どうしようもない旦那とのなれそめ③
「それで困り果てて
ひとりで泣いていたというわけか……」
近所の食堂のテーブル席の向かいに
座りながらロイが言った。
わたしは今、
数日ぶりに温かいまともな食事に
あり付けている。
温かい肉入りのポトフに
温かいミートローフ。
焼きたてのふわふわのパンに
新鮮なパリパリサラダ……
あぁっ!生きてるって素晴らしい!
やっぱり人間、安定した衣食住って
大切だなぁとしみじみ思う。
今日はお店は休ませて貰った。
どうせお客さんを怒らせてチップは貰えないから
日銭も稼げないし、
何よりまともな食事にあり付けるこのチャンスを
逃すつもりはなかったから。
美味しいゴハンを有り難く噛み締めながら
食事をするわたしにロイは言った。
「しばらく王都を離れていたら
こんな事になってるとは……あんなに頑張っていた
学校も辞めることになっていたなんて……
今までどうやって生き延びてきたの?」
「お店のフルーツとかナッツとか
食べて凌いでた……」
「お店のってまさかホステスとか?」
「うん……今月だけ……」
「………ララ」
「何?」
「今日から俺の家に住んで」
「は?なんで?」
「なんでって…あの何もない部屋には
住めないでしょ、これから暫くの事を考えても、
そうして欲しい」
「いや、とりあえず次のお給金まで凌げるお金を
貸して貰えればそれで……」
「それじゃその場凌ぎでしょ。
これから家財道具やら何やら集めるにしても、
まともな暮らしになるには時間がかかる。
一気に大金を渡してもいいけど、
それはララはイヤなんでしょ?」
「う、うん……いつ返せるかわからないもの」
「返さなくてもいいと言いたいところだけど、
それじゃキミは納得しない」
「そう、ね……」
「じゃあ俺の家に住み込みで働いてよ。
家事全般、任せていい?」
「え?家政婦さんって事?」
「そう。俺は遠征でよく留守にするし、
掃除も洗濯も苦手だから、ララが住み込みで働いてくれて家を任せられると正直助かる。
それならどう?一方的なものでなく、
お互いの利になるんじゃない?」
ホントはロイにとってそれほど
利があるとは思えない。
思えないけど、そこまで言ってくれた事が
普通に嬉しかった。
今は心がちょっと疲れていたから尚更だ。
「………よろしくお願いします」
「良かった!」
わたしがそう返事をするとロイは破顔した。
パッと周りが明るくなるようなそんな笑顔だ。
くそ、イケメン属性ってズルい。
こんな風に笑えたら、
わたしももう少しお店で上手く稼げたのかな。
「じゃあバイトもみんな辞めてね」
「え?全部?」
「それと同じ額を支払うよ。
それに住み込みって、時間外労働とか残業とかの
線引きが難しいから案外そのくらい払っても割に
合わないかもしれないよ?」
それは確かにそうなのかも。
「わかった。ではご主人サマ、
これから暫くどうぞよろしくお願いします」
「うわ、なんかその“ご主人サマ”っていうの、
いいね」
……さよか。
こうしてわたしは住み込みの家政婦として
ロイの家に厄介になる事になった。
ロイの家は王都の中心、
王宮からほど近い位置にある
小さな一軒家だった。
元は商家のご隠居さん夫婦が
終の住処として建てた家なのだそうだ。
日当たりがよく、大きくもなく小さくも無い家。
キッチンには立派なオーブンがあり
居間には暖炉もある。
小さいながらも庭があり、洗濯物が干し放題だ。
王都の外れの古いアパート暮らしだったわたしには
まさに理想的な家だった。
(前に倒れた時に来たけど、あの時は夜だったし
居たのは寝室だけだったから
あまりよく見ていなかった)
とっても素敵な家、なのだが……
掃除も洗濯も苦手だと言ったのは本当らしく……
家の中はかなり荒れ放題だった。
これは……働き甲斐がありそうだ。
わたしは腕まくりをして、
早速仕事に取り掛かった。
ロイの家での暮らしは……
とても居心地が良かった。
ロイは遠征で家に居ない事の方が多かったし、
王都にいる間は食後のケーキやらお菓子やら
お土産を買って早く帰ってくる。
ひとりで食べる食事の味気なさを実感する
毎日だったから誰かと一緒にテーブルを挟んで食事をする幸せを素直に喜んだ。
そんな日々がひと月かふた月続いた時の事だった。
夜中に変な物音がして目が覚めた。
何か獣が唸っているような
地鳴りが響いてくるようなそんな音。
わたしは怖くなり、
ロイに伝えて一緒に調べてもらおうと考え
ガウンを羽織ってロイの部屋へと向う。
すると獣の呻き声のような音は
ロイの部屋からするではないか。
わたしは心配になり、ドアをノックする。
応答はなく、呻き声がするばかりだった。
こういう呻き声をわたしは知っていた。
堪らず勝手にドアを開け、
部屋へと足を踏み入れる。
そこにはやはり
ベッドに横たわり、何かに苦しめられているように
魘されるロイの姿があった。
「ロイ!」
わたしはロイのベッドまで駆け寄った。
ロイは苦しそうな悲しそうな顔で
大量の汗を掻き、魘されている。
「…めん…ごめん……助けてあげられなくて…
間に合わなくてごめ……んっ…」
そんな事を何度も呟きながら
魘され続けいてる。
わたしはロイを揺さぶり、
なんとか目を覚まさせようと声を掛けたりしたが、
ロイの意識はちっとも覚醒しなかった。
その間もロイは時に喉を掻き毟りながら
魘され続ける。
兄も生前こうやって魘されている事があった。
今こうしている間にも魔物に取り憑かれ、
命を奪われそうなそんな恐怖を感じたのを
覚えている。
わたしは堪らずベッドに上がり、
ロイの頭を抱きしめた。
大丈夫だから、
ここには魔物も、魔物に襲われ泣き叫ぶ人も
いないから。
そして兄にそうしたように
子守唄を歌ってあげた。
優しく、優しく、
ここは怖い場所ではないのだと
小さな子どもに言い聞かせるように
呟くように子守唄を歌った。
背中をさすってあげながら、
時にはトントンと叩いてあげながら。
「♪母さんが小さなお手手を握りましょう。
手にした幸せ逃げないように。
坊やはお目目を瞑りましょう。
楽しい思い出逃げないように♪」
昔母親が歌ってくれた懐かしい子守唄を
心を込めて歌ってあげた。
するといつしか呻き声は収まり、
ずっ、ぐすっ、という啜り泣く音が聞こえて来た。
そしてロイが縋るように
頭を抱き締めるわたしの体に両手を回す。
この国にいる精霊騎士たち、
皆がこんな状態になっているのだろうか。
心を病みながら、
それでも民を家族を守るために剣を振るい続ける。
せめて悪夢に魘される事なく眠れる
魔術はないものか。
そんな術式が組み立てられないか
わたしはいつしかそんな事を考えるように
なっていた。
わたし達のために戦う精霊騎士を、
彼らの心を守るために
術式師はペンを、魔術師は杖を持つべきだ。
(魔術師の中には魔物討伐に関わっている人もいるが)
わたしは次の日から
早速家事の合間に術式の構築に取り掛かった。
理論は整理できても
術語が組み立てられない。
術語は並べるだけでは意味がない。
単語を並べただけの只の文章になってしまう。
組み立てられても
魔力が宿らない。
魔力が宿っても欲しい効果が得られない。
何度も何度も試作を繰り返し、
時には店を辞めても交流の続いている
イザベラに話を聞いて貰いながら
思考の整理をする。
そしてようやくひとつの術式が組み上がる。
わたしは水差しに水を汲み入れ、
術式を詠唱する。
すると水が淡く光る。
その光は水の隅々にまで溶け渡るように光り続け、
やがて消えた。
わたしは寝る前にその魔術が施された
水を飲んで寝てみた。
わたしは悪夢に魘されることはないが、
水を飲んだ事による副作用がないか
自分の体で試してみる事にした。
結果、朝まで快眠したような気がする。
いやでもわたしってば
枕に頭付けた途端に寝れる人だし、
基本、一度寝たら朝までぐっすりの人だしなぁ。
まぁ副作用はないみたいだし、
1週間わたしが続けてみて問題なかったら
イザベラとイザベラのダーリンさんにも治験を
お願いしてみよう。
(イザベラには一回り年上の人足仕事をしている
ムキムキのダーリンさんがいるのだ)
それら全ての確認作業を終えて、
かつての魔術学校の恩師の元を訪ねた。
(イザベラに特許申請だけは先にしとけと言われて、その手続きを終えてから)
術式の理論、
効能、成果を伝え、
更に上級の検査機関で調べて貰える事になった。
成功すれば国の全面的な支援の元で
製造化され、
薬として魔物と戦う人達の元へと届く事になる。
恩師は志半ばで諦めざるを得なかったわたしが
この術式の構築を成し遂げた事を
讃えてくれた。
それだけで魔術学校で頑張って来た日々が
無駄に終わらなくて良かったと思えた。
これで精霊騎士たちが、
ロイが安心して眠れる日々がくるといい。
特許料もガッツリ頂いたしね!
ふふふ……。
懐もなんとか潤ったし、
そろそろこれからの事を考えないとなぁ。
いつまでも
ロイの家政婦さんでいるわけにもいかないし……
なんて事を考え出した頃、
なんだかロイがおかしな行動を
取るようになった。
二人の馴れ初め話、あと1話続きます。
ロイの現地妻達のカラクリにも
ぼちぼち触れて参ります。
(とくにあの黒い目の幼な子の母親)
よろしくお願いします。