6-10.『残されたモノ』
羽交締めにして完全に身動きが取れないゲシュタルトは俺を取り払おうと必死にもがいている。ゲシュタルトは自身の後頭部で俺の顔面に攻撃してきた。額と鼻から血が出ようとも決してこの拘束は解くまいと必死になった。
「早くしてくれ! そんなに長くはもたないぞ!」
30秒だけならなんとしても持たせるが、それ以上は正直無理だろう。
「クソ! 貴様、離れろ!」
「黙れっての!」
「ぐぅ……!」
ナルカミの雷を喰らわせて少しでもダメージを稼ぐ。
「ダメだよ、拓人! こんなやり方は! 他にあるはずだ!」
「このままじゃ疲弊していくだけだ! こいつはまだまだ余裕がありやがる。先にぶっ倒れるのは間違いなく俺たちだ! ならまだ体が動くうちに終わらせる!」
「違う! 君が犠牲になる必要はないって言ってるんだ!」
「だけどこうして動き止められている。今の俺たちじゃこれしか方法はない! 頼む! もうかなり限界なんだ」
口喧嘩なんてしている暇なんてないのに。
「貴様が離れんのなら、無理やりにでも……!」
ゲシュタルトは闇のオーラ攻撃で俺を引き離そうとした。
まともに受けてしまった。全身はボロボロで、普通ならこれで終わっていた。それでもこの手は離さない。
「いっちゃん。俺はこの町が好きだ。この国も。向こうの世界も同じくらい好きだ。でも今やらないと全てこいつに奪われる」
「だけど……。君がいなくちゃ15年後どうやってゲシュタルト倒せばいいんだよ」
「その時にはアナスタシアが立派になってるさ。あいつは太陽の御子だ。俺以上のポテンシャルがある」
かなり躊躇っている。俺が向こうの立場なら刺すことはできないだろう。けどいっちゃんならきっとわかってくれるはずだ。
「家族にはごめんって言っといてくれ。親不孝者の俺を許してくださいって。アイリさんにはあとは頼みますと伝えてほしい」
クソッ……もう腕を離してしまいそうだ。これ以上は無理かもしれない。
「頼む……」
その一言でついにいっちゃんが動き出した。封印具を起動させた。
――そうだ。それでいいんだ……。
「やぁぁぁぁぁぁぁ!」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!」
封印具はゲシュタルトと俺の心臓を突き刺した。ついに腕を離してしまったが、ゲシュタルトはそこから動くことができない。
「おのれ……。お前の顔、しかと覚えたぞ。15年後と言ったな。15年後、お前を跡形もなく消し去ってやる! それまでの平和を楽しむんだな!」
恨み増し増しの言葉を吐き捨ててゲシュタルトは封印された。
いっちゃんは封印具を投げ捨てて俺に駆け寄った。
何度も最上位回復魔法『アヴァロン』をかけた。しかしこの魔法は死が確定した体には効果がないのだ。あくまで生きている時のみ効果が発揮される。
血が止まらない。目も虚ろだ。段々と意識が薄れていくのがわかる。いっちゃんが何か必死になって言っているが聞き取れない。
――あぁ、死ぬのって、いやだなぁ……。
覚悟はした。けれどいざ目の前に死があるとまた違ってくる。そして心臓を刺されて数分後、死んでしまった。
◇
リチャードが死んだ相羽拓人を抱き抱えながら泣いた。幼い頃からの親友を失った。これ以上ない喪失感が彼を襲う。
悪魔王が封印されたことで各地に散らばった悪魔たちが急に消え去った。戦いは終わったのだ。アイリはすぐに拓人のもとに向かい走った。
場所はそんなに遠くなく、中国地方だったため残った魔力を使い2時間ほどで到着した。
しかし目に映る光景に膝から崩れ落ち、彼女もまた涙が止まらなかった。
「申し訳なかった。もうこれしか方法がなかったんだ。拓人が自らを犠牲にして勝ち取った……。いや勝ってないな。結局15年後にはまた戦うことになるから」
「タクトはなぜ自分を……」
「この作戦は僕すら直前までわからなかった。悪魔王を足止めした時に初めて知ったんだ。実際拓人がこうしてくれなかったら勝てなかったから作戦としては正解だった。けどさ……」
収まっていた涙がまたポロポロと流れた。
「けど、あんまりだよ……。君がいないと素直に喜べないよ」
「…………」
「師匠!」
アナスタシアが現着した。そして彼女も現実を知り大声で泣いた。
◇
目が覚めた。覚めたというよりはいつの間にかという表現の方が正しい。
ここはどこだろうか? 真っ白な空間だ。何も建物などは無い。けど目の前には長く旅を共にしてきた使い魔のオロチがいる。
「なんだよ。こんな所に呼び出したのはお前か?」
「そうだ。別れの挨拶でもしようかと思ってな」
「らしくねぇな。俺の知るお前なら何も言わずに出て行くだろうに」
「あぁ、我もそういうものだと思っていた。だがお前が死ぬと契約していた使い魔たちはどうなると思う?」
「確か元いた場所に返されるんじゃなかったか?」
「そうだ。我の場合アシハラノクニの大瀑布にだ。我は嫌われ者ゆえ戻ったところで、討伐されるのが目に見えている。そこに帰って死ぬか、ここでマスターの力になって死ぬかのどちらかだ」
「俺の力って?」
「今我が持つ全魔力と、そして存在そのものを世界に差し出そう。そうすれば最後に別れの挨拶くらいはできよう。数秒しか時間はないがな」
「どういう意味だよ?」
オロチが目の前から霧のように消え去った。何度呼びかけても反応はない。自らを犠牲に主人の時間を稼いだのだ。
◇
そして同時に死んでいた俺は息を吹き返した。うっすらだがいっちゃんの顔が見える。隣にはアイリさんにアナスタシアもいる。
そういうことか。オロチ自身の命と引き換えにわずかだが復活したのか。
そうだ。あくまでこれは一時的に目が覚めただけだ。いずれまた死ぬ。だから最後に別れの挨拶を、
「ッ……….…あ、…………」
あれ……? 声が出ない。伝えたいことが山程あるのに何でだよ。意地でも出すんだ。オロチがくれた時間を無駄にするな。
「あッ………」
ダメだ。やっぱり声が出ない。呼吸器がやられてるのか。いや、息はできてる。後は俺の問題だ。
俺が何かを話そうとしているのを必死に聞き取ろうとする3人。アイリさんは俺の手をぎゅっと握り、涙目で見つめてくる。
時間がない。でも何かを伝えなきゃ俺はちゃんと死ねない。長くなくていい。ありのまま、簡潔に伝わる言葉を発するだけだ。
「あ…………あ」
「タクト……」
「あ……り……」
「…………」
「あ、り……がとう……」
やっと言えた。最後俺は笑えていただろうか。アイリさんに伝わっただろうか。だけど最低限言いたいことは言えた。これで少しは楽に死ねる。
オロチのくれた時間が来てしまった。ゆっくりと瞼を閉じて静かに眠った。
◇
双竜の死亡から3時間も経過すれば、現場の状況確認のため自衛隊員が集まってきた。リチャードはこの場を去る為に拓人を抱えて歩き出した。
向かった先はある小学校だ。
なぜか。相羽家が避難する場所に行く為だ。ただ、その小学校は今回の悪魔王の出現近くのため、さらに遠い場所に移っているだろうと予測して第2の避難場所を目指した。
その小学校もかなりの荒れようだった。銃撃戦が繰り広げられたのだろう。目的の体育館に入るとざわついた。悪魔が現れたのだと勘違いしたのだ。
しかし現れたのは人間のため人々は安堵した。そしてボロボロで、だらんとする死体を抱えている姿に恐怖した。ある一家を除いては。
「一条くん?」
そう呼びかけてきたのは双竜の母親だ。そして後ろには他の家族もいる。
「おばさん……。本当にごめんなさい……。僕は拓人を守れなかった」
抑えていた涙がまた流れ出てきた。道すがらこの母親になんて伝えようかとずっと考えていたが、最後まで出てこなかった。
「僕がもっと強かったらこんなことにはならなかったのに……」
膝から崩れ落ち涙がポタポタと双竜の腕に流れ落ちる。
「一条くんのせいじゃないわ。だから顔を上げて」
頬にそっと触れる手はとても暖かいと感じた。
「きっと拓人はこれを望んだと思う。だって辛そうな顔してない。だから一条くんは自分を責めないで。あなたが辛くなるだけよ」
その言葉に胸が熱くなった。許されたのだと感じた。
「よく頑張ったわね。皆んなのために戦ってくれてありがとう」
他人の子だというのに泣き崩れていたリチャードを抱きしめた。自分の子どもをあやすように優しい声で。
普段こそふわふわしていて料理上手な親友の母親だが、この時だけは女神のようなそんな優しさを感じ取れた。息子の死で悲しいはずだ。しかしこの人はまず自分を気にかけてくれた。それだけでリチャードは心の底から安堵した。そして気が緩みそのまま意識が飛んだ。
後にこの出来事は世界中に発信された。異世界の存在や、向こうでの日常も含めて全てを。心踊る者もいれば、野蛮と言う者もいる。
今回の件で門を壊そうという者もいた。しかし例え壊したとしても別のところに繋がるため意味がないのだ。次の候補としては伊勢か高千穂のどこかの神社になるらしい。
双竜とリチャードの活躍も賞賛された。最後の犠牲も勇敢な行動だったという声が過半数だった。残りはもっと上手くやれていただろうというものだ。
日本に流されていた魔力は打ち切られ次第に無くなっていく。結界も全て解いてある為そのまま霧散して完璧に無くなるまで1年ほどかかる。
双竜は死んだ。しかし15年後にはまたゲシュタルトは復活する。戦いは終わらない。次は油断も驕りもなくリチャードを本気で潰しにかかるだろう。
仮初の平和は今日も明日も続く。人々が知らないところで悪はこの世を覆い尽くす。
6章終わりです。7章に続きます




