齢が一致し、その二人と一緒に冒険者登録をした俺とトウマもその辺りからすぐに身バレするだろう事は想像するに容易いのだ。
今頃になってなぜ正教会が俺達を探すのかは理解出来ないが、罪人として捕えようとしているのだから、俺達にとって決して良い話では無いはずだ。
俺はトオルと話し合い、暫くの間は目立った活動はせず宿に引き籠もって様子を見ようという事にし、一度外出すると中々戻って来ないミヤコの帰りを待った。
手配書が出されて五日後、宿に潜伏する俺達は冒険者ギルドのギルドマスターデイドラさんからの呼び出しを受ける。そのメッセンジャーはギルド職員では無く子供だった。
孤児院の子供か身寄りの無いストリートチルドレンとかいうやつだろう。ギルド印の押された手紙にデイドラさんの香水の香り、トオルと二人で考えたが手紙の内容は本物だろうという結論に達した。
「至急宿を引き払い荷物を整理して南のコガ村へと来る様に」とその手紙には書かれている。俺とトオルはすぐに準備を整え宿の娘さんにはいつも通り仕事に行くとだけ伝えて外へと出た。
南城門を抜けてしばらく様子を見るが、尾行の様な者はいなさそうだったのでそのまま徒歩でコガ村を目指した。
二日掛けて到着したコガ村にはまだ領兵が駐屯していた。
廃ダンジョン内にも部隊が置いてある様で、逃げ散った下級吸血鬼達が戻って来ない様に数ヶ月間はこの地に留まるのだそうだ。
コガ村の新村長が元々住んでいた家にデイドラさんがいると告げられ俺達はそこへと向かう。
「やあ、来たかリュウセイ」
「デイドラさん。これはどういう事です?」
俺達が訪ねた家にミヤコが縄で縛られて捕われていた。
「彼女の身の安全の為だよ。今のこのこ冒険者ギルドに現われれば報償金に目が眩んだ連中に掴まってしまうから。それでここの隊長に頼んでおいたんだ。ミヤコが現われたら捕縛しておくようにってね」
「ではやはり俺達が手配犯だって事はバレてるんですね」
「申し訳ない。職員には箝口令を敷いたんだが、完全に情報を伏せる事は出来なかった。私と君の関係も噂になっていた様だから迂闊に君に会いに行くこともできなかったんだ」
「それで、俺達をここに呼び寄せた理由は?」
「この村にはまだ手配書は来ていない。それに貴族家の兵が駐屯している場所なら正教会も好き勝手は出来ないだろうという判断だ。それと…」
言いかけてデイドラさんは言葉を改める。
「リュウセイ、先に君たちに聞いておきたい事がある。君たちは異世界召喚者なのかい?」
俺とトオルが答えられないでいるのを察して、彼女の方から話を続ける。
「この大陸で異世界召喚者は非日常的な存在ではあるが、それ程珍しい存在じゃない。帝国は何百年も前から異世界召喚者をこの地に呼び寄せてを繰り返しているからな。文献などを漁ればそれが事実だというのを知るだろう。それに正教会が最近異世界召喚の儀式を行った事実を冒険者ギルドの情報網は掴んでいる」
そう前置きしてデイドラさんは俺達に衝撃的な事実を告げる。
つい先日正教会は無謀にもアンデッド領域へと進軍し大敗を喫したというのである。彼等が誇る『光の戦士』もその最中に倒れ、正教会は異世界召喚の儀式そのものを隠蔽する為に他の召喚者達を秘密裏に処分したという。そしてその数日後にタミナスの街に俺達四人と思わしき手配書が配られた。当然その関係性を冒険者ギルドは調査し、すぐに俺達の存在に辿り着いたという。
「確かに俺達は異世界召喚者です。但しその儀式に巻き込まれただけの一般人に過ぎません」
「リュウセイさん」
「トオル、今はデイドラさんを信じるしかないだろう。こちらも腹を割って話すべきだ」
「良く言ってくれたリュウセイ。君達は冒険者で私は冒険者ギルドのマスターであり、様々な抑圧から君たちの保護をするのがその役目でもある。今の私はその信条に基づき行動していると理解して欲しい」
そこまで言うとデイドラさんはミヤコの縄を解いて彼女を自由にする。途端にミヤコが俺に食ってかかる。
「おじさん、どういう事。私達が罪人として手配されているって何?」
「正教会の政治的な何かだろう。とにかく俺達の存在が邪魔になったらしいな」
「そんな身勝手な。自分達で無理矢理私達を連れて来て、そんなの酷い」
「それで、デイドラさん。俺達はどうすればいいんですか?」
「最初はトリモーマイ公爵家に頼み君たちの庇護を頼もうかとも思ったんだがな、君達はどう見ても勇者ではないから正教会との交渉材料にされかねないと思いそれは諦めた。正教会は没落したとはいえこの神聖タミナスを二分する程の一大勢力、君達が隠れ潜み生き続けるのにも限界があるだろう。だから私は君達三人を神聖タミナスの外へと送り出そうと考えた」
デイドラさんが家のドアを開け一人の男を招き入れる。
「彼は私が古くから使っている情報屋でシド。彼に逃走の準備を整えて貰っている。具体案はこうだ」
デイドラさんが俺達三人に計画を説明する。
神聖タミナスからの陸路での脱出はアンデッド領域を越えねばならず不可能であると前置きし、まず吸血鬼再調査の名目で俺達は廃ダンジョンの奥地へと入り、ダンジョンと繋がっている鍾乳洞を通り西の海辺へと至る。廃村となっている漁村に食料や水を用意した小舟が確保してあるのでそれを用いて海から大陸の南にあるカリート王国を目指すというものだった。
「船までの案内はシドが行う。近海での漁を目的とする漁船だから遠洋には出られない。だから陸地に沿って海を南へと進み、まずは南の港町の廃墟リューヤンベイを目指すんだ。そこからはかなり危険な難所になるだろうが、それさえ越えれば安全な地へと向かえる筈だ」
「それしか手は無いんでしょうね」
「この地に残るよりは生き残る可能性が高いと思う。それに時間も無い、すぐこの足で出発してもらうぞ」
俺はトオルとミヤコに確認する。
「トオル、ミヤコ、いいな。すぐに出発するぞ」
「嫌よ。私は行かないわよ。トウマを探さないと…」
「いい加減諦めろミヤコ。トウマはもういない。認めるんだ」
「この薄情者、トウマは生きて」
俺はミヤコの頬を平手でぶっていた。俺の一撃でミヤコは頬を押えて黙り込む。
「トオル、ミヤコを頼む。引きずってでも連れて行くんだ。すぐに出発する」
そう告げてトオルとミヤコ、道案内のシドを先に外へと出し、俺はデイドラさんと二人で向き合う。
デイドラさんが俺の胸に頬を寄せて言う。
「本当は行かせたくない。リュウセイとずっと一緒にいたい」
「俺もですデイドラさん」
俺はデイドラさんをギュッと抱きしめ、そして感極まって声に出した。
「デイドラさんも俺達と一緒…」
言いかける俺の唇を彼女は人差し指で押えて制する。彼女は小さく首を振って笑ってみせた。
「私にも立場がある。私が居なくなると冒険者ギルドは崩壊してしまう。
これでも一応ギルドマスターだからな。それにあのがさつでどうしようも無い出来損ない連中は私の子供みたいなものだからね。置いてはいけないよ。
だからリュウセイ、私と君はここでお別れだ」
デイドラさんが顔を上げて目を閉じる。俺はデイドラさんと唇を合わせ、さよならのキスを交した。
少し遅れて出て来た俺をトオルとミヤコが迎える。
「遅かったわね。まあいいけれども」
「ミヤコ、さっきは済まなかったな。いきなりぶったりして」
「痛かったけれど、心配してくれてありがとうおじさん。もう気にしてないよ」
トオルがミヤコの後ろで俺の顔を見ながらニヤニヤしている。 何というか、久々にミヤコと普通に話した気がする。
「さあ、行きますよ。急いで」
案内役のシドに急かされて俺達は荷物を抱えて廃ダンジョンへと歩を進めた。
* *
廃ダンジョンの最下層となる五階層奥地から外へと伸びる空洞、それを進むと海へと通じる洞窟へと繋がる。
全体で二百人近くの兵士が未だダンジョン内に駐留していて、三階層と五階層の二カ所を拠点にして巡回任務を行っていた。冒険者ギルドによる吸血鬼の再調査を名目として俺達はダンジョンに入っているので、特に誰何される事も無く比較的スムーズに最下層までは踏破出来たが、そこから海へ続くという洞窟が予想よりもずっと長かった。結果海へ出て小船が隠してあるという二つ目の廃村まで到着するのに三日の日数を費やした。
「そんな、あり得ない。船が…それに水も食料も消えた」
砂浜にある目的の漁師小屋の中でシドが膝を折る。
彼の目の前には打ち壊されあちこちが破損した小船が一艘。どうやら何者かが俺達の逃走用に用意した船を破壊したという事だ。
「待ちくたびれたよリュウセイ」
振り返ったそこに立つ四つの影。放たれた弓矢が案内人シドの胸を射貫いて絶命させる。
「お前達、何で!」
現われたのはDランク冒険者『安らかに眠れ』のモンシェル、ポカチップ、マーガレットにポッカルコーンの四人。
「動くなよ。ポカチップの弓の腕は一級だ。武器を捨て両手を上げて見せておけ、生け捕りにした方が報償金が高くなる。だが殺せない訳じゃ無い、殺すと金額が半値になるってだけだ」
「見逃してはくれない様だな」
「悪いな。報償金が一人頭金貨百枚。これを見逃す手はないからな」
「何でここが分かった?」
「お前とギルマスの事はそれなりに噂になっていたからな。そのギルマスが廃ダンジョンの再調査を今更行うなんて言って出て行った。他の連中はギルドを張ってお前達を待ち構えていたみたいだが、俺達はギルマスの後を追った。
そしてそこで死んでいる男が何やらコソコソしているのを見つけた。それでこれは当たりだと踏んでお前達が現われるのをずっと待っていたって訳さ」
「そうか、ならお前達がここに来ている事を知っている奴はいないんだな」
「何?」
俺は高く伸ばして掲げた両手をクロスさせ左義手の紐を引きながら腕の魔石に魔力を込める。その腕をポカチップに向け彼の頭部を風魔法の刃で撃ち抜き、そのまま次の標的をマーガレットに切り替えて発射。
ポッカルコーン、モンシェルの順に四人を撃ち抜いていく。
モンシェルとポッカルコーンの二人を一撃では倒せなかったが、トオルとミヤコがすぐに動いた。トオルがモンシェルに覆い被さり、ミヤコは逃げ出したポッカルコーンを追う。
「トオル、お前に人が殺せんのかよ。臆病者のお前が」
トオルの槍を掴みながらモンシェルが言う。トオルが叫びながら手に持つ槍に力を込め、モンシェルの胸を貫く。
モンシェルが動かなくなったのを確認してトオルが立ち上がる。返り血を浴びたミヤコが血の付いた短剣を手にして戻って来た。
俺はモンシェルの左腕をロングソードを当てて斬り落としながら二人に言う。
「すぐに動くぞ。まず自分の冒険者カードをこいつらのと入れ替えろ。俺はモンシェル、トオルはポカチップ、ミヤコはマーガレット、そこの女のものを」
トオルとミヤコの二人も俺の意図を理解した様で自分達の冒険者カードを彼等のものと交換する。人数を合わせる為にポッカルコーンの遺体を砂に埋めて隠し、近くにあった彼等の野営地で食料と水、それに彼等の持ち物を漁った。
「どうするのおじさん。こいつらと入れ替わって暮らすなんて無理だよ。顔を見られればすぐにバレちゃう」
「ああ、この神聖タミナスから脱出する方針は変わらない。これは時間稼ぎと道中怪しまれずに移動する為の処置だ。
俺達は人目を出来るだけ避けながら移動してテアッドの街の東にあるアンデッド領域のすぐそば、大きな木の立つ廃村へと向かう」
「大きな木の立つ廃村?」
俺はコガ村の商人の遺品であった『青き衣の少女人形』を鞄の中から取り出して二人に見せる。
「人形?」
「俺が聞いた話だが、これはアンデッド領域を渡るという馬車に乗ることの出来る通行証らしい。その馬車が立ち寄るのがその大きな木の立つ廃村だって事だ」
「そんな馬鹿な話を信じるの? どうかしてるわ」
「普通に考えたらそうだろう。だが吸血鬼や魔法、それに人間離れした力などとても常識では信じられないものを俺達はこれまでに見て来た。だからそれが嘘とも言い切れないと思う。
これはそれなりに信用出来ると思った男から得た話だ。まずはそれに賭けてみよう。それが嘘ならその時に次を考えればいい」
俺の提案以外にミヤコもトオルも方策が思い当たらない様で、とりあえず二人は俺の言に従ってくれた。人目を極力避けながらの歩いての逃避行。
俺達の長い旅が始まった。




