聖域
“ふむ。魔獣である我に名を名乗り、頭を下げるか。礼儀を知る者よ。其方らは我に会いたいと子に望み、この子が呼んだ故、我はこの場に現れた。其方らは何故我との相対を望んだ?”
そう言うと銀狼はその双眸で俺達を見据えた。
銀狼の重さを感じさせるような視線をものともせずジェミオが経緯を話し始めた。
「昨日、ここに居るヴェルデが森の外縁で巨大な大猪を仕留めた。そして森の外で見ることの無い樹木鹿が近くの丘に群れで出た。そこで森に異常が起きている可能性を考えた者から依頼を受けた俺達が、状況を確認するために訪れた先で銀狼殿の子に遭遇した。」
銀狼の威圧も何も無い視線がちらりとこちらへ向けられた。俺は黙って視線を返す。
その間もジェミオが淡々と話しを続けた。
「その後、森で夜を明かして、森の魔力濃度の異常を確認した為、その強大な魔力の持ち主が銀狼殿ではないかと推測した俺達はその整合性の確認と、状況次第で大きな影響が出るであろう銀狼殿の今後の意向を伺いたいと思い、銀狼殿との対面を望んだ。」
"ふむ。なる程な。その言に嘘は無い様だ。其方らの言は解った。"
銀狼は感情を窺わせない口調で伝えてくる。
「今この森に広がる魔力は貴殿方のものでしょうか? 貴殿方は今後もこの森で暮らすのでしょうか?」
アルミーが銀狼に訊ねる。
"……話しをするにはこの場はそぐわぬ。少し場所を移すか。其方ら暫し待て。"
銀狼は少しの間沈黙すると、そう言って俺の傍らに居る子銀狼を見る。子銀狼は頷くと転移で姿を消した。
俺は先程の影響か、微かな耳鳴りと体の火照り、感じる怠さに座り込み「はぁ」と大きく息を吐いた。
「ヴェルデ、まだ顔色が悪いが大丈夫か?」
俺の様子に気付いたアルミーが声を掛けてくる。
「ああ、さっきので流石に疲れたみだいだけど大丈夫。話しの間に休むから。」
そう返すが、二人の表情は難いままだ。俺、そんなに顔色が悪いのか?
「銀狼殿、話しの途中だがヴェルデを休ませたい。暫く時間を置いて貰うことは出来るだろうか?」
"場の方が良いようだ。行くぞ"
ジェミオが言うと、銀狼は短く返してその能力を行使した。
一瞬の浮遊感の後、足元に柔らかい下生えの感触がする。
そこは大きく開けた空間だった。
降り注ぐ日差しも柔らかく、先程までの森の空気とは画した場所だ。
"ここであれば彼の者も休ませてやれるだろう。話す事柄も安易に語ることでもない。むしろあの場に留まるが厄介なことになるだろう。"
「ここは?」
銀狼へアルミーが訊ねる。
"ここは森の奥にある休息の場だ。この場では如何なる魔獣も互いに襲わぬが約定。それは人族にあっても同じこと。この場にて約定を違えし時はこの森の全てが敵となる。"
銀狼の言葉にここが魔獣達の聖域であると知る。
ジェミオが俺とアルミーに視線を向けてくるのに、揃って首肯した。
「解りました。その約定を俺達も守ることをお約束します。」
ジェミオがそう言うと銀狼は頷き続ける。
"話しを続ける前に、其方らは楽にするが良い。"
そう言われて俺達はその場に腰を下ろした。
正直座っているのも辛いが、立っているよりは遥かにましだ。
座った俺の傍に再び子銀狼が寄り添う。本当にえらく気に入られたみたいだな。
"我も幾分話しやすくするとしよう。"
銀狼はそう言って見る間に大きさが縮み、荷車程の大きさになった。
俺達はそれを見て今日何度目かになる言葉を無くした。
"ははっ、大きさを変える魔獣を見るのは初めてか? だが、そうでもせねば我等が移動する度に森の木々が薙ぎ倒されてしまうのは想像に難くなかろう?"
目を丸くする俺達の様子を見た銀狼が笑って言う。
言われてみればその通りで、先程の本来の大きさのまま生活していれば、あちこちで森林破壊の跡や、当銀狼の姿が目撃され、存在自体を伝承として語り継がれることは無いだろう。
そう俺はぼんやりとした思考で考えた。
お付き合いいただき、ありがとうございました。




