エピローグ
木下家の面々が寝静まった深夜、美穂の部屋に急遽作られた寝床で丸まっていたクロの鼻がヒクヒクと動いた。寝床から這い出て美穂の眠るベッドの傍まで行くと天井を睨みながら黒い尾をフリフリ。まるでもつれていた糸が解けるように、尾の中ほどから二又に分かれた。
カーテンの隙間から漏れる月明かりが照らし出したのは、慣れない二足歩行に戸惑いながら立ち上がる幼い少女の姿。頭頂部についた耳をピクピクと動かしながら、天井を睨み続けていた少女は牙を剝き出しにして威嚇するように唸り声を上げる。
それに答えるように鳴り出したラップ音。カタカタと小刻みに揺れだす窓ガラス。少女はベッドで眠る美穂を一瞥する。穏やかな寝息を立てている彼女は起きそうにない。
何かを察知したかのように少女の尾がピンと立った瞬間、鳴り続いていたラップ音も揺れていた窓ガラスもピタリと止まった。代わりに現れたのは中年男の顔。男は部屋の中を物色するようにギョロギョロと目玉を動かし、眠る美穂をその視界に収めるとニタリと口をいびつに歪めた。ズルリと天井から降りてくる男のその身体は人間のものではなく、蛇。
その身体を見た少女は、全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。猫の天敵は蛇。それでも少女は美穂の傍を離れない。自分を救ってくれた彼女を守ろうと決めたから。
少女は長く伸びた爪を男に向かい振るう。加減を間違えたのか壁紙が裂けた。特に抵抗するでもなく、男はあっさりとまき戻し映像のようにシュルシュルと天井に戻っていく。それを見届けた少女はその場にぺたりと座り込んだ。
翌朝、美穂を起こしに来た母親に見つけられてしまった裂けた壁紙。ちょっときつめのお仕置きをされている美穂を見ながら、クロは短く鳴き声をあげた。ゴメンネの意味を込めて。