表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/16

4番目の妻

長距離馬車が到着したのは

王都から30キロほど離れたザカリーという

小さな町だ。


この町は3年前に大量発生した魔物に

襲われた時の傷跡がまだ色濃く残っている。


これは……相当怖かっただろうな……。


王都に住むわたしが魔物被害の名残を

目の当たりにするのは初めての事だった。


3年間復興を続けてまだこの状態なら、

当時の被害の大きさが容易に想像出来た。


沢山の民が亡くなったと聞いている。


地元騎士団が総力を上げて戦っていたが、

精霊騎士団到着までにかなりの騎士が

殉職なさったそうだ。


これから会うロイの四番目の扶養妻の

亡くなられた旦那さんもその騎士の一人

だったという。


そうしてわたしは町の中心にほど近い所にある

一軒の小さな家にたどり着いた。



事前に訪れる事への了承を得るための手紙は

出している。


先方からはこの日のこの時間ならと

返信を貰ったので、在宅のはずだ。


深呼吸を一つ。

そして意を決してノックする。


ややあって一人の30代くらいの女性が

扉を開けた。


わたしは女性に向かって名乗る。


「先日先触れのお手紙を送らせて頂いた

ロイド=ガードナーの妻、ララと申します。

マリータさんはご在宅でしょうか?」


すると女性はハッとしたようにわたしを見て、

慌てて頭を下げた。


「は、はじめましてっ、

わ、わたしがマリータです!ご、ご主人の

ガードナー様にはいつもお世話になって

おります……!」


「突然の訪問で申し訳ありません。

お手紙にも書きましたが、少しお話し

したい事がありまして。少々お時間を

頂いてもよろしいでしょうか?」


「も、もちろんですっ、ど、どうぞ!」


マリータさんはかなり緊張されている様子だった。


そりゃそうか。

この状況では本妻が文句を言いに乗り込んで来たと思われても仕方ないもの。


わたしは小さな家の居間兼食卓なのであろう

テーブルに案内された。


掃除が行き届いていて居心地が良さそうな家だ。


扶養妻の不正がバレないように、

遠征の度に一度は訪れるよう指示されていたとロイドは言っていた。


ロイドもいつもこの椅子に座っていたのかな……。


その時、マリータさんがもの凄い勢いで頭を下げてきた。


「も、申し訳ありませんっ!

わたしのような者がご主人のような方の

扶養枠入りをしていてっ……!

で、でもっ本当に名義だけで、ご主人と

は年に一、二度お会いするだけです!

決して奥様が疑われるような疾しい関係では

ございませんので、お、お怒りを鎮めて下さいっ!!」


そ、相当怖がられている……。


「ち、違うんです。

確かに以前は夫の不義理を疑っていたんですが、

今はそうではないんです。

わたしが今日こちらに伺ったのは、お互いの

これからのためにきちんと相談したい事が

あるからなのです。込み入った話になります。

わたしが勧めるのはおかしな話ですが、

どうぞお掛けになりませんか?」


「は、はい……」


そう言ってマリータさんは

お茶を淹れてくれてから自身も椅子に座られた。


マリータさんはまだ怯えたような表情で

わたしに聞いた。


「あの……それでお話とは……?」


「はい。では前置きなく率直にお尋ねします、

マリータさんは息子さんを精霊騎士団に入団させる事を真に望んでおられるのでしょうか?」


「え……?と、言いますと……?」


「ロイド=ガードナーの扶養妻になる時に、

ドニ=バチスト氏から子どもが14歳になると同時に

騎士見習いとして入団するように条件付けられたと、ロイドから聞きしました。

その条件を飲んだから扶養妻になられた

わけでしょうが、あなたもそして息子さんも本当に

それを望んでおられるのでしょうか?」


「そ、それは……」


その時、この家の扉が開く音がする。


扉の方を見ると12歳くらいの少年が

家に入って来ているところだった。


少年はキレイな黒い目をしていた。


「あれ、お客さん?」


少年はわたしを見て、

少しだけ驚いたような顔をしていた。


「こ、こらリック、お客様に失礼でしょう、

きちんご挨拶なさい!」


マリータさんが母親らしい優しい声色で言った。


少年は…リックはわたしに笑みを浮かべながら

挨拶をしてくれた。


「こんにちは、いらっしゃい。僕はリックです」


はにかみながら挨拶してくれる姿が

微笑ましくて、わたしも笑みが溢れる。


「こんにちは、はじめまして。

わたしはララです。術式師という仕事をしてる者です」


わたしは挨拶も兼ねて簡単な自己紹介をした。


するとリックは途端に目を輝かせて

わたしの元へと駆け寄ってきた。


「え!?お姉さん、術式師なの!?」


「ちょっとリック!失礼でしょう、

この方はガードナー様の奥様なのよ!」


あなたもね、

と言いたくなったけどもちろん言わない。


「あのお兄さんの?そうなんだ!

あのお兄さんって、凄い騎士なんでしょ?

そうは見えないから面白い人だよね」


すごい、リックくんてばしっかりしてる。

ロイドよ負けてないか?


「そうなの、あのお兄さんは精霊騎士としては

凄いらしいんだけど、他は全然ダメダメなの」


「あはは!やっぱり!」


か、かわいいわね。

やっぱり子どもってかわいいわよね。


わたしは無意識に自分の下腹部にそっと

触れていた。


「ところでお姉さん、さっき術式師だって

言ってたけど本当?」


リックくんはわたしの仕事が気になるらしい。


「ええ本当よ」


「凄いなぁ……!僕、ホントは術式師になりたいんだ。でも今、お金貰ってる代わりに将来は精霊騎士にならなきゃダメなんだって」


「リ、リック……!」


マリータさんは慌てて息子に駆け寄った。


「す、すみませんっ、

息子が変な事を言って……!後でちゃんと

言い聞かせておきますから、どうかこの事は

内密にお願いします……!」


「……どうして内密にしないといけないんですか?

扶養手当が貰えなくなるからですか?」


「そ、それは……」


わたしが尋ねるとマリータは言葉に詰まった。


わたしは改めてリックに聞いた。


「リックくんは将来、術式師になりたいの?」


リックはこくんと頷く。


「でも将来は精霊騎士になりなさいって

言われてるから諦めてるの?」


そしてまたこくんと頷いた。

そして俯いたまま呟くように言った。


「ガードナーのお兄さんは僕が騎士に

なりたくないなら無理しなくていいって

言ってくれたんだ。

ギリギリまで黙ってて、14歳になったら

騎士になるのは嫌だって言っていいって」


「リック!!」


マリータさんはリックを抱き寄せて黙らせた。

そしてわたしに言う。


「お願いですっ、この町は魔物被害のせいで

極端に働く場所が少ないんです、

今、扶養手当を切られて、遺族年金だけではとても

生活出来ませんっ、あなたのような方にお金の苦労などわからないとは思いますが、どうかっ、どうか

わたし達親子が哀れだと思うなら、今の話は

聞かなかった事にして下さいっ……!」



お金の苦労か……


わたしの口から「ふ…」と自然に笑みが漏れた。


「……お金の苦労なら

痛いくらいわかってますよ……」



「え?」


「今の話、絶対に聞かなかった事には出来ません」


わたしがきっぱり言い放つと

マリータさんは困り果てた顔をした。


「そんなっ……!」


「黒い目を持つからというだけで、

その子の将来が決まってしまうような事

はあってはならない事です。

ましてや夢や希望を諦めさせて、

お金で子どもの人生を買おうなんて

絶対に許せない」


「ラ、ララさん……?」


「リックくん、ガードナー()()()()の言う通りよ、

なりたくないならならなくていいの。

でもリックくんに騎士になれって言ってる人は

ちょっと頭が悪いから、直接言ってはダメよ?

わかった?」



リックはきょとんとした顔でわたしを見る。


「バチストお兄さんて頭悪いの?」


「かなり悪いの。性格も悪いのよ」


「ぷっ!」


リックは笑い出した。

笑顔が戻ってくれて嬉しい。


……やはり許すまじドニ=バチスト。



わたしはマリータさんに向き合った。


「マリータさん、扶養手当の月々の金額は

この金額でしたよね?」


わたしはロイドの手元に有った、

支給金額の明細を知らせる書類を見せた。


その書類に書いてある数字を

マリータさんは確認した。


「はい、間違いないです。

この子が14歳になるまであと2年間、毎月この

金額が振り込まれるお約束です」


ロイドに書類を見せて貰って

初めて知った扶養手当の支払額。 

バイトの掛け持ちと亡くなった兄の遺族

年金で生活をしていたわたしが言うのも

なんだけど、かなり少ない金額だった。

これなら親子二人、子どもの学費の工面

も考えるとギリギリなのでは……?

一般的な平民の月給が10あるうちの6

ならば、扶養手当の支給額は4くらいだろう。


でもそれでも貰えるなら有難いという

気持ちもわかる。


しかし、それで子どもの将来が決まってしまうなんてとても許せない。


非道な上にケチなのか。

この国は一体どうなってる……。


「この毎月の金額にもう少し上乗せした金額を、

リックくんが15歳で成人するまでの

あと三年分を一括でお支払いします。

なのでどうか、ロイド=ガードナーの扶養から外れて頂けませんか?」


「えっ……ええっ!?」


まぁそりゃあ驚くわよね。


でも、不正をやらせてまで黒い目の子の確保に

躍起になってるバチスト(あの男)にこの子達を

渡したくない。


わたしやロイそしてこの子達の気持ちを無視して

我こそは正義だと、相手の犠牲を屁とも思わない

あの男だけは我慢ならない。


自分の信じる正義が、

人によっては悪な場合もあるのだと叩き

つけてやりたいのだ。


3人の扶養妻に扶養手当を一括……。

自腹を切るのはかなり痛いが、

薬の特許料と、国からの謝礼を全額注ぎ

込めばなんとかなる。


それよりもドニ=バチストの思惑通りに

事が進むのだけはどうしても阻止してや

りたい!


お金の弱みさえ握られなければ

子どもの将来を差し出さなくても

いいはずだ。


おそらく奴らは

それなら今まで支給した金を返せと

言ってくるだろうが、

ロイドと話し合って、ロイドの退職金で

それを支払う事に決めた。


扶養妻の件が片付けば、

ロイドは騎士団を退団する。


本人の意向もあり、二人で決めた。


今現在、討伐数ぶっちぎりの精霊騎士と

将来の精霊騎士たち、

それを同時に失った時のバチストと第二王子(あいつら)の顔が見たいのだ。



王子殿下に仕向けた悪趣味コーデの

嫌がらせはあくまでも嫌がらせの範疇だ。


これ以上の事をすると

確実に捜査が入り、こちらの身が危ない。

あくまでも悪戯の域を超えない程度に

やらなくてはならないのだ。


(ちなみにドニ=バチストへの嫌がらせ

はまだ実行に移してはいない。こちらの件が

片付くまでは変に悟られたくないからだ)


でも今まさに打とうとしているこの一手は、

奴らの今までの労力を水泡に帰す。


それどころか

ロイドが騎士団を辞める事によって

もう一夫多妻制度を悪用出来なくなる。


いや、本来それが当たり前だからね?

地道にコツコツスカウトするとか、

(生まれなきゃどうしようもないだろうけど)

黒い目の才能溢れる若き騎士志願者を

育成するシステムを作るとか、

そういう事をしなさいよ。


……この国は頭の固い、古い考えの保守的な 

有力貴族が幅を利かせているからなぁ。

新しい改革や試みなどなかなか認可されないらしい。


でもその時こそ王子殿下の出番ではないですか。


第二王子が頑張って、

貴方たちの言う希望の未来へ向けて邁進したらいいのですよ。



でも不正を働いていた事を

見て見ぬフリをしていいのか……?


いっそ全てを暴露するか?



…………不正を公にすれば

扶養妻たちも罪に問われる。


問われればいいと思う奴もいるけど

リックを見てると、彼から母親を取り上げるような

事はしたくない。

不正を暴こうが、このまま見て見ぬふり

をしようが、どちらにしても黒い目の子どもが犠牲を払わなくてはならないのがやるせない。



それならば、

それなりの方法で奴らに一矢報いてやりたいのだ。



マリータさんも本当は子どもの将来を犠牲にした

今の暮らしを続ける事が苦痛だったのだろう。


わたしの提案を承諾してくれた。


やはりロイドはマリータさんにも

わたしの話を色々としていたらしい。


「お料理がとてもお上手なのだとか。

オクト焼きが絶品だとよく話されていましたよ」


「今度レシピを教えますね」


「ありがとうございます。

……あなたは強くて逞しくていらして、

本当に羨ましいです。さすがはガードナー様の奥様ですね」


あなたもね、

とはやはり言わないでおいた。



支給金の一括支払いや

扶養妻を辞めるタイミングなど

その他諸々の話を終え、

わたしはマリータさんの家を後にした。


リックくんの夢が叶えばいいな。

将来、一緒に仕事が出来たら楽しいだろうなぁ。



そうしてわたしは次の目的地へ。



五番目の妻がいる町へと出発した。














評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ