契約
「ぁあ"……あ"っっ」
突然の変異に何が起きているのか、自分でも認識できないまま苦痛に喘ぐ。
筋肉が強張りぎしぎしと音を立て、身体の内部の至る所でぶちぶちと何かが弾け、痛みと衝撃に体が跳ねた。
「ヴェルデ、しっかりしろ! 一体何が起きてる!?」
急ぎ側に寄ったジェミオが暴れる俺の体を抱き押さえ声を掛けてくるが、俺には答えるどころか話し掛けられている事すら認識できていない。
銀狼は俺の状況を二人に伝えた。
"恐らくは、血の目覚めによる魔力の変化と増大に肉体が耐えられぬのだ。"
「!! 取り敢えず治癒を…」
銀狼の言葉を聞いたアルミーが急ぎ『治癒」を掛ける。
しかしその回復が追い付かず、治すそばから崩壊を続ける肉体がびくびくと跳ねた。
「ぐぁ……ぅう゛…あ゛…」
余りの痛みと衝撃に悲鳴すらも声にならず、呻きとも呼べないものが漏れる。
そして喉からせりあがって来る熱い塊を吐き出した。
「!? ぐぅ、かはっっ。」
吐き出したものは大量の鮮血だった。
周囲に鉄錆の匂いが拡がる。
口内に広がる血の味に“死”を意識したところで、俺の意識は闇に飲まれた。
◇ ◇ ◇
「っくそ、回復が間に合わない!!」
アルミーが焦燥した声を上げると、ジェミオが回復薬を取り出し、抱えた体に浴びせかけた。
「っ、これで少しでもっ…」
だが状況は変わらず、二人の焦燥をさらに強くする。
「銀狼殿! 貴方はこの状況の原因を知っておられた! 頼む! ヴェルデを助けるにはどうすればいい!? どうすればこいつを死なせずに済む!?」
ジェミオが銀狼へ嘆願した。
銀狼は目を伏せ、首を小さく横に振る。
"我は他者を癒やす術を持たぬ。そして今、彼の者の血の目覚めを力ずくで封じれば、その反動により命は尽きる。"
銀狼の言葉で二人の間に絶望的な空気が漂い始める。
すると、少し離れていた子銀狼がそっと近付いて来た。
"……!! 一の子よ、待て! 其方では支えきれぬ!!"
急に銀狼が慌てた声をあげる。
だが子銀狼はそのままヴェルデの顔の横まで来ると、そっと頬に付いた血を舐めた。
一泊を置いて、ヴェルデと子銀狼の間に光の鎖が浮かびあがり消えた。
そして子銀狼は再びヴェルデの頬を舐めると、蹲った後ぴくりとも動かなくなった。
「…今のは従魔契約…」
『治癒』の魔法を維持したまま、アルミーが呟く。
「こんな状況で一体何故?」
“彼の者を救おうとしたのだ。”
ジェミオの疑問に厳かとも言える口調で銀狼が答えた。
意識無く跳ねる体を抱えたまま、ジェミオが銀狼の様子を窺う。
銀狼は目を閉じたまま言葉を続けた。
“従魔の契約を結ぶと、互いの間に魔力の繋がりが出来るのは知っておろう。それは互いの魔力を知覚し不足を補い合うのが通常の人族との契約だ。だが一の子が結びしは、互いの心の臟を繋ぐ魂の契約。故に互いが己が半身となり、その全てを分け合う事となる。”
「それでは、子銀狼はヴェルデの負担を負う為に…。」
「こいつは助かるのか?」
説明を聴いた二人に希望が見えた気がした。
しかし続く銀狼の話しに再び最悪の結末を突き付けられる。
“否。無理であろう。彼の者の目覚めし血は偉大なる血族のもの。その魔力は強大なものだ。例え銀狼とはいえ、幼き一の子が分け負いきれるものではない。”
「っ、それでは子銀狼まで!」
子銀狼の行いが命を繋ぐには至らないものであったと告げる銀狼にアルミーは悲壮な声をあげた。
銀狼は悲しみとも諦めともつかない声音で答えた。
“そのとおりだ。一の子にもこのままでは彼の者が助からぬことは判っておった。我は止めようとしたが、一の子は契約を結ぶことを強く望んだ。助からぬと解っていても彼の者と共にあることを望んだのだ。”
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