死線
ふんと鼻を鳴らして剣を構える側近らしき吸血鬼の女。
対する俺も笑っては見せたが正直かなり分が悪い。防御に回れば何も出来ずに殺られるだけ。特にチェインメイルを貫くあの女の力ずくの突きはヤバい。
「おりゃあああ」
俺は一気に攻撃に転じる。
俺の剣をその場で棒立ちのまま払いのける女吸血鬼。それでいい、それで主導権の一部でも俺が握れれば儲けもの。
大きく剣が弾かれないように鋭く速くだ。デイドラさんの剣の軽さがそれを可能にしてくれている。
それでも腹を薙ぎ払われ、空振りした拍子に背を斬られるがギャリリと火花が散ってチェインメイルがその刃を受け止めてくれた。
斬られちゃいないが棍棒でどつかれた様な衝撃が俺を襲う。金属バットで殴られて目から火花が出るって感じに良く似ていた。軽く振っている様なのに、バカ力女め。
「ぬりいのお。まだまだじゃけえ」
声を上げて意識を無理矢理戻してドンと踏み込み再び剣を振るう。
「ぐうっ」
今度は鎧の無い太股を深く斬られて動きを止められた。口を拭う振りをしながら俺は左手に束で握っている細い携帯用回復ポーションを口に含んでゴクリと飲む。
飛び散る鮮血がピタリと止まって再び俺は前に出る。
女吸血鬼も俺の体の異常な回復を不審に思い始めたのがその表情からも分かる。
そして戦ってみて何となく分かって来た。
この吸血鬼女は剣の扱いが素人だって事がだ。こいつはその身体能力の高さと腕力で闇雲に剣を振るっているのに過ぎないって事をだ。
だからって俺が優勢になる訳じゃ無い。すでにどれだけ斬られたか分からないぐらいの傷跡は残っているし、俺の振るう剣はまだ一撃も女吸血鬼を捉えていないからだ。
(やばいっ)
俺の突きを躱すと同時に女吸血鬼の横薙ぎの剣が俺の首を跳ね飛ばそうと狙う。
その大きな動きが見えた事でかろうじて俺はそれに反応出来た。
左腕の肘を上げての防御。
吸血鬼女のロングソードが人間の骨の一番固い部分、肘の上数センチの所に食い込むと同時に鈍い嫌な音が聞こえた。女が剣を振り切らずに引いたので腕ごと首を刈り取られはしなかったが、俺の左腕の傷は骨まで達してその骨もどうやら砕けたか折れたかしているらしい。
何よりその衝撃で握っていた携帯用回復ポーションの束を全部地面に落としてしまったのが痛い。
両胸ポケットはもう空だが、まだ腰の内ポケットには十本ぐらいのポーションの予備がある。左腕の止血をしないとかなり出血がヤバそうだ。
俺は一旦大きく退がりポーションを取り出そうと意識の一部を自身の服に向ける。その選択は明らかに間違いだった。
チェインメイルを突き破り俺の腹に深々と突き込まれる吸血鬼女のロングソード。俺が反応する事が出来ない速さで突き込まれたその刃は俺の体を見事に貫通している。
突かれた衝撃と驚きで目が見開く、体が動かない。
吸血鬼の女は興奮した様に息を荒げ、俺の武器を持つ手を左手で押さえつけ、剣を手放した右手で俺の左肩をグッと掴むと体を俺に密着させて鋭い牙を剥き出しにしたその口で俺の右首筋に嚙みついた。
剣を持つ右腕は凄まじい力で押さえつけられ動かせない。
嚙みつかれた首は痺れて感覚が無く、何かがごっそりと奪われていく無力感に襲われる。
「ああ、ああああ」
突然俺の意識とは無意識に下半身からしょんべんが大量に漏れ出す。
(何だこれは、体の自由が…。こんな格好悪い姿で俺は死んでいくのか? いいや、させん)
「気合い、じゃけえ~」
声にならない言葉を吐きながら、俺は拘束されていないズタボロの左腕に力を込める。
(動け、動け、動け~)
中指から下二本の指だけがどうやら動く。吸血鬼女の背に腕を回し女の後ろ髪を握り引き、女の顔を俺の眼前に引き寄せる。
(噛みつきが吸血鬼の特権じゃと思うなよ)
女の横顔、その耳に俺は食いつきその耳を千切り取る。これにはさすがに吸血鬼女も悲鳴を上げて俺の首から牙を離した。
チョーパン。
両手が塞がった接近戦での喧嘩技。吸血鬼女の顔が僅かに歪み、両手の力が一瞬解けた。
女の食い千切った筈の耳が再生し腫れた顔の痣がみるみる回復していく。
俺はこの一瞬に全てを賭けた。もう同じチャンスは二度と来ない。右手の剣を逆手に持ち替え体を左に回しながら右肘をぐるりと突き出す。
(吸血鬼といえども視界外からの一撃は避けられまいが)
超接近戦での左下方から上段へ向けての袈裟斬り。
「ぶちまわすけえのお!」
初めての手応え。俺の剣が女吸血鬼の左脇腹から胸をザックリと斬り裂く。
慌てて跳び退いた吸血鬼女が信じられないという表情で傷口と俺を交互に見つめ、その傷口が炎を吹き上げるともがき苦しみながら燃え尽きていく。
「まぁだ、えっとおるのお」
千切れかけて殆ど動かん左腕、腹には剣がぶっ刺さっとる。痛すぎて目から涙が溢れて歯食いしばりながら何とか耐えとる。しょんべん漏らして濡れたズボンが冷やりとするのがちいとばかり悲しい。
「根性…じゃけえ。…まだじゃけえ」
声にならない声を上げながら剣を引きずりフラフラと五匹の下級吸血鬼に向かって歩くリュウセイ。彼の目がぐるりと回り白目を剥いてその場に崩れた。
五体の下級吸血鬼が奇声を上げて一斉にリュウセイに襲いかかる。
死亡していると言われていた回復術師の女性が高速で駆け寄り彼女の振り抜く棒きれがバキリと砕けるが、その尋常で無い一振りで五体の吸血鬼達が空堀の壁面へと吹き飛んで壁の中へ深々とめり込む。
リュウセイの顔をその豊満な胸に埋めて抱き留める回復術師の女性のローブが地面に落ちると、漆黒の露出の激しいドエロい衣装に体中を覆う過剰な装飾品の数々が露わになる。
「ジョウノウチ、そっちは?」
「片付けましたよビオラ様。うちの者を殺ってくれた仕返しはキッチリとです」
ジョウノウチと呼ばれて姿を現われたのは、ケープと呼ばれていた魔法使いの女性。彼女は今は双剣を手にした革鎧に身を纏った姿をしている。
ビオラと呼ばれた漆黒の衣装の回復術師の女はリュウセイを横に寝かせるとその状態を確認する。
「結構咬まれているね。それにこの左腕はもうダメそう」
そう言うとビオラはリュウセイの額に指で文字を描いていく。
「聖印を描いて清めたから、おじさんは死んでもグールにはならないよ。ジョウノウチ、おじさんの治療を出来る範囲でお願い。そろそろ本命が降りてくる」
「珍しいですね。ビオラさんが人助けに動くなんて」
「何となくね。そのおじさんからは懐かしい匂いがしたんだ」
改めてジョウノウチがリュウセイの状態を確認して絶句する。
「これ、止血ぐらいしか出来ませんよ。回復ポーションの手持ちなんか無いですから、腹に刺さった剣を抜くわけにもいかないですし」
空堀に送った手下の吸血鬼の全滅を見た上級吸血鬼がビオラ達の前にヒラリと降りてくる。
立ち上がり彼に相対するビオラはつまらなそうに言う。
「上級吸血鬼が確認されたのはここと小三国の二カ所。ハズレを引いたと分かったから適当に死んだ振りして帰ろうと思ったんだけれど、まあ仕方ないか。このビオラ様が相手してやるよ」
「回復術師の女如きが…、神聖魔法の力の弱まったお前達なぞ既に取るに足らぬ存在よ」
「そうかい。じゃあ試してみるといい」
「回復術師が無手で私に挑むなど、一万年早いですね」
不敵に笑う上級吸血鬼。ビオラは表情を崩さず一言だけ呟いた。
「来い。聖斧ファルム」
ビオラの手に突如として現われる聖武具のバトルアックス。
飛びかかる上級吸血鬼に向けてビオラ渾身の戦斧の一撃が振り上げられる。
* *
闇夜に走る閃光。
ビオラの振り上げた戦斧の一撃で上級吸血鬼は消し飛び、その衝撃は吸血鬼の背後の空堀を大きく断ち割り小さな砦を斜めに斬り裂いた。
斜めにずれ落ちて崩壊する砦、それと同時に上級吸血鬼の血族であった下級吸血鬼達はその血の支配を断たれた事で大混乱に陥る。
下級吸血鬼の群れと戦っていた騎士団と冒険者達の目の前でその変化が起こった。
ある吸血鬼は戦意喪失しその場で呆然と立ち尽くし、ある吸血鬼はその場で喚き泣き崩れる。ただ大半の吸血鬼達は恐慌状態に陥り戦意喪失して逃亡を開始。その大半は崩壊した砦の方角へと退却していった。
その場に残る吸血鬼達に止めを刺す騎士団と冒険者達。
「空堀に吊り橋を架けて進軍を再開。偵察組の半分はロープを下ろして空堀を渡れ、もう半分は空堀に落ちた冒険者パーティーの救出」
騎士団長トリスの号令で偵察組がロープを次々と垂らして空堀へと降下し、今度は鉤爪の籠手を使って向こう岸の壁面をよじ登る。
トオルとミヤコは救出組を志願して空堀へと降下する。そして彼等は地の底でほぼ壊滅状態になっている冒険者討伐組とリュウセイを発見するのである。その中にいるはずの二人の冒険者、回復術師バイオレットと魔法使いケープの二人は既にその場から消えていた。
* *
地上、コガ村に設けられた臨時救護所。
そこには廃ダンジョンの地下五階層にて救出され運び込まれたリュウセイの姿があった。
板の上に包帯だらけの姿で横たわるリュウセイの目蓋が微妙に揺れる。
最後に感じたのは温かみは無いが、何かフワリとした触れると壊れてしまいそうな柔らかな感覚。あれが天国ってやつか?
右手を動かそうと試み、自分の右手が何かに掴まれていると感じた彼はゆっくりと目を開ける。
ぼんやりとした視界が鮮明になり映し出される何も無い知らない天井。俺のすぐ傍らでデイドラさんが俺の手を握りしめて座っていた。
「デイ…ドラ…さん?」
「リュウセイ。リュウセイ~」
体を起こした俺にいきなり抱きついてくるデイドラさん。何が起こっているんだ?
「私の為にこんなにボロボロになって戦って、男だったよ」
「あれ、見てたんですか? どの辺から…」
「ポーションを飲ませてくれたあたりから意識が戻って…ずっと」
「最初から…マジか」
気恥ずかしい台詞を咆えまくった記憶が蘇ってさすがの俺も顔を赤くする。
女の顔をしたデイドラさんの好き好き攻撃がずっと止まらない。
でも吸血鬼相手にあれだけ気合い入れて頑張ったんだから、このぐらいの役得はあっても良いだろうと思う。
「おじさん。大丈夫?」
「リュウセイさん。無事ですか?」
ミヤコとトオルの二人が俺の寝ている天幕へと入ってくる。そこで二人と目が合った。
「ねえリュウセイ。あのね~、子供は二人で~、それでね~」
抱きついたままのデイドラさんが一人で何か言っている。俺とデイドラさんのイチャイチャ姿を見たミヤコが頬を膨らせくるりと回って天幕から出て行き、トオルは俺を指差して目を丸くする。
「ああ、リュウセイさん何してんですか。俺は俺は裏切られた。リュウセイさ~ん」
「トオル、これはだな。あれだ」
「何羨ましい事になってるんですかあ~」
「だからな、痛っいてててて」
よく見れば左腕は肘から下が半分無くなり、剣が突き刺さった腹の傷はまだ酷く痛む。
それでもあの状況下で俺は生き残った。
理由は分からないが俺は確かに生きている。今俺はその事を実感し、祈ってもいない神という存在になぜか感謝していた。
笑いが込み上げてきては苦痛に顔が歪む。トオルが喚き散らす声を聞きながら、俺は抱きついているデイドラさんの肌の温もりと胸の柔らかな感触を今は存分に楽しもうと決め込んだ。




