どうしようもない旦那とのなれそめ①
兄が亡くなった悲しみを心ゆくまで悼む……
なんて余裕はわたしにはなかった。
少ない蓄えと兄の遺族年金とだけでは、
暮らしには困らなくても
魔術学校の高い学費は賄えない。
わたしはバイトを掛け持ちし、授業を受け、
課題をこなし、家の家事もする。
1日が24時間なんてとてもじゃないけど
足りなかった。
それでも両親が丈夫に生んでくれた
おかげでなんとかやれていたけど。
ロイは遠征の合間にウチに顔を出してくれる
ようになっていた。
その頃のロイは騎士団の中でも
討伐数がぶっちぎりの、
いわば“英雄”と呼ばれる存在になっていたらしい。
わたしはバイトと勉強でへとへとだったけど、
ロイが訪ねて来てくれるのが嬉しくて
つい頑張ってご馳走を作ったりしていた。
わたしの作った食事が一番美味しいと
嬉しそうに食べてくれるロイを眺めるのが
好きだったから。
一時期疲弊しきっていたロイだけど、
もう大丈夫みたいだ。
英雄と呼ばれるくらいなんだから
凄い騎士になったんだろう。
きっと兄も喜んでいる思う。
だからどうか兄の分まで頑張って欲しい。
わたしはいつしかそう思っていた。
いくら丈夫なわたしでも
平均睡眠時間が4時間で、
学生とバイト掛け持ち3つの生活をしていたら
そりゃあ保たないわよね。
わたしはとうとうバイト中に倒れてしまった。
執拗に絡んできた客を遇らおうとした時に貧血を
起こしてしまったらしい。
次に目が覚めて最初に目に飛び込んできたのは
見慣れない天井だった。
「ここは……?どこ……?」
体を起こし、辺りを見回すわたしの目に次に
飛び込んで来たのはベッドの横で
頭を抱えているロイだった。
ど、どうしたんだろう。
なんか唯ならぬオーラを感じる。
「ロ、ロイ……?」
わたしは恐る恐るロイの名を呼んだ。
するとわたしが意識を取り戻した事に気づいた
ロイがガバっと顔を上げる。
「気がついたの!?
ララ、大丈夫?どこも辛くない?喉は?
喉は渇いてない!?」
必死なロイがわたしを捲し立てる。
「の、喉が渇いた……かな?」
どういう状況になっているのか全くわからない。
何故ロイがここにいるの?
ていうかここはどこ?
「ここは俺の家だよ」
わたしに水の入ったグラスを手渡しながら
ロイが言った。
「ロ、ロイの家?なんで?どうして?
「覚えてないの?
バイト先で倒れたんだよ?」
「あ、あー……」
そうだった。
お尻を触ろうとした客を避けようとして
そのまま貧血で倒れたんだった。
「でもどうしてロイが?」
「俺も偶然店に居たんだよ」
え?そうなの?
そういえば店の奥のパーティールームは
騎士様御一行の貸切になってるって
店長が言ってたな……。
わたしは今日はホールの担当だったから
そちらは接客してなかったから知らなかった。
「騎士連中の合コ……飲み会に誘われて行ってみれば、ララが働いていてビックリしたよ。あんな夜遅くにあんな店で働いてるなんて知らなかった……」
今、合コンって言いかけたよね?
別に隠す事ないのになんで言い換えたんだろう?
「あんな店って、ただ遅くまでお酒を出してるだけの店よ?」
「でもあそこで働く女の子はみんな
見目が良くて男どもには有名だ。
店主が女の子を餌にわざと客を呼ぶような店だ」
それはそうだけど……
なぜロイに責められねばいけない?
「給金がいいのよ。
それに遅くまでやってるからこそ、
他のバイトの次に続けて入れるから」
その言葉を聞き、
ロイは眉間にシワを寄せながら尋ねてきた。
「……バイトの掛け持ちを?」
「ええ」
「幾つ?」
「今は3つかな」
「今は?3つ!?
どーして何も言ってくれなかったんだよ!」
ロイが珍しく声を荒げて叫んだ。
「どうしてロイに言わなければならないの?」
わたしにはロイの怒っている原因がわからない。
だってロイには関係ない事だし、
ロイに迷惑を掛けた記憶もない。
「どうしてって……!
……働いてるのは学費のため?」
「ええそうよ。
何がなんでも卒業したいもの」
わたしは力こぶを作って見せる。
タフさをアピールだ。(倒れたけど)
「学費は俺が出す」
「………は?」
「卒業まで俺が面倒見る。
だからバイトの掛け持ちなんかやめて」
「ちょっ…ちょっと待って!なんでロイが!?」
「見ていられないし、
キミは亡き親友の大切な妹だ」
「だからってお金を出して貰う謂れがないわっ」
「いいんだ、謂れなんかなくても。
俺がそうしたいんだ」
……本当ならありがたい話だ。
正直、体は限界だった。
縋りたい……縋りたいがっ……
「お断りします」
「なんで!?」
「ロイは兄の友人だった、それだけだからよ
それにお金を出して貰ってもいつ返せるか
わからないし」
「返さなくていいよ!
こう見えて俺は高給取りなんだよ!?」
「それはあなたが、
命を賭けて魔物を討伐して得た貴重なお金です。
兄を見ていたからわかる、あなたの心を、
命を削って得たものだと。
だからそれをただ親友の妹だったからって戴くわけにはいきません」
わたしはなるべく毅然として見えるように答えた。
貧乏学生がなに言っとんねんと
我ながら思うけど、これはわたしの矜持だ。
「……キミは強いね、本当に」
「昔からよく言われる」
その時、
ロイが少しだけ寂しそうに見えたのは
気のせいだったのだろうか……。
ロイは少し困った顔をして、それから微笑んだ。
「わかったよ。無理強いはしない。
でもどうしようもなくなった時は必ず頼ってよ?」
「うん、ありがとう」
今になって思えばロイはこうやって
遠征に行く先々で、困り果てた未亡人たちを
引き受けてきたのかしら。
それからもわたしはバイトをしながら
学校に通い続けた。
でも最終学年を迎えようとしたその矢先……
「………え?」
わたしは呆然と立ち尽くした。
ここって……わたしの家よね?
わたしは今入ったばかりの玄関を出て
部屋番号と表札を確認する。
……間違ってない……。
でも………
なんで?なんで家の中がもぬけの殻なの!?
魔術学園最終学年の学費を振り込む
直前の事だった。
タンス貯金していた学費をタンスごと盗まれた。
それどころか家の中には
何一つ残されていない。
どうやら我が家は家財道具の一切合切を
荒手過ぎる新手の空き巣に
丸ごと持っていかれたようだ………。
「………………………………嘘やろ?」