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黒い目の子ども

黒い目の子どもは精霊に愛される。


それが当たり前のセオリーと

なって随分と経つらしい。


なんでも精霊に愛され、

数百年生き続けている賢者がそうだからだとか。


実際に黒い目を持つ者は複数の精霊を操れる。


俺は炎の精霊(サラマンドル)が気に入っているから

使役しているだけで、

使おうと思えばどんな精霊でも扱える。


母親はよく言っていた、


「あなたは黒い目のおかげで

 ガードナー伯爵(お父さま)に認知して貰えたのよ」と。

 




◇◇◇◇◇◇



「ロイド=ガードナー卿には夫亡き後、

三年間お世話になりました。

卿の持たれる“一夫多妻制度”により、

子どもと共に……というより子どもの実母として

保護して頂いたのです。

でもこの度、子どもが14歳になり、騎士見習い

として精霊騎士団でお世話になる事になりました。わたしの職も安定してまいりましたし、

ガードナー卿の扶養を外れて、

わたしも()()()する事になりました」


突然我が家に訪ねて来たセシルさんという

わたし以外のロイの妻が言った。



わたしはセシルさんとやらに

問いかける。


「………質問したい事は多々ありますが

まずは一つ、ガードナー卿とはどなたの事ですか?

もしかして夫のロイド=ガードナーの事ですか?」


「?……ええ、もちろんそうですが……

失礼ですが、奥様はご存知ないのですか?

ガードナー卿が現ガードナー伯爵の庶子だという

事を」


「……はい、全くご存知なかったです」


「そう……ですか、でも言われなければ普通は

知らない事ですよね、私は亡くなった元主人が

ガードナー家の遠縁にあたる者でしたから

知っていただけですし」


「そうなんですね……」



結婚する時、

ロイは自分の身の上をさらりと話してくれた

事がある。

「あんまり面白い話じゃないよ?」

と言いながら。


生まれた時から母親と二人暮らしで

父親には認知はされているが

直接会った事はないと。

金さえ出せば文句はなかろうと言わんばかりに

月々養育費が振り込まれるから

母親はそれに甘えて

働きもせず、男漁りばかりしていたと。


それで1日でも早く自立したくて

精霊を操れる能力を活かして精霊騎士に

なったのだとか。



でも伯爵家の庶子だったなんて

話してくれなかった。


言いたくなかった、

という事なんだろうか。



「奥様にとってはわたしのような存在がどれだけ

ご不快であるかは承知しているつもりです。

でもこの国で女が安定した職に就く事は本当に難しい。当時まだ11歳だった子どもを養うために、どうしてもガードナー卿の特別扶養枠に入れて頂くしかなかったのです。そうすれば、国から扶養手当が下りますから……」


「特別扶養枠?」


「一夫多妻制度該当者だけが持つ、

“本妻”以外の妻を娶る場合の戸籍の枠です」


「戸籍の枠……」


「その決められた枠内の数だけ

妻を娶る事ができるそうです」


枠内の数、

それはつまり妻の数……か。

無尽蔵に増やせるわけではないという事か。

わたしは意を決して尋ねた。


「……夫には今、何人の妻がいるか

ご存知ですか?」


「……今はわたしを含めて4人だと思います。

でもわたしは月末には扶養を外れますので、

残り3人となりますね」


「さ、3人も……」


「奥様と結婚される以前はお二人だったと

聞いています。

お一人は私のように子どもが成長したから、

もうお一人は再再婚されたから扶養を外れたと

聞き及びました。

ガードナー卿はそれを待ち望んでいたらしく、

すぐにあなたを正妻に迎えたそうですよ」


「どうしてそんなに詳しいんですか?

わたしは何も知らないのに……」


「ガードナー卿の副官である

ドニ=バチスト様からお聞きしました。

わたしの今の職はバチスト様の

補佐をしておりますから。

各地で黒い目の子を見つけ、ガードナー卿の

扶養枠に入る事へのコーディネーター役みたいな

事をされておられるのもバチスト様です。

3年前もバチストさんの仲介でガードナー卿に

引き会わせて頂けました」


「は?」


4年もロイの妻をしていて

初めて知った副官の名前。

ウチに来た事は一度もないし、

ロイの口にその名が上がる事もなかった。


しかしドニ=バチスト

その名前、しかと覚えたぞ。


扶養枠のコーディネーターだと?

そいつがロイに扶養妻をほいほい充てがって

いたというわけ?


扶養妻をコーディネートする前に、

わたしの所へ菓子折りの一つでも

持って来んかい。


お前の服装をカンサイ州のマダム好みの

派手派手ゴテゴテ服にコーディネート

してやろうか。


でもわたしはここでもう一つ、

疑問が生じた。


「あの……各地で黒い目の子どもを見つけると

仰っていましたが、その子どもの母親達が

扶養妻になっているという事ですか?」


「はい。そうなりますね。

わたしもそうですし、

なんでもここ十数年、黒い目の子どもの出生率が

上がっているそうです。

精霊を操る力に長けている黒い目の子はいわば

ダイヤの原石ですからね、

精霊騎士団としても幼い内から手を掛けて、

優秀な精霊騎士に育てたいところなのでしょう」


「なるほど、それでセシルさんのお子さんも

精霊騎士団に入団されるんですね」


「本人がどうしても嫌な場合は

入団しなくてもいいんですけどね」



「あの!……恥を偲んで直球でお伺いしますっ、

その黒い目の子ども達がロイド=ガードナーの

子どもという確率はっ……!?」


セシルさんは少し困ったように微笑まれた。


「やはり、その事を心配しておられたんですね」


そりゃそうですよ!

だって……

「だってあのエルという人は自分はロイドの子を生んだと言ったんです……」


「……ごめんなさい、

正直に申しますとガードナー卿とエルさんの

関係までは知らないんです。

でも考えみて下さい、ガードナー卿とエルさんが

バチスト様に引き合わされた時には既にエルさんは身籠もっておられたらしいのです。

そしてエルさんの子どもは5歳です」


「えっ……そ、そうなんですか?」


あの女はロイと知り合ったのは5年前だと言っていた。


……普通に考えて計算が合わない、わね。


「じゃあ他の子どもたちは……」


「エルさんの子ども以外は

みんな、12~14歳の歳の子ばかりです。

それなら年長の子はガードナー卿が11歳の時の

子どもになりますよね。

さすがに無理があるかと……。

扶養に入ったのは皆、一律3年前なんですけどね」



ホ、ホントに……?


ホントにどの子もロイの子じゃないの?


ホントに?


じゃあ……


じゃあロイが否定していた事は真実?


信じて、いいの……?



いやでも待てよ、


それならそうと何故隠す必要がある?


ロイは言った、わけは言えないと。


「セシルさん、ロイはわたしにこのカラクリの理由を

言えないのだと話してくれませんでした。それは

何故だかおわかりになられますか?」



「……一夫多妻制度を利用して、国から不当に扶養手当を受給しているからだと思います」


「え?不当に?」


「はい。

真実は父親を魔物に殺された、黒い目の子どもの

養育を目的とした扶養枠の利用ですが、

表立って国には黒い目の子の母親が

ガードナー卿の妻となり、彼の子を生み子孫を

増やすという為の特別扶養の縁組と届け出ていますから。

でも母親たちとは白い結婚ですから

子は絶対に生まれません。だからこれは確実に

不正受給になります」



「不正……受給……そんな事が許されるんですか?」


そして、“白い結婚”。


「……許される事ではないですね……

見つかれば罪に問われます。

でもバチスト様が将来の精霊騎士の原石たちを

守るためにはこれしか方法はないと……

子どもの養育にはお金が掛かりますから……」


またお前か

ドニ=バチスト


「それに……第二王子殿下も

この事を黙認されておられるのです。

一夫多妻制度該当者はそうは居りませんから。

精霊騎士団の中ではガードナー卿ただ一人です」



だ、第二王子殿下が黙認っ!?



これは……もうわたしの頭の許容範囲の振れ幅を

もう振り切っちゃってるわ……


もう無理……組織ぐるみで

こんな事隠されて……


怒っていいのやら

悲しんでいいのやら

怒っていいのやら

怒っていいのやら……



押し黙り、

様々な考えで頭の中が

ぐるぐるしていたわたしを見て、

セシルさんは微笑んだ。


「ふふ……」


「ど…どうされたんですか?」


不意に笑われて、わたしは訝しげに尋ねた。


「ガードナー卿には、

遠征で来られる時にお会いするだけでしたが、

来られる度に奥様のお話をして下さったんです。

だからなんだか初めてお会いする気がしなくて……

一方的でごめんなさい」


わたしの話?


あの野郎、一体何をベラベラと喋った?


わたしのそんな思考はダダ漏れだったらしく、

セシルさんは更に笑ってから話してくれた。


「しっかり者かと思えば抜けてるところもあって、

でも律儀で優しくて、お金にきちんとしていて、

料理上手。術式師の仕事が本当に好きで

放っといたら一日中机でカリカリ書いているとか、

意外と涙脆いとか、ふとした時に出る

カンサイ州弁がドスが効いてて迫力があるとか……」


「そ、そんな事言ってたんですか!?」


「ふふ、はい」


わたしは顔が赤くなってゆくのを感じていた。


アイツめ……勝手な事を言いよって。


「だから奥様の事が本当に好きなんだなぁと。

おそらく他の扶養妻の方にも惚気ておられますよ。

でもご用心ください、あれだけ素敵な方です。扶養妻の中にはガードナー卿に本気になってしまっている人もいると思います」


「………」


でしょうね。


三月(みつき)ほど前に一番最初に扶養妻になられた方が

ここを訪れたそうですね?」


あの女の事だ。


わたしを図々しいと罵ったあのエルとかいう女だ。


「……はい」


「あの方はガードナー卿があなたと結婚する前から

自分を本妻にしてくれと迫っていたそうですよ。

戸籍主であるガードナー卿自身が認めない限りは、

本妻がいなくても扶養妻枠扱いとなりますから、

でもガードナー卿が拒否している内に資産家の後妻になる事に決まり、あっさりと自分から扶養を外れたんです」


ほほう、そんな事が。


そう言えばあの女、

「故あって別れた」って言ってたけど。


お前の意思で別れたんやないかい。


「あれ?でもあの人、やっぱり自分の方が本妻に

相応しいからわたしに夫と別れろって言って

ましたよ?」


「あぁ…あの方、半年前に離縁されたそうです。

貞操観念の欠如がどうのこうのとかの理由で」



それで再びロイを狙ったのか。

ていうか貞操観念の欠如って……。


「奥様」


「は、はい?」


「その一番目の扶養妻(エルさん)

 どうなったかご存知ですか?」


「い、いえ……」


「あなたに虚偽を吹き込んでた事により、

それ以外にも子どもの養育を放置して男の所に転がり込んでいたりもしたものですから、

ガードナー卿が大変お怒りになられましてね、子どもを騎士団で保護した後にあの方だけ王都追放になりました」


「そ、そんな権限がロイ(あの人)に!?」


「いえ、事の次第を知った第二王子殿下がそう差配されました。

精霊騎士団は第二王子殿下の直属の配下ですから」


「そうなんですか……」


またここでも第二王子殿下か。


わたしってホント何も知らないんだなぁ。

人付き合いが苦手で、

術式の事しか考えて来なかったから?


そんな変人だから

ロイは打ち開けてくれなかったの?




セシルさんは

わたしに再三のお礼と謝罪を告げ、

我が家を後にした。


あのエルとかいう元妻や、

わざわざキスしてる写真を送りつけてきた妻以外にも、

あんな出来た方もいるんだなぁ。


バラエティに富んでますやん、

扶養枠妻の皆さん……。


……というかセシルさんの方がよっぽどロイが

何をしているかを知っていて、理解力がある。


あの人の方が本妻に相応しいのでは?


わたしはロイに何も教えて貰えず、

何も聞かされず

ただ一人で怒って泣く、それしか出来ない頼りない妻……。



これはこれで泣けてくる。



これからわたしがどうするか。


それを決めるためにも


ロイとは一度ちゃんと

腹を割って話し合わなくてはいけない。


いつもなんやかんやと逃げられるけど、

もう絶対に逃がさないわよ。



そして何よりもその前に………



()()()がどんな面をしているのか、

拝ませて貰おうじゃないの。





わたしはロイが帰って来る頃合いを見計らって、

仁王立ちで玄関で待った。


案の定、ロイは定刻に帰宅する。



「ただいま~……わっ!?な、何っ!?」


玄関で仁王立ちで立つわたしを見て、

ロイは慄いた。



わたしは特上の笑顔を貼り付けて言う。



「おかえりなさい。

早速で悪いんだけど、ドニ=バチストさんを

夕食(ディナー)にご招待したいんだけど、お誘いして頂ける?」



「へ?……え?」




ロイがかつてないほど

怯えた眼差しをわたしに向けた。














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