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第三話 俺は主人公じゃなくて良い

 急遽(きゅうきょ)用意してもらった料理を食べ終え、日本食の味を思い出し、ホームシックから目覚めたところで、再び村を探索するつもりだった。

 だが、なにやら外が騒がしい。圧がある年配(ねんぱい)のような低い声と、反論する若者のような少し高めの声が聞こえる。


 こういう面倒くさい場には関わりたくないが、探している人物ならば、

「見た目で分かる、お前ら、クロノリア国の兵士だな! この村は渡さないと何度言えば分かる!」


 そうそう、こうやって正義感あふれる言葉で帰ってもらおうとするはずだ。


貴様(きさま)では話にならん、とっとと村長を出せ」

「村長は今、お客人(きゃくじん)をもてなしている。今日は(あきら)め、明日も明後日(あさって)も来るな」

「だったら、明々後日(しあさって)に来るとする。だが、覚えておけ。平和を(たも)っていられるのは、俺たちが力に(うった)えていない間だけだ」


 無事、言い争いは終結(しゅうけつ)したようだ。さて、おそらく目当ての相手だと思うので、顔を拝みに行くとしよう。


「む、お客人か。すまないな、あまり愉快(ゆかい)ではない会話を聞かせてしまったかもしれない」


 頭を下げて堅苦しく謝ってくるその男は、まさしく探していた相手だった。なぜ、彼を探していたのか。それを語るには、この小説の世界について説明する必要がある。




 この小説は、勇者力(ゆうしゃりょく)を持った者たちによる戦争を描いたものだ。勇者力とは、生まれつき所持している能力、才能、異能であり、それを持っていないその他大勢の一般人とは比べ物にならないほど強大な能力を発揮する。神に愛されし証拠として、手の甲にアザがあるため、子どもが生まれた瞬間から家族もろとも王族の仲間入りが確定する幸運の存在でもある。


 勇者力を持っている者は、同じ勇者と戦っても傷一つ負わせられない。これは、「神の過保護」と呼ばれる現象で、自分が愛した者同士が戦うことを許さないからだ。だが、一般人ならば勇者を殺せる。当然、力の差が激しいのでそう簡単には殺せないが、戦争中の事故やどさくさ(まぎ)れに一刺しなどによって偶然(ぐうぜん)殺害することができる。……話が逸れたが、このような設定なのだと思ってもらえればいい。


 主人公はクロノリア国に所属する勇者で、炎の勇者力を持ち、一騎当千(いっきとうせん)どころか一騎当万(いっきとうまん)の活躍を当然とするほどの力を持つ。将来は姫との結婚が決まっているなど、順風満帆(じゅんぷうまんぱん)に英雄ロードを歩いている。ただし、戦争の末端(まったん)を一切知らない。それによって、様々な人間から(うら)まれている。


 この探していた彼は、村で唯一(ゆいいつ)の剣士だ。村を無理やり中間拠点に作り変えようとするクロノリア国のやり方に怒りを覚え、なんと国に単身(たんしん)乗り込み、主人公を殺そうとした。しかし、そんな無謀な特攻が成功するわけもなく、あえなく逮捕される。地下牢(ちかろう)に数日(とら)われ、ようやく村に帰ってくると、そこはすでに支配された後だった。中間拠点とは名ばかりの略奪行為(りゃくだつこうい)に、労働力として村民をこき使う様子は彼に衝撃と怒りと恨みを与えるには十分すぎた。彼に気付いた村長が、こっそりと剣を渡して逃がしてくれた。不甲斐(ふがい)ない自分に後悔(こうかい)すると同時に、主人公に復讐(ふくしゅう)を誓った……。


 と、主人公の英雄っぷりと末端の被害者を対比するエピソードとして書いたものの、あくまで一つのエピソードであり、すぐに本筋の無双譚(むそうたん)に戻った。が、俺の心はなぜか、名付けてもいない彼に大きく揺さぶられた。書いていて、感情移入してしまったのだ。




 このような経緯があり、彼には並々ならぬ思いを抱いている。もし、この世界が小説と同じ流れを辿るのであれば。今度は彼を守りたい。読者の目を気にせず、作者としてやりたいことを、やりたいようにさせてもらう。


「気にすることはないよ。クロノリア国がかなり強引(ごういん)なやり方をしている、ってのは聞いてるからね。大変そうだ」

「そうだな、あなたに危害が(およ)ぶことはないよう、極力気を付けるつもりだが、向こうの出方次第(でかたしだい)では、守り切れない可能性も高い。早く出ることをお(すす)めする」


 申し訳なさそうな表情の中に、揺るがぬ決意が垣間(かいま)見える。一人でこの村を守っているも同然な彼にとって、俺は招かれざる客なのだろう。こちらは、昔からの友人と話すかのように馴れ馴れしい口調になってしまうが。

 そして、改めて考えてみると、自分に危険が迫ったときに身を守る(すべ)を持っていないことに気付いた。剣の心得(こころえ)なんてなく、身体能力が大幅に向上(こうじょう)しているなんてこともない。逃げろ、という彼の言葉は正しい。


「それが正解なんだろうが、あいにく記憶を失っていて、どこに行くべきかも分からないんだ。それに、君を一人で防衛に当たらせるわけには行かない」

「ありがとう、気持ちだけでも十分だ。今日はもう遅い、早く眠るといい」


 そう言われて、日が暮れてきていることを認識した。日にちのサイクルや風呂、飯などの文化的側面は日本と同じにしておいて良かったと思った(世界観の設定をゼロから作りこめるほど才能に満ち溢れていないだけだが)。


「そう言えば、記憶喪失で忘れているとしたら申し訳ないことが、お客人の名前をお聞きしても良いだろうか?」


 来た、名乗りイベント! ひそかに楽しみにしていたと同時に恐れていた。なぜならば、この村の住人的には、日本人っぽい名前の方が良いのか、海外っぽい名前の方が良いのか分からないからだ。ここは、賭けだ。


「俺の名前は…………ワタナベだ」

「ワタナベ……そうか、良い名前だ。俺はアルケー、よろしく頼む」


 どうやら、賭けには負けたらしい。


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