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異世界古書店の片隅で  作者: つむぎ舞
15/41

少女人形の秘密

 タミナス東門の乗り合い馬車駐馬場へと赴くと俺達同様に武装した男女が既に集まっている。俺達の姿を見てモンシェルが声を掛けてきた。

「来たな。リュウセイ」

「俺達が最後か」

「まあ、気にするな。美味しい依頼で皆気が逸ってんのさ。お前達二人はうちの連中と後ろの馬車に乗ってくれ。すぐに出るぞ」

 護衛の冒険者は俺とトオルと『安らかに眠れ(リップオフ)』の四人以外に六人の男女がいて、依頼主のヤマブキ商会は移動用の馬車三台を用意してくれている。その内の二台が俺達護衛冒険者用で一台がおそらく迎えに行く商人イーロを乗せる為のものなのだろう。

 真ん中の馬車には今回の移動の指揮を執るヤマブキ商会タミナス支部のトップであるソチモワールという人物が乗っているらしい。そんな人物が直々に迎えに出るイーロという商人は相当な大物という事だ。


 言われるがまますぐに馬車に乗り込んだ俺達。すぐに馬車列は出発し始めたが、酷く塞ぎ込んでいるトオルの様子を見て魔法使いのマーガレットが俺に小声で話しかけてきた。

「トオルの奴、まだコガ村の件で落ち込んでるのかい?」

「いや、あれはだな」

 言葉を濁す俺にポカチップが俺にも教えろと詰めよって来る。俺は素直に娼館の推しの女を予約した前金がこの依頼で飛んだからだと教えてやった。

「『夢見の館』って言えば高級娼館じゃねえか。そこのラヴって人気すぎて予約で押えるには最低でも金貨一枚って言うぜ。トオル、お前一体幾ら注ぎ込んだんだ?」

 興味深げにモンシェル、ポカチップ、ポッカルコーンの三人がトオルに詰め寄る。トオルは下を向いたまま指を四本立ててその問いに答えた。

「金貨四枚…、それは泣く。うわはははは」

 三人が大声で笑い出し、マーガレットは「全く、男って奴は…馬鹿馬鹿しい」なんて呆れ顔を見せる。


 タミナスの街からテアッドの街までの街道沿いには二つの村と二つの町があったが、乗り合い馬車なら一週間の道のりを出来るだけ縮めたいというソチモワールの意向で、それらの場所に滞在する事無く馬車を駆けさせた。

 当然、野営地の選定も行き当たりばったりとなり夜遅くからの野営準備も珍しくは無かった。そして当然このような旅では徘徊する魔物との遭遇率も高くなる。


「うりゃああ。魔槍、龍が如く」

「馬鹿、突っ込んだら魔法が撃てない」

 俺達の野営地を襲ったダイアウルフの群れの一群に向けて味方の制止を振り切り一人突っ込んでいくトオル。炎を纏った槍が闇夜の中で何度も弧を描いては魔物達の断末魔の叫びを呼び寄せる。

「くっそおおおお」

 久々にトオルが戦う姿を間近に見たが、その活躍振りは圧巻というかヤケクソの様にも見える。

 いつの間にかトオルの暴走に渋い顔をしていた俺達の前に他の討伐を終えた別チームの冒険者六人が立ち、そんなトオルの姿を見ながら感心していた。

「あれが魔槍のトオルか」

「期待の新人、なかなかやるじゃない」


 そんな旅を続けながら俺達は四日という短時間でテアッドの街へと到着する。トオルもさすがに気が晴れたのか、普通に会話する様になり別チームの六人とも気さくに話すようになっていた。

 商人のイーロはこの街に潜伏しているらしく、迎えに行くので俺達護衛の冒険者達は夜まで自由行動だと告げられた。

 アンデッド領域との境界に城壁を築く為の拠点がこの街であり、工事を請け負う者達で活気に溢れる街テアッド。

 俺とトオルは街見物で時間を過ごすことにし、俺はというと立ち寄った店で色々と聞き込みを行っていた。

 コガ村で死んでいた商人の持ち物であった少女人形、その商人の親族がいればその人形を形見の品として手渡したい。そんな想いもあって人形の持ち主の知り人を探したのだ。

 タミナスの街で情報は得られなかったがこれだけの人で賑わう街、もしかしたらと俺は行く先々の店、商業ギルドや冒険者ギルドで尋ね回った。結局何の情報も得られず俺達は夜を迎える。


          *          *


 夜の鐘が鳴り集合の時間になったが、そこに商人イーロは現われなかった。地域の中でも特に安全が担保される大きな街の中だというのに俺達は野営時と変わらぬ態勢で馬車の警備に付かされ、依頼主であるソチモワールの帰りを待つ。

 商人イーロらしき男が俺達の前に姿を現したのは夜も随分と更けてからだった。

 ソチモワールに連れられて現われたローブ姿の二人組、フードに覆われて顔は見えないがその内の一人は何かに怯える様にビクビクしていて、もう一人は剣を履いている事から彼の護衛だという事が理解出来た。

「さあ旦那様、こちらへ」

 ソチモワールに促されて馬車の中へと消えていく一人のフード姿の男、それに続いてソチモワールも馬車の中へと入って行く。

 護衛に雇われた俺達十二人の冒険者は一列に並べられ、その前にもう一人のローブ姿の男が立つと、彼はローブを脱ぎ捨て姿を俺達に見せると、そのまま上着も脱ぎ捨てて引き締まった筋肉を見せつけるように上半身裸になる。

(なぜ脱ぐ)

 おそらく俺だけでなくその場の全員がそう思ったに違いない。だが、誰もその事を追求しない。

 男はかなり年若く顔にピアスや入れ墨を入れたモヒカン頭で額の一部にIRという文字を描いている。上半身裸の体は傷だらけで肩にスパイクの付いた革のパッド、何というか表現に困るがあえて言うならば『世紀末ヒャッハー』な出で立ちだ。

「俺の名はフィルティ、イーロ様の腹心として仕えてきた。今からお前達の検査を行う」

「検査?」

「『なりすまし』の判別だ。難しい事はしない。聖水を顔に塗るだけだ。すぐに終わる」

 モンシェルがフィルティを名乗る男に尋ねる。『なりすまし』とは何だと?

「特殊変異したグールの事だ。知能が高く会話も出来る。見た目も人間と殆ど変わらん」

「そんな魔物の話は聞いたことが無いが?」

 フィルティはそれ以上答えず皆の顔に二本指で聖水らしきものを塗っていく。誰にも変化が無かったのを確認して彼は満足したのか、イーロとソチモワールの二人の乗る馬車の方へと報告に行く。その後ろ姿、彼の腰に付いている飾りに俺は目が行った。

 青い服を着た二頭身の少女人形、俺がコガ村で死んだ商人から手に入れたそれと全く同じ物がそこにあったからだ。

 夜の闇の中、俺達はテアッドの街を密かに出発していく。夜間は開かないはずの街の城門も難なく通過出来てしまう。門衛達も既に買収済みという事なのだろう。


 帰路は商人イーロの体を気遣ってかゆっくりとした移動だったが、それでも村や町に立ち寄る事はせず、夜は人目の無い街道の外れでの野営を繰り返す。

 野営二日目、夜番の俺のすぐ側にフィルティを名乗る若い男がいたので俺は思いきって彼に話しかけてみた。

「少し聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「何だ? 俺にか」

 焚き火の向かいに座っているフィルティが俺の方に近づきすぐ横に腰掛ける。そして脱ぐ。

「なぜ脱ぐんだ?」

「ああ、気にしないでくれ。これはイーロ一家の流儀だ」

「流儀、その意図は?」

「まずは互いに鍛えた肉体を誇示して気持ちを高め合う。そして腹を割って話そうという意思表示だな」

(気持ちを高め合うって何だ? だが…)

「腹を割って話すか…なら俺も脱いだ方がいいのか?」

「強制はしないが、そうする事で俺の口は軽くなるかもしれんぞ」

 ならばと俺も外套を外し、チェインメイルと下の厚手のシャツを脱いで上半身裸になる。

「良い体をしているな。お前名前は?」

「リュウセイだ。まあ、体は鍛えているからな」

 俺の裸を見つめ頬を紅潮させるフィルティの言葉。こいつヤバいんじゃないかと背に冷たいものが走ったが、何とか平静を保ちつつ俺は言葉を続ける。

「それで、この人形についてあんたに聞きたいのだがな」

 俺は自分の持つ少女人形をフィルティの前に掲げて見せる。その途端彼は膝立ち姿勢で剣を抜き、俺の首元にその刃を置いた。

「おっおい」

「間者か、俺達の何を調べている。吐け」

 吐けと問われても何の事かさっぱりわからん。フィルティの荒げた声に反応して近くで夜番していたモンシェルが駆け寄って来る。

「うん? これは何事だリュウセイ」

「分からんが、この人形がどうにもお気に召さないらしい」

「ああ? その人形ってグールになった商人が持っていた物だろ。そうれがどうしたっていうんだ」

 モンシェルの言葉を聞きフィルティは俺に問う。

「その人形はお前の物じゃないんだな?」

「そうだ。討伐依頼で訪れた先の犠牲者が持っていたものだ」

「そうか、すまない。俺の早とちりだった様だ」

 騒ぎが収まりモンシェルが持ち場へと戻っていく。俺とフィルティは焚き火を見つめながら並んで座った。


 フィルティが俺の持つ人形を手に取り口を開く。

「これは『騎士団ゲーム』とかいう遊戯盤の駒の一つなんだ。大陸の南、カリート王国で銀貨一枚程度で売られている代物だよ」

(ゲームの駒…、しかしなぜそんな物にあれ程過激に反応する必要がある)

「そして、その青き衣の少女人形は死霊術師スムージーを模したものなんだ」

「死霊術師スムージー、あのアンデッド災害を引き起こした?」

「アンデッドの女皇帝ユウキ、そして死霊術師スムージーが帝国を覆ったアンデッド災害の元凶だが、大陸南部では反帝国、反パドール王国の英雄として祀られ、その人形をお守りとして身につけている者も多い」

「大陸の南ではスムージーは英雄か、これがスムージーねえ」


「だがここ大陸の北ではその人形の意味が異なる。リュウセイ、俺がアンデッド災害の中心地となっている帝都から来たと言ったら信じるか?」

「帝都? いや、俺はまだアンデッド災害の現実をこの目で見たことが無いからな」

「タミナス出身者ならそうかもしれんな。アンデッド災害後、帝都で生き残った人々は何処からも助けが来ない中ずっとあの地獄を生き続けてきた」

「それが事実だとして、どうやってテアッドの街まで辿り着けたんだ?」

「馬車だよ。アンデッドの海の中を走る馬車が存在する。その人形を持つ者だけがその馬車を利用する事が出来る。その人形はアンデッドの海を渡れる通行証なんだよ」

「通行証? アンデッドの海を走る馬車? 冗談が過ぎないか」

「笑えばいいさ。だがそれが事実だよ。その馬車を利用してこの地にもカリート王国を由来とする勢力の間者が来ている。いや、その間者は大陸中に存在する」

「それで俺を間者と誤認したという事か…、いや、ありえないだろう。そもそも何でお前はそんなに南の事情に詳しい」

「俺がカリート王国の王族だったからだな。まあその様子では信じないだろうが」

 突拍子も無い話に肩を竦める俺を見て、フィルティは上着を片手に立ち上がる。

「ふん、お前の筋肉に見惚れて俺の口も随分と滑った様だ。いや、正教会総本山は俺達が語る帝都の状況を全く信じなかった。それが悔しかったのかな。聞かれたことには答えてやった。あとはリュウセイ、お前次第だな」

「…」


 翌日の馬車の移動中、俺はトオルに昨日フィルティから聞いたこの少女人形についての逸話を話した。

「リュウセイさん。それ絶対にあのフィルティってガキに担がれていますよ」

 トオルに同調して『安らかに眠れ』のメンバーも皆、腹を抱えて笑い転げる。言われて見ればその通りか、いつの間にかその話の事はもう俺の中から消えていた。


 馬車の旅も四日目を過ぎタミナスまでの帰路の半分を越える頃になると、商人イーロが野営時に馬車の中から姿を現すようになった。

 商人イーロは太ってはいないが、腹だけはでっぷりと出ていて脂ぎったイヤラシい目つきをしている男という印象だった。まあ、個人的にはお付き合いしたく無い雰囲気の男だ。

 彼が不満げに声を荒げて何度かソチモワールに叫んでいた。

 どうやら商人イーロは正教会総本山セリムテンプルに赴き、アンデッド災害対策の件で彼等と大きく揉めたらしく、その件で正教会から捕縛命令まで出たようなのだ。

 その為に密かに潜伏先であるテアッドの街を脱出しタミナスの街を取り仕切る貴族家、トリモーマイ公爵家に助けを求めるつもりらしかった。

 既に正教会の勢力が及びにくい地域まで来た事で彼も饒舌になったのだろう。警護の俺達の前でも平然と怒りを表し声を荒げて正教会を批判する言動を続ける。


「全く、勇者召喚によってアンデッド災害を打ち破る新たな力を得ただと。馬鹿だ。奴らは知らなすぎる。女皇帝ユウキ率いるあのアンデッドの異常さとその数を過小評価しすぎているのだ。

 そもそもこの安全地域だってユウキが戯れで造りあげたもの。彼女の一言ですぐにでも滅ぼされてしまうと言うのに、何が神に守られし地神聖タミナスか。人間至上主義を謳う正教会は神など信じてもいないだろうに」


 商人イーロもフィルティ同様に自分達の訴えに耳を傾けなかった正教会に対する悔しさを、俺達に聞かせる事で紛らわせているのかもしれない。

 他の冒険者達は皆、彼の言葉を戯言と気にも止めていないようだが、俺とトオルは少し違う。

 商人イーロの話が事実だとすると、原口議員、いや『光の戦士』ハラグチを勇者と仰ぎ正教会は近くアンデッド災害沈静の為の軍を起こす腹づもりであり、その軍はアンデッドの女皇帝ユウキの軍に敗れる公算が高いということだ。

 正教会に残した老人達まで狩り出したりはしないだろうが、俺は彼等の事が心配になった。

  

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