子銀狼
無事、胡桃の木はそこにあった。
幸いにも周囲に魔物の気配はない。
ジェミオも大丈夫と判断し、俺達に頷いた。
フィオと二人で木に向かい、俺が適度に育った実を採ると、フィオが用意した皮袋に入れていく。
十個程採ったところで踵を返そうとしたが、視界にあるものが映った。
胡桃の木の下に白い繭玉。昨日見たときは無かったものだ。
十字蜘蛛は木の枝に吊るす形で巣を作る。
これは捕まった獲物だろう。よく見ると繭からふわふわとした白い尻尾が生えている。
普段ならこれも自然の営みと放っておくんだが、狩り主は先程斬ってしまったからな。
何となくそのままに出来なくて、その繭玉を抱えると、驚いたのか尻尾がバタバタと動いた。
問題なく生きているようだ。
「ヴェルデ、どうした? ん?白い尻尾?…飛栗鼠か!? ジェミオ、フィオ、来てくれ。」
俺が遅れたことで様子を見に来たアルミーが、俺の抱えている繭玉を見て離れている二人を呼んだ。
飛栗鼠は白く長いふわふわとした毛をして、前足から後ろ足にかけてある皮膜を使い木の間を飛び、果実や木の実を食べ、大人しい気性をしている。昔、毛皮を狙った乱獲があり、今では滅多に見かけることの無い魔獣だ。
俺は短剣を取り出し、慎重に繭を切る。助けようとしているのが解るのか、先程までと違い尻尾はじっとしていた。
「どうした?」
「またヴェルデが希少種に遭遇したみたいだ。」
寄ってきたジェミオにアルミーが答えると、三人が俺の手元を覗く。
そうして繭から出てきた姿を見て、てっきり飛栗鼠だと思ってた俺達は言葉が出なかった。
子狼のような姿に白銀の毛、青い瞳のその生き物は、話し語りに聞く銀狼、その幼体だった。
「「「………」」」
「白い狼? 珍しいな?」
いや、一人判っていないフィオがいた。
繭から出た子銀狼は、自身の毛繕いを一通り済ませると、俺に擦り寄ってきた。
ハッと我に返り見下ろすその姿は、思わず撫で回したくなる程愛らしい。
だが…これは不味い。
そこまで考えたところで、ジェミオが言った。
「行くぞ!! 急いで戻るんだ!!」
「えっ、うわっ。何だよ!?」
フィオの腕を掴んだジェミオが駆け出す。
アルミーと俺も黙って続いた。
「ちょ、ちょっと、何なんだよ!?」
無言で走り続ける俺達に、状況を理解していないフィオが訊いてくる。
正直、答える間も惜しいがしょうがない。
「さっきのは森狼じゃない! 銀狼の幼体だ! きっと銀狼は子銀狼を探してる! 漸く見つけた我が子の側に人間がいればただじゃ済まない!」
「え? 銀狼!? あれが!? つか、ただじゃ済まないって? ヴェルは助けたんだろ! 何でそんなことになるんだよ!?」
「焦って子銀狼を探している銀狼に、冷静な判断が出来ると思うのか!?」
「!!!」
俺とアルミーの説明に漸く状況を理解したフィオが顔を青ざめさせた。
「解ったなら、無駄口叩かず死ぬ気で走れ!!」
ジェミオの言葉に、俺達は暗い森を駆け抜けた。
◇ ◇ ◇
「「「「はぁ……はぁ……はぁ……」」」」
どうにか街道まで戻った俺達は、必死で息を整える。
馬達の方では何事も無かったようで、その場にいてくれた。
だが、俺達の只ならぬ様子に、若干緊張しているようだ。
「…っはぁ。取り敢えず、フィオは急いで町へ戻れ。俺達は予定どおり、このまま夜営場所へ向かう。」
水を飲んで落ち着いたジェミオが指示を出す。
「このまま行くって大丈夫なのか?」
フィオが不安そうに聞き返す。
「一緒に町に戻る訳には行かないだろうが。取り敢えず直ぐに離れたんだ、たぶん大丈夫だろう。今回の事態の原因かどうかはまだ分からんが、一応ギルド長には銀狼の幼体のこと話しておいてくれ。ああ、銀狼の事はギルド長以外には話すなよ。」
「それに、胡桃を急いで届けなければいけないのは、フィオが一番解っているだろう?」
「…分かった。」
返すジェミオとアルミーの言葉にフィオは頷いた。乗ってきた馬に股がると俺の方を見た。
「ミニスとミオスの事、頼んだぞ。後、ホリーには余計なこと言うなよ!」
「お前がちゃんと帰ってきたら黙っておいてやるよ!」
俺の言葉にそう返すと、フィオは馬を走らせた。
ミニスとミオスの事は心配だが、後はフィオに任せるしかない。
孤児院にはホリーも司祭様もいる。
ギルドや町の皆も力になってくれるはずだ。
二人は絶対に大丈夫だ。
お付き合いいただき、ありがとうございました。




