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誰ゾンビ

作者: 雉白書屋

 俺は死んだ。

 理由は知らないが死んだから死んだのだ。

 なのに俺はこうして夜道を歩いている。

 不思議なことだが歩いているから歩いているのだ。

 心臓は間違いなく止まっている。

 胸に手を当ててみればこの通り。うん、俺は死んでいる。

それに頭がぼーっとしている。そうとも心臓が動いていないのだ当然だ。

脳へ血液やら酸素やら送れない。他の臓器だって機能していないのだろう。

 でも悪い気分じゃない。

 うん、いい。

 いや、よくはないはずだ。

 このままではよくない。きっと大騒ぎになる。そんな気がする。

 よし、考えよう。人に迷惑をかけないにはどうすればいい。

 ううむ……死んだ、死んだ、あ。

 俺がすべきことは眠ることだ。当然だ。死人なのだから。

だから俺は……そうだ、墓場を目指すのだ。

そうとも、死人が眠るのは墓場だ、土の下だ。

想像するとああ、良い気分だ。フカフカのベッドよりも心地よさそうだ。

お漏らししても腐っても安心だ。穴を掘ってそこに入ろう。きっと静かだ。

そこが俺のいるべき場所なんだ。

 我ながらいい考えが浮かんだものだ。よしよし。


 む。とは言え、墓場の場所がわからない。

小さなところじゃ駄目だ。スペースがないからな。

 と、そうだ、いいぞ。思いついた。と言うより目についた。

 タクシーだ。タクシーはすごいんだ。

行きたいところを言えば連れて行ってくれるんだから。

それにタクシー運転手の九割は霊を乗せたことがあるらしい。

動く死体も似たようなものだ。慣れているだろう。

 さあ、止まってもらおう。行ってしまう前に。

 どうすればいいんだったかな。

 そうだ、止めるには止めればいいんだ。あ。



「ひ、ひ、人が、え、え、え、あ、あだ、大丈夫ですか!?」


 いかんいかん、そうか車は急には止まれないのだ。

前に出るべきではなかったか。失敗した。もっとよく考えるべきだった。


「あ、あ、あ、あなた、腕が! 折れ、あああ、ど、どうして急に前に

わ、私は悪くない、いや、すみません、いや、悪くない」


「落ち着きなさい。俺は死んでいるのだから安心だ」


「家族が家族。はぁ、ふぅ、はぁ、家族がいるんだぁ、クソクソクソ

クビクビクビうううううう」


「大丈夫ほら、心臓を触ってみろ。違う、自分のじゃない。俺のだ」


「え、あ、え、動いて、ない、え、ひ、ひぃぃぃぃ!」


 ……ああ、行ってしまった。ろくに話を聞いてくれない。

 オマケに去り際に俺の右足を轢いていきやがった。

お陰で左手と右足が折れてしまった。でもいい、痛くはないし、歩けるからいい。

 しかしどうしよう。結局、道は分からないままだ。

 どうしようか考えよう。

 ……そうだ、誰かに聞こう。それがいい。

 ああ、タクシーを呼んでもらうのも良いな。

 うむ、それもいい。いい考えが浮かんだな。

 お、ちょうど前から来た。おや、変な歩き方だな。


「うぃー、いひひひひ」


「こんばんは」


「あい、こんばんは、わはははは! おっとっとっと」


「大丈夫ですか。足取りが」


「ん、ふふふふ、軽やかでしょう! いはははは、酔ってませんよぉい」


「そうですか」


「え、へへへへ、おたくは酔ってるでしょー?

見てたよん、変な歩き方してたよぉぉん」


「いえ、足が折れているのです」


「にふふふふ、からかっちゃやーよ! ドーン! 

っとおいおい受け身をとっておくれよぉ。おい、大丈夫かい?」


「ええ、大丈夫です。死んでいますので」


「おいおいおい、はぁ、そりゃ俺もね、死にたくなることはあるけども

人生一度きり! 生きて生きて生き抜いて!」


「いえ、死んでいるんです。ほら、心臓が動いてないでしょ」


「あれれれれ? ううん? じゃあ、俺が動かしちゃおう!

ほらドックンドックン! ドンドンドン!」


「どうも、それでなんですけど俺は墓場に行きたいんです」


「あっはぁ! ぬぅー墓場? 知らん知らん知らん!

ひぃー、嫌だ嫌だ嫌だ。奥さんがさぁ! 姑と同じ墓は嫌だって言うのよぉ!

ああ、もう嫌だ! しまいにはあなたと同じ墓も嫌だって! 樹木葬がいいって!」


「それは大変ですね。あの、墓場の場所を知りませんかね。大きな墓場です」


「ああん? そこの道ぃ曲がればぁ大通りだからぁ! お墓はいやーよ!」



 ああ、行ってしまった。墓場の場所を知らなかったのかもしれない。

それもそうだ。生きているうちは墓場などそう気にしないだろう。

 大通りか。確かに人がたくさんいればその中に知っている人がいるかもしれない。

 

 ……と、思ってきたのだけど、みんなスマホを見ながら歩いていて

俺に気づいてくれない。どうしよう、声をかけてみようか。でも迷惑かな。


「きゃ」


「あ、すみません」


「チッ……え、腕、足も、え」


「あ、大丈夫なんですこれは――」


「きゃああああああ!」


「なんだ?」

「きゃあ! なにあれ!?」

「うおっ!」

「おぉ」

「特殊メイク……?」

「おいおいおい」

「すげー」

「どうなってるんだ? うお!」

「おい、どうした?」

「マジだこれ!」

「え、ホントだ冷たい!」

「こ、これ、し、心臓動いてなくない!?」

「ゾンビだゾンビ!」

「化物!」

「触っちゃったよ俺!」

「あたしもよ! やだ!」

「きもい!」

「死ね!」

「うおら!」

「ははっ! 倒れた!」

「やれ!」

「くらえ!」

「かか、か、加勢するぞ!」



「やめ、あがが、あががを……やめ……」


 しまったな、殴られた拍子に顎が外れてしまった。

 しかし、これは酷い。突き飛ばされ、蹴られ、やたらにめったらに群がってくる。

死人に冷たい世の中だ。いや、死人は冷たいか。


「おい! 何をしているんだ!」

「あ、やっべサツだ」

「いや、お巡りさん、違うんすよ!」

「そうそう! ゾンビ! ガチゾンビ! な?」

「あ、ああ、心臓止まってたんだよな?」

「怖かったんですぅ」


「な、こ、殺したということか!?」


「違くて! おまえ確認したろ?」

「あたし、知らないから!」

「あ、おい!」

「俺、俺も知らねぇ!」

「わた、わたしも!」

「あ、おい! オッサン! あんたが一番蹴ってたろ!」

「おい、俺らももう行こうぜ」

「ああ」


「ちょっと! 全員待ちなさい!」


「いや、動くんですってほら! こいつ、動けよ!」


「やめろ! 暴れるな! 応援をお願いします場所は――」




 ……良かった。こうやって黙って動かずにいればきっと墓場に運んでくれるだろう。

考えたお陰だ。考えるのはやはり良い事なんだなぁ。

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