7-9.『クリス・シートン②』
「やっと見つけたよ」
来るはずもない正人君が私を助けに来た。
ここはあの街から国境も越えているほど遠いはず。それに行き先もわからないというのに。
「正人君……。ごめん。大丈夫って言ったのに、また迷惑かけて……」
「リリィが悪いわけじゃない。こんなことをするこいつらのせいだ。だから大丈夫だよ」
「なっ、なんだ貴様は!」
「楠木正人。リリィの旅仲間さ。お前たち、こんなことをしてただで済むと思うなよ」
正人君の怒りがこっちまで伝わってくる。
貴族の息子に威圧感を与えながら近づく。あまりの圧で、体が震えているのがよくわかる。
「どけ」
正人君の蹴りは息子にヒットして反対側の壁まで吹っ飛ばした。これでもまだ手加減していたと思う。そして服を着ていない私にそっとコートを羽織ってくれた。
息子は恐怖の余り部屋から立ち去ろうとする。
「トリッキー、部屋を囲め」
そう言うと部屋内側全体がガラスのような壁に覆われて脱出不可能な空間が発生した。
「おい、お前! 金は積んでやる。今すぐこいつを殺せ!」
「それができたらこんな苦労はしないんだがねぇ。まっ、金を積まれるとなれば少しは本気を出してやるか」
「お前も、お前も、お前たちも。ここにいる奴らは全員同罪だ。生かしてここから出さない」
「はっ、確かにお前は厄介な存在だった。子ども1人攫うのに5ヶ月も費やしたからな。けど所詮はお前も子どもだ。大人の力にゃ勝てねぇ!」
彼にとって渾身のパンチだったのだろう。しかし正人君は腕を斬ることで容易く防いだ。
「痛いか? 痛いだろう。けど、お前たちがリリィにやったことはそれ以上に痛い!」
エアドロムの光の刃が後ろにいた巨漢な男の部下達に飛びかかり心臓に刺さり、勢いで、杭の様に透明なガラスの壁に突き刺さった。
そして巨漢な男が唖然となったところを無慈悲にも首を斬られた。これで闇の商人たちは全滅だ。辺りが血の海となっている。
「あとはお前たちだな」
「まっ、待て! いくら欲しい……!? 金ならいくらでも積んでやるぞ。金がいらないなら雇ってやってもいい。騎士でも何でも言えばその通りにしてやる。悪い話ではないはずだ」
小太りの男は焦りのあまり自分で墓穴を掘っている。
「いらないからさっさと口閉じてくんないかな?」
頬を切り裂かれ口が閉じることができない悲鳴も本当にただの獣みたいだ。
「ひっ!」
息子の方に近づく。後退りしてももう行き止まりだ。壁をドンドンしたり、大声で助けを呼ぶが外から反応はない。
「お前はどうしてほしい。父親の様にもうまともに話すことができない獣になるか。そこの男のように首を飛ばされたいか」
「おっ、お願いします! 私はただ、父の言いなりで! こんなことは本当にしたくなかったんです!」
「その割には随分と乗り気だったじゃないか」
「そ、それは父が目の前で見ていたからで……ごぶっ!」
正人君の蹴りがまた息子のお腹に直撃した。
「人の命を、権利を蔑ろにし、欲望のまま生きるお前たちにはこのまま死んでもらう。悪いと思うならあの世で懺悔でもしてろ」
小太りの男は斬られた。
透明なガラスの壁は解除されて息子の方は窓から放り出された。そして神器エアドロムの刃が突き刺さりそのまま地面まで落下していった。下にいた人たちの悲鳴がすぐに聞こえてきた。しかしこちらのことは何も知らない。こんなことが行われているなんて夢にも思わないだろう。
正人君は私の手枷を斬って外してくれた。
「立てる?」
「うん、大丈夫……」
「これでキャリアポートの中にある防具を纏えるんじゃないかな。いつまでもその格好じゃよくないし」
そういえばローブを脱げば私は全裸だった。状況が状況だったけど正人君に見られたと思うとめちゃくちゃ恥ずかしい。
いつもの防具を着た。
「ねぇ、このコートもう少し借りててもいい?」
「いいよ、好きなだけ使って。この後なんだけどさ、もう一度あの宿に戻らないといけないんだ。多少の荷物とか部屋借りてるから鍵の返却とか」
「わかった。でもどうするの? 今出たら下の騒ぎだからすぐに犯人としてバレるけど」
「カグヤに乗ってここから出る。そうしたらカグヤに目がいくし、僕らの姿は見えないはずだ。そして早く出ないとここにも時期人が来るから行こうか」
正人君はカグヤを召喚して部屋から勢いよく飛び出た。確かに下にいた人たちはカグヤに釘付けだ。これなら私達の素性がバレることはないだろう。むしろ、あの部屋に転がっている闇商人の素性がバレたら領主一家の犯罪性が世間に知れ渡ることなる。
「このまま飛行して戻ろうか」
「うん……」
1つ気になることがある。正人君はそれを知っているのかを聞くのが怖い。
「ねぇ、クリス君のことだけど……」
勇気を絞り切り出してみた。
「クリスは……」
「うん……」
「僕が殺した」
何となくわかっていたけどやっぱり。
◇
時は遡ることリリィ誘拐直後。
(クソッ! これ、新手の毒ガスか? 体が動かない……!)
リリィ誘拐際、リリィ側には催眠ガスを、正人側には毒ガスを部屋に流し込まれていた。しかし正人はこれを自力で突破した。星の属性を持つカグヤを介して月神ディアナと接続することで、神の力をもって毒ガスの危機から脱した。
すぐに部屋から出て新鮮な空気をしっかりと吸い、体に入った毒も神の力を巡らせることで浄化に成功する。
「リリィの気配がない。遅かったか」
神の接続には口で発する必要がある。体が動かず、口もきけない状況だったため、接続するのに時間がかかってしまった。
日が昇り始めている。敵は相当遠くに行った可能性がある。無闇に探してはただ敵に猶予を与えることになる。遠くに行くこと自体ミスリードの可能性があるため、正人が先にしたことは街中を探すことだった。
正人は探しながら考えたことは、あまりにもテンポ良く誘拐された点だった。宿の場所やガスの準備もそうだが、普通こんなにも鮮やかに誘拐が可能だろうか。裏に誰かが操っていたに違いない。しかも自分たちの行動を把握し、泊まる場所に事前にガスを撒く手筈も完璧だった。自身に近い人間でなければ不可能だ。
そう考えると正人の中で思いつく人間はクリス・シートンだけだった。しかし同時に彼でない可能性も捨ててはいなかった。リリィが信じた人だから最後まで確認が取れない限り、疑うことをやめた。
正人はリリィを探すことよりもこの街にいるクリスを探した。彼ならもしかしたら共に探してくれるかもしれない。
そしてクリスは意外にも簡単に見つかった。裏路地にいた。
「クリス!」
そこには彼以外にも誰かいたが、正人の声ですぐに立ち去った。
「マサト、ことの事件は聞かされたよ。リリィが攫われたって」
その時点で正人の中で疑いが生じた。まだ誰にも言っていないというのにクリスは把握していたから。
「俺も今探している」
「じゃあさっき一緒にいた人たちは?」
「彼らは情報屋だ。僕がこの街に来た理由はその情報屋に会うためだったんだ。しかし彼らからリリィのことを聞かされてね。今は自分のことは二の次にしてリリィの捜索を優先している」
不自然ではない。情報屋に会い、別れた後たまたまリリィのことを聞かされた。
しかし、そもそも西の大陸からわざわざ長い旅をして情報屋に会う理由とは何なのだろうと思った。よっぽど横の繋がりが広く信用における情報屋なのだろうかと。別れた後、リリィの情報を聞く状況とは。『聞かされた』ということは自分からは聞いていないことになる。
自然でありながらもどこか引っ掛かる。情報屋はクリスとリリィの関係を知っていたことになる。別れてすぐとはいえ情報屋がそんなこと普通言うだろうか。彼らの特性はお金を貰い、対価として知りたい情報を教えてくれる。貰った金銭以上のことはしない。教える情報と貰った金銭はイコールでなければならない。
つまり、情報屋が自発的にクリスにリリィの情報を言うことはない。金銭が発生していれば別だが、別れてすぐにリリィの情報なんて普通は聞かない。クリスは元からお金を彼らに渡してリリィの行動を把握していたと正人は考えた。
ーー違う。逆なんだ……!
クリスがリリィ専門の情報屋の可能性はないだろうか。さっき立ち去った人は情報屋ではなくクリスの本来の仲間で、正人たちが別れた後、彼らに情報を渡し実行に移したのではないかと。
「クリス……」
「どうした?」
「頼むから嘘なら嘘と言ってくれ。クリスは僕たちの敵……なのか?」
リリィのことを考えると彼を敵にはしたくない正人だったが返答は最悪の結果を生んだ。
「何で、わかるんだよ。これでもけっこうお前たちに寄り添ったんだぜ? それこそ信頼を構築できるくらいには。でもやっぱりマサトには無理だったかぁ」
「なぜ…‥。リリィはクリスのことを信頼していたんだぞ。それを壊すようなことを……」
「あぁ、リリィは本当にいい子だ。若いし、人生経験が少ないから人を疑うことをあまりしない。だからリリィに対してすぐに信頼を得たけど、君は最後まで無理だった。どこまで行ってもリリィを最優先として動いてきた。君の意思はあの旅の中でどこにも無かった。逆にすごいと思うよ。あそこまで徹底できるなんて。君は本当に何者なんだ? 本当に14歳なのかと思うくらい達観している」
正人は剣を手に取った。クリスもまた杖を取り戦闘態勢だ。
「リリィには悪いけどクリス、お前を斬る!」
「こうなることは必然だった。マサト、俺は組織からお前を足止めしろと言われている」




