光の終焉
神聖タミナスの東の街テアッドより更に東へ馬車で約三日の距離に人間生存圏をアンデッドの侵入から守る為の境界防壁の建設現場は存在する。
そこで働く数千の工事人足達がその作業の手を止め見守る先では正教会の誇る神聖騎士団が無数のアンデッド達が徘徊する死の領域へと歩を進めようとしていた。
「前衛部隊前へ、これよりアンデッド領域へと進軍を開始する」
神聖騎士団騎士団長バークレムの声で約二千名の神聖騎士団の一部、二百名から成る前衛部隊が静かに動き出す。
これを率いるのは副騎士団長のクリュグ。
彼が受けている命は同行する勇者認定された『光の戦士』ハラグチとキョウコの二名の警護である。すぐに軍の越境を感知してかアンデッド達が動き始めた。
数匹の群れが合わさり数十の群れ、数百の群れへと膨れ上がり、それはすぐに万の軍勢にまで達する。
前衛部隊の前方から砂埃を上げて平地を埋め尽くすが如く数で進み来るアンデッド達の大軍が見えてくる。
「全隊停止、楔形陣形」
前衛部隊は馬上のハラグチとキョウコを先頭とする凸陣を形成して盾を構えた。
「勇者殿の『聖なる光』の力に続き魔法部隊による爆裂魔法攻撃を加える。魔法部隊詠唱を開始」
副騎士団長クリュグの命が次々に発せられる。
『光の戦士』ハラグチがその全身から放つ光を正教会は邪なる存在を払う『聖なる光』であるとしている。実際にそれがどのような効果をもたらすのかは定かでなかった為に正教会の過去の記述にあった聖女達が用いた特殊な力『聖女の光』と同等のものであると定義したのだった。
ハラグチ自身、自分の発する光の力が如何様なものなのかは知らなかったが、正教会の権威達がこぞって自身の能力を素晴らしいと褒め称えて効果を説明する。
ハラグチはその言葉を信じ、自身にはやはり邪を滅する特別な力があると認識したのである。
正教会が剣術も馬術も初心者並のハラグチを急ぎ戦場へと送るのには理由があった。
彼の齢が既に五十を超えている為に、いつその力が陰りを見せるかもしれない事を恐れたのである。広大なアンデッド支配地域の奪還、二度と召喚する事が叶わぬ貴重な勇者という存在があるうちにと焦る気持ちも分からないではない。
本隊からかなり離れた距離に突出する形で陣形を組む前衛部隊に襲いかかるのは、ユウキが召喚した異世界ゾンビにより感染増殖した約二万弱のゾンビの群れ。
これらは直接感染によって増殖するアンデッドありこの星の魔素と暗黒系魔術によって製造されたアンデッドとは異なるために神聖系魔法の影響を受けない存在である。
そして彼等は知らない。
旧帝国領内のアンデッドを統制するために置かれた約八十体のリッチのうちのほぼ半数が、アンデッド皇女ユウキの指定した境界線をアンデッド達が越えない様に神聖タミナスを囲む境界沿いに配されているという事実を…、その為にこの軍勢はゾンビのみの集団では無く、その更に後方には名も無きリッチが控え指揮を執っているのである。
ゾンビの群れを前にしてもハラグチは怯まなかった。
フルプレートに身を包んだ『光の戦士』ハラグチは剣を頭上に掲げて叫ぶ。
「聖なる光よ。邪悪なる存在を滅せよ」
彼の体から全力で発せられる強烈な眩い光、その輝きから逃れようとゾンビ達は腕を伸ばして視線を覆い、全力で駆けていたその動きをピタリと止めたのである。
同時にその光は味方の視線をも遮ったが、兵士達は目を細めて歩を止め動揺するアンデッド達の姿を確認する。
「怯んだぞ、爆裂魔法斉射。ゾンビ共を薙ぎ払え」
副騎士団長クリュグの声と共に陣の中央で詠唱を完了した魔法使い達が弧を描くように一斉に爆裂魔法をゾンビ達の群れへと放つ。
ハラグチの目の前で無数の爆発に巻き込まれて四散していく数十のゾンビ達。
初めての戦いの開幕での文句なしの戦果、それを目の当たりに見たハラグチは高揚感に包まれていた。自身の力がこの勝利を導き出したのだと。
「私はやれる。この世界でなら」
足の止まったゾンビの群れに爆裂魔法が着弾する度にゾンビ達は四散し崩れていく。ハラグチの目が輝き、その高揚感はついには最高潮にまで達していく。
最高学府を卒業し、日本の未来を変えてやると政治の道へと進みむも大きな芽も出ず燻り続けた。政党を点々とするうちに抱いていた政治信念は消え、総務大臣として地方創生などに尽力したが党が野党へと転落するとそれ以降は目立った活躍の機会も無いまま、気付けばいつの間にか自身の生活の糧を稼ぐ職業としての政治屋へと成り下がっていた。
ただ選挙に当選し職業として政治屋を続ける為に、実現する気も無い公約を掲げて有権者に媚びを売る生活。そんな俺がこの世界では唯一無二の力を持つ勇者だと認められたのだ。
誰も成しえないと言われた偉業、アンデッド災害から人々を救える唯一の存在。それがこの私だ。
「者共続け、勝利の為に」
『光の戦士』ハラグチは馬腹を蹴り剣を構えたまま一人ゾンビ達の群れの中へと突撃して行く。副騎士団長が慌てて彼を制すがその声は届かない。
「二騎続け、勇者殿を連れ戻しに行く。部隊は現地点にて攻撃を継続」
「ちょっと」
魔法使いキョウコが声を上げるが副騎士団長クリュグはそれを無視して騎馬を走らせる。再びゾンビ達の群れの中でハラグチの眩い閃光がほとばしる。
光がどんどん遠くなっていき、前衛部隊二百名に向け多少数は減ったもののほぼ無傷の二万のゾンビの群れが襲いかかる。
その状況を一人馬上という高見で見ていたキョウコは水魔法を放つ。何体かのゾンビに水の刃が突き刺さるがゾンビ達は構わず押し寄せてくる。
「こんなの無理よ」
キョウコは一人恐慌して馬を返して逃げようとするが、周囲の兵達が邪魔で思うに馬を動かせない。
「どきなさいよ。邪魔なのよ」
声を荒げるキョウコの姿を見かねた兵士達が彼女を落ち着かせようと馬から引きずり降ろす。当然の事ながらキョウコは更に逆上する。
召喚者三上京子は火魔法適正の多いこの世界の人間達の中で珍しく水魔法適正を持ち得た者である。それは彼女が子供の頃に見たセーラー戦士のアニメの記憶に寄るところが大きかったのかもしれない。
彼女は時間をかけ魔法を習熟していけば将来は優秀な魔法使いとしてAランク冒険者やSランク冒険者、はてまた宮廷魔術師筆頭クラスの存在になり得たかも知れない。
しかし現時点で彼女はようやく初歩レベルの魔法を放てる程度の駆け出し魔法使いに過ぎなかった。
前衛部隊がゾンビの群れとぶつかり、それは津波の如き勢いで上下左右より彼等を襲った。みるみるうちにゾンビのうねりの中に飲まれ消えていく前衛部隊の騎士、魔法使い達。
「いやあ、死にたくない。離して、痛い。咬まないで~」
異世界召喚者キョウコの絶叫だけが虚しく大地に響いていた。
副騎士団長クリュグと随伴の二騎の騎士達はゾンビの群れを突破する事が出来ずにその中に消えた。そんな中唯一『光の戦士』ハラグチだけがその海を突破し渡りきった。
お気付きだと思うがハラグチの放つ光に邪を払う力など皆無。神聖魔法の効かないゾンビ達が相手であるから光の効果が発揮できないのでは決して無い。
彼がなぜ『光の戦士』の称号を持ってこの地に召喚されたかは不明だが、それは元の世界での彼の行動に起因するのは確かだろう。
ハラグチが召喚によって導かれた選ばれし者だというのは事実である。
かつての帝国は『邪神討伐』『魔王討伐』『武力による大陸統一』の想いを込めて異世界人達を召喚した。しかしながら今回の召喚に於いて正教会が望んだのは『政治的復権』であった。
その為、政治家であったハラグチが召喚のターゲットとなりこの世界へと呼び寄せられたのであり、当然彼には勇者としての資質など皆無であった。
この世界の神の力が衰えたことで生まれ来る子供達は先天的な職業資質である『天性』を持たない。それと同じ現象が召喚者達にも起こっており、もし仮にハラグチが『天性』を持ち鑑定を受けたならそこには間違いなく『政治戦略』なる文字が浮かび上がったに違いなく、彼の持つ能力を活かせば水面下で政争を続ける貴族達と正教会をその力で導き一つに纏め、彼の総務大臣としての経験は神聖タミナスの人々をより豊かな生活へと導けたかも知れない。
だが現実は残酷で、彼は資質とは程遠い武の一駒として地獄へと送り込まれた。
『光の戦士』ハラグチの前に立ち塞がるのは一体の浮遊する名も無きリッチ。
ハラグチが剣を振り上げ眩い光を発しながらも悪の化身の如き存在に勇ましくも立ち向かう。リッチから放たれる死の力を浴びた乗馬と彼の体は腐敗し崩れ、そして塵となって消えていった。
さらば『光の戦士』ハラグチ。神聖タミナスを統一する力を持つ政治指導者は、その力を発揮する事無くアンデッド災害地に没したのであった。
* *
『光の戦士』ハラグチ達の敗北。
その凄惨な光景を目の当たりに見たのは神聖騎士団本隊だけでは無かった。境界城壁を築く為に集められていた人足達はその日の出来事を酒場で語り、それは商人達や旅人を通じて瞬く間に神聖タミナス全土に広がっていったのである。
この頃になるとタミナスの街の近郊に出現した上級吸血鬼討伐の知らせも朗報として神聖タミナスの地を湧かせ、この地を統治する貴族家の名声は高まり、反対に正教会の敗報はその名声を地に堕としたのである。
「正教会アンデッドに敗れる」の詳報が観戦武官や神聖騎士団団長のバークレムからもたらされると、正教会総本山首脳部は大混乱に陥る。
「勇者ハラグチの『聖なる光』はアンデッドに効果を現さず、ただの目眩ましに過ぎなかったというのだな。それでは勇者を騙る詐欺師では無いか。その様な者を勇者認定したと外部に漏れるのはマズい。すぐに箝口令を敷き、召喚の儀式そのものを無かった事にして隠蔽する」
「では法王様、当方で預かっている老人達は如何致しますか?」
「秘密裏に処分せよ。全てを闇に葬るのだ」
集まった上級司祭の一人がその決定に対して怪訝な表情を示し、そして法王へと意見を申し出る。既に四名の異世界召喚者を『無能』として野に解き放っているという事実をである。
法王ラムゼスはリュウセイ達四人に対しても「全てを闇に葬れ」という非常なる決断を下す。
この日から星崎流一、山谷通綱、長山宮子、藤井斗眞の四名は正教会の財を盗み出した罪人として神聖タミナス内に手配の触書が立ち、それは数日遅れてタミナスの街の各所にも掲げられたのである。




