部活嫌い
井上ゆきな、北山学園高校二年生。オーケストラ部ホルンパート、パートリーダー。そして、
部活嫌い。
* * *
私は部活が嫌いだ。ものすごく。
中高一貫校の北山学園に入学し、オーケストラ部に入部してから四年半、何度辞めたいと思ったかわからない。引退まであと半年になったのに、今さら、なんでこんな部活入ったんだろう、なんて思っている。
この部活に入ってわかったことだが、私はクラシックは好きじゃないようだ。それに、同じところを弾けるまで練習する、などという辛抱強いことも苦手だった。
それならなぜ今まで辞めなかったのかと言われれば、惰性だ。辞めたらしたいことなんて特になかったし、ちょっと悔しいけど、ポップスを弾ける文化祭は楽しかった。それに部員に不満はない。そんな理由でなんとなく続けていたら、こんなところまで来てしまった。もうひとつ原因があるとすれば、優柔不断だろうか。私に決断力があれば、嫌になった瞬間に辞められていたかもしれない。
それでも、今の私にパートリーダーなどという重要役職がついていなければ、今すぐ辞めていたところだ。しかし、ホルンパートに高二は、私しかいない。せめてもう一人同学年の子がパートにいれば、パートリーダーなんてその子に任せて辞めていたのに。
……あーあ、「たられば」ばっかりだ。
ため息が出る。今日は朝から、口を開けばため息ばかりだ。なぜって、今日も部活があるから。
夏休み、暑い中外に出るのも嫌なのに、暑苦しい制服を着て、向かう先は大嫌いな部活。
もうひとつ、ため息。家を出る。足取りは重い。鉛でもくくりつけられてるんじゃないか、と本気で思って足元を見る。それとも私の足が鉛になったのかしら。嘲笑がもれる。
惨めだなぁ、私。
うっすらと、目に涙さえ浮かび始めた。それを拭って自転車に乗り、駅に向かう。
このまま駅を通り過ぎて、どこまでもまっすぐ進んでいったら、どこに着くんだろう。
ふと思う。今までも何度か思ったことはある。実行は、しなかった。当たり前だ。私にそんな勇気はない。
だけど、だけど、やってみてもいいんじゃないだろうか。真っ直ぐ進むだけだから迷子にはならないし、もしなってもスマホの地図アプリがある。
何より、駅の先に、何かがあるような気がしていた。私がずっと探し求めている、重要な何か待っているような、そんな気がした。
だから、行ってみることにした。初めての実行。心臓がばくばくと跳ねる。でも、駅の横を走りすぎるときには、口元に笑みを浮かべていた。
ついにやったんだ!やれたんだ!
すごく、愉快だった。開放感に全身が包まれる。風を切って走る。さっきまで鉛のようだった足は、羽がついたような軽さだ。
ただひたすら、まっすぐに走っていく。暑さで汗が流れるけれど、それすら嬉しかった。
どれくらい走っただろうか、しばらくすると、海が見えはじめた。そこは海浜公園になっていて、砂浜まで入っていくことができた。
こんなところあったんだ…知らなかった…。
砂浜には、ほとんど誰もいなかった。時間を見ると、13時。こんな暑い時間にわざわざ公園に来る人は少ないのだろう。
砂浜に腰を下ろし、スマホで好きな音楽を、少し大きめの音量で流す。持っていた折りたたみ傘をパラソル代わりに立てれば、私だけの空間の完成だ。
からっぽになった心で見る海は、明るく透き通って清々しくて、それでいてなんだか切ないような気がした。視界が少しずつ滲みはじめる。なぜか溢れてくる涙を拭いもせずに、私はひとり静かに泣いた。
結局、宿題をしたり動画を観たりしながら、太陽が沈みはじめるまで私は砂浜にいた。
そろそろ帰らなきゃな。
立ち上がると、あたりはすっかりオレンジ色の温かい光に包まれていた。大きく伸びをして、自転車にまたがる。漕ぎ出そうとしたその時、後ろから声が聞こえた。
「またきてね」
思わず、首がボキッと鳴るほどの勢いで振り返った。誰もいない。不思議と、怖いとは思わなかった。たぶん、この海の精霊か何かなのだ。彼(もしくは彼女)がいるから、この海は美しさを保てているのだろう。私も、海に向かって微笑む。
「ありがと。また来るよ」
波の音がザザーンと、答えてくれたような気がした。
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