第9話 お休みなさいませ。ご主人様
まずは準備。
シャワー室から持ってきた籠にタオルに下着に寝間着にと入れていく。
それらを持ってシャワー室へ足を向ける。
準備をして「キー」っと音を立てながら中へ入りシャワーを被った。
「……今日は色々あったな」
曇る鏡を前に言葉が漏れた。
まさかメイドが来るとは思ってなかった。
確かにメイドは好きだがリアルメイドがつくことになるとは。
誰かにこの話をすると完全に頭のおかしい子扱いになるだろう。
注目を浴びないように大学では出来るだけ大人しくしないとな。
「? 」
そう思っていると何やら音が聞こえてくる。
何の音だ?
頭を傾げて頭を上げるとそこには完全に白くなった鏡がある。
僅かに影のようなものが見え「あ。まずい」と思った時にはもう手遅れだった。
「失礼します」
後ろから鈴の様な凛とした声が聞こえてきた。
言わずもがな我が家のメイド『サキ』様である。
「い、一体何を」
「この状況で惚けるのですか? 期待しているせいに」
核心を突かれて下を向く。
いやいやいや。そんなラブコメ的展開はないって。リアルでこんなことはないって。有り得ないって。有り得てはいけないって。
振り向けず少し体をほてらせているとまたもや声が。
「ではご期待に沿えるよう……お体を洗わせていただきますね」
「いや。まずいって! 」
「なにがでしょうか? 『メイド』『婚約者』『二人っきり』これほどにまで条件が揃っているのに何も起こらないと? むしろこれは必然的事象でしょう」
物語の上ではそうかもしれないが、でもまずいって。
何がというと俺の自制心とかが!!!
ひたひたと近づいて来る音が少し聞こえる。
僅か、ほんの僅かに視線を上げた。
正面の鏡はもう殆ど機能していないようで黒い影以外に何も映らない。
そして考える。
いや待て。サキの事だ。きっと俺をおちょくるためにこうしているに違いない。
一気に酒が抜けて頭が高速回転しだす。
ならば考えようだ。布一枚、もしくは下に水着を着て「残念でした。期待しましたか? 本当にエロティカルご主人様ですね」と嘲笑う姿が目に浮かぶ。有り得る。普通にあり得る。
だが『サキ』だ。
今日一日その非常識さを見せた『サキ』だ。果たして彼女がこんな古典的な方法を取るだろうか?
一周回って何も着ず「ご主人様のえっちー」という罠を仕掛けているのかも。そしてこれを言い訳にこの先の主従関係・上下関係を決定的な物にしようと考えてもおかしくない。
がちょっと待て。
今日一日おちょくられたんだ。ならばこれはご褒美として受け取ってもいいのではないだろうか?
確かにこの先の不利益を考えるのならば振り向かないこと一択である。
しかしだ。
あの『超絶美人なサキの裸』を見たくないと?
ゴクリと喉を鳴らす。
ご褒美を受け取っても釣り合うのではないだろうか? 不利益なんて考えなくていいのではないだろうか?
彼女の裸に比べれば砂のようなものな感じがした。
よし。俺は振り向くぞ! これは、ご褒美だ!!!
刹那コンマ数秒の思考期間を経た俺は「バッと」、堂々と振り向き彼女を見る。
そこには美しい裸の……はだか、の……の……。
「何でレオタード!!! 」
「残念でしたご主人様。想像通りいきませんでしたね」
「想像できるか! こんな衣装!!! 」
ツッコみながら彼女を見る。
「しかも色! これが肌色ならば! 」
「常に予想外の行動で主人を茶化すのが私のメイ・ポリシー」
「そんなポリシー捨てちまえ! しかも何で茶色なんだよ! あとちょっと。あとちょっと頑張ればぁ! 」
「良いじゃないですか。お背中を流すのは本当なので」
地味な茶色に身を包んで胸を張るサキ。小振りだが、確かにこれはご褒美だ。
光を反射している黒い艶の短い髪が妙に舐めかしい。
だが……なんだろう。思っていたのと違う。
「では後ろを向いてください」
納得がいかないまま俺は彼女の『お背中流し』は何も起こらないまま終わった。
「では、早めに寝てくださいね。ご主人様」
「……わかってるよ」
「もうすぐ大学生です。R指定のゲームに励まず、少しは勉学に励んでください」
「どんな心配の仕方だ?! 」
「私サキは心配でございます。単位が取れず打ちひしがれる中悪い女に引っかかり会社のお金を食いつぶすのではないかと」
「おうおう、酷い言われようだな。……二回落ちたから何も言えないが」
メイドもののR指定ゲームに嵌まって二回目を落としたからな。本当に、何も言えない。
もしかしたら親父から何か言われているのかもしれない。もしくはメイドの情報網か。
「コホン。ではこれで。お休みなさいませ。ご主人様」
「お休み」
そう言い扉が閉まった。
ここまで如何だったでしょうか?
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