6-9.『悪魔王③』
空中に転移して落下しながら回復魔法をかけてもらう。
マスター・ソーサラーが持つ回復魔法は一般のそれとは次元が違う。光属性の最上位に位置し、傷を修復はもちろん体力をも完全回復できる。魔力を込める量によっては欠損した部位も治すこともできる。魔法名を『アヴァロン』と言う。
「風神ボレアスと接続開始。じゃあいくぞ、ヴォイド」
「合点!」
ヴォイドに過剰なほど魔力を流し込む。
ヴォイドはかつてゲシュタルトの直属の配下だ。しかも序列1位らしい。しかしゲシュタルトの考えに着いて行けず、離反したものの、争いになり本来持っていた力をほとんど失った過去がある。
だが魔力を込めすぎると一時的にではあるが、かつての姿に戻り全盛期に近い力を発揮できる。
その姿はちんちくりんだった悪魔から、背丈も伸び、小さかった羽も肥大した。悪魔らしく鋭い爪と先がとんがった尻尾を持っている。足はヤギのような蹄だ。
「オイラってこんな姿だっけ?」
「いや、覚えとけよ」
「どれだけ前だと思ってる? まぁいいや。やっと仕返しができる。けどオイラでもあいつには敵わない。だからあまり頼らないでよ」
「わかってる。慢心はしないさ」
ヴォイドを指輪に武装させた。
回復も済み、準備もできた。ゲシュタルトの姿も見える。
空中からナルカミで一気に加速して仕掛ける。ゲシュタルトもそれを予期して神具テラマーテルで受けた。そして軽々と打ち返した。
「その魔力、懐かしいな。ヴォイドか」
指輪からヴォイドが出てきた。
「まさか生きていたとはな。あの時に力を失い致命傷を与え野に放り投げたのだが」
「あの時はまさに地獄だった。死にたいとも思ったさ。けど救ってくれた人間がいた。そしてお前にいつか復讐してやると誓った。それだけだ」
「で、それが今だと?」
「あぁ、オイラは良い主人に会えた。お前に一矢報いることができる人間だ。竜がいるから肩身は狭いけど皆んな良い奴だ」
「そうか、面白くもないな」
神具を構えるゲシュタルト。俺も瞬時に神器を構えた。
ほぼ全盛期ヴォイドの力を使う。能力は時と空間支配。今までとは一線を画すものとなる。
自身を時間と空間という概念から切り離すことでナルカミ以上の速さを手に入れることができる。さらに相手から感知不可能な領域に入る為、攻撃は必中となる。ただし多少身体に負荷を与える為乱発はできない。
まともに攻撃を受けたゲシュタルトが吹き飛ぶ。吹き飛んだ方向に手のひらを向けて握り、そして糸を引っ張るようにゲシュタルト引き寄せた。俺とゲシュタルトとの間の空間を捻じ曲げることで可能となる技だ。
「ぐっ……!」
引き寄せ、無防備なゲシュタルトに一ノ型『六連星』を炸裂。左腕を切断してさらに、六ノ型『填星』を繰り出し貫通はしなかったものの、ダメージに繋がった。
血を拭うように手を当て立ち上がるゲシュタルト。切断された腕も治っている。しかし今の一瞬の攻撃で息が上がり始めている。
「さすがに効いた。ヴォイドとやり合うには少々手を抜きすぎたか。長年争いから離れていた故にお前の力を甘く見ていた」
ゲシュタルトの周りの空気が震え出した。そしてその余波は俺たちのところまでやってきた。
「悪神アングラと接続する」
空気の震えは収まり、紫の光が天高くまで昇った。
「お前、魔獣の一種じゃないのかよ」
悪魔王といえどカテゴリー的にはヴォイドと同じ魔獣と呼ばれる。それが俺と同じように神と接続した。それだけこいつが特別ということだろう。
「拓人気をつけて。こっから本番だよ」
「あぁ。この気は宇宙龍よりもやべーよ」
禍々しいオーラを放たれている。
ここからは前衛後衛などと分けるつもりはない。2人ともが攻めだ。ヴォイドの力を存分に使用して対抗する。さっきの様な攻撃や、ゲシュタルトの時間を遅らせたりとヴォイドの力を遺憾なく発揮した。
いっちゃんも俺の動きに合わせて自立型魔法杖オーロッドと共に攻撃する。2人の連携は時間が経つにつれ精度を上げた。ゲシュタルトの本気に迫る勢いだ。一瞬の目配せでお互いの考えを悟り、超高速で繰り広げられる戦闘はカメラでも負えないものだ。
3人の力は拮抗した。俺たちは今完全にスポーツ選手で言うところのゾーン状態だ。無駄な動きが一切ない戦闘のみに集中している。
「フハハハハ! 楽しいではないか! これほどの戦い、いつぶりだ! だが、それも終わりだろう」
今まで拮抗できていたのはヴォイドの力によるところが大きい。その力もタイムリミットが来てしまった。元の小さいヴォイドに戻ってしまった。
「残念だったな。これで我の勝ちだろう。ヴォイドのいないお前たちなど今の我に勝てるはずもない」
返す言葉がないな。実際そうだった。神具という厄介さ、体の頑丈さに俺たちは押し切ることができなかった。
「まぁ、このまま終わらせるのも面白くない。ここで一つ提案をしてやろう。お前たち、俺の配下になれ」
「断ったら?」
「そうだな。今まで見逃してやっていた空に浮かぶあれを破壊してやろう。あれには人が乗っているのだろう?」
空に指差した。その先にはヘリコプターがいた。あれはテレビ中継をしている。戦闘に夢中で気付かなったが、いつの間にヘリコプターがいたんだ。そもそもこんな危険区域になぜ。
やばい。あれは俺たちにとっての弱点だ。ヘリコプターに向けていた目線をゲシュタルトに向けるとすでにヘリに攻撃を仕掛けていた。最速でヘリコプターに向かいゲシュタルトの攻撃を防いだ。
「頼むからここから離れてくれ」
「ですが我々には報道する義務があります!」
中にいる報道人が大声で言ってきた。
「こんなところで、この星にとってこんな意味の分からない戦いで死にたくはないだろ! ……それにもう十分撮れたはずだ。あんたたちがいるとあいつは狙い続けるぞ。今回みたいに守り切れる保証もない」
ヘリコプターは去っていった。
「ふぅ……」
一難去り、地上に戻るといっちゃんとゲシュタルトが白熱している。いっちゃんは神器の性能とノータイムで使用できるマスター権限のおかげでゲシュタルトとかなり渡り合っている。
対して俺の神器はただの頑丈な剣で、速さはあるもののゲシュタルトはこれについて来れる。カグツチが悪魔特攻を持っているがどうもゲシュタルトにさほど効いていないようにも見える。
いっちゃんはゲシュタルトに対して±0だが、俺が明らかなマイナス要因だ。そのせいで不利になっている。
「はぁ……。議事堂であんな啖呵切っておいてこのザマか」
いっちゃんだけでは勝てない。俺がプラスに働く方法があれば勝てるかもしれない。俺たちの勝利条件は封印すること。ならば、死に物狂いで喰らい付いて最後に封印具をゲシュタルトの心臓に突き刺せば終わる。
「もうこれしか無いのかもな……」
あとは覚悟だけだ。
その為にはまずいっちゃんとゲシュタルトを離さないといけない。
抜刀の構えから最速の『六連星』をゲシュタルトに炸裂させ、さらに力任せに剣を振い後退させた。
「どうしたの急に」
「作戦がある。けど時間ないから簡潔に言うよ。その前に、何秒足止めできれば封印できる?」
「えぇーと……、30秒あれば」
「30秒……。わかった。俺が足止めするからいっちゃんはいつでも封印できる準備をしておいてくれ。戦いに参加しなくていいから」
「勝算はあるの?」
「ある」
「……わかった。じゃあ頼むよ。何を考えてるかわからないけど拓人がそういうならね」
「ありがとう。絶対に躊躇うなよ」
ここからが俺の晴れ舞台だ。
「ほう、今回はお前だけか? お前と一騎打ちするくらいなら後ろの奴の方が楽しめるのだがな」
「期待に添えなくて悪かったな。けど、もう十分暴れただろ。そろそろいなくなってくれ」
剣を構えすぐに攻撃を開始した。ここからは魔力や体力、怪我などは全て度外視の特攻だ。頭を空っぽしてゲシュタルトの動きを瞬時に把握して最短最速で対応する。
「ヴォイドがいなくともマシになってきたな! そうだ! もっと上がれ! 加速しろ! 我に全力を出させてみろ!」
ゲシュタルトの言葉は何も入ってこない。ただ頭の中にあるのはゲシュタルトの行動の先にあるものだけだ。
激しく拮抗し、速すぎて姿など見えないほどだ。だが2人がぶつかり合う衝撃のみが可視化される。
地面を踏み抜くとそこには小さなクレーターができた。カグツチとナルカミによる攻撃はゲシュタルトの一振りで弾け飛んだ。その欠片が地面に落下すると破裂した。あたりはまさに火の雨だ。
ほんの一瞬。常人ならば見つけることさえできない動きの綻びをただひたすらに待ち続けた。そしてついにそれはやってきた。
剣で斬るフリをして、俺は剣から手を離した。咄嗟のことにゲシュタルトは動揺し反応が遅れた。神具テラマーテルで神器ベルヴェルクを跳ね除けた。目の前には誰の姿もなくただベルヴェルクが転がった。
この瞬間のために俺は全てを費やした。今までの戦闘経験を注ぎ込み背後に回り羽交締めをした。さらにカグツチ、ナルカミを使い上半身に巻き付いて固定し、オロチを使って俺たちの両足をがっちりと絞めた。
「何のつもりだ! 貴様!」
何のつもり……だと? そんなのたった一つしかないだろう。
「今だ、いっちゃん! 俺ごとそれで突き刺せ!」
これこそ俺が考えた最終手段だ。ゲシュタルトは余裕で俺の速さについて来れる。よって、突き刺さる瞬間にこの羽交締めを解けば逃げられる。ならば完全に突き刺さるまでここに固定してやればいい。俺の命一個で足りるなら喜んで差し出してやる。
その光景にいっちゃんは動揺した。そりゃそうだ。こんなこと教えたら絶対に止められる。だから何も言わなかった。目の前で棒になっているゲシュタルトはこれ以上ない隙だ。これを逃せば次はない。
けれどいっちゃんはすぐに行動に移せなかった。手が震え、息が荒い。
「頼む……」
これが最後の戦いだ。




