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走る、走る、走る。職員室を通り抜け、用務員のおじさんが大切に手入れしている花壇を飛び越え、ひたすら走る。
「英二君、三百メートル先、右へ!」
ヒバリからの指示を聞きながら脳内に校内の見取り図を思い浮かべる。この先にあるのは食堂。昼飯時の食堂はある意味戦場だ。もしここを荒らされでもしたら暴動が起きかねない。それだけ飢えた学生というものは恐ろしいのである。英二としてもこの鬼ごっこはさっさと終わらせたいのだが、なにせ装備は不十分、人手も足りないときている。今更東雲を呼ぼうにも時間がかかるし、あの男が素直に手を貸してくれるとも思えない。どうしたものか、そう考えていた時だった。正面からこちらに向かって走ってくる一人の人物がいた。まるで示し合わせたかのように二人はそろって方向転換。すねこすりがいる食堂へと並んで駆ける。
「……さっきのは、忘れてよね」
「……おう」
マッチョが教室を出た後、木下も教室を飛び出していた。なんの情報も無い状況でよくこの場所がわかったものだと少し驚いたが、人手が増えたのは正直ありがたい。英二はほんの少し口角を上げ、そのまま食堂へと突っ込んだ。
後一時間足らずで始まる戦争に向け食堂のおばちゃん達も昂ぶっていた。『早弁は決して許さない』それが彼女達のモットー。そんな中に飛び込んできた英二達に向ける彼女達の視線は厳しい。横一列に並び英二達を撃退すべく輪ゴムを次々と発射するおばちゃん達。
対する英二と木下は食堂の両端へと散開。身を屈め、顔面を両腕でガード。それでも時折顔面に当たる輪ゴムの地味な痛さに顔を顰めつつ、木下を一瞥する。何処から出したのか、彼女は下敷きでおばちゃん達の銃撃から身を守っていた。
おばちゃん達の銃弾を避けつつ、モフっとした何かがテーブルの上を疾走して行く。それが向かう先はおばちゃん達の聖域。
「エージ!!」
木下からもすねこすりが見えたのだろう。すねこすりを追うべく無防備に立ち上がった彼女の額を赤い銃弾が打ち抜くのが見えた。
「木下ぁぁぁぁ!」
銃弾の雨の中、英二はいくつものテーブルを飛び越え、彼女のもとへたどり着くとその身体を抱きかかえ、弱々しく伸ばされる手を握る。
「おい! しっかりしろ!」
「ごめん、やっぱり……私、足手まといだった……」
「そんな事ねえ! そんな事ねえよ!」
「私ね……いつもは……もっと可愛いのを……!」
「わかった、わかったから! もう喋るな!!」
「今日も……可愛いのに……しとけば……よかっ……た……」
力の抜けた彼女の手がするりと英二の手から離れる。二度、三度と身体を揺すってみても彼女の目は開かない。ただ輪ゴムが額に当たっただけなのだが。




