どうしようもない旦那との出会い
いよいよ家を出る覚悟を決め、
玄関の扉を開けるとそこには
旦那のロイドが立っていた。
どこの遠征地にいたのかは知らないが
まだ帰って来ない予定のはず。
なぜここにいるのだろう。
しかもこのタイミングで
でもわたしが狼狽えても仕方ない。
悪い事は何もしていないのだ。
「おかえりなさいロイド、珍しいじゃない、
こんな時期に帰ってくるなんて。
じゃあわたし悪いんだけど…「ダメだ」
わたしが全部言い終える前にロイドの
言葉が被さる。
「え?」
「ダメだ、ダメだダメだっ!!」
そう言ったかと思うと、
ロイドはいきなりわたしに口付けをしてきた。
「っ……!?」
久しぶりだというのに
いや久しぶりだからか、
いきなり深く口付けされる。
わたしの息継ぎまで貪るように
性急に何度も口付けをされた。
わたしはロイドの胸を強く押し上げ、
ようやく少し距離を取る。
「っ~~~!な、なんなの一体!?」
「俺から離れるなんて許さない」
「えぇ!?」
そう言ったかと思うや否や、
ロイドに横抱きにされて連れて行かれる。
「ちょっ……!?ロイ!離して!
おまっ…ちょっとっ……離さんかいっ!」
「いやだ、絶対に離さない、ララは俺のものだ」
「誰がお前のものやねん!
アホかっ!ちょっと、どこ連れて行く気や!?
コラ、なんとか言わんかいっロイド!」
そうしてわたしはロイドに寝室へと連行された。
◇◇◇◇◇◇
「なによ、それじゃあそのまま
朝まで寝室に監禁されたってわけ?」
「っていうわけ……」
「もー!せっかくご馳走作って待ってたのにー!」
「ごめんイザベラ!ホントにごめんっ!」
わたしは昨日、
家を出てから行くはずだったイザベラの家へ
行けなかった事への謝罪をしていた。
「まぁいいけどさ、
それにしても何なの?凄いタイミングじゃない?
アンタの旦那、野生の勘が働きすぎじゃない!?」
「そうなのよ……突然ピンと来たんだって。
ホントかしら?ただの偶然だと思うけどね」
昨夜、突然戻って来たロイには
わたしが出て行くつもりだった事が
最初からわかっていたようなのだ。
そして、
「ララ、捨てないで」とか
「俺にはララだけなんだ」とか
「ねぇララ、もう挿れていい?」とか
「ララがいないと生きていけない」とか言いながら、
そして泣きながらわたしを抱いた。
なんだかんだと絆されるわたしも悪いが、
ホント一体なんなんだ、あの男は。
遠征地の妻とよろしくやっていたんじゃないのか。
……また夜中にうなされていたけど。
まだ夢に見るんだな……
苦しそうに悲しそうに歪めた顔が脳裏に浮かぶ。
………………惚れた弱みか…トホホ……
わたしはため息を吐く。
「わたし、離婚できるかな……」
結婚当初、こんなに気持ちになるなんて思いもしなかった。
ロイの事が大好きで大好きで仕方なかった。
妻にして貰えてホントに嬉しかったのに……。
ロイと初めて会ったのは
兄の友人としてだった。
王宮精霊騎士となった3歳年上の兄が
我が家の夕食に招いたのが出会いだった。
「ララ、彼はロイド=ガードナー、
俺の同期だ」
その時わたしは16歳で
明るいブラウンの髪に新緑の瞳の
ホントどこにでもいるような娘だった。
一昨年前と昨年に父と母を相次いで亡くした
わたし達兄妹は、
それから生まれ育ったカンサイ州の田舎町から
王都に移り住み、
二人で支え合いながら暮らしていた。
わたしは魔術学校に通う学生で、
卒業したら術式師として魔術省に入省するのを
目標に頑張っていた。
19歳の兄もそしてロイも、
その時はまだ明るく、将来に希望を抱くただの
青年だった。
でも精霊騎士の仕事は魔物の討伐だ。
魔物の中には人の精神を脅かすものもいるらしく、
そして討伐しても討伐してもキリがなく湧いて
来る。
しかもグロく醜く、異臭を放つ。
そして断末魔は凄まじく、耳にこびり付いて離れないのだという。
騎士の多くが精神を患う前に辞めていくのだが、
その前に命を落とす騎士も多いらしい。
いつしか兄もロイも疲弊し、心が荒み初めていた。
その頃だ
夕方、学校帰りに買い物をして家路を
急ぎながら街を歩いていると、
明らかに“玄人”な女性と
そういう事をする宿屋に入って行くロイを
よく見かけるようになったのは。
ロイに対してほんのりと淡い初恋を抱いていた
わたしは勝手に失恋した気持ちになった。
でも兄の疲れ切った顔を見ているから、
ロイがそういう事で鬱憤を晴らそうとしているのも仕方ない事なんだろうなと理解しようと努めた。
どちらにせよ
ロイにとってわたしなんか友人の妹、
そしてお子ちゃま枠でしかないのは
わかっていたので、
これにて終了~と、初恋にピリオドを
打つ事にした。
全てが変わってしまったのは
突然兄が死んだ時だった。
魔物の討伐中に同期の騎士を庇い、
命を落としたそうだ。
遺体はとてもまともに王都まで運べる状態では
なかったらしく、
荼毘に付されてから小さな箱に入った姿で
兄は帰って来た。
兄の遺骨を連れ帰ってくれたのはロイだった。
ロイとは疎遠になっていたので
顔を見たのは随分と久しぶりだった。
遺骨が入った箱を渡された時、
急に兄がもうこの世にいないという
実感が湧いて来て、
わたしはその場で泣き崩れた。
たった一人の肉親だったのに。
大好きな、大切な兄だったのに。
わたしはとうとう一人ぼっちになってしまった。
涙は尽きる事なく溢れてくる。
ロイはわたしが泣いている間、
ずっと抱きしめていてくれた。
それがとても心地よく、とても温かかった。
今思えばその頃からだったんだろう、
ロイが遠征先に次々に妻を娶り出したのは。