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俺と魔剣(あいつ)の冒険譚  作者: アスラ
38/119

名付け

暗く冷たい雨の中、俺を抱く女性(ひと)(ささや)くように言った「生きて」と。

そして(あた)かかった腕から少しずつ(ぬく)もりが消えていく。


ああ何時(いつ)もの夢だ。

物心(のもごころ)つく頃から繰り返し見る夢。


俺を抱いた女性(ひと)が母だったのか、そうでなかったのかも判らないが、俺を守り生かすためにその命を掛けてくれた。


『生きる』ことを望まれた。


たったそれだけ。

でも何よりも重く、優しい想い。

自分が望まれた存在であることを証明する言葉。


だから俺は生きることを迷わなかった。

生きてあの女性(ひと)の想いに応えられていることが嬉しかった。

そしてあの女性(ひと)にも生きて欲しかった。

生きている俺を見て欲しかった。


あの時、(そば)()(ぬく)もりが失われる事が不安で、怖くて、淋しくて。

もう誰も失いたくない。

もうあんな想いはしたくない。


   ◇ ◇ ◇


気が付けば、真っ暗な空間に独り立つ俺が居た。

何が起きたんだ? 

そう考えると、ゆっくりと思い出される。


巨大な大猪(ボア)、折れた剣、夢見、新しい剣、嘘吐胡桃(ライアーナッツ)、夜営、子銀狼(こフェンリル)銀狼(フェンリル)… …そして体の変調。


自身が鮮血を吐き『死』を感じた事までを思い出した。

そうか、俺は死んだのか。

死に(あらが)うには力が及ばなかったらしい。


折角あの二人が支えてくれたのに、皆が想ってくれたのに、俺は応えられなかったらしい。

胸が痛み、酷く寒い。

俺はその場で膝を抱え座り込んだ。


どのくらいの時が過ぎたのか、ふと(かたわ)らに(ぬく)もりを感じて顔を上げた。


「おまえ、なんで。」


そこには子銀狼(こフェンリル)の姿があった。


「イッショ、ニイル。イッショガ、イイ。」


舌足(したた)らずな幼い声が(こた)え、そっと()り寄って来る。

俺は子銀狼(こフェンリル)の体をそっと()で、その(ぬく)もりにほぅと息を吐くと同時に、子銀狼(こフェンリル)がここにる意味を理解して()いた。


「お前まだ産まれたばかりだったろ? 何でなんだ? 何で俺なんだ?」


子銀狼(こフェンリル)は俺をまっすぐ見つめた。


「ウマレル、マエカラ、シッテタ。アイタイヒト、ガ、イル。ダカラ、サガシタ。タスケテ、クレタ、トキ、ワカッタ。アイタカッタ、ヒト。オレ、ヴェルデ、イッショ、ニイル。ダメ?」


最後に不安げな眼差しを向ける子銀狼(こフェンリル)をそっと抱き締めた。


「駄目じゃない。俺を探してくれたんだな、ありがとう。そしてごめんな。折角(せっかく)産まれたのに、俺が不甲斐(ふがい)ないばっかりに、死なせることになって。」


子銀狼(こフェンリル)は俺の顔を舐めると思いもしない事を言ってきた。


「ナマエ、ホシイ。」

「え、俺がつけるのか?」


驚いてそう聞き返すと子銀狼(こフェンリル)はこくりと頷いた。

俺なんかが名付けてもいいのか迷ったが、俺の為にここにいる子銀狼(こフェンリル)に少しでも返せるのならと考えることにした。


「よし、お前の名前は『ゼーン』。古代語で“生きる”って意味だ。次に産まれることが出来たら、また一緒に生きような。」

「『ゼーン』うん、オレの名前。ヴェルデありがとう。」

「ゼーン、お前、言葉が…」


俺の考えた名を、子銀狼(こフェンリル)は受け入れ喜んでくれた。するとそれまで片言(かたこと)辿々(たどたど)しかった言葉が、突然流暢(りゅうちょう)なものに変わった。


「ヴェルデがオレを受け入れて、名前をくれたから契約が結ばれたんだ。だから話せるようになったし、ずっと一緒にいられる。」


契約というのは従魔契約のことだろう。まさか死んでからも契約が出来るなんて思わなかった。


「契約…そうか。じゃあゼーンは俺の家族だな。」


ゼーンの「すっと一緒だ」の言葉に弟が出来たような気になって、嬉しくなった俺はそう告げた。


そうして互いに身を寄せ合っていると、不意に鈴の音が聞こえてきた。

その優しい音色に、俺とゼーンが静かに聞き入っていると、温かな光が降り注ぎ、俺たちの体が淡い光に包まれた。


  


お付き合いいただき、ありがとうございました。

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