俺達の異世界召喚
光が解け視野が正常に戻ると、俺は複数の得体の知れない姿をした連中に取り囲まれているのを理解した。
正確にはその服装から俺の他にもいる様だから俺達か…、しかしここは石造りの古めかしい建築物の中だろうか、少し薄暗い明かりしか確認出来なくて、建物の外の景色は真っ暗でよく見えない。
だが明らかに異様なのは俺達を囲んでいる奴らの姿だ。
紋章の描かれた鉄の鎧に身に纏い帯剣した騎士の様な者達が十数人。そして大半はローマ教皇の正装みたいな神官服を着ている。一目でそれが何かの宗教関係者だと分かる。
「おお、これ程の人数の勇者を一度に召喚できるとは、素晴らしい成果ではないか。死んでいった者達の犠牲は無駄では無かったな」
一番偉そうな服装をした年寄りがそう声を上げる。
「召喚? これってまさか…そういう事なのか???」
頭が混乱しているが、俺の持つ知識だと小説やアニメでお馴染みの異世界召喚とやらに巻き込まれた可能性がある。いや、異世界と決まった訳じゃ無い。
奴らの言葉が理解出来ている。ならば現実世界の何かの怪しげな魔術的なものに巻き込まれたのかも知れない。情報が、情報がもっと欲しい。今の現状を判断できるだけの…。
「何だこりゃ。おい、てめえら、ここは何処だ。俺達に何をした? さっさと答えろ。ただじゃおかねえぞ」
腕にファッション入れ墨の入った若い兄ちゃんが声を上げる。彼も偶然この現象に巻き込まれたのだろう。見るからに愚連隊っぽい彼はポケットからナイフを取り出すと一番偉そうな老人の方へと向かっていく。
「無礼者、下がれ」
「うるせえぞ!」
いきなり手に持つナイフで前を塞いだ二人の騎士に斬りかかるやんちゃな兄ちゃん。騎士はその攻撃をヒョイと躱すと腰の剣を抜き放ち剣を一閃。
胸を逆袈裟に斬られ血を噴き上げる兄ちゃんが、俺達の方を振り返って助けを求める様な視線を投げかける。
「おい、マジかよ。何だよ…いった…」
俺達全員の目の前で白目を剥いてその場に倒れ込み血の海に沈む兄ちゃん。その光景に女性達が悲鳴を上げ男達は声を失った。
神官服を着た男達に運ばれて行く兄ちゃんやローブ姿の男達。ローブ姿の男達も見るからに息をしていない。彼等も死んでいるのかもしれない。
怯える俺達を余所目に一人の騎士が前に出てくる。
「静かにしてもらおう。特に騒がなければ君達に危害を加えるつもりは無い」
何も言えない俺達に向け、その壮年の男性は言葉を続ける。
「私は正教会神聖騎士団長バークレムだ。我らは亡国の危機に際し過去何度も君たちのような者達を異世界より招き、その窮地を乗り越えてきた。
故に君たちのような存在の扱い方をそれなりに心得ているつもりだ。
出来うるならば此度も我らに協力的であって頂ければ、互いに悲劇を生む事無く穏便に事は運ぶだろう」
柔らかい言葉で言ってはいるが、要約するなら「こちらの言う事に大人しく従え、さもなくば分かっているな?」って事みたいだ。剣を突きつけての問答無用の脅し文句だな。
彼の言葉に対して最初に口を開いたのは原口議員候補だった。
「私は議員を務めている原口という者だが、協力とは、具体的に何をすればいいのかね?」
「議員? 異世界の評議委員か、ただの年寄りでは無いという事か…、では原口殿、皆さんの中に我らを救う力を持つ勇者がいるかどうかをまず調べさせて頂きたい。我らの調査に大人しく従うよう、お仲間達に伝えてくだされ」
「わっ分かっ…いや、承知したバークレム殿。そっそういう事だ皆、ここはまず彼等の言う通りにしてみてくれ」
原口の演説を聴いていた数人の聴衆達が頷く、あの原口が俺達の代表顔するのは気に入らないが、ここはまず彼の言う通り従うべきだろう。それで当面の命は保証される。
俺達の前に持ち出されたのは大きな水晶球の乗った台座だった。それが二つ。
俺達は二列に並んでその水晶球に手を当てていく、俺の番は随分後なのでこの事件に巻き込まれた連中を少し観察してみる。
この事件に巻き込まれたのは原口議員候補、俺、年若いゴミ清掃員、高校生の男女二人、選挙関係者らしき女性、そして原口の演説を聴いていた人達が六人の十二人、先程殺された一人を加えれば十三人って所だ。
しかも年齢層が高い。
原口議員候補は確か五十歳を超えているはずだし、聴衆の六人も俺の目利きでは四十代が二人ぐらいであとは六十を超えている高齢者といってもいい。
順番に水晶球に手を翳していく人々、それに対して真剣にそれを覗き込んでいる神官達の表情が妙に険しい。
そして俺の番が来た。
勇者を判別する装置ってことは、つまりこの水晶球は鑑定かなにかの力を持つのに違いない。異世界召喚の定番のチートスキル、一体俺は何を手に入れているのやら。
だが俺の予想に反して水晶球を覗き込む神官の表情は険しい。彼は舌打ちしながら小さく呟いたが、俺はその言葉を聞き逃さなかった。
「ちっまたか、スキル無しの無能」
そして三分の二程の鑑定を終えて神官が一番偉そうな奴に進言している。その言葉を聞き偉そうな老人が目を見開き思わず声を上げた。
「全ての召喚者が能力なしだと。天性さえ持たぬ無能だというのか」
ハッとして彼は声を抑え、言葉を改める。
「だがまだ数人は残っておる。希望を捨てるわけにはいかぬ」
原口議員候補の選挙関係者らしき女性が水晶球に手を当てると、水晶球が薄く光るという俺達の時とは違う反応が現れた。
神官達や騎士達の注目が集まるが、水晶球を覗き込む神官は小さく首を振る。
「魔力操作です。魔法適正がこの女性にはある様です」
魔法と聞きその女性は嬉しそうな表情をわずかに浮かべる。
そして列の最後の原口議員候補の順番だ。彼が水晶球に手を翳すと先程の女性同様に水晶球が薄く光る。神官が驚いた顔でその場を離れ、偉そうな老人の元へと走り寄り報告する。
「能力、天性は無いが称号を持つ者だと。『光の戦士』の称号…つまり彼が我らの探し求める勇者、勇者様」
一番偉そうな老人が高見から降りてきて原口議員候補の前で跪いてみせる。それに倣い周囲の神官や騎士達も膝を付く。
「私は正教会を束ねる法王のラムゼスで御座います。『光の戦士』ハラグチ様、どうかこの世界の危機を救うため我らにそのお力をお貸し願いたい」
「私が『光の戦士』? 実感は無いが、私がその選ばれた勇者という事ですか…。
ラムゼス法王、頭を上げてください。私はあなた達への協力は惜しみません」
「おお、おおハラグチ様」
原口とラムゼス法王が手を取り合って向かい合う。そして原口議員候補、否、光の戦士ハラグチか…、がこちらに振り返り俺達に言う。
「どうやら私を呼び出す儀式に皆さんは巻き込まれてしまった様です。私が法王と交渉し、皆さんの事は無下に扱わぬようにと頼もうと思っています。ですから、皆さんも私に協力してください」
女子高生が声を上げる。
「私達は帰れるの? 元の世界に帰してもらえるの?」
その言葉にハラグチが法王に対して問うてみる。
「勿論で御座いますよ。呼び出すことが出来るのですから、送り返すこともまた可能。私達に協力し世界に安寧をもたらした暁には必ずや元の世界に送り届けると約束致しましょう」
法王の言葉にハラグチは頷き、そして女子高生に近づき言う。
「そういう事です。大丈夫ですよ、私を信じて」
コクリと頷く女子高生、だが俺はその法王の答えに大きな疑問を抱いたし、何よりハラグチの手下になって働くなんて御免被る。
何せ俺は奴の政治家としての振る舞いが大嫌いだったからだ。だから俺はこの場を穏便に去る為に奴らに提案した。
「あの~、俺はどうやら召喚に巻き込まれただけの一般人ですので、このままここに残っても役立たずで返って皆さんの迷惑になると思います。それで提案なのですが、いくらかの生活費を頂ければ私はここを去り一人で生きて行こうと思うのですが、どうでしょうか」
法王が騎士団長と共に何やらヒソヒソと会話しながら頷いている。すぐに話は纏まった様で騎士団長が俺に向けて「いいだろう。すぐに手配する」と短く言った。
俺は一応その場の皆にも声を掛けてみる。それが俺がここに残っている人達、同じ巻き込まれ仲間として出来る最後の行動だったからだ。
「俺と来る人はいますか?」
俺の問いに逆に問いかけてきたのはこの中で一番高齢そうな七十代ぐらいの女性だった。
「あなたは何をしている人? 警察官か自衛官か何か?」
「いえ、俺は広告代理店の営業ですね」
「そうサラリーマンの人なのね。そこの原口宏一さんは国会議員の先生よ。私は議員先生の方に付いて行くわ」
職業的な信頼度ってやつか、他の連中も同じ様な感じらしい。
結局俺一人ってことに…。
「はいはいはい。俺、俺は行くよ。無能の居候じゃ居心地悪いしな」
そう言って声を上げたのはゴミ収集作業員の若い男性だった。そして高校生の男子も手を上げる。
「僕もご一緒させてください」
「ちょっと先輩、ここにいないと元の世界に帰れなくなっちゃうでしょ。あんなリーマンのおっさんなんかについて行くなんて」
リーマンのおっさんで悪かったな女子高生。
でも先輩学生の意思が変わらないと知ると、彼女も渋々俺達に付いて来ることにしたみたいだった。
外は日が落ちたらしく、今晩だけは俺達にも正教会が部屋を用意してくれ、世話係らしい神官見習いの子供に明朝旅立つ様にと言われた。
各自が手渡されたのは銀貨四十枚の入った袋とそれぞれが希望した護身用の武器、それと正教会発行の身分証の様なもの。
俺が手に入れた武器はロングソードと呼ばれる鉄の剣でゴミ収集作業員の彼は槍を一振り、そして高校生の男女二人は短剣をそれぞれ一本づつ。
そのどれも廃棄品か何からしく、刃こぼれや錆びも浮き出ていて状態が酷く無いよりはマシという程度のものだった。
四人同じ部屋に押し込まれた俺達。女子高生は不満たらたらの表情で俺を睨むが、それって俺のせいか?
「しっかし異世界召喚でスキル無しの無能かあ~、ないよなあ~」
ゴミ清掃作業員の彼はそう嘆いているが、俺はそうは思っていない。すでに俺達はいくつかの能力を付与して貰っている。その一つが言語能力。
奴らと皆支障なく話せていたのがその証拠だ。だから俺達には他にも何かあるに違いないと俺は思っている。そして俺と同じ事を考えている奴がもう一人、高校生男子はどうやら俺と同様に何かを感じとっている様だった。