重圧
「なあ、俺達、お前の父さんと母さんに会いたいんだ。頼めるか?」
そう頼んだところ子銀狼が吠える動作を見せたが、吠え声は聞こえない。そして再び座り込み、さっきと同じように尻尾を振った。
「反応は偶然なだけで、通じてないのか?」
幾分がっかりした様子でジェミオが言う。
「ヴェルデの言葉を理解しているように見えたんだが…。」
アルミーも言葉を濁す。
そんな二人の言葉を聞き流しながら、俺は子銀狼を見つめていた。
するとまた虚空を見上げ、激しく尻尾を振り始める。
次の瞬間、
「「「っ、!? 」」」
突然現れた強大な魔力の重圧に、俺は息が詰まり膝を着く。
大きな足で踏みつけられているかの様に、身体の自由が効かないばかりか、呼吸すらままならない。身体中から冷たい汗が噴き出した。
ジェミオとアルミーの二人ですら青い顔をして片膝を着いているのが、滲んだ視界の隅に映った。
数秒なのか、数十秒なのか、感覚が狂い、息の出来ない苦しさに涙が溢れ、段々と手足が痺れて蹲る。
脳が熱くなり、視界が次第に狭くなって、意識が朦朧としてきた俺の傍らを子銀狼が走り抜ける。すると重圧が消えた。
「、っ、ひゅっ、かはっ、はっ、げほっ、ごほっ…」
空気を求め、急激に息を吸い込み噎せてしまう。
「…っ、ヴェルデ…大丈夫か?」
自分も息が乱れたままだと言うのに、ジェミオが俺に声をかけ、背中を擦ってくれる。先程迄とは真逆の苦しさに涙が溢れ落ちた。
「ごほっ、げほっ…っ、はぁ…はぁ…。」
漸く呼吸が落ち着いたところで目元を拭い、周りを確認する。
すでに普段通りの呼吸に戻ったジェミオと、呼吸を整えたアルミーと目が合い、互いに安堵の息を吐いた。
右手にしっとり温かくざらざらした感触と、柔らかな毛が触れる。
視線を向けると、子銀狼が心配気な瞳をして俺の手を舐め、身体を擦り寄せていた。
“いや、すまん。我が子の安全を図るつもりだったが、人族の身には過剰だったな。”
唐突に頭に響く男の声に驚き、背後を振り返る。
そこには見上げるほど大きな銀狼の姿があった。
「うわ、でかい。…え、銀狼?…子銀狼の親父さん?」
無意識に出た言葉に、男の笑い声が響く。
“ワッハッハッ、何を言うかと思えば。怯えて命乞いをするでも無く、一言目が「でかい」か。なかなかに肝の据わった人族よ。其方の言う通り我がその子の父親だ。昨日その子を蜘蛛より助けたのは其方だな。感謝する。”
そう言って頭を下げた後ニヤリと笑った…らしい。
というのも、銀狼の口調からそう判断しただけだ。頭を下げて大きな犬歯を剥き出しにされるのは補食されるようで、恐怖しかないので出来れば控えて頂きたい。
「いや、助けたのは偶然で…えと…初めまして、……でいいのか?」
さっきの重圧が嘘のような朗らかと言える会話に困惑し、まだ少し掠れる声で挨拶しつつも、ジェミオ達に確認をとる。
が、二人からの返事はない。
二人を見ると、揃って唖然と俺を見ていた。
ん? 銀狼を見て呆けるならともかく、何で俺の方を見てるんだ?
「二人ともどうしたんだ?」
「…お前、動じないにも程があるだろう?」
「こんな状況で普通に会話が出来るってどうなんだ?」
二人に向き直り改めて声を掛けると、揃って呆れた目をしてそう返された。
「どうって、吃驚したとはいえ、自分の発言に対して言葉を返されたら普通応じるだろう!?」
「いや、お前の吃驚って相手の大きさに対してだけだよな?」
「ほんの少し前に死にそうになってたことや、銀狼との邂逅に、此処へ突然現れたことや、どうやって言葉を伝えてるかとか、他にも驚いたり疑問に思うことがあるだろう?」
「なのにお前ときたら、大きさに驚いた後は銀狼の素性を訊ねるわ、普通に挨拶するしで、もう何て言ったらいいか…」
二人はそう言って、やれやれといった仕草で首を振る。
普通に会話することになったのは状況からやむ無くだと訴えたら、驚きの理由からの駄目出し!?
ちょっと待て、俺が悪いのか?
“フッ、ハハハハ。本当に物怖じしない者達だ。我を前にしてそのような遣り取りが出来るとは。人族にもこのような者達がおったか。”
俺達の話しに銀狼がまたも笑い声を上げた。
どうやら放置して怒らせる事態は免れたようだ。
ジェミオが姿勢と口調を改め銀狼に向かって頭を下げる。
「銀狼殿を前に失礼した。申し訳ない。俺はジェミオと言う。」
「同じく失礼ました。私はアルミーと言います。」
「俺はヴェルデ、です。失礼しました。」
アルミーと俺もそれに習って頭を下げた。
ちょっと不自然になった事は気にしてはいけない。
“ふむ。魔獣である我に名を名乗り、頭を下げるか。礼儀を知る者よ。其方らは我に会いたいと子に望み、この子が呼んだ故、我はこの場に現れた。其方らは何故我との相対を望んだ?”
そう言うと銀狼はその双眸で俺達を見据えた。
呼吸が出来なくなってからの状態描写については、実体験だったりします。
以前、一人でいる時に直径1.5cm程のクッキーを詰まらせて死にかけました(汗)
餅や飴以外でも窒息することがありますので、皆さんもご注意ください。
お付き合いいただき、ありがとうございました。




