新たな依頼
南のコガ村からの報告を俺達が持ち帰った事で冒険者ギルド内は結構な騒ぎになった。
吸血鬼被害についての噂は結構流れていたが、冒険者ギルドにその討伐依頼が持ち込まれたことは無かったために、多くの冒険者達の間でその話はいわゆる都市伝説的な扱いであったからだ。
その都市伝説が俺とトオルの報告によって現実のものとなった。ギルドマスターのデイドラさんと数人の役付き達を集めた場で俺達二人は事情聴取を受け、事態が悪化する前に対処すべきと冒険者ギルドは動き出した。
『Cランクを含む冒険者パーティー三つによるコガ村近郊の廃ダンジョンの偵察』
依頼掲示板に緊急依頼として貼り出された表題は上の通りだが、その依頼内容を目にした冒険者達がざわついたのはその補足事項に『下級吸血鬼との遭遇可能性』についての記載があったからだ。
報酬はこれまでの偵察任務に比べても破格ともいうべき内容、何事も無ければ極めて美味しい仕事になるが、冒険者達が躊躇するのはやはり補足事項の吸血鬼という魔物の存在だ。
「吸血鬼ってどの位の強さの魔物なんですかね?」
コガ村の出来事の報告の際に俺はそんな馬鹿な質問をデイドラさんに実の所していた。
「そうだね。リュウセイが下級吸血鬼と一対一で対峙したとして、その瞬間に君の首が宙を舞っているだろうね」
「それ程ですか…」
「そうだよ。君たちの報告の被害状況から下級吸血鬼は一体と判断してもCランクの三パーティーは偵察の為だけに送りださなければならない。本格的な討伐となればもっと上位のランカーを含む人数が必要になるかもしれない」
「吸血鬼って事は日光には弱いんですよね?」
「そうだね。下級吸血鬼は日光を浴びるとすぐに消し炭になる程に脆いよ。でも闇の中ではとんでもない化物に変貌する。素早いし怪力だし、熱反応で獲物を見つけるから隠れても無駄だし、普通の武器で斬っても死なないし。もう手がつけられないね」
「じゃあどうやって倒すのです?」
「討伐には魔法の使用かミスリル銀製以上の魔法武器が必須、神聖魔法が威力減衰して当てにならないから聖職者による魔法攻撃は意味を成さないかもしれない。怯ませる程度なら聖水は有効だね」
「ニンニクや十字架は?」
「ニンニク? 十字架? 何だそりゃ、新しい魔法か何かか?」
「いえ、何でも無いです…」
「私の経験から言えば、首を斬り落とせば殺せると思う。あと心臓を貫けば暫くは動きを止めることも出来る。まあ人間並みに狡猾だから、罠を仕掛けてきたりと直接戦闘に持ち込むのも大変なんだがね」
「そりゃ厄介ですね」
「そうなんだよ。頭が痛いよ」
既にタミナスの領兵の一部隊がコガ村に出立し事態集束までの間の警備に当たる。ギルドの仕事はまずダンジョン内の実態の確認、その報告を経て改めて吸血鬼討伐隊を編成するのだという。
当然ながらEランクである俺とトオルの二人はCランクのパーティーから誘いが掛らなければその依頼を受けることが出来ないし、危険と判断されて受付で弾かれ俺はきっとそこには参加させて貰えないだろう。
ギルドホールが新たな緊急依頼の掲示で盛り上がる中、俺とトオルは併設酒場で今回の依頼達成を祝うという名目で温いエールを交す。
飲み会の目的はコガ村からの帰路ずっと「俺は~」なんて泣き言を言い続けていたトオルの激励会、散々泣き言を言いながら酔い潰れたトオルを背負って俺はその日宿へと帰還した。
* *
コガ村近郊ダンジョンへの偵察隊が出発したという噂を耳にしながら俺達は日常の冒険者活動に戻ったが、その日トオルが文句を言いながら渡した金貨四枚を俺の目の前に置いた。
「リュウセイさんがこの間分け前だってくれた金貨を使おうとしたら偽金だって言われて店から追い出されましたよ」
コガ村の商人達の持ち物からくすねた金貨八枚。確かに大陸共通通貨の金貨とはデザインが異なるが、それでも金貨には違いなかった。
翌日俺はこの件を確認するために商業ギルドで手持ちの金貨八枚の両替を申し出た。
俺が持ち込んだ金貨と大陸共通金貨の大きさはほぼ同じ、ギルド職員は秤に二種類の金貨を五枚づつ乗せて重さの違いを見る。
結果は俺の持ち込んだ金貨の方が重く、それは金の含有量が多いからだと説明された。
「こんな骨董品どこで手に入れたんですか?」
なんて聞かれたのでダンジョンで拾った事にしておいたが、ギルド職員は奥の方に行くと分厚い本を広げて何やら調べ出す。
「やっぱり。これ滅んだドワーフ王国の金貨ですね。コレクターに売れば十倍ぐらいの値がつくと思いますけれど、本当に両替します?」
十倍の価値には惹かれたが、そんなコレクターを見つける当ては無いので、そのままの両替基準での換金をお願いした。
結果俺が持ち込んだドワーフ王国金貨八枚は大陸共通金貨十二枚へと変化、宿に戻ってトオルにその経緯を説明して改めて半分の金貨六枚を手渡すと、トオルは喜び勇みその足で宿の外へと駆けだして行った。
もう夜の鐘も鳴って開いているのは夜の店ぐらい…。
俺はトオルが向かったであろう場所を察して一人部屋で笑い声を上げる。だが先のグール討伐で落ち込んでいた彼にはその位の思い切った息抜きは必要だろうと思った。
俺もそっち方面の欲が無い訳ではないが、今回の臨時収入でようやく目当ての物品購入の目処が付いた。
『個人用携帯錬金釜』
これを買える金額にようやく貯蓄が達したのだ。
早速明日にでも道具屋を訪ね、鉱物の採掘道具類なども含めて検討してみようと思う。
* *
最初は時間的なすれ違いだと思っていたのだが、トウマとミヤコの姿を何日も見かけなかったので宿の女将に二人の事を尋ねると、俺達がコガ村から戻って来たのとほぼ入れ替わりに一ヶ月ぐらい長期で部屋を空けるからと隣の部屋を解約してしまったらしい。
二人が何の仕事で何処へ行ったのかは分からないので、今度ギルドで見かけた際には連絡をどうつけるのかだけは話し合っておこうと思った。
その日は回復ポーションの納品を終えて冒険者ギルドの併設酒場で過ごしていると、コガ村から戻ってきていたDランクパーティー『安らかに眠れ』のリーダーモンシェルが俺のテーブルに腰掛けて来て「美味しい依頼がある」と持ちかけてきた。
「とある商人の護衛依頼?」
「ああ、まだ冒険者ギルドへの依頼をしていない案件なんだが、人を集めてくれと頼まれたんだ」
「なぜ正式にギルドに依頼しないんだ?」
「その商人の意向らしい。できるだけ公にせずに内密で移動したいとの事だ」
「胡散臭いな。そいつはまともな商人なんだろうな?」
「まともとは言えないが有名人だな。『奴隷商人のイーロ』って言えば結構な顔だ。奴隷商人とは言うが手広く商売をしているヤマブキ商会の会頭、やり手だよ。まあ、アンデッド災害で死んだって話だったがな」
「つまりそのイーロって商人の移動の護衛か、どこまでだ?」
「今イーロは東のもう一つの大きな街テアッドに居るらしい。そこで護衛の人数が集まらないからタミナスまでの護衛の冒険者をこっちで探して迎えに行って欲しいんだとよ」
「まあ、それなら大丈夫そうだが、俺もトオルもEランクだぞ」
「構わないさ。今例の吸血鬼騒動でCランク以上は緊急招集に備えて遠出するなとのお達しがギルドマスターから出ているからな。そこで俺達にこの話が回ってきたって訳だ。どうだ、受けるか?」
コガ村での略奪共犯の一件でモンシェルは俺の事を『話の通じる男』と認識してくれた様だ。だからこの秘匿依頼を俺に持ち込んできた。
破格の護衛料金に往復の道中の飲食費や経費も全部向こう持ちと確かに悪い話じゃ無い。
「受けよう。出発は何時だ?」
「急かせて悪いが、明日の早朝に東門の乗り合い馬車の駐馬場に集合で」
「分かった。俺とトオルの二人で参加するよ」
「ああ、助かる」
明日の準備があるからとモンシェルとは別れ俺はギルドの地下作業場でポーションの準備を始める。納品した分からいくつか返金して数本分のポーションを鞄に詰め、その後人目を避けながら二階のギルドマスターの部屋を訪れた。
ギルド外での依頼受注の禁止命令を受けていたので、この件をデイドラさんには伝えておかなければと思ったからだ。
吸血鬼騒動の件で多忙の様だった彼女が時間を割いてくれたので、先程受けた護衛依頼の件を彼女に伝える。「勝手な事を」なんて怒られるかもと思ったが、デイドラさんは口をへの字にしたぐらいでその件を了承してくれた。
「ヤマブキ商会の会頭イーロの護衛か。護衛依頼としては最上級の美味しい仕事だろうからね。それを取り上げる訳にはいかないさ」
「そんなに有名人なんですか?」
「ああ、どちらかといえば『奴隷商人のイーロ』の名の方が有名だったけれど、もう奴隷にする獣人もエルフもこの地域には居ないからね。でもあいつ、帝都で死んだって聞いていたんだが、生きていたとはね」
冒険者ギルドからの帰り道に俺はトオルと二人分の食料の準備を整えてから宿に戻って一人トオルの帰りを待つ。
トオルが部屋に戻って来たので夜の食事中に依頼の話をしようと誘ったのだが、彼は何かソワソワしてすぐにも何処かへ飛びだして行きそうな感じだった。
「トオル、依頼が入った。明日早朝から長期の仕事になる。二週間ぐらい留守にするからすぐに準備を始めてくれないか」
「リュセイさん、マジですか…」
「どうした。何かまずかったか?」
「ラヴちゃん…の」
「どうしたトオル、はっきり言ってくれないと分からないぞ」
「くううう、ラヴちゃんの二時間スッキリコース二日分前払いで払い込んでるんですよ~。リュセイさ~ん」
「そっそうか…、じゃあ依頼は俺一人で行くか?」
「行きますよ。一緒に行きますよ~。うわあああああ」
「何かスマンな、急で」
「うああああああん」




