逃げ出したもの。
お子さんが身近にいらっしゃる方には、他人事ではない恐怖かもしれません。
子どもが泣いている。
部屋の真ん中に座り込んで、大切そうに何かを抱えて。
「どうしたの?」
優しく尋ねても、溢れるのは涙ばかり。
「大丈夫だから、言ってみて?」
ゆっくりと頭を撫でながら話しかける。
少しずつ、少しずつ…
落ち着いた彼は途切れ途切れに話し始めた。
「あのね…。」
「うん。」
「僕の、大事な…がいなくなったの…。」
「大事な?」
「うん。大事な、友達…。」
「友達…。」
「やっと見つけた、大事な友達…!」
思い出したようにまた涙が溢れる。
「あぁ、ほら、大丈夫。一緒に探そう?」
「ほんと?」
「うん。お母さんも一緒に探すから。」
元気付けるように背中をさする。
「それで?どんな友達?」
彼は大事に持っていた箱を差し出す。
「この中にいたの?」
不思議に思って箱を覗き込むと、小石や落ち葉が入っている。
嫌な予感がする。
「友達って、もしかして…。」
「うん。ダンゴムシ!」
…その一言で、私にとって最悪のかくれんぼが始まった。
「いい?お姉ちゃんとお兄ちゃんも呼んできて。
あ、それからダンゴムシは何匹?」
「えっと、いち、にぃ、さん、しぃ…6匹!」
「6匹ね!よし、みんなでダンゴムシを探そう!!」
楽しむ子どもたちを尻目に私は必死に探す。
寝ている私たちの耳や口を目指して歩くダンゴムシの姿が目に浮かぶ。
「もういいかい?」
「まぁだだよ♪」
弾むような子どもたちの声を聞きながら私は心の中で必死に叫ぶ。
(もういいからさっさと出てきてよぉ〜!!)
その後、無事にダンゴムシを見つけた私たちはのんびりと布団に入っていた。
まだ使わないからと、末っ子の部屋にはほとんど家具を置かなかったことが幸いし、なんとか6匹を探し出すことができたのだ。
「お母さん、ダンゴムシを逃がしてごめんなさい。」
しょんぼりと話す息子を優しく撫でる。
「そんなの、あなたが悪いんじゃないよ。
みんな見つかってよかったね。」
「うん…。」
息子の顔はまだ暗い。
「そうだ!今度、虫カゴを買いに行こう!」
「虫カゴ?」
「うん、それなら虫も逃げないよ。」
「うん!僕、青いのがいいなぁ!!」
嬉しそうな顔を見ていると、私まで嬉しくなってくる。
「そういえばちゃんと数も数えられるようになったんだね!」
「うん。幼稚園でも練習したの。」
「凄いねー!10まで数えてみてくれる?」
「うん!
いち、にぃ、さん、しぃ、よん、ごぉ、ろく、しち、はち、きゅう、じゅう!!」
「わー、すご…い?」
サッと、眠気が消えるのがわかる。
「ね、ねぇ、ダンゴムシは6匹?」
「うん!見つけた時に数えたの!
いち、にぃ、さん、しぃ、よん、ごぉ、ろく!!
6匹!!」
得意そうな笑顔を見て思わず力が抜ける。
かくれんぼは、まだ終わりそうにない。
釣りコーナーでミルワームを見て思い付きました。
もしもこれが逃げ出したら…。