1.ひきこさん
「最悪だ……」
教室の窓から見える空を見上げ、一条英二は呟いた。
今朝の情報番組の中で太めの気象予報士が今日は曇り空ではあるが、雨は降らないだろうと言っていたその言葉を信じ、傘を持たずに登校した彼は見事に裏切られた。
二時間目の終わり頃から降り始めた雨は昼休みに入った今も降り続いている。
いつもなら屋上でブロックタイプのバランス栄養食を齧った後そのまま昼寝するのがお決まりのパターンなのだが、この天気ではそれも出来ない。
仕方なく机に突っ伏し、惰眠をむさぼろうとする彼の耳にパトカーのサイレンが聞こえてきた。
教室で昼食を摂っていたクラスメイト達も口々に「近くない?」とか「何があったんだろうね」などと騒ぎ始めていた。
騒がしくなってきたせいでもはや昼寝どころではなくなってしまった英二は体を起こし、溜息を一つ。
今日は先日のように仕事が夜中までかからない事を祈っていた、その頃。
彼の通う私立明光学園からそれほど離れていない河川敷では、何かを隠すように警察によって張られたブルーシートに何事かと集まった野次馬達、スクープを収めようとごった返す報道陣。さらにはそれを規制する警官達の声で騒然としていた。
「おい、新人。吐くんならもっと向こうに行きな。現場を汚されたんじゃたまんねぇ」
ブルーシートの傍で蹲っている女性に長身の男が声をかけた。
この女性も幾つかの殺人事件を捜査したことがあり、死体も見た事はある。しかし、今回の事件は異常すぎる。それなのに平静を保つこの男は一体どんな神経をしているんだと女性刑事は長身の男性刑事を恨めしそうに見上げる。そんな視線を気にもせず、男性刑事は鑑識官と何やら話していた。女性刑事はハンカチを取り出すと口にあて立ち上がる。
その際横たわっていた被害者の虚ろな目が自分を見ている気がしたが、気のせいだと思い込む。
男性刑事は鑑識官が持っていた何かを自分の携帯で写真を撮るとそのままどこかに送信した。
「ちょっと! 南部さん!? 何してるんですか!?」
それを見ていた女性刑事のヒステリックな声に南部と呼ばれた男性刑事は面倒そうに舌打ちすると、
「いいか、新人? このホトケさんを見りゃわかるだろうがどう見ても人間の仕業じゃねえ。なら、専門家に聞くのが一番早ええだろ?」
そう答え、現場から出て行こうとする。女性刑事はそんな彼の腕を掴み睨みつけた。
「言ってる事はわかります。でもそれは上司が判断する事でしょう!?」
「あの上司が外部に協力要請すんのにどんだけ時間がかかるだろうな? ま、お前さんは何も見なかったってことで」
南部は女性刑事の腕を払うと今度こそ現場を後にした。納得のいかない女性刑事もその後を追う。雨はまだ降り続いていた。