離れる理由
フィオの背中が見えなくなったところで、先程の場所からさらに距離を取るため俺達も急いで馬に乗る。いや、乗ろうとした。
しかし俺の馬だけが何故か後退り距離をとる。
「おい、どうしたんだよ?」
距離を詰めようとしても、馬は近付いた分離れていき、緊張した様子でこちらを窺っている。
「ヴェルデ、何やってる! 急げ!」
ジェミオが言うが、俺としてもこの状況が何故起きてるかが分からないせいで、どうしたら良いのか判断できずにいた。なんで馬は怯えてるんだ?
「…そうか! 匂いだ!」
「!!!」
アルミーに言われて思い出す。
馬が緊張している理由、それは子銀狼の匂いだ。俺に擦り寄ってきた時に付いた僅かな匂いに怯え、戸惑っていたらしい。
原因が判れば話は早い。俺は魔力を練り『洗濯』の魔法を使った。
子銀狼の匂いが消えたことで、馬も落ち着きを取り戻し、俺を乗せてくれた。
「怖がらせて悪かったな。もう一走り頼むな。」
首筋を撫でながら言葉を掛けると、鼻を鳴らし首肯するように首を振った。
「待たせて悪い。」
「気にすんな。それじゃ、急ぐぞ!」
俺達は町を背にして、森の奥へと駆け出した。
◇ ◇ ◇
全速で馬を駆けさせた俺達は、森の上に月が昇った頃、夜営場所へと辿り着いた。
「ここまで離れたんだ、大丈夫だろう。」
「取り敢えず火を起こして、馬達を休ませないと。」
「お前達、頑張ってくれてありがとうな。」
馬を降りて労うと、焚き火の後を中心に夜営の準備を始める。
「川で水を汲んでくる。」
「ああ、頼む。」
「干し草は俺が出しておくよ。」
俺は二人に声を掛けて、側を流れる川に向かった。
川岸は広くなだらかな斜面になっている。
この辺りの流れは、大きく曲がっているが、浅く緩やかなので、対岸へ歩いて渡れる程だ。
だが、大雨が降ると川の水は溢れ、周囲を呑み込む。
お陰でこの深い森の中で、灌木すら無い開けた場所になっている。
腕輪に触れ、桶を二つ取り出し水を汲む。
桶に流れ込む水の重みを感じながら、昨日からたて続く出来事を思い返していた。
事の始まりは昨日の大猪との遭遇。そして仕留めたものの、剣を駄目にした。
そして今日、新しい剣を求めたところにリュネさんの助言と、親父さんからの最上級の剣の薦め。大金の支払いと初めての借金に、ギルド長からの依頼。
草原から戻れば嘘吐胡桃の騒動に、森への緊急採取。
そして極めつけは子銀狼。
たった二日。いや、一日半の間に次から次へとあり過ぎだろう!?
そのうえリュネさんの助言から行くと、恐らくこれで終わりじゃない。どころか、命に関わることがこれから起こる。
正直……もう打止めにして欲しい。
やっぱりあの子銀狼がそうなんだろうか……。
子銀狼の親を相手になんて無理だろう!? 英雄譚に出てくるような魔獣だぞ!?
気付かないうちに、精霊か星の気に障ることでも仕出かしたのだろうか?
あまりにも目まぐるしく起こる出来事に、そう思わずにはいられない。
このまま二人と一緒にいて良いのか?
リュネさんは俺以外の事には触れていなかった。危ないのは俺だけなんだろうか?
それに離れたところで、俺一人でどうにかなることなのか?
剣も魔法もまだまだで、中途半端な実力の俺が
一人で出来ることなんてたかが知れてる。
銀狼を相手に『生き延びる』ことが本当に出来るのか?
…でも…それでも…俺は死にたくない。
生きることを、諦めたりしたくない。
でも、二人を巻き込んでしまう事も怖くて堪らない。
巻き込んでもし死んでしまったら…
何をどうしたらいいのか…心が定まらないままだ。
川面に映る月を見て、俺はそっと息を吐いた。
お付き合いいただき、ありがとうございました。




