第1話 やってきたメイドさん
「お帰りなさいませ。ご主人様。そしてお帰り下さい。ご主人様」
「ここ俺の部屋なんだけれども?! 」
「そのような些事。このスーパーメイドである天道・イリステリア・サキには関係ありませんのでお気になさらず」
「いや俺が気になるから!! 早く入らせてくれ! 」
「……わがままなご主人様ですね」
「自分の部屋に戻るだけで「わがまま」扱いされるとは……」
と俺は肩を落として扉を閉める。黒と白のメイド服を着た美女が俺を迎えるもいつもの調子で俺を弄ってきた。
少し溜息をつきながらも「ただいま」と言い中へ入る。
最早俺の匂いを上書きされ女性特有のいい匂いが部屋に漂う中、靴を脱ぐ。その間にサキがこの後の事を伝えてきた。
「本日のお食事は——」
脱ぎ終えそれをシューズボックスに押し込みブラックショートな髪を持つ彼女を軽く見上げた。
「——となっております。如何なさいましょうか? 」
「いつも通りで良い」
「いつも通りだと偏食が過ぎます。なので今晩はスッポン料理としましょう」
「いや食事内容を決めたのサキだよね?! 」
「確かに私ですが、あまりにも面白みのない食事内容だと気付いたのでここは挑戦するべきかと」
「チャレンジャー!!! サキさん意外とチャレンジャー!!! 」
「主人の為、婚約者の為常に高みを目指しておちょくる! それが私のメイ道!!! 阻む者は皆殺しです」
「……それ。主人も殺されてないか? 」
「細かいことを気にすると将来禿ますよ? 残念ご主人様」
彼女は俺に蔑称を付けてニコリとしながらそう言う。
どうやら「ツッコミ」がお気に召さなかったらしい。
しかし「一先ず中へ」と白い肌の彼女が俺を誘導。
いや俺の部屋だがな、と思いつつも口答えせずに移動を始める。
つい先日、ほんの数日前まで男一人の部屋だった。なのになんでメイドが。
本当になんで、こうなった。
★
事の始まりは数日前。
俺は町に買い出しへ行っていた。
食材と細かな道具を買い終えた俺は今マンションへ足を向けている。
得意ではないが自炊もする。必要な食材を買うのももう慣れた。
今年から大学に入学だ。期待半分、気後れ半分。
何せ久しぶりの土地の大学だ。見知る友人もいなければ変わってしまった風景にあまり慣れれなかった。
そんな場所故か少しドキドキしながら道を行った。
東京から移住し数週間。俺がいく大学への合格が決まった後すぐにマンションを借りた。
そして残り時間をかけて町を探索した。
大学へ行くのに迷うなんてことがあったらしょっぱなから出鼻をくじかれることになる。
もし写真撮影とかがあってその場にいなかったら悲惨極まりないことになってしまう。
大学からでて社会人になり、「あれ? 浅川君映ってない? 」なんて言われたらきっと泣くだろう。
友達ができる前提で考えているがそもそも友達ができるとは限らない。しかしできるように頑張らないといけない。
俺は大学二回落ちてる。今は二十歳だ。よって同級生の殆どが年下になるだろう。
こんな状態で友達ができると確信が持てる程に俺は自信家ではない。
よって「卒業アルバムに名前は載っているものの写真に載っていない人」という悲劇を起こさないためにも町の探索に友達作りは必要だ。
加えるのならばこの自炊だって友達作りの材料の一つ。
男女問わず料理ができるというのは一種のパラメーターになり得る。
下心ありだとしても、なしだとしても、作れるに越したことはない。
よって自炊は友達がいない四年間を避ける意味合いもある。
町に迷って入学式に遅れるということにならないためにもこうして探索したのだが、来た当初は道に迷った。
いやはや田舎の道というのを——知っていたはずが——侮っていた。
まず目的地へ行く道程が長い。めっちゃ長い。探索中に「これは車がいるか? 」と思ったほどだ。
しかしながら車は買えない。免許は持っているのだがお金がない。家が貧乏というわけではなく単に今まで必要なかったから手元にないということだ。加えるのならば「欲しいならバイトでもして自分で買え」と言われている。
車を買う、という所まで行かなくても少し遠出をするのならレンタカーでも借りようかと考えている。
近場は自転車移動が一番現実的。
次にバスや電車の本数が少ない。
俺が住んでいた東京だと目まぐるしくバスや電車が行き来するが、ここ高知県では極端に少ない。
それもあってかバス待ちや電車待ちの時間が長く移動に時間がかかる。
今住んでいる場所がとりわけ町の中心から外れているわけではないのだが、それでもかなり時間を取られる。
その代わりと言っては何だがバスや電車の中は閑散としていた。
東京のようにぎゅうぎゅう詰めにならないのは良いが、マンションから他の場所に行く時バスや電車に遅れないようにしないと思った。
幸いマンションと大学は近い。よっぽどのことがなければ大学に遅れるようなことはないと思うが、バス移動や電車移動する必要がある時乗り遅れるとかなり時間を待たされるだろう。
そう思いつつ移動しているとマンションに着いた。
「にしても本当に久しぶりだ。意外と道を覚えているもんだ」
一人ぽつりと呟いてマンションを見上げる。
俺はその昔この町に住んでいた。正確には中学校まで。高校に上がる時両親の仕事の事情で上京した。
昔の友達も俺の事を覚えてないだろうな、と少し寂しく思うも仕方ない。
中学校の頃と比べて大きく変わっているだろうから。
このマンションも中学の時にはなかったマンションだ。
だが、地方大学特有というべきか大学がある場所というのは覚えやすい。
時々、この丁度いい目印である大学を通って今はない映画館とかにいったものだ。このマンションがある場所はその時通った畑。この周辺の畑が殆どマンションになっているから同じ時期に建てられたのだろう。
少し寂しく思うも、おかげで大学に近い場所に住めることを感謝しながら入り口を行く。
シャーっとガラスの入り口が開く。
澄んだ空気の中歩いて郵便ポストを確認。
ちょっとしたチラシを手に持ってキーボードがあるところまで歩く。
このマンションはオートロック式。
男といえど身に危険を感じることが多い昨今、こういうセキュリティがあるマンションは少し安心。
家を決める時色んな物件を見たがオートロック式の物件は少なかった。あったのは、それこそ比較的新しく出来たこのマンション周辺と大学近辺、後は駅の方くらいだった。都会だと普通にオートロック式のマンションが立ち並ぶがここはそうではないらしい。
しかし値段は安い。それこそ都会と比較にならないくらい。
確かに他の物件に比べるとかなり高額なのは確かだがそれでも安い。
正直この土地になにかあるのでは? と疑うレベル。
だが平均してこの値段故にそれはないだろう。これがこの町の平均なのだから。
四桁の番号を打つ。するとまたドアが開く。
少し歩いてエレベーターへ。
上に昇り「チン」と着いた音がすると太陽が差し込む廊下を歩く。
五階建てマンションの四階の一角。ここが俺が住んでいる場所だ。
扉の前まで来ると鍵を探す。
今日買った荷物を落とさないように注意しながらジーパンのポケットから鍵を出す。
シャリンと音を鳴らしながらも鍵を差し込み回すと「ガチャリ」と音が鳴る。
「ただいま」
と誰もいない空間に言葉を放ちながら扉を開け——
「お帰りなさいませ。ご主人様」
バタン。