どうしようもない旦那とのなれそめ②
荒手の空き巣に家財道具一切を盗まれたわたし、
結論から言うと学業は断念せざるを得なかった。
貧乏人に厳しい我が国では、
やむを得ない事情のための救済措置とか
苦学生のための救済措置なんてものは存在しない。
全て金を持っていないのが悪いんだと
言わんばかりに、
誰も救いの手を差し伸べてはくれないのだった。
これまで何度か金銭面で退学の危機を乗り越え、
なんとか卒業だけはしようと
必死に頑張って来たのに……。
結局諦めなければならないのか。
生前は学費の工面をしてくれていた
兄にも申し訳なかった。
それにしても……
これからどうしよう。
着る物も、食べる物も、
質屋に売って金銭に換える物も何も
残っていない……。
唯一、鞄に入れて持ち歩いていた
兄の形見の品だけは無事で良かったと
心から思う。
「……とりあえずバイト行こ……」
わたしはバイト先の店長に
給金の前借りを願い出た。
すると店長は、
「ウチでは前借りは認めていない」
と言うのだ。
そんな殺生な……。
前借りさせて貰えないと今日食べるものにも
困るんですが……。
途方に暮れているわたしを見て、
店長はニヤリといやらしい笑みを
浮かべてこう言った。
「今まで給仕で働いているのが
勿体ないなと思っていたんだ。
キミならNo. 1ホステスにもなれるよ。
今日から入ってみないか?」
は?ホステス?
この店のホステスさんて
皆さん、ボンキュッボン!の凄い美女たちばかり
ではないか。
そんな人たちの中にわたしを……?
珍獣枠として……?
あ、あり得ない。
わたしはとりあえず保留、
という事にして逃げていつも通りに働いた。
仕事が終わり、家路につく。
あれは夢だったらいいのに……と思いながら帰宅しても家の中はやっぱり空っぽだった。
わたしはとりあえず
雀の涙程度に残っていた貯金を満額下ろし、
毛布と2日分の下着と着替え、
(洗って着るを繰り返して凌ぐしかない)
そしてその日食べるパンを買ったら
ホントにすっ空かんになってしまった……。
ど、どうしよう……。
い、今こそロイに頼る?
ダメだ、地方で魔物が大量発生して、
精霊騎士団が長期の討伐遠征に出てるって新聞に
書いてあった。
当然、ロイも出張ってるだろう。
その事が書いてあった新聞を床に広げ、
その上に寝る。
毛布しか買うお金がなかったら仕方ない。
寒い、冷たい、侘しい。
魔術学校にクラスメイトとして
仲良くする人はいても、
こういう時にお金を貸してくれるような
“友人”と呼べる者は一人もいなかったし。
(入学時、カンサイ州の訛りが怖い言われ、
ショックで友達づくりに消極的だったから……)
近所にもバイト先にも頼る人がいない。
こういう時、わたしは本当に独りぼっちなんだなと
思えて悲しくなってくる。
いや、これは床が冷たくて気弱になってるだけだ!
大丈夫、わたしは負けない挫けない。
わたしは強い子元気な子……。
これまで自分の力で様々な事を乗り越えて来た。
今度もなんとかなるはずだ。
……なるか?なんとか。
お給料日まで3週間もあるんだぞ。
………………………やるか?珍獣枠。
綺麗なお姐さん達に紛れて、
珍獣扱いでもいいからせめてひと月
働かせてもらうか?
か、か、体を売るわけじゃないし……。
愛想よく座って、
お酒を注いで?
あと何するんだろう……。
ええぃ儘よ!
なるようになる!
とにかく次の給金か、
遺族年金支給日まで生き残らなくては
どうにもならない。
わたしは早速
次の日から珍獣枠として働かせて貰うと
店長に話した。
ドレスや化粧品は
お店にあるのを借りれる事になり、
店の姐さん(?)の一人にドレスを
見繕って貰った。
こ、この人って……お、女……かな?
「うーん…アンタ、胸がデカいからそれを活かしたドレスがいいかしら……」
「あ、あの……姐、さん?ですよね?」
わたしはドレスを見繕ってくれている
姐さん(?)に恐る恐る尋ねてみた。
だって、女性の髪型と服装と化粧を施してるけど、
明らかに男性……なんだもの。
「なによ、なんで疑問形なのよ。
アタシがオトコに見えるっての?」
「いやまぁ、はい?」
「こいつムカつく!やたらバカ正直なブスね、
まぁ当たり障りなく変に気を遣われるのは嫌いだからイイけどね」
「じゃあやっぱり兄さんだけど姐さん?」
「もう!兄さんじゃないの、姐さんなのっ!
『イザベラ(源氏名)姐さん』、ホラ言ってみ?」
「イザベラ(源氏名)姐さん」
「やれば出来るじゃない」
「……イザベラ姐さんも、
まさかのホステスさん?」
「まさかって何よ!
どこからどう見ても美貌のホステス
でしょーがっ!」
マジか。
この店、珍獣枠だけじゃなく野獣枠もあったよ。
イザベラ姐さんはこう見えて
聞き上手で、なんでも愚痴れてなんでも相談出来るとお店の常連客さん達に人気なのだそうだ。
病気の母親の入院費を工面するために
働いているのだとか。
(だめだ、そんな人にお金貸してなんて言えない……)
それに面倒見もいいみたいで、
店では何かとわたしの世話を焼いてくれた。
これが今もフリーの術式師として
働くわたしの相棒となったイザベラとの
出会いだった。
わたしは
自分でもわかってるけど人付き合いが苦手だ。
当時のわたしには
田舎から出て来た所為か
王都の人に対してコンプレックスがあった。
今ではよっぽど気が昂った時か
素の時にしか出ないカンサイ州弁を怖いと言われてから
王都の人の前で話すのが怖くなってしまったのだ。
そんな事を悟られないように
笑顔を貼り付けて接客をする。
お客さん達には
「笑顔が怖い」とか
「胸を揉ませてくれたらチップを弾むよ」とか
「お愛想も言えないのか」とか
「幾ら出せばヤラせてくれる?」とか
「カワイイのにあまり喋らないからつまらない」とか
「ホステスなのに手荒れが酷い」とか
散々な事を言われ、
それなのにボディータッチはしてくるし、
それを上手くあしらえない自分が悪いと
店長に怒られるし、
相変わらず床で寝るのは冷たくて侘しいしで、
わたしは精神的にかなり参っていた。
ていうかもう何日もまともに食べてない。
店でお客さんに出す食べ物といえば
クラッカーとかフルーツとかナッツとか
そんなものばかり。
(余り物をこっそり食べてるけど)
それもまたわたしを精神的に疲弊させる……。
「肉食べたいっ……うっ…ひっく、ぐすっ」
あかん、泣けてきた。
もうすぐ店に行かなあかんのに。
「うっく……うっ……うっ……」
わたしは床に蹲り、膝を抱えて泣いた。
自分で自分自身を抱きしめてあげるように。
その時、聞き覚えのある声が
何も無い部屋の中で響いた。
「ララっ!?」
……え?
わたしはゲッソリとした泣き顔の最高にブスな顔で
振り向く。
そこには何やら手荷物を抱えたロイが立っていた。
「玄関の鍵が掛かってなかったよ……って今そんな事どうでもいい、どうしたのこれ!?引っ越し!?え!?なんで泣いてるの!?どういう事!?
ちょっ……ララ!?」
「ロ"……ロ"イ"っ……」
「何があったの!?大丈夫!?ララ!?」
「うっ…ひっ…く…ロイ……」
「ララ!?」
ロイが手荷物を投げ捨てて
わたしの元へと駆け寄る。
「ロイぃぃっ……」
わたしはとうとう我慢出来ずに泣き出した。
「うわーんっ!肉っ!
お肉が食べたいぃぃっ……!
普通の布団で寝たいぃぃ……!!」
「え、えぇっ!?」
何も無い空っぽのわたしの部屋に
己の願望で泣き喚くわたしと
何がなんだかわけが分からず
困り果ててるロイの姿だけがあった。