5番目の妻、そして……
「あらやだ!あなたがララさんね!魔力念写で
見せられていたからすぐにわかったわ!」
「は、はじめまして……」
わたしは今、
ロイドの五番目の扶養妻に会いに
ウィルロという街に来ていた。
訪問を事前に告げる手紙を出していたので、
五番目の扶養妻…ジェシカさんは来訪を待ち望んでいてくれたらしい。
それにしても明るくてパワフルな人だ。
「ガードナーさんがいっつも惚気てウザいったら
ありゃしないのよ?
あの人、最初に会ったイメージと全然違うんだけど?本性はあんな甘ったれた感じなの?」
「はい、あんな感じですね」
「あはは!やっぱそうなんだ!」
……なんだろう。
話しやすい。女版イザベラって感じ。
(イザベラが今の発言を聞いたら、
『アタシはオンナよ!』って言いそう)
「……という事で、ガードナーの扶養から外れて
頂きたいのですが」
わたしは四番目の妻のマリータさんに話した
同じ内容をジェシカさんにも告げた。
「いやぁ……ウチとしては有難い話だけども……
息子もホントは大工になりたいって言ってたから。
でもいいの?凄い金額になるよ?」
「致し方ないかと」
「奥さん……オトコマエだねぇ」
「ロイドにもよく言われます」
「ぶはっ!!」
その後、学校から帰宅したジェシカさんの息子の
レガンくんにも引き合わせて貰えた。
「なんにも出来ないけど食べて行ってよ」
と昼食のお誘いもいただいて、とても楽しいひと時を過ごせた。
ロイもきっと、
この家への訪問は楽しかっただろうなぁ。
昼食を食べながら、
ジェシカさんは色々な話をしてくれた。
3年前に魔物に襲われて亡くなったご主人とは
幼馴染で、いつの間にか結婚していたそうだ。
黒い目を持って生まれてきた我が子を見た時、
将来は精霊騎士一択ではなく、この子がなりたい
職業に就けるように全力で守ろうと旦那さんは
言ったそうだ。
でもその旦那さんが亡くなり、
当時10歳のレガンくんとまだ乳飲み子だった
末の女の子を抱えていたジェシカさんは
泣く泣くドニ=バチストの条件を呑んだのだとか。
子どもの将来を売るような形になって、
亡くなった旦那さんに申し訳が立たないとジェシカさんは涙を浮かべていた。
なのでわたしの提案を心から感謝すると言って、
快諾してくれた。
美味しい昼食をいただいて
ジェシカさんの家を辞する時、
不意にジェシカさんがわたしに尋ねてきた。
「これからまだ三番目の人と会うのかい?」
わたしは正直に打ち明けた。
「……いえ、三番目の妻は、以前ロイドとキスしてる魔力念写《写真》を送りつけてくるような人なので、
直接会うのは避けようと思っています。
なので法的な第三者に入って貰おうと……」
「それがいいね。
でもあのガードナーさんが奥さん以外の人とキス?ちょっとあり得ないんじゃないかなぁ?
その魔力念写《写真》、鑑定魔術師に見て貰った方がいいんじゃない?軽く呪いも掛かってるかもしれないよ?極端に旦那が信じられなくなる呪いとかさ」
そんな呪いがあるんですか?と問いたくなったが
やめた。呪いというより魔術と考えると
可能だと気付いたから。
離婚交渉の材料になると思って手元に置いて
あるけど、さっさと鑑定魔術師のところに持って
行こう。
「ジェシカさん、本当にありがとうございます。
レガンくんも元気で。
ではわたしはこれで失礼しますね」
「あ、ちょっと待って!」
立ち去ろうとするわたしを
ジェシカさんが引き留めた。
そしてわたしに耳打ちをする。
「………」
わたしは明言はせず、
微笑んで頷くだけに止めた。
その時のジェシカさんの嬉しそうな顔を
わたしはきっと忘れないだろう。
時間をかけてゆっくりと王都へ戻る。
ウィルロの街から王都まで、
2日もあれば戻れるだろう。
普通の行程なら1日とかからないところだが、
無理はしたくなかった。
体に負荷が掛からない、のんびりとした
サスペンション付きの馬車で揺れ知らずの快適な旅だ。
途中、シストルという街で一泊する。
こんなに長距離の移動をしたのは
カンサイ州から出て来た時以来だ。
明日には王都へ帰れる。
ロイの熱は下がっただろうか。
話したい事が、伝えたい事がいっぱいある。
ロイからも話して貰いたい事もいっぱいある。
目的のために今回の行動を取ったのだが、
彼女たちに会って良かった。
知らなかった事を色々と知れて良かった。
ロイに会いたいと、
そういう感情が数ヶ月ぶりに戻ってきていた。
宿屋で美味しい夕食を食べ、
大きなバスタブでゆったりと足を伸ばして
体を温めた。
持参していたくるぶし近くまである長め
の白いナイトウェアの上からペールブルーのガウンを羽織る。
髪をゆるく一つに編み、サイドに流して寝支度が整った。
「………」
わたしは荷物の中から小さなジュエリーボックスを取り出す。
中から取り出したのは結婚指輪だった。
ロイにわたしの他に妻がいると知った時、
左手の薬指から外したものだ。
…………………………………………。(熟考)
もう一度はめるか
もう少し考えるか
それとも売り飛ばすか
わたしはどうしたいんだろう。
本当のわたしの気持ち……
やはり離婚したいのか
それともやり直したいのか
まだ答えが出せていない。
頭がボンヤリしてきた……
のんびりした行程でもやっぱり疲れるものね。
宿屋の人が用意してくれたアロマキャンドル
の香りが心地いい。
わたしは知らず、深い眠りに落ちていた。
ここは……どこ?
真っ暗で何も見えない。
誰もいないの? ねぇ、誰か。
「………ロイ」
真っ暗な闇の中、
ボンヤリと淡い光を纏いながら、遠くに佇む
ロイドの姿が見えた。
「ロイ、ここはどこなの?待って、
どこに行くの………っ!」
ロイドの隣にはあのキス魔力念写《写真》の女が立っていた。
二人寄り添い仲睦まじそうに微笑み合っている。
女は徐にロイドの首に両手を回す。
……やめて。
そして女はロイドに口付けをする。
……やめて!その人はわたしの夫よ!
わたしの初恋、わたしの大切な人。
ロイドが女の腰を抱いた。
………!
ロイドとその女はわたしに構う事なく
立ち去ろうとしていた。
待って、待ってロイ!
ロイは振り返る事なく去ってゆく。
わたしは必死に追いかけるけど、
ちっとも足が前に進まなかった。
待ってロイ!
お願い……!行かないでっ……
ロイ!
「ロイ!!」
わたしは自らの大声で覚醒した。
「ゆ、夢……?」
全身に嫌な汗が掻いている。
「うっ………」
床が硬くて冷たい……。
何故こんな所で寝ているのかしら。
なんだか身体が酷く重くて辛い。
だけど徐々に覚醒してきたわたしの意識が、
これが尋常な事ではないとすぐに警鐘を鳴らした。
「えっ、ここはどこ!?」
わたしはがばりと起き上がり、辺りを見回す。
薄暗くてよくは見えないが
散乱した貨物や物品から見て、倉庫なのではないかと推測した。
気がつくと、わたしの両手は後ろ手に
縛られている。
な、なぜ?宿屋の部屋にいたはずなのに。
なぜいきなりこんな所にいるの?
訳がわからず恐怖でパニックに
陥りそうになったが、
ここでパニックになったら命が危ないかもしれないと思い至り、なんとか自分を宥めた。
落ち着いて状況を整理しようとしたその時、
テンション高めの女の声が響いた。
「あらっ、やっとお目覚め?
気分はどう?ロイド様の本妻サマ、
宿屋の従業員を買収して睡眠薬入りのアロマをたいてもらったのよ。
おかげでぐっすりだったでしょう?」
「……あなた……!」
わたしはその女を知っていた。
ロイドとキスしている魔力念写《写真》をわたしに送りつけてきた、三番目の扶養妻。
「エミリー=ゴア……!」
「あらぁワタシの名前、
知ってくれていたんですか?うれしー!
でも残念、せっかく覚えてもらえたのに
アナタもうすぐ死ぬんですよ」
エミリー=ゴアが全く悪びれた様子もなく、
面白おかしそうにわたしを見下ろしていた。