表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

部活嫌い

作者: 深澄

 井上ゆきな、北山学園高校二年生。オーケストラ部ホルンパート、パートリーダー。そして、


 部活嫌い。


    *     *     *


 私は部活が嫌いだ。ものすごく。

 中高一貫校の北山学園に入学し、オーケストラ部に入部してから四年半、何度辞めたいと思ったかわからない。引退まであと半年になったのに、今さら、なんでこんな部活入ったんだろう、なんて思っている。


 この部活に入ってわかったことだが、私はクラシックは好きじゃないようだ。それに、同じところを弾けるまで練習する、などという辛抱強いことも苦手だった。


 それならなぜ今まで辞めなかったのかと言われれば、惰性だ。辞めたらしたいことなんて特になかったし、ちょっと悔しいけど、ポップスを弾ける文化祭は楽しかった。それに部員に不満はない。そんな理由でなんとなく続けていたら、こんなところまで来てしまった。もうひとつ原因があるとすれば、優柔不断だろうか。私に決断力があれば、嫌になった瞬間に辞められていたかもしれない。


 それでも、今の私にパートリーダーなどという重要役職がついていなければ、今すぐ辞めていたところだ。しかし、ホルンパートに高二は、私しかいない。せめてもう一人同学年の子がパートにいれば、パートリーダーなんてその子に任せて辞めていたのに。


 ……あーあ、「たられば」ばっかりだ。


 ため息が出る。今日は朝から、口を開けばため息ばかりだ。なぜって、今日も部活があるから。


 夏休み、暑い中外に出るのも嫌なのに、暑苦しい制服を着て、向かう先は大嫌いな部活。


 もうひとつ、ため息。家を出る。足取りは重い。鉛でもくくりつけられてるんじゃないか、と本気で思って足元を見る。それとも私の足が鉛になったのかしら。嘲笑がもれる。


 惨めだなぁ、私。


 うっすらと、目に涙さえ浮かび始めた。それを拭って自転車に乗り、駅に向かう。


 このまま駅を通り過ぎて、どこまでもまっすぐ進んでいったら、どこに着くんだろう。


 ふと思う。今までも何度か思ったことはある。実行は、しなかった。当たり前だ。私にそんな勇気はない。


 だけど、だけど、やってみてもいいんじゃないだろうか。真っ直ぐ進むだけだから迷子にはならないし、もしなってもスマホの地図アプリがある。


 何より、駅の先に、何かがあるような気がしていた。私がずっと探し求めている、重要な何か待っているような、そんな気がした。


 だから、行ってみることにした。初めての実行。心臓がばくばくと跳ねる。でも、駅の横を走りすぎるときには、口元に笑みを浮かべていた。


 ついにやったんだ!やれたんだ!


 すごく、愉快だった。開放感に全身が包まれる。風を切って走る。さっきまで鉛のようだった足は、羽がついたような軽さだ。


 ただひたすら、まっすぐに走っていく。暑さで汗が流れるけれど、それすら嬉しかった。


 どれくらい走っただろうか、しばらくすると、海が見えはじめた。そこは海浜公園になっていて、砂浜まで入っていくことができた。


 こんなところあったんだ…知らなかった…。


 砂浜には、ほとんど誰もいなかった。時間を見ると、13時。こんな暑い時間にわざわざ公園に来る人は少ないのだろう。


 砂浜に腰を下ろし、スマホで好きな音楽を、少し大きめの音量で流す。持っていた折りたたみ傘をパラソル代わりに立てれば、私だけの空間の完成だ。


 からっぽになった心で見る海は、明るく透き通って清々しくて、それでいてなんだか切ないような気がした。視界が少しずつ滲みはじめる。なぜか溢れてくる涙を拭いもせずに、私はひとり静かに泣いた。


 結局、宿題をしたり動画を観たりしながら、太陽が沈みはじめるまで私は砂浜にいた。


 そろそろ帰らなきゃな。


 立ち上がると、あたりはすっかりオレンジ色の温かい光に包まれていた。大きく伸びをして、自転車にまたがる。漕ぎ出そうとしたその時、後ろから声が聞こえた。


 「またきてね」


 思わず、首がボキッと鳴るほどの勢いで振り返った。誰もいない。不思議と、怖いとは思わなかった。たぶん、この海の精霊か何かなのだ。彼(もしくは彼女)がいるから、この海は美しさを保てているのだろう。私も、海に向かって微笑む。


 「ありがと。また来るよ」


 波の音がザザーンと、答えてくれたような気がした。

お読みいただきありがとうございます!

評価、感想などいただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 部活が嫌いなのに辞めない理由がそれっぽくてよかったです [一言] 綺麗な場所を見つけたというだけで現実は何も変わっていないのに主人公が満足そうなのが不思議でした
2020/09/01 19:31 退会済み
管理
[一言] 部活、大変かもしれないけど、頑張ってね。 さわやかで素敵です。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ