グール討伐①
Fランク冒険者というのは、元の世界での社会人でいえば冒険者の試用期間的な扱いだった様で、冒険者登録をしてから大なり小なりの依頼を地道に達成し実績を重ねていけば昇格するという事をつい先日知った。
俺達が冒険者になってから丁度三ヶ月が経過した頃、依頼達成の報告でギルド受付を訪れた時に俺とトオルはEランクへの昇格を告げられた。
実際にはここからが冒険者としての本番。Cランクまで昇格できれば実力者と認められるが、大抵の冒険者はそのCランクで引退という者も多い。
上のランクにはまだBランク~SSランクまでがあるそうだが、そこまで辿り着けるのはほんの僅かな才能と幸運を併せ持つ者達と言われ、そう考えると俺より年下でAランク冒険者のデイドラさんがどれ程凄いのかが実感できる。
俺達の所属しているこの冒険者ギルドタミナス支部でCランクより上の冒険者を俺はまだ見たことが無く、高難易度の討伐依頼も掲示板には出ているが、既に依頼は一年以上も塩漬けになっている様だった。
雲の上の話をしても仕方ない。
ゴブリン程度の低級な魔物や食用動物の狩り、地域の偵察というものが多かったFランクに比べて、Eランクに昇格すると格段に魔物の討伐依頼が増えてくる。そしてもう一つ大きな特典がダンジョン探索の権利の付与だ。
実の所、俺もトオルもまだ二回程度しかダンジョンに入った事は無い。しかもこれまでは高ランク冒険者の付き添いという形(主に荷物持ち)でしか参加出来なかった為に、彼等が手に入れるドロップ品や宝箱から出る品々をただ指を咥えて見ているしか無かったという思い出がある。
屋外よりも魔物との遭遇率は格段に高く危険は伴うし入念な準備も必要となるが、それに見合う報酬を引き当てる確率が高いのもダンジョンだ。
まだEランクの俺達には関係ないが、最下層のダンジョンマスターを倒すダンジョン攻略についてはAランク以上の実績が必要な事と所属国の承認が必要になる場合がある。
「屍食鬼討伐?」
その日、俺とトウマの二人が依頼掲示板の前で依頼内容を検討していると、四人組のDランクパーティーからグール討伐依頼に同行して欲しいとの誘いを受けた。
トウマが選ばれた理由は魔法を付与した槍を振るえるという能力、俺が選ばれる理由について彼等は何も言わないが、怪我人が出た時に気前よく回復ポーションを提供して欲しいという下心があるのは間違いないだろう。
アンデッドに類する俺達二人にとっては未知の魔物。その討伐に格上のパーティーと共に当たれるというのは自分達の経験を伸ばす良い機会でもあったので、俺とトウマはその申し出を快く受ける事にした。
緊急の依頼であるため準備は今日一日、目的地はタミナスの街から南に歩いて二日の農村、乗り合い馬車は出ていないので徒歩での移動になるらしい。
食料調達をトオルに任せて俺は自前のポーション作成をギルド施設を借りて行う事にしたが、まずはグールという魔物がどういうものかをギルドの書庫で調べてみる事にした。
俺の持つゲーム知識でのグールはゾンビよりも少しばかり強いアンデッドで麻痺毒の様なものを使うというぐらい。だが調べてみると実際にはかなり凶悪なアンデッドの様だ。
まずグールに類似するアンデッドにゾンビという魔物がいる。
こちらは魔物ではない人や動物の遺体に魔素が集まり魔物化したもので、知能らしきものはほぼ持たず攻撃的だとされているが、時折現われる死霊術によって使役されたゾンビはこの限りではないらしい。それに噛まれてゾンビに感染するというホラー映画的な要素も無いと書かれていた。
俺の知っているホラー映画のゾンビは、この世界のゾンビよりもグールの方が程近い。
グールの発生理由には二通りが存在する。
一つは自然発生、もう一つは意図的発生である。
自然発生のグールについては未だ未解明とされていて資料には無いが、後者については記述があった。グール発生の主な要因は下級吸血鬼による被害者の死後の変貌である。
上級吸血鬼に咬まれた者は下級吸血鬼に変貌しその支配下になるが、下級吸血鬼に襲われた者はその死後グールへと変貌するのである。
グールはある程度の知能を有し、生者に対し極めて攻撃的でグールに襲われ死亡した者はグールへと変貌する。言葉は話せないが仕草等は人間に酷似しており、同族を増やそうと行動する為に都市部などで発見が遅れると極めて危険な存在となる。
「ほお、グールねえ。それが君の次の討伐対象かい?」
「ええ、かなり危険な魔物の様ですね」
書庫に資料を取りに来たデイドラさんが俺の姿を見かけて話しかけてきた。
「アンデッドってやつはもれなく再生能力ってやつを持っているからね。動きを止めた後は必ず魔法や火で焼却処分しておく事だ。そうでないとまた蘇ってくる。依頼の場所は?」
「南のコガ村ですね」
「結構な田舎だな。なら発生しても数は少ないだろうから危険度は低めか、受付嬢がOKを出した訳だ」
「相変わらず過保護ですね」
「言っただろ。君の希少性故の処置だと」
「まあ、理解はしていますが…」
「それでもリュウセイが心配だから、私の経験上での忠告もしておいてやるよ。
死んで間も無いグールは人間にしか見えない。それが女や子供の姿だと剣先も鈍るだろう。濁った赤い目を見たら躊躇なく殺せ。判断が遅れれば自分がグールにされてしまうぞ。それにグールが出たとなると下級吸血鬼の巣が近くにあるかもしれないから、夜間の行動にも注意した方がいいな」
「ご忠告感謝します。仲間とも情報共有しておきますね」
「君の回復ポーションで我がギルドも潤っているんでね。くれぐれも体には気を付けてくれよ」
「はあ、善処します」
書物よりもデイドラさんの経験譚の方が情報密度が濃かったので、俺は冒険者ギルド地下の作業場を借りて回復ポーションの詰め替えを行う。
ここには時折ギルド職員のホンゾーさんが顔を出す程度で今現在使っているのは俺ぐらいなので、人目を気にせず作業に没頭できる。
俺の戦闘スタイルは『ポーションがぶ飲み戦士』という設定であると仮定して、その役割に忠実に俺の今の装備は薬草採取とポーション販売の資金力を用いて魔改造してある。
厚手の布のシャツの上にはチェインメイルを着て、少し短めな外套を上着として羽織る感じだ。この外套に革製のポーション専用入れを縫い付け、強度のある試験管型の小さなポーション瓶を片胸と両脇に計十五本収納してある。
試験管型小型瓶は一口サイズ。この量での薬効は止血と傷の接着程度で完治には程遠いが、応急処置としてはそれで十分、戦闘後に傷口に薬を振り足りない部分を補うという方法だ。
自分で試してみて分かったのは、ポーションは液体だが飲んで腹がタプタプになるのは健康体な者が飲んだ時と過剰摂取した場合だけで、効果を発揮すると即座に気化された様に消滅するので適量を飲む限りは胃に負担をかける事は無いということ。
携帯用の瓶の予備を数本作って鞄に入れ、余程の怪我でも無い限り低級回復ポーションといえど一本丸々使う事は希なので、今回の依頼参加メンバーの人数分のポーションをギルド納品用の瓶から抜き取り鞄に詰める。
グールに麻痺毒があるとは無かったのだが、一応解毒ポーションをギルドで一本購入。麻痺毒であろうと腐食毒であろうと毒と名の付くものは大抵この解毒ポーションで事足りる。
準備を終えた俺は冒険者ギルドを後にして宿へと戻りトオルと合流。
早速情報共有と荷物のチェック、隣のミヤコとトウマは不在の様なので「一週間は依頼で留守にする」との書き置きをドアの隙間に挟んでおく。
* *
翌早朝、日の出前にタミナスの南門に俺達は集合した。
改めて互いに自己紹介する。トオルは『魔槍のトオル』の異名を恥ずかしげも無く堂々と名乗るが、俺はさすがに『神の』なんて無理なので普通にリュウセイと名乗った。
Dランクパーティー『安らかに眠れ』のメンバーはリーダーで戦士のモンシェル、偵察と戦闘をこなす軽装剣士のポカチップ、魔法使いのマーガレット、回復職のポッカルコーンという構成。
「対アンデッド用の聖水だ。飲むなよ」
そう注意されて小さな革の水筒を俺達二人は渡された。回復職のポッカルコーンが丸二日掛けて作成したものらしい。
彼等四人は組んで日も長いためか特に回復職を邪険にする事は無かったが、それでも回復職が率先してパーティーの荷物持ちを担当し、今回の旅で一番の荷物である油の入った小さな樽を彼が背負ってくれている。
こちらも手持ちのポーション在庫を相手に教え、一応人数分は用意してあるが『安らかに眠れ』用としてまず二本のポーション瓶を手渡しておく。
「さすが神…」と言いかけてリーダーのモンシェルが言葉を濁す。
「ああ、よく言われる」
俺は笑ってその態度を受け流しておいた。
道中の話題はやはり討伐対象のグールとの戦い方。互いに命が懸かっている事項なのでこの部分だけはしっかりと詰めた。
アンデッドというやつは普通に斬りつけたぐらいでは死なないので、武器で戦う場合は棍棒の様なもので殴る方が実際には剣よりダメージを与えられるらしい。とにかく足などを狙いその動きを止める事、その間に魔法で焼いてしまうというのが基本戦法の様だ。
串刺しにして壁に押しつける等も有効だが、複数を相手にする場合は危険で剣を用いるなら首を斬り落とすのが最も有効で、足首などを切断するのも良いと言われた。
これとは別に魔法の武器、特に炎系の魔法武器による攻撃はかなりのダメージをアンデッドに与える事が出来るらしく、予想通り今回トオルを選んだのはそれが大きな理由らしかった。
トオルの火魔法は普通に放つと木をちょっと焦げ付かせる程度であまり威力は無い。だが燃焼の持続力が高いため、槍の穂先に向けて魔法を放ちその刃に炎を纏わせるとその状態でかなりの長時間戦え、しかもトオルの槍に貫かれた傷口には火魔法のダメージも加算される様なのだ。
もう一つ俺が興味を持ったのは、現在回復職達に起こっている出来事。
回復職のポッカルコーンからその実情を聞くことで、トウマの手助けになる様な何かが見つかるかもしれないと考えたのだ。
「二年前ぐらいまでは普通に魔法は効果を発揮していたんですよ。それが次第に弱まり、今では初歩の回復魔法で擦り傷程度を治すのに数時間も要してしまう。これではとても戦闘中の回復職としての職責を果たせないですよね」
この不条理な影響を受けているのは神の力を行使する『神聖魔法』と呼ばれる部類の魔法だけで、他の魔法は普通に機能しているという。
この事から聖職者や回復術を生業とする者達は『神の力の衰え』を懸念する声も上がっているのだという。この世界にも神は存在し、ただ『神』として呼ばれている。
だが『人間至上主義』を掲げる正教会の教えはその神では無く、人間界の宗派の頂点である法王を崇め称えよという教え、その事が大きく影響しているのではないかとの考えが広まり始めているのだと。
もし『神の力の衰え』というのが事実であったとして、それを俺なんかが救える訳が無い。さすがにこの件には肩を竦めて見せるしか出来なかった。
この事をトオルに話して聞かせると、彼も肩を竦めながら「じゃあ俺達だけでもこの世界の神に祈りを捧げますか」なんて笑いながら言う。
確かにその通りだ。俺達に出来るのはそのくらいなのかもしれない。
片道二日の道程をそんな会話で過ごしながら目的のコガ村付近へと俺達は辿り着く。前方の村から立ち上っているのは火災による煙だ。
「急ごう」
リーダーのモンシェルの声に俺達は頷いた。全員が武器を抜き、警戒しながら歩調を強めた。




