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モフデレシリーズ

聖女です。牛になったら、美形眼鏡と家族になりました。おや?

作者: りすこ

 

 唐突ですが、私は今、牛です。

 柔肌に白黒模様があり、短いしっぽをフリフリする動物の牛です。草がうまい。


 お乳を丸出ししているのが、実に恥ずかしいのですが、牛専用のパッドは、この国では流通していないので、そのままユサユサしています。だんだんと羞恥心が薄れているのが怖い今日この頃です。


 今は立派なホルスタインですが、元々は、聖女と呼ばれた人間です。性別は女で、年齢は二十八歳。名前はアーシャ。


 なんで牛なのかというと、魔法で変幻してしまったからです。


 私が四足歩行で、のんびり歩いているこの国では、牛は神の使いと呼ばれています。牛のお肉を食べるなんてご法度。ゆえに、牛は神に近い動物で、神聖魔法の使い手ならば、誰でもなれる存在です。


 でも、わざわざ牛になる人なんて、いなかった。だって、変幻する時の呪文が「うしうしうっしっし★ モーモー! イリュージョン!」ですから。


 他の呪文が「紅蓮の炎で焼き祓え! メラルガ」とかカッコイイのに、牛の変幻だけ詠唱がダサい。


 修行時代に、先生から呪文を教えてもらったときは、ポーズまで指定され、恥ずか死ぬと思いました。忘れられない思い出です。


 この魔法はそもそも、食糧難だった土地を憂いた聖女が牛に化けて乳を与えたことから始まっています。


 聖女が化けた牛は妊娠しなくても、搾れば乳がでる。ジャバジャバでます。しかも、普通の牛乳と違い体質の合わない人には出る発疹もない特殊なもの。

 無臭の乳白色の液体は、聖女の魔力を他の方に与え、おなかをいっぱいにして、満たす効果があるのです。


 でもまあ、それも昔のこと。わたしの乳を搾れ!!!という聖女は、今はいない。回復系の魔法なら、手のひらをかざして、ピカッとやるものができましたし。


 私が牛になった理由も食糧難に立ち向かうとか、崇高なものではありません。


 やけ酒を飲んで、気づいたら、牛になっていたのです。


 つまり、事故です。

 やっちまったのです。


 ええ、本当に……


 やらかしました……


 やらかしたのは、私にとっては、切実な理由があるのです。どうか牛の言葉に耳をかしてください。


 私は聖女としてはそこそこの実力で、聖女たちの統括をしていた。


 でも、隣の隣の隣のそのまた隣の国が、戦争をしているとかで、海路が乱れ、私の国でも食糧が届かなくなってきた。じょじょに物が値上がりし、王様は「国に金がない」とかなんとか理由を述べて、税金上げるとか言っている。市民は不平不満がたまりまくりなのです。


 そのせいなのか、聖女がいる診療所に変な人が増えた。


 体に触れて、優しい言葉をかけて診療をする聖女を娼婦と勘違いしたのか、不快な言葉を投げかける人がいた。対応した聖女は凍りつき、診療するのが怖くなったと、顔を青ざめて私に訴えてきました。


 話を聞いた私は、腹がたった。飲み友達の娼婦を思い出して「そういうことしたきゃ、娼館に行けばいい。ついでにガッツリ金を搾りとられてしまえ!」と、鼻息荒く毒づいた。


 話を聞いた聖女は、私の荒ぶりっぷりに毒気を抜かれたのか、笑っていた。気が楽になったようで、聖女の仕事は辞めたくないと言ってくれた。彼女には、たっぷり休んでもらい、別の診療所に務めてもらうことになった。


 また別の聖女の所に、診療ついでに半日も愚痴を垂れ流す人が現れた。何度もくるので、困り果てた聖女が私に相談してきて、私が矢面に立って「お話をしたい場合は、教会の懺悔室へどうぞ」と、やんわりと言ってみたけど、逆ギレされてしまった。


 聞くに耐えない罵声を言ってきたので、近くの人に自警団を呼んでもらった。


 その場ではおさまったけど、自警団の人がやれやれって雰囲気で「聖女なのに、言葉がきついね」と、言われた。じろりと見られた目には、明らかな蔑みがある。


 聖女は清き乙女と言われ、慎ましく、朗らかな笑顔で人を癒す、というイメージがある。それは妄想だろうと思うけれど。


 私は「聖女だって、人間ですから」と笑顔を張りつけて言ったけど、顔をしかめられた。


 いい気分はしなかった。ムカついた。鼻毛をごっそり、むしり取るぞって思った。その日は、蜂蜜酒を二本、煽って寝た。


 そんな日々で、現場の聖女は疲れはてていた。妙に絡む人も増えたから、中央教会にいる神官に「診療所に警備兵を付けてくれないか?」と掛け合ったんだけど。


「人を雇う金、ないから。わかっているでしょ?」


 意訳ではなくストレートに言われた。

 私も不満が溜まっていたから、反論したら「生意気だ」って言われて、解雇通告された。そんなバカな……である。


 たまたま故郷を訪問した王妃様に魔法が使えるから聖女になりなさいと認められ、育ててくれたじっちゃんと別れ、ハードな修行をして、聖女になって十四年。


 王妃様への恩義もあったから、仕事で嫌なことがあっても辞めなかった。それが、あっさり解雇。最後の給料もらった時は、ちょっと少ないじゃんって言うこともできずに、立ち尽くしていた。


 私なりに、頑張ってきたんだけどな。

 でも、ダメだった。

 ちっくしょうー! と号泣して、蜂蜜酒を三本、煽った所で記憶が途切れた。




 そして、目が覚めたら牛になっていたのです。


「モオオオォォオ!?!?」


 きっと、酔っぱらった調子で、決めポーズをしてダッサイ詠唱をしたのだろう。十代の若い子ならまだしも、一回転して、くるりんキラッ☆なんて二十八歳がやるのは、キツい。全体的に、痛々しい。ギリギリ、アウトだっ! 心が耐えられないっ!


 私は羞恥心から、モーモー叫んで走り出した。


 全力で走って、正気に戻ったら、見知らぬ土地にいました。



 おや?


 ぽかんとして、思わず草を食べたら案外、美味しかった。草をもごもご口に含んで、歩きだす。のんびりした足取りで、空気を鼻いっぱいに吸い込み、また草を食べる。


 牛が歩いていると、誰も何も言わない。むしろ、目があった人は、そそくさと道を開けて気をつかってくれる。静かだ。実に平穏。


 ふと見上げた空が、突き抜けるほどの青さで、故郷のじっちゃんのことを思いだした。

 じっちゃんは、つるつるになった後頭部をさすりながら言っていたな。


「人生、諦めが肝心なのじゃ」


 あの哀愁漂う横顔を私もしていることだろう。牛だけど。


 モーっと鳴いて、しばらくこのままでいることにした。煩わしさから解放されて、のんびりしたかったのです。



 そして、今に至るのだが、眼鏡をかけた美形騎士が、なぜかこちらをじっと見ています。


 はっと息を飲むほどの美形です。顔からフラッシュが出ているし、騎士服がお似合いです。


 しかし、眼光が鋭く、何かを探るように見てくるので、冷や汗が止まらない。


 ただの牛ですよ?

 ワタシ、ニンゲンじゃアリマセンよ?


 そう訴えようと、彼の目の前で草を食べているんだけど、瞬きひとつせずに見てくる。圧がすごい。


 変幻しているのがバレたのだろうか。

 いや、神聖魔法の牛変幻はやる人がいないから、知っている人は少ないはずだ。詠唱がダサすぎるんだし。


 一刻も早く逃げ出したい。

 十代を聖女修行で潰した私は美形を拝む機会なんてなかった。美形だ! やっほーい! ここぞとばかりに見るゾ☆

 なんて思えない。逃げたいっ!


「モォォォー」


 勘弁してくださいという気持ちを込めて鳴いたら、美形が微笑した。口の端をわずかに持ち上げて、目元までゆるませている。ふっと、緩んだ表情を見て、私は戦慄した。


 牛を見て、女の子がきゃあきゃあ言いそうな微笑みをしやがりました。モォォォと鳴いた口が塞がりません。


 この人、危険な匂いがする。

 逃げるべっ。


「モォォォ!」


 短い足を動かして、ドスドス走る。揺れる乳が邪魔だな。巨乳になって、ラッキーとは思えない。必死になって走っていたのに、美形眼鏡が追いかけてきた!


 涼しい顔で、並走している! 走っているのに、眼鏡がカタカタと揺れない。顔に張り付いている。なんだ、この人! 只者ではないだろう!


「モォォォ!」


 怖いわー! 助けてー!

 半泣きになりながら走っていたら、行き止まりに追い詰められた。しかも、美形眼鏡が腰ドンしてくる!


 あいたっ。ちょっ。お尻にぶつかってくるのは、やめなさい。腰が砕けるでしょう! やめっ! こらっ!!






 ……あっという間に、美形眼鏡に腰砕けにされました。


 そして、首輪も付けられて、引っ張られています。


 人生って、本当に何が起こるか分からないですね。やけになったので、鳴きます。


「モォォォ (捕まってしまったよー)」


「君が暴れたからだろう」


 無言だった美形眼鏡から返事がありました。

 いいお声ですね。――って、そんなことより、微妙に会話が成立していませんか? 気のせいかな。


「モォォォ (どこに連れて行く気ですか?)」


「俺の家だ」


 そうなのですか。美形だから、妻がいらっしゃるのでしょうね。――って、おかしい! 会話が成立している! 嘘でしょ? 美形眼鏡って、なんでもできるの?!

 いやいやいや。落ち着こう。興奮すると、ブフンブフンって、鼻息がでちゃう。

 もう一回、聞いてみよう。


「モォォォ…… (あなたのお名前は?)」


「ルドラだ」


 あら、顔に似合ったお名前ですね。素敵です。


 って、ちっがーう!!!


 せっかく引っ込めた鼻息が出てしまったではないですかっ! 驚きすぎて「モーモー」言いますよ! 目も大きく広げているので、ギョロっとしていて、血走っていると思いますよ!


「どうした?」


「モォォォ……(どうもこうも)……モォォォ……? (どうして私が話していることが分かるんですか?)」


 片耳をぶるっぶるって震わせながら首をひねると、美形眼鏡が近づいてきた。私の頬に手を添えて、顔を覗き込まれる。ちょっと、近すぎです。


 この土地に来るまで一ヶ月ぐらいかかりましたから、体臭がキツいと思います。

 頑張って、口臭がでないように唇を引き結んでいますが、涎がポタポタ垂れています。

 ……離れてほしい。

 そう切実に思っていたのに、美形眼鏡はうっそりと微笑んだ。


「君の瞳を見れば、考えていることは分かる」


 実に愛おしげに見つめられ、私は悟った。

 あぁ、なるほど。騎士服を着ていたから騎士かと思いましたが、あなたは牛飼いですか。


 王宮にある牧場の方も、キラキラした目で「牛の気持ちが分かる」と、爽やかに言っていました。彼は牧場の人と、同じきらめきを瞳に宿している。牛飼いなのだろう。


「モォォォ……(そうなんですか。牛飼いさんなのですね)」


「そうだな。牛を育てたことはある。だが、牛に助けられて、育てられた経験もあるんだ」


 はい?


 不意打ちの告白に、こてんと首をひねる。

 太い首だから、傾きは微妙だ。


 美形眼鏡、もといルドラさんは、私を引っ張りながら自分の話をしてくれた。


 なんでも、ルドラさんは流浪の民で、この国からずっと北にある国の出身だそうだ。彼の一族は、牛と共に旅をしていた。しかし、小さな頃に一頭の牛と共に家族から離れてしまったそうだ。


 それから牛が彼の親代わりだったらしく、苦楽を共にした。淡々と話してくれたが、牛さんが盗賊から彼を庇った話を聞いて、泣けてきた。


「モオオ……(何本も矢を受けても、ルドラさんを乗せて走ったなんて……! うぅっ……牛さんはどうなったんですか!)」


「息を引き取った。角を切って、お守り代わりにしている」


「モオオオオ! (そんなぁぁぁ!)」


「ずいぶん年をとっていたからな。しかたない」


「モオっ! モオっ! モオオオオ! (しかたなくなんてないですっ! 盗賊め! 天罰が下ればいいっ!)」


 ブフン、ブフン。鼻息をだしながら言うと、ルドラさんが微笑した。


「……君は優しいんだな」


 うっ。そんなに綺麗に微笑まないでください。ただでさえ、美形なのだから、ドキドキしてしまいます。


 苦労話に弱いだけなんです。小声でモウモウ言ってみたけど、ルドラさんはますます笑みを深めるばかり。視線に耐えきれずに、モオ、と鳴いて話題を変えることにした。


「モオォォォ……(牛さんと一緒に居たから会話ができることは分かりましたが、どうしてあなたの家に連れていくんですか?)」


「君が一人ぼっちだからだ。ここら辺は、治安が悪い。殺されて喰われるぞ?」


「モォォォ?! (そんな馬鹿な?! 牛は食べてはいけないものですよ!)」


「禁止はされているな。だが、食料不足の辺境では通用しない。……私は牛が食べられるのを見るのは耐えられないんだ。うちに来なさい。保護する」


 そっか。

 ルドラさんは、きっと牛に恩義を感じているんだろう。悪い人ではなさそうだし、引っ張られるままにしておこうかな。


 それにしても。辺境って、そんなに治安が悪かっただろうか。牛を食すほどの食糧難なら、私が居た中央教会に報告が上がってもよいはずだ。

 各地で聖女が派遣されているはずなのに、そんな話は聞いたことがない。


 私は周囲を注意深く観察することにしました。


 のんびり歩いていくと掘っ建て小屋みたいな家がポツポツと見えてくる。彼の言う通り、私が牛になって駆け出した都市部とは、まるで違う雰囲気。貧弱な山羊の姿が見えるくらい。殺伐とした光景に、眉根をひそめる。眉毛、ないけど。


 聖女が使っていそうな診療所も見えない。なんでだ?


 職務怠慢だな、と思いつつ、モヤモヤしていると、美形眼鏡の家に着いた。


「家に入って」


「モォォォ……(いや、あの……)」


「どうした?」


「モォモォ (どうみても狭いですし、扉のサイズが私の幅のギリギリです)」


「入れるだろう?」


「モォ! モォォォ (そういうことではなく!)」


「入りなさい」


 放牧でよいんですけども。

 上目使いで見てみたけど、ルドラさんは真顔で私の背後に回った。


 あ! こら!

 おしりを触って家に押し込めないでください。

 まっ! やめっ。こらっ! 強くもみながら押さないでっ!





 ……抵抗も虚しく、美形眼鏡の家に、監禁されました。


 美形眼鏡は家具を外にだして、どこからともなく持ってきた干し草を敷き詰めてくれました。手際が良すぎる。


 小さな家に、狭いキッチンと牛と美形眼鏡。家具はない。なんだろう。この状況……

 思わず遠くを見つめたら、ルドラさんと目があった。


「君は臭いな。風呂に入るか?」


 ブフン!

 今更、匂いを指摘されるとは思いませんでした。ビックリしすぎて、鼻息が出たじゃないですか!


「外に来なさい。洗おう」


 用意しだした彼の背中を見つめながら、どう返事をしていいか分からなくなる。モーと鳴けばのよいのだろうか。


 正直言うと、お風呂には入りたい。牛って脚が短いからか、かゆいところに前足が届かないのよね。水浴びしたい。


 ちょっとだけ考えた後、美形眼鏡の後を追って、家から出ました。


 今日はいい天気で、水浴びするには最高だ。家の傍にある井戸から水を汲んで、石鹸を泡立ててブラシで体を洗ってくれる。柔らかい繊維のブラシで洗ってくれたら、気持ちがいい。はー、最高。

 思わず短いシッポを揺らしていたら、彼の手が体の下に伸びてきた。


「モオォォォッ! (お乳は結構です! なんか嫌です!)」


「洗わないと、ダメだろう?」


「モオォォォッ!! (恥ずかしいから、やめてください!)」


「清潔にするのが大事だ。病気になったら大変だろう」


「モオオオオ!(ごもっともですけど、お嫁にいけなくなります!)」


「じゃあ、俺がもらう」


 はい?


「俺と家族になろう」




 リンゴーン♪




 美形眼鏡がプロポーズともいえる台詞を言いやがりました。びっくりしすぎて、モオモオ言う気にもなれません。私の口は開きっぱなしになって、ポタポタとよだれが垂れています。


 私が放心している間に、美形眼鏡は漢らしく上着を脱いで、お腹の腹直筋がバッチリ見えるピッチピチの黒いシャツ姿で、私を洗いだしました。眼鏡に水滴が飛ぶのも構わず、私を洗ってくれます。


 あんなところやそんなところまで、丸洗いされました。


 呆然としたまま、ふと見上げると、空は青く、雲ひとつなかったです。

 それを見ていたら、故郷のじっちゃんが、毛根が死滅しかけた頭をさすりながら言っていたことを思いだした。


「人には、抗えぬ定めがあるんじゃ」


 今なら、その言葉が分かるような気がする。

 きっと、牛になった時点で、こうなるのは抗えぬ定めなのだろう。たぶん。人生、ありのままを受け入れた方が楽だ。たぶん。


 私は久しぶりの水浴びを堪能して、モーと鳴いた。




 丸洗いされたので家に入りました。私は干し草を見て、食べた。この草、うまいな。疲れた心が癒されるわ。


 ルドラさんは何をしているかというと、家の周りに結界を張っているそうです。もしも、牛泥棒が入ったら、大変だからという理由らしい。


 ルドラさんは、そこそこの魔法の使い手なんだろうな。結界を張るスピードが異様に早い。


 しかしである。

 プロポーズのまがいの言葉といい、彼の本気さが伝わってきて、干し草を食べるスピードが早まります。


 どうしよう。

 やっぱり、牛じゃなくて人間なんですって言うべきだろうな。

 黒歴史を話すのは気が重たいが、私は変幻していることを包み隠さず話すことにした。


 ルドラさんは黙って聞いていたけど、だんだんと眉間の皺が増えていって、悪魔のような形相になった。


「……君は中央のバカのせいで、職を失ったのだな。俺が殺しに行こうか?」


「モオォォォ……(真顔で物騒なことを言わないでください)」


「半殺しがいいなら、そうする」


「モオォォォッ! (そういうことではないのです!)」


「君に苦労をかけたあげく、辺境は放置したままだ。そんな奴ら、いらないだろう?」


「モオォォ……(言いたいことは分かりますが、教会へ反逆とかやめてください。ルドラさんの身が危ないです)」


 モオモオ、訴えたらルドラさんが微笑した。


「君は優しいな」


 いや。だからね!

 なんで、そんないちいち感動した目をするんですか!


 うぅ……なんだか、とても愛おしそうに見つめられて居心地が悪い。美形は美形であることをもっと自覚すべきです。


「モオォォォ……(もう、私のことはいいんです。けど、辺境は放置しておけませんね。聖女はいないんですか?)」


「二ヶ月前までいたが、教会に戻ってこいと言われ去っていった」


 なんだって?!。

 二ヶ月前といえば、隣の隣の隣のそのまた隣の国が、戦争を始めてバッタバタしていた頃だ。経費削減!とか中央教会も叫んでいたし、辺境への手を抜いたのだろう。いつだって、割をくうのは、中央から遠い地なのです。


 ――見過ごせない。

 解雇された恨みつらみもあって、私は聖女に戻ることを決意。ルドラさんに話しかけた。


「モオォォォ……(ルドラさん、私、人間に戻ります。そしたら、聖女の力を使えるようになります)」


 ルドラさんは驚いた顔をした。眼鏡が鼻先までずれている。そんな、ちょっぴりお茶目な顔をされても、私の決意は変わらない。聖女になったら、保護してもらった恩返しができるというものだ。

 私は短い前足を踏ん張り、ダッサい詠唱をする。正気を失い、声高に鳴きました。


「モオォォォッ!(うしうしうっしっしー。モーモー★イリュージョン!)」



挿絵(By みてみん)



 …………。


 おや?


 牛のままです。


 気合いが足りなかったのかな。

 もっと気張ってやりますか。





「ブモオオオオ!」

「…………」

「ブモッ! ブモオオオオオオオオオ!」

「…………」

「ブッ! ブモッ! ブッッ……!」

「…………」

「モオオオオ!!!」

「…………」





 おや?


 人間に戻らない。

 え? なんで? モーモーしか言えないから?


「モオォォ……(戻りません……)」


「そうみたいだな」


 悲壮感たっぷりに言ったのに、ルドラさんはズレた眼鏡を直して、淡々と言った。


「元に戻れないなら、今のままでいい。家族になろう」



 リンゴーン♪


 頭の中で教会の鐘が鳴りました。

 もちろん幻聴です。

 嘘だろと、つっこむ暇もなく、私はポカンと口を開きました。

 ポタポタとヨダレがたれて、干し草の上に落ちました。


 誰かこの状況を、親切、丁寧に、教えてほしいです。



 *



 牛になったまま、美形眼鏡とめくるめく同居生活が始まってしまいました。ルドラさんは、それはそれは、もうしつこく、粘着質に私の名前を聞きたがり、私はモーモー言いながら、答えてしまいました。私の名前を知った瞬間、ルドラさんはこの世の美しさを集めたように笑みを深めました。満足そうです。

 それからというもの、私の名前を呼びます。


「おやすみ、アーシャ」


 名前を呼びながら、干し草の上で、ルドラさんに添い寝をされます。


「おはよう、アーシャ」


 目覚めると蕩けるような笑顔で、名前を呼びながら体を触られます。手つきが優しいから、この状況にも慣れてきました。ですが。


「ほら、水浴びをするぞ」


「モオオオオオ! (それは嫌ですー!)」


「こら、暴れるな。君専用の風呂桶も作ったんだ。一緒に入ろう」


「モオォォォッ! (混浴はこっぱずかしいので嫌ですー!)」


「なぜ、嫌がる? 家族だろ?」


 水浴びだけは、まだ慣れません。



 美形眼鏡と人間に戻れない牛。という謎の同居生活を続けていますが、なかなか快適に過ごしています。ルドラさんは親切ですし、牛のお世話がお上手です。このまま、牛でもいいかもしれない。


 そんな境地に達しかけた頃、ガラの悪そうな男が数人、ルドラさんの家に押しかけてきました。


「ルドラ! 動物を飼っているってのは、本当か!」


「本当だが、私の家族だ」


「家族うぅ?! 動物は動物だろう! 肉にしてくっちまえ! 子供がひもじい思いをしてんだよ! たまには栄養あるもん食わせてやりたいんだよ! 動物をよこせ!」


「断る。俺の家族だ。子供たちには、悪いが我慢してくれ」


「ルドラ……なんとか、頼むよ。子供たちの為なんだよ……」


「肉にしても一時を凌げるだけだ。根本的な食糧不足を解消しないと」


「そうだけどよお! 目の前にあるなら、食わせてやりたいんだよ!」


 切羽詰まった声を部屋の中から聞いていたら、胴体が動いた。恥ずかしいとか思っている場合じゃない。あれをやらないと!


 かつて聖女がやった魔法。

 牛の乳搾りを!


 私は短い足を動かして、男の人たちの前に歩み出た。ルドラさんも男の人も目を見張っています。


「モオォォォッ (話は聞きました。私の乳を搾りなさい)」


 ルドラさんが、驚いた顔のまま反芻する。


「アーシャの、乳を、しぼるのか?」


 ブフンッ。

 そこ! 本名で呼ばない! 恥ずかしさが倍増します!!


 私はモウモウと荒ぶりながら、牛にはお乳がでることを語りました。


 牛乳は王族や貴族が趣向する高級品で、庶民の口に入ることはない。しかし、栄養価が高く。牛乳を飲めば、連日の疲れがぶっ飛ぶ経験を私もしている。


 牛乳は最高だ! 牛乳万歳!と、叫んだ。


「モオォォォッ! (牛を食べるのは禁止されています! しられたら、教会がやかましく騒いで、みなさんを牢獄行きにします! そんなことになるぐらいなら、私の乳を搾りなさい!)」


 ルドラさんは淡々と男の人に説明した。酔っぱらって、ダサいポーズでダサい詠唱をしたあげく、人に戻れない私の黒歴史まで言ってしまいました。

 みなさん、信じられないようで、ぽかんとしている。

 私も赤裸々に語られて、ぽかんとした。


 ルドラさんだけが、表情を引き締めたまま、私に近づく。


「アーシャ、本当に君の乳を搾っていいのか? 君は、ここに触れると恥ずかしがっていただろう?」


 ……その言い方は、恥ずかしさが倍増するのでやめて頂きたい。


「モォォ……(飲まれない乳をためているぐらいなら、みなさんに飲まれる方が本望です)」


「アーシャ……」


「モオォォォッ! (牛は乳を飲まれたいんです! 察してください!!)」


 言っていることがめちゃくちゃのような気がするが、恥ずかしいのだ。ご理解、頂きたい。

 口を引き結んでルドラさんを見上げると、彼は耳元でささやきかけた。


「できうる限り、優しくする」


 ブフンッ!

 ちょっと、新婚初夜みたいな台詞を言わないでください。腰が砕けそうになったではありませんかっ。


「モオオオオ! (やるなら、ガッツリ搾ってください! 遠慮はいりません!)」


 鼻息荒く言ったら、ルドラさんの口の端がわずかに持ち上がった――ように見えた。


「わかった。鳴いても、やめないからな」







 本当に、手荒でした。

 美形眼鏡、容赦がありません。

 モーモー鳴いたのに、搾り取られました。

 こっちは半泣きだったのに、愉悦がまじった瞳で見られるとは。私は彼の人間性を見誤っていたようです。人って、何を考えているか、わかりませんね。


 モオオオォォオと、鳴きますよ。


 でも、最初は不審な目で牛乳を見ていた子供たちが「美味しい。美味しい」と言いながら、牛乳を飲んでくれましたし、ガラの悪い男の人は泣いて喜んでいたし、よかったのではないでしょうか。


 なんだかよく分からないくらいジャバジャバと、乳がでるので、一日、数回は搾って牛乳を配ることになりました。


「……アーシャ。搾らせてくれ」


 ルドラさんが色気たっぷりに、そう言うのを抜かせば、私の日常は平穏です。



 *


 美形眼鏡に乳搾りをされるのにも、慣れた頃。

 唐突に、私を解雇宣言した神官が、やってきました。


「アーシャ! 貴様のせいで、私の人生は台無しだ!」


 私を見るなり、腰をひねりながらイラッとするポーズで指さしをしてきました。


 なんで私だって一発でバレたのか不明だし、なぜここにいるのかも不明。なにより、乳搾り中に突撃されたのが不明だ。せめて、乳搾りが終わってから突撃してほしかった。

 ストレスでお乳の出が悪くなってしまったではないですかっ!


 思わずギョロっとした目で彼を見てたら、ずいぶん様変わりにしていることに気づいた。前は立ち襟の神官服が、嫌みなく決まるような美形だったのに、今は見る影もない。


 頭がぼさぼさで、目の下がくぼんでいる。唾を飛ばしているので、美形が台無しです。雑に描かれた絵のようだ。雑な美形。名前は、えっと。なんだったっけ? 覚えていないから、もう雑な美形でいいや。


「お前が辞めてから、聖女から文句が殺到したんだ! 王妃殿下も、なぜお前を辞めさせたと怒りくるい、探せと命令をくだされたんだ! お前のせいで、散々な目にあった! どうしてくれる!」


 へー、ほー、ふーん。

 美形が、雑な美形になった理由は興味ないな。


 でも、みんなと王妃様が怒ってくれたことには、じーんとくる。みんな、ありがとう。

 思わず目をうるませたら、雑な美形が勝ち誇ったように笑った。


「どうやら反省したようだな。まあ、お前も牛なんて惨めな姿になっているようだしな。許してやってもいい」


 いや、どうしてそうなるの?

 雑な美形に許されても、嬉しくともなんともないのだけど。


「ははは! それにしても牛になって乳搾りされているとはな! 傑作だ! 無様な姿だなぁ? あの臭い匂いの飲み物を作り出しているなんてな!」


 その一言に、ブツンと血管が切れた。


 私のことはいい。牛になっても、ルドラさんが優しくしてくれるし。だけど、牛乳を馬鹿にするのは許さない。


 牛乳を美味しいと言ってくれた子供がいる。私の牛乳を泣いて喜んでくれた人がいる。だいたい臭いとは何事だ。あなたも神官で神聖魔法の使い手なら知っているでしょう。


 聖女の牛乳は、無臭だあああぁぁああ!!!


「ブモオオオオ!!!」


 私は声を荒げ、雑な美形に突進した。勘弁ならねぇという思いが、私を闘牛にしていた。雑な美形は、ひっと声をあげ、走り出す。逃げるな! 体当たりさせなさい!


 雑な美形が舌打ちして、防御魔法を展開する。あ! 私の突進を防ぎましたね! 力づくで、押しきりますよ!


 雑な美形と一進一退の攻防を続けていたら。


 ――ゴオッ!


 雑な美形の髪が、炎によって焼かれた。頭のてっぺんが丸こげだ。毛根は死滅したことだろう。


「ちっ。ハゲにしただけか」


 私の後ろで、ルドラさんの声が聞こえた。どうやら火魔法をくりだしたらしい。私の頭を防いでいた防壁魔法にはじかれて、雑な美形の頭を焼いたのだろう。ナイスだ。


 故郷のじっちゃんが、言っていた。俺の毛根はまだいける!という年代に、毛の後退を感じると心の柔らかい部分がズタズタに切り裂かれるほどの痛みを感じると。


「私の毛がぁぁああ!!!」


 と、叫ぶ雑な美形を見るに、痛恨の一撃をくらわせたのは間違いない。


 今がチャンス!

 隙ができたので、雑な美形に体当たりして、ぶっ飛ばした。帰れ、帰れ。ここにあなたはいらない。


 追いかけ回して、ルドラさんが火魔法で追い討ちをかけて、神官は頭をさすりながら逃げていった。


 ブフン。鼻息を出して、雑な美形を見送った。


「半殺しにもならなかったが、これでよかったのか?」


 ルドラさんが私の背中をさすりながら、問いかけてきた。あ。私が殺すのはやめましょう、と言ったのを覚えていてくれたのね。だから、ルドラさんは手を抜いてくれたのだ。


「モォォォ(いいんです。ルドラさんの一撃で、私はスカッとしました)」


 私はモーと鳴いて、ルドラさんの手に頭をすりよせた。甘えてみると、ルドラさんは嬉しそうでした。私の体をぎゅうぎゅうに抱きしめてくれました。




 さて、一件落着、かと思いきや。日をおいて、今度は王妃様がやってきました。やはり乳搾り中にやってきたので、もうこれは因果でしょうね。


 王妃様は牛になった私を見ても笑わず、むしろ申し訳なさそうな顔をした。


「隣の隣の隣のそのまた隣の国が、戦争を始めたせいで忙しくて中央教会まで目が向けられなかったわ」


 私は首を横に傾けた。

 王妃様は病気がちな陛下を支えて、国内を飛び回っている。わざわざここまでくるのも大変だっただろう。王妃様、寝ているのかな? 顔色が悪いです。


「あなたが辞めて、現場の聖女から苦情が殺到しました。わたくしも一方的な解雇に見えましたし、あなたを解雇した神官は、あなたに渡すべき賃金を着服していました。査問会にかけられ、彼には罰がくだされます」


 罰か。魔力を根こそぎ奪われるやつかな。あれ、ものすごく痛いって聞いたことがある。


「わたくしとしてはあなたに聖女に復帰してほしいわ。できれば、聖女不在のこの地をみてほしいの。どうかしら?」


 私はこくんと頷いた。

 太い首なので、傾きは微妙だ。


 嫌なこともあるけど、私は聖女の仕事が好きなのだ。一生、かかわっていきたいのです。


「はい」と、返事をする代わりに「モー」と鳴いた。そこで、はたと王妃様が気づく。


「わたくし、牛の言葉は分からないわ」


 まあ、そうでしょうね。実は、私もどうしたら言葉を通じのか考えながら聞いていました。


「俺は分かる。アーシャはどうしたいんだ?」


 ルドラさんが私に声をかけてきた。近くに牛語を理解してくれる人がいてよかったと思えた瞬間でした。


 ルドラさんを通じて私の意向を王妃様に話した。王妃様はほっとしたような顔をした後、「あぁ、そうだわ……」と苦笑いをした。


「アーシャが牛になったと聞いたから、魔法を解除する魔石を持ってきたのよ。最初に使って話をすればよかったわね」


 王妃様、しかたありませんよ。あなたはお疲れなんです。そんな気持ちを込めて「モー」と鳴いた。


 王妃様は私に魔石を渡そうとしましたが、前足を上げて器用に受け取る芸当はできなかった。ルドラさんが代わりに魔石を持ってくれました。助かります。


「あなたが牛になって、辺境の地を潤わせたこと、感謝します。あなたは聖女の鑑ね」


 王妃様に微笑んで言われて、くすぐったい気持ちになった。褒められるのは、嬉しい。牛乳が倍、作れそうだ。


 王妃様は、私が訴えた現場の聖女への配慮をする、と約束してくれて去っていった。


 王妃様は朗らかな方だけど、怒らせると超怖いのだ。ごめんなさいっ! もうしません!と相手に言わせるまで折れない。私も泣かされた経験がある。だから、信じよう。


 聖女たちが、少しでも楽になりますように。



 さて、王妃様がくれた魔石であるが、実に便利なものだった。ダッサイ詠唱やポーズをしなくても、魔石を握って「モー」と言えば自由に牛になれたり、人間になれるのです。


 画期的だ! ダサイ詠唱をしなくていいなんて、泣くほど嬉しい。最高です! 王妃様!


 そんな便利なものをゲットしましたが、辺境はまだまだ食糧不足。牛一頭の牛乳で、なんとかしのいでいる現状だ。


 もう、このまま、私は牛でいいんじゃない? ――そう思ったのですが、ルドラさんが人間の姿を切望した。


「アーシャの元の姿を見たい」


「モォォォ~ (そうなんですか? くたびれた女ですよ?)」


「アーシャの元の姿を見たい」


「モォォー (普通の女ですよ? どちらかというと顔がきつめです)」


「アーシャの元の姿を見たい」


「モォ……(いや、だから……)」


「アーシャの元の姿を見たい」



 美形眼鏡が、真顔で同じ台詞しか言わなくなりました。なんだか眼鏡がピカンピカンって光っているし、声が低音になっています。圧が、ものすごい。


 私は食糧不足ですからと、小声で訴えてみた。そしたら、ルドラさんが牛乳を保存してみようと提案してきた。


「今は出した後、すぐに配っているが、アーシャの乳の出はいい。出せるだけ出して、樽に保存しよう。そしたら、常時、牛ではなくても構わないだろう」


 あ、それはいいですね。牛乳の備蓄。よい案です。聖女の牛乳は魔力のかたまり。腐るものではありません。それに、食糧は少し多めがよいくらいです。


 賛成したら、ルドラさんがこの世のものとは思えないほど、美しく笑った。


「たっぷり搾ろう。早く君の姿が見たい」


 おや?


 ルドラさんの纏う空気が、ただごとじゃねぇものになっています。


 おやおや?



「モォォォ……? (優しく、ゆっくり時間をかけて搾ってくれますよね?)」


「……優しくなんか、できるわけないだろ?」



 な ん だ っ て


 美形眼鏡が、新婚二日目の朝みたいな台詞を言いやがりました! この人、本気だ! 乳搾り初体験の時のハードさをやるつもりだ!


「モォォォ!」


「逃がさない」


「モォォォオオオォオ!!!」



 ルドラさんは、うっそりと微笑み、ガッツリ私を搾り上げました。


 こなれたときに、ハードな仕打ちをされると、無我の境地に達するんですね。初めて知りました。




 *



 美形眼鏡の手荒な所業を受けて、悟りを開きかけた頃、中央教会から視察団がやってきました。また乳搾り中の訪問。もうここまでくれば、予定調和でしょうね。


 視察団の方は牛を引き連れてやってきました。聖女は化けていない本物のホルスタインです。


 なんでも辺境の食糧不足を解消するために、牛乳を広める施策を行うそうです。

 今まで、牛乳は神の飲み物とされ、大変、高価でした。庶民の口に入るものではありません。


 牛を崇める教会は反発したそうですが、王妃様が押さえつけたそうです。


「アーシャをご覧なさい。彼女は魔法を使い、辺境に富をもたらしました。彼女を見習い、苦しい今こそ市民に目を向けるべきです。固定観念は捨てなさい。わたくしは飢える人に、できうることをしたい」


 税金を上げるという話も、王妃様が「今、すべきではない」と撤回させたそうだ。


 さすが、王妃様です。じーんときてしまう。


 感極まっていたましたが、私が牛になったことが、都市部で称賛されていると聞いて、開いた口が塞がらなくなった。ぽたぽたよだれが垂れます。


 牛を引き連れてきた視察団の方は目をキラキラさせて、私が乳搾りされている所をガン見しました。


「本当に乳搾りをされているんですね。……すごい! 普通の人はできないですよ! あなたは立派です!」


 あまりに爽やかに言われてしまい、いたたまれなくなる。心がつらい。


 それなのに、ルドラさんは目を細め、視察団の方へドヤ顔をした。


「それはそうだろう。彼女は普通ではない。アーシャは立派な牛だ。彼女ほど尊い存在はない」


 おおー!と、視察団の方々が声をだし、思わず拍手。


 なんだこれ。とても恥ずかしいのですが。酔ったノリで、牛になったのです!と、黒歴史を自ら暴露したくなる。


 私がよだれを垂らしている間に、拍手は続きました。


 呆然としてしまいましたが、視察団から都市部の聖女たちと飲み友達から手紙を受け取り、遠のいていた意識が戻りました。


 変な人が多くなって困っていた聖女たちですが、元気にしているそうです。


 驚いたことに、鼻毛をごっそり抜くぞと思った自警団が聖女に協力的になってくれたそうです。診療所に巡回にきてくれるようになったらしい。


『アーシャさんが辞めさせられたと聞いて、私、悔しくて。自警団の人に八つ当たりしたんです。


 市民を守りたくて、あんたら集まっているんじゃないのかよ! なんで冷たい態度するんだって!


 アーシャさんは優しいから何も言わなかったけど、アーシャさんへ言ったことは許せなくて、泣きながら怒っちゃいました♪


 でも、おかげで、私たちの状況も理解してくれました。前より話を聞いてくれるようになりましたし、変な人が来たらすぐ来てくれるようになりました~!』


 困り果てていた聖女は、逞しくなっていた。教会にも「懺悔室」の他に「相談室」ができて、愚痴きき係ができたそうだ。


 飲み友達で、親友の娼婦も動いてくれたらしい。大きな娼館を経営している彼女は、無料でパフォーマンスをして、すけべな男たちの視線を集めたらしい。おかげで、聖女をいやらしい目で観る人が減ったそうだ。



『景気が悪くて、こっちも大変よ。診療所にすけべ野郎が集まっているって聞いたから、チャンスとばかりに、うちの可愛い子達を外で踊ってもらったわ。案外、ノリノリでやってくれて助かったわよ。おかげで、儲けたしね。


 アーシャが牛になって頑張っているって聞いたから、あたしも頑張るわよ』



 さすが親友。笑っちゃうぐらい前向きだ。



『ところで、なんで牛になったの? また、酔っぱらって『アーシャ、二十八歳、踊ります!』を、やったの? お酒を飲むと、あんた人格変わるんだから、ほどほどにしなさいね』



 さすが親友。真顔になるくらい的確だ。



 思わず天を仰ぎたくなりましたが、聖女たちも親友も元気そうで何よりです。辺境も牛さんが来てくれたことで、少しはゆとりができるでしょう。


 私は牛のままで、牛さんたちにご挨拶をしてみた。目が合ったら、会話できるような気がしたのだ。


「モォォォ (はじめまして、緊張していますか?)」


「モォォォ……」


「モォォォ (そうですか。遠路はるばるご苦労様です。ルドラさんは牛のお世話が上手なので安心してください)」


「ブモッ ブモッ!」


「モォォォ? (あぁ、そうですね。ルドラさんは美形ですね)」


「ブフン! ブフン!」


「モォォォ~ (顔がどストライクですか。たぶん優しい方ですよ)」


「モォォォオオオォオ!」


 どうやら来てくれた牛さんたちも、辺境を気に入ってくれたようです。一安心ですね。


 乳搾りが、ハードモードから、通常モードになりそうで、肩の荷がおりた私は「モー」と鳴いた。



 ルドラさんが筆頭で、牛さんたちの部屋を作りお世話の仕方を他の人にも広めました。

 でも、ルドラさんは、私の乳搾るのは、他の人にはやらせない、と宣言。

 焦がれるような視線で私の頬を掴み、言ったのです。


「君に触れていいのは、俺だけだ。他の奴には、触らせるなよ?」


 まるで「君を愛しているんです」と言われているかのような熱視線。


 ときめいていいの? ときめいちゃうよ?

 牛だけど。


 彼は婚約指輪をつけるように、そっとカウベルを私の首にかけた。





 なんやかんやとありましたが、牛乳の貯蔵もでき、私も人間に戻る日がやってまいりました。


 二足歩行で大地を踏みしめるなんて、久しぶりだな。変な気持ちです。

 牛の姿を惜しむ日がくるとは。人生って、何が起きるのか分かりませんね。


「ルドラさん。牛の間、お世話になりました。本当に助かりました」


 人間の姿になって、ルドラさんに挨拶した。人間の言葉で、彼に話しかけるのが新鮮だ。

 ルドラさんは私を下から上までじっくりと見つめた後、呟いた。


「可憐だ……」


 はい?


「やはり、君は美しい人だったんだな。人の姿も可愛らしい」


 え? え? え?


「もう、アーシャのいない生活は考えられないんだ。俺と家族になろう」




 リンゴーン♪



 ルドラさんが上着を脱いで、私の肩にかけたとき、頭の中で教会のベルが鳴りました。

 ついでに首にさげたカウベルも、カランコロンと鳴ります。

 これは、プロポーズなのでしょうか。

 ちょっと。いや。かなり嬉しいかも。


 よだれが垂れないよう口を引き結び、私はこくんと頷いた。



 人間なのにいいのかな?と疑いましたが、彼は本気でした。あれよあれよという間に、故郷のじっちゃんを呼び出して、結婚の準備を進めていく。手際が良すぎます。


 放心したままじっちゃんと再会したら、「美形を捕まえたんだな! おまえ、昔っから面食いだったもんな!」とウインクされた。


 心がふわふわしていたから「じっちゃん、毛が一本も無くなったんだね」と、ありのままの事実を伝えてしまった。


 じっちゃんはとても悲しそうな顔をして、結婚式の間も、しみじみとした顔をしていた。


 幸せを噛みしめていた私ですが、衝撃的な事実を告げられる。


 なんと、ルドラさんは私よりも八歳年下だった。


 え? そのお顔で? その低音のお声で? その落ち着きで? その腰つきで? その眼鏡で?


 私の脳内はフリーズして、そのまま周囲がざわつくほど長い誓いのキスに突入。私はとうとう意識を失ったのでした。




 *



「もー! 洋服を着なさい! すっぽんぽんでお外に出ないの!」


「いーやーだっ! 水浴びするんだもん!」


「もー、しょうがないわね。囲いを作るから、その中でしなさい」


 ルドラさんと結婚して数年後、人間に戻ったといういうのに、私はまだモーモー言っている。やんちゃな息子に振り回されているのです。


 息子は可愛いけど、疲れる日々です。モーモー言いたい。


 今は隣の隣の隣のそのまた隣の国がしていた戦争も終わり、平穏な空気が流れています。私は変わらず聖女の仕事をしています。昔に比べたら、この土地も穏やかになりました。

 この地を去った聖女が、また来てくれて。故郷のチーズ作りを教えてくれました。


 王妃様がくれた牛もどんどん増え、牛乳から美味しいチーズまで出来るようになりました。夫も騎士服を脱いで、酪農とチーズ作りをすることが多いです。


 楽しそうにすっぽんぽんで水遊びをする息子を見ていたら、夫が家に帰ってきました。


「ただいま、アーシャ」


「おかえりなさい」


 微笑んでいうと、夫が腰をぐいっと引き寄せてきた。掠れた、焦がれるような声が耳元をかすめる。


「アーシャが恋しいんだ。そろそろ、俺も構ってくれ」


 耳を甘噛みされて、腰が抜けました。恥ずかしくて、私の頬は真っ赤でしょう。はくはくと口を動かして、つい、言ってしまった。


「もー、不意打ちでそんなこと言わないでくださいっ」


 文句を言ったのに、夫は幸せそうに微笑む。足腰が立たなくなった私を、ひょいと横抱きにして、歩き出す。


 ご機嫌な夫が向かう先は、「パパ!」と声をかける息子だ。明るい笑顔を見ていたら、力が抜けて笑ってしまった。


 モーモー言う日々だけど、私は幸せなのだろう。


 たぶん。きっと。絶対に。



 END




挿絵(By みてみん)

©️ 猫じゃらし様



主催者不在の監禁恋愛企画に、この話を捧げます。

夏の暑さに、やられながら書きました。読んでくださって、ありがとうございます。楽しんで頂けた分だけ、★応援をしてもらえると嬉しいです。


2022.8.13 7時。

王妃様の訪問後、人間に戻るまでの間に約3000文字ほど加筆、修正をしました。アーシャがいなくなった後の現場の聖女たちがどうなったのかがメイン……だと思います。さらに牛が強まったような気がしますが、楽しんでもらえますように。


感想とイチオシレビュー、誤字報告もありがとうございます! 笑ってくれて感謝です! 笑ってもらえないと、やっちまった感がすごくて、いたたまれなくなるところでした!


牛、可愛い! 牛乳、美味しい! ビバ★牛!と叫んでしめます!

ありがとうございました!


2022.8.27

美形眼鏡視点の短編を投稿しました。

「美牛を捕まえたら、聖女だった。な ぜ だ。~モーデレ 美形眼鏡 視点」

https://ncode.syosetu.com/n7535hu/


聖女視点よりギャグは薄めですが、こちらも読んでくださると嬉しいです。



2022.8.31

猫じゃらし様が描かれたイラストをもらってきました!ありがとうございます!


猫じゃらし様のマイページへ

https://mypage.syosetu.com/1694034/


上のイラストを受けて作者が描いたイラスト(落書き)はこちら。

挿絵(By みてみん)


二人の出会いシーン。

メガネ ミーツ モーです。


2022.9.12

可愛い詠唱バナーは楠木結衣様からいただきました!

楠木結衣様のマイページ

https://mypage.syosetu.com/1670471/

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題名の強烈なインパクトに興味を惹かれて、拝読させていただきました。 人間の格好のままであれば洒落で済まない、人間と牛で意思疎通自体はできるのに、微妙に噛み合わないコミュニケーションに吹き出しました。 …
[一言] なんだか吸い寄せられるように拝読してしまいました。これが噂のモーデレ……(*´`*)!? なんだか新たな世界の扉を開いてしまった気が……笑 「唐突ですが、私は今、牛です。」書き出しが秀逸すぎ…
[良い点] すげぇ!!www Twitterでちらりと見かけていた、「モーデレ」はこれだったんですね。 笑いどころとキュンが全面にちりばめられていて、ずーっと楽しめました! ルドラさん視点も楽しそ…
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