地の底で
吸血鬼達の仕掛けた罠の発動。
精鋭冒険者からなる吸血鬼討伐組八名とそこに居合わせたリュウセイは石橋の崩落に巻き込まれ深い空堀へと落下し、ある者は落石の下敷きとなり、又ある者は絶命したか重傷を負い、ほぼ戦闘不能な状態へと陥っている。
リュウセイもまた重傷を負い、酷い衝撃を受けて内臓が破損。口から血を吐きながらも何とか空堀の中で生存していたのである。
落ちたという事は理解出来ている。だが、視界が歪み頭も混乱している。激しい衝撃と打ち身、か細い呼吸がかろうじて出来てはいるが声は出ない。
新人冒険者訓練での打ち身なんてレベルじゃ無い。
体が動かないんじゃないかとつい諦めてしまうようなこの痛み、こんな体の痛みを味わったのはいつぐらいぶりだろうか。久しく忘れていた感覚の様な気がする。
手は動く。俺は胸に縫い付けてある細長いポーション瓶を取り出しそれを自身の口元へと運ぶ。中の液体をゴクリと飲み込むと視界が晴れ体の痛みが随分と治まった。もう一本を口にした所で肺が機能を回復したのか呼吸が普通に出来る様になった。
俺は息を思いっきり吸い込んで吐き出し、そして体を起こして自身の体、そして周囲の状況を確認する。
瓦礫の下敷きになっている仲間を助け出そうと声を上げる魔法使い。頭を押えて立ち上がろうとする剣士の姿が向こうの方に見える。全滅したわけじゃ無さそうだが、無事って訳でもなさそうだ。
フードを纏った回復職の女性も壁に寄りかかった状態で動いてはいない。
デイドラさんは?
すぐ真後ろで仰向けに倒れている彼女を俺は発見した。
「デイドラさん!」
声を掛けるも反応は無いが、小さな呼吸はしているので意識を失っているだけの様だ。外傷としては彼女の片足があらぬ方向へと曲がっていて骨折しているのだろうというのは一目で分かる。専門では無いから断定出来ないが、鼻血を出しているから頭を打っているのかもしれない。
治療として正しいのか確信などない。ともかく俺に出来る応急手当は回復ポーションを飲ませる事ぐらいだ。今はこの世界の魔法って奴の力を信じるしかない。
近くに落ちていたポーションを詰めた鞄を手に取るが、落下の衝撃でその大半が割れて中身が漏れ出している。一本だけヒビが入った無事な瓶を見つけてそれを一口彼女の口へと流し込む。少し彼女の首を傾けるとコクンと彼女はそれを飲み込んだ。
駆け寄って来る足音。
魔法使いの女性、確かBランクのケープとかいう名だったか。
「奴らが降りてくる。このローブを纏えば吸血鬼の熱感知透視から逃れられる。一着しかないからあなたはそれを着て隠れていて」
そう言い残して俺にローブを投げ渡すと彼女はその場から走り去って行く。
ライトの明かりが周囲に散りばめられて視界が鮮明になる。
崖を這うように下ってくる下級吸血鬼の一団、すぐに生き残った精鋭冒険者達と奴らとの戦いが始まる。
仲間を助けようとしていた魔法使いの男がまず標的になり、一度に三体の吸血鬼に組み付かれて地面に倒れ込む。剣士二人はよろけながらも何とか吸血鬼の攻撃を凌いでいる。
さっきの魔法使いの女は実力で劣る俺にローブを着て隠れていろと言った。でも俺は手渡されたローブでデイドラさんを包んで瓦礫の陰に彼女を隠し、自身の剣を彼女の側に置くとデイドラさんが使っていた装飾の入った見事な造りの剣を代わりに手に取った。
「下級吸血鬼と相対したその瞬間にリュウセイの首は宙を舞っているよ」なんてデイドラさんに言われた記憶が脳裏をよぎる。死の恐怖…体が震えるのを感じた。
「わりゃあ、ぶるってんじゃねえぞ」
俺は自分自身に気合いを入れて立ち上がる。デイドラさんの側にはいられない。
熱感知で居所がバレるなら隠れても無駄だ。ならば道は一つしか無いだろう。
俺は剣を抜いて前へ前へと歩み出す。当然の事ながら俺の存在を感知した下級吸血鬼が俺に向かって襲い来る。
タイミングを合わせて振り抜いたロングソード、それが見事に空を斬る。
野球のボールが空振りして視界をすり抜けていく様な感覚だった。腰の辺りに走る衝撃、俺と下級吸血鬼が場所を入れ替えて再び向き合う。
剣が軽すぎる。同じロングソードとは思えない程にデイドラさんから拝借した剣は軽く振れるのだ。それでタイミングを見誤った。
そうと分かればやりようはある。等と余裕ぶっている暇は無さそうだ。
外套の左脇腹が引き裂かれ着込んでいたチェインメイルでその爪の一撃は何とか凌げた。そう思ったが左腕から血が細い噴水のように噴き出している。
携帯しているポーション瓶で止血しようとした手をリュウセイは止める。
目の前の下級吸血鬼が先程よりも明らかに興奮している。目を血走らせ口から涎を垂らし、俺の腕から流れ出る血を欲しているのが見ていて分かった。
獣相手なら…、リュウセイは自身の左腕を吸血鬼に向けて差し出しそれを餌としてみた。
まるで野犬の様な唸り声を上げて俺の腕の傷に咬み付く下級吸血鬼。左腕で俺の腕をガシリと掴み力強い右手で俺の顔に爪を立てながら押し込んでくる。
涙が出そうになるぐらいの痛みだが、その事に怯えている暇なんか無い。俺は右手の剣を下級吸血鬼の腹に押し込みそのまま突き刺し、大声で叫びながらその刃を上に向けて更に捻じ込む。
「なにしょんなら、わりゃ。いらうなや」
さすがに俺も興奮して元の世界の地元言葉が漏れ出している。
吸血鬼が叫び声を上げて俺を押しのけ跳び退き貫いた剣から逃れたが、その傷は再生して塞がらないばかりか傷口から炎を噴き上げて燃えていく。
(魔法剣ってやつか?)
彼が手に持つデイドラの剣はミスリル銀製のロングソードであり、魔法剣同様に吸血鬼を殺しえる武器である。その刃が下級吸血鬼の心臓に達した事で下級吸血鬼は絶命したのだった。
リュウセイは同じ方法でもう一体の下級吸血鬼を血祭りに上げる。
携帯用の回復ポーションを口に含んで左腕を止血するが、さすがに吸血鬼の牙と爪痕でボロボロになった腕の痛みとその酷い傷口は回復出来てはいない。
「なんなら? わやじゃのう」
リュウセイの視界の先で二人の剣士が吸血鬼の一群に倒されるのが見えた。まだ右手の奥の方からは戦う声や音が聞こえているから全滅という訳ではなさそうだが、この場で目の前の吸血鬼達に相対するのはどうやら俺一人だけの様だ。
(絶体絶命ってやつだな)
なんて冷静に考えている自分がいる。逃げ出すなんていう選択肢は存在しない。
恐いとか逃げ切れないとかそういうのじゃない。俺の後ろには動けないデイドラさんと回復術師の女の二人がいる。それを見捨てて逃げるという考えが俺には無いからだ。
上級吸血鬼の側近らしき女の吸血鬼が剣士の剣を拾い上げて俺の方に近づいてくる。配下の獣の様な下級吸血鬼達五体はそのまま後ろで控えたままだ。
どう来る。
俺は女吸血鬼の攻撃を剣を構えてじっと待つ。
「なっ」
気付いた時には女吸血鬼の剣が俺の胸を貫いていた。
「ふん、たわいも無い」
剣を抜きヒュンと血を払い俺に背を見せて静かに歩いて行く女吸血鬼。
血を吐きながら俺はその場に崩れ落ち固い地面を舐める。呼吸が止まる寸前で俺はボロボロの左手に握る携帯用回復ポーションを口に運んで止血を試み、そして俺はゆっくりと立ち上がる。
どうせ死ぬなら格好良くだ。
俺は俺の描いた漢の姿で死んでやる。もう自分を偽ることも着飾る事も必要ない。
社会人になって就職してずいぶん丸くなったと仲間には言われた。
営業職に就いて得意先を回り、押しつけられる無理難題も営業スマイルと大人しい物腰と言葉を整え何とか無難にやってきた。
理不尽さに拳を握りしめて耐えた事が何度あっただろうか。就職氷河期と言われた時代、再就職の宛ても無いため今の仕事にしがみつきながら生きてきた。
だがそれじゃない。そんな幾重にも嘘の皮を着飾って来た俺は、今この命のやり取りの場には必要ない。
学生時代にヤンキーとか不良とかいうものに憧れ喧嘩に明け暮れたが、既にそんな時代の全盛期は二十年もの前に過ぎ去ってしまい、ボンタン狩りや長ラン姿なんていうのは「格好悪い」だの「ダサい」だの言われる中で生きてきた。
流行のアニメを見れば「逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ」なんてしゃばい小僧が部屋の隅で小さく丸まっている。
男っていうのはそうじゃないだろう。そう思いながら俺の理想の男像を漫画雑誌を読み漁りながら捜し求めた。
ファッションタトゥーとやらを入れ革ジャン着てイキリ散らかす不良物、そういう格好良さというのも有りかと思ったが、それはどうも俺の求める男の姿じゃ無い。
「男ってのは、ボコボコにされて顔晴らして血流しながらも屈せずに何度でも立ち上がり強敵に立ち向かうもの」
そんな姿を探し求めて古いレンタルビデオを見まくって、ボロボロに傷つきながらも真っ白に燃え尽きるまで戦い続けるボクサーアニメに涙した。
今求められているのは、そんな時代の尖りまくった俺自身。
確実に死ぬと分かっている今となっては剣の腕っぷしや冒険者ランクがどうのなんてもう関係ない。あるのはただの意地ってやつだけだ。
「気合いと根性じゃけえ」
俺は立ち上がり吸血鬼達に向け笑って見せる。
「何、死んでいないだと。なぜだ?」
勝ちを確信していた女吸血鬼が驚きの表情で俺に問いかけてくる。
「ほうじゃのお、俺の後ろにぶちええ女が動けずにおるんじゃ。簡単に倒れるわけにゃあいかんじゃろが」
「女? ふふ、残念だがお前の後ろのその女、既に息絶えているぞ」
回復術師の女は既に死んでいるのか…、あの陰気な女は俺の好みじゃ無い。俺が守るのはデイドラさん、あのイカした姉ちゃん一人で十分だ。
「ほうか、まあええ。今の若い奴らはどうするのか知らんが、時代錯誤のおっさんの意地。ちいとばかり見せちゃるけえのお」
「どこの言語かしらんが、何を喋っているのか殆ど分からぬ。まあ、お前が死ぬことに変わりは無い」
不敵な笑みを浮かべて笑う女吸血鬼。
リュウセイも負けずに白い歯を見せながらロングソードを肩に担ぎ、その場で大股で腰を落とした半身立ちで吸血鬼達に啖呵を切った。
「青白い顔したしゃば憎共が、ぶち喰らわす!」




