5-2.『初代マスター・スミスの絶望』
「ふざけるな! 息子を……、家族を返せ! お前たちには人の心がないのか!」
激昂する男の名はミッチェル・ソロモン。初代マスター・スミスである。人と神器の合成という禁忌を行おうとするある国の貴族たちに対して怒りを露わにする。
「戦争中に人の心とか言ってられるのか? 人が生きるか死ぬかの戦いだ。それにお前の手は汚れているのだ。この戦争でお前が作った神器はどれだけの人を殺した?」
「お前たちが家族を人質にするからだ……。戦争なんてことをするから神器たちは人を殺さざるを得ないんだ。その原因を作ったお前たちが普通に過ごせばこんなことにはなっていない」
「生意気だな。やれ」
「はい」
大男がミッチェルの腹を殴った。倒れ込み、殴られた衝撃で嘔吐までした。
「父さん!」
「動くな! 貴様の命は無いに等しいのだ。大人しくしておけ!」
貴族の男が倒れ込むミッチェルの髪の毛を掴み顔を持ち上げる。
「お前に拒否権なぞない。我々は勝つしかない。勝たなければお前も私も明日に命はない。わかったらさっさとしろ。戦争は1分1秒を争うのだ」
「…………」
「こいつを見張っておけ。怪しげな行動をすればひっ捕らえろ」
貴族の男が出て行った。
やられるがまま何できない自分に嫌気がさす。家族さえも守れない自分に反吐が出る。子ども達に何も残せない自分が惨めだ。
『マスター』なんて物が無かったらこんなことにはなっていないかもしれない。なぜ自分が『マスター』なのだ。ただの鍛治師の自分がいきなり持ち上げられてこんな目に遭うならいっそ死んだ方がマシなのかもしれない。
「父さん……」
「ごめんなぁ、頼りない父親で……」
「父さんは頑張っていると思うよ。もう楽になろうよ。僕のことを神器に組み込んでいい。だから父さんだけでも楽になってよ」
「そんなことできるわけないだろ! ノエル(妻)とアビー(娘)とルーサー(次男)がまだ捕まったままだ! 3人を連れ戻すまで楽になんて……!」
長男ヘンリーがミッチェルの両肩を手を掛ける。涙を流しながら首を横に振る。
「どう言うことだ。3人に何があったんだ……?」
「ルーサーは拷問を受けてる。多分今も牢で悲鳴をあげているよ。アビゲイルはわからない。どこかに売られたかもしれない。母さんはあの男にいいようにされて……」
悔しそうに涙を流すヘンリーは途中で口を閉ざした。
「ノエルは……。ノエルはどうなってるんだ」
「…………母さんはあの男にいいようにされて目の前で強姦されたんだ……。そしたらお腹、段々大きくなってきて……」
もう何がどうなっているんだか分からない。怒り、悔しさ、絶望など様々な感情が入り乱れてどうすれば良いか、正しい判断ができない。
「だからせめて父さんだけでも楽になってよ。仕事終わらせて僕たちのこと忘れて、どこか見つからない遠くに逃げてさ……。そこでまた幸せに暮らしてよ。僕らの分まで……」
自分の子どもにこんなことを言わせる親なんて、親であってもいいのか。
「僕達はもう疲れたんだ。母さんも、ルーサーもアビゲイルも僕も。父さんの役に立てるなら、最後は父さんの手で終わらせてよ」
「できるわけ……ない、だろ」
「僕が神器になったら少なくともルーサーは助かるかもしれないんだ。ルーサーは父さんに似て鍛治の才能がある。生きていれば何かあるかもしれない」
「できない……」
「これは僕だけの頼みじゃないんだ。母さんもルーサーも早く解放されたいと思ってる。僕の犠牲で助かるなら喜んで神器になる」
「でき……」
「父さん、もうできることはこれしかないんだ! 大人なら早く決断してよ! 僕だって余裕があるわけじゃないんだ! 生きれるなら僕だって生きたいよ! でも僕と父さんがやらなきゃ皆んな死ぬんだ!」
本音を吐露するヘンリーの顔を見れない。子どもはもう決断しているのに、大人の自分はまだいじいじと地面を見ることしかできない。
「父さん、終わらせようよ。僕が神器になったとしても僕は僕だ。父さんのことを忘れることはないし家族のことも忘れない。ただ形が変わるだけで本質は変わらないんだ」
あぁ、なんて強い子なんだ。心の中では怖いのかもしれない。それでもやるべきことをやろうとする息子を手を取らざるを得なかった。
「おい、貴族の犬。神器の素材はあるんだな?」
「ある」
素材を受け取り神器の作成に取り掛かった。
そして武器の形を形成したところにヘンリーそのものを組み込んだ。
喜びはない。もう人としてのヘンリーはいない。できた神器は大鎌で鉱石の様に紫色が光る。
--この子をあいつらに渡すのか……。
そう思うと渡したくはない。あいつらにいいように使われて、酷使されていく息子を想像すると怒りが収まらない。
「何をしている。終わったのなら早くそれを渡せ」
大男が片腕を出し、神器を要求してくる。
「おま……わた……のか……」
「何と言った? 意味のないことなら抵抗せず渡せ」
「お前らなんかに息子を渡すものか!」
大鎌の神器で大男を切り捨てた。
やってしまった。もう逃れることはできない。ミッチェルは神器を抱え飛び出した。誰にも見つからず、こんな自分を受け入れてくれる場所に。
だがそんな場所はなかった。マスター・スミスとしての悪名が広まり過ぎていた。どこへ行っても戦争の被害を拡大させた張本人として責め立てられた。
神器がなければ、マスターなんて位がなければ今頃家族と幸せに過ごせたのだろうか。裕福ではなかったが食うに困らないほどに稼いでいたあの頃に戻りたい。そんな淡い想いがずっと駆け巡る。
「ノエル、ヘンリー、ルーサー、アビー。私はこれからどうすれば……」
雨が降る中、洞窟で打ちひしがれるミッチェル。味方のいない彼に心の余裕などない。
「神よ、なぜマスター・スミスなんてものを作った。なぜ、人を武器に組み込める。なぜ、人に悪魔を取り憑かせた。なぜ、これを見て何も思わない。なぜ、私を救ってくれないのだ。なぜ……」
人と神への不信感が湧き上がる。
「ヘンリー……?」
大鎌の神器が何かを伝えるかのように一瞬光った。これが何を伝えたいのかは分からない。ただ優しくも強い息子の言いたいことは何となくではあるがわかった。
ミッチェルは立ち止まるわけにはいかなかった。追手はすぐに来る。次は大勢だろう。
ここで死ねばヘンリーはただ利用されるだけの道具になる。それだけは避けねばならない。それをできるのはこの世で1人、ミッチェル・ソロモンだけだ。
遠くへ歩き続け、海を越え、さらに別大陸を渡り歩き、たどり着いたのは人口数十人程度の小さな村だった。
農家の人たちは汗をかきながら必死に仕事をしている。大変だというのにその顔は幸せに満ちていた。
子どもたちは元気に遊んでいる。悪いことを知らない無垢な子どもたちに幼い頃のヘンリー、ルーサー、アビゲイルを重ねる。
――あぁ、いいなぁ。ここは……。
「はて? 見かけない顔だがどなたかな?」
村を眺めていると話しかけられた。
「私はミッチェル・ソロモンと申します。無理を承知ではありますがこの村に住まわせて欲しい」
村長らしき老人に頭を下げた。
「と言ってもなぁ。空き家がないのだよ。住む家はどうする気だ?」
「小屋程度ならば自分で作れます。村の為に労働もします。私は鍛治師です。金属さえ手に入れば田畑を耕す鍬を金属製にすることもできます」
「はぁ。確かに労働してくれる分には構わないがなぜそこまでする。別にここでなくとも良いではないか」
「ここで農作業をする人たちを見て温かいと思いました。毎日大変なことも助け合うことで楽しみに変えている。そんな光景を見てここに住みたいと思った次第です」
突然で不躾なことは承知の上だ。ただ今は休みたい。そしてヘンリーに安住の地を与えたい。
「それなら構わない。村の人間を呼んでくるから待ってなさい」
しばらくしてぞろぞろと村人がやってきた。
「ここに住むことになったミッチェル・ソロモンだと言う男だ。突然だが仲良くしてやっておくれ」
当然だが村人には疑心暗鬼になる。訳もわからない人種も違う人間がやってきたのだ。疑うのは無理もない。
「ミッチェルだ。鍛治師だから金属加工は得意だ」
特に何もない感じだった。村人たちはすぐにどこかへ行ってしまった。
「仕方ないか……」
村人の信用を得るためにミッチェルの戦いが始まった。だが、家族のことを忘れたわけではない。近いうちに家族を連れてくることを目標にここでの居場所を作る。それこそ今、ミッチェルにとってやるべきことだった。




