4-10.『アイリ・エーヴェルト・ノート②』
まだアイリが幼少の頃の話。生まれは北の大陸、最西端に位置する国、その中のとても貧しい村出身だ。次の日食べる物があるかどうかわからないほどに貧しい。元々は不作からくる食糧難が始まりだ。
アイリの両親は決して仲は良くはなかった。毎日喧嘩で精神衛生上とても悪い。さらに精神的以外にも、家の中は常に虫が這い、床に寝っ転がる物なら次の日は身体中虫だらけなんてのはざらだった。
しかし、いつも喧嘩の絶えない両親が突然喧嘩をしなくなった。最初は仲直りしたと思った。しかし1週間もしない内にある男が家にやってきた。そう、今まさに双竜が戦っていたあの奴隷商人だ。来るや否やアイリの腕に枷を施し、服のネックを掴み、物のように家から引っりだし荷車に乗せた。親は自身の子どもであるアイリを売り、金に換えた。アイリはその後の両親の動向は知らない。
奴隷となったアイリは壮絶な人生の一端を歩むことになる。鞭打ちは当然、重い運搬物を運べない時には折檻をされ、次第に身体に跡が残り、一生消えない痣をこの時に付いてしまった。そしてこの奴隷商人たちがテイマーで、使い魔を使う時もあった。だからテイマーである人間がトラウマなのだった。
そんな数年経ったある日、他の奴隷達が暴徒と化し一帯に火が放たれ、建物は崩れていった。数々の人が苦しみながら死んでいく。同い年くらいの子、いつも同じ牢屋に入れられていた友達も皆バッタバッタと倒れていく。泣きじゃくれていると、ある老人がアイリを抱きその場から隠れながら脱走した。老人は南東に向け幼いアイリを連れながら歩いた。道中の魔獣は全て老人が倒してくれた。
老人はソーサラーでその力を使うたびに疲弊していくのだが、目的地に着いた瞬間、疲れ切った顔が無くなったかのように喜びの涙が出た。その目的地こそがヴェストフォル王国の王都。入城し、アイリは孤児院に引き取ってもらった。しかしあの老人は次の日に路上で死んでいることがわかった。アイリにもその事が知らされ、また大事な人の死を見送った。
北の大陸からここ王都までの道のりは決して短くない。徒歩なのだから当たり前だ。その間に芽生えた初めての感情は愛情。それを教えてくれたのが老人だった。食べ物をたくさん与えてくれる。面白い話をたくさんしてくれる。夜怖い時はあやしてくれた。やっとできた大切な繋がりが消え去ってしまった。だからこそアイリは大切な人、気に入った人を側に置くのは繋がりを消したくないことに帰結する。
その後アイリは孤児院にて自身がSSSランクだと知り当初冒険者になろうと夢見ていたが、王国からのスカウトで魔法師団に入ることになる。その時、苗字が無かったため付けた名前が『エーヴェルト・ノート』。かの老人の名前を苗字として借り今に至る。
◇
「こんな感じの人生を歩んできました。テイマーは私にとって忌むべきもの。もちろんテイマー自体が悪いとは思いませんがどうしても反射的にそうなってしまうんです」
魔法師団長の人生は壮絶なものだった。自分が思っていることよりもずっと。それでも彼女は強くなるために今まで苦労してきた。俺なんかよりも苦労したんだろう。
「それと、最初に言うべきだったことですが、助けに来てくれてありがとうございます」
「いえ。正直言うと三厳に言われるまで行こうともしなかった人間なんで、感謝なんて……」
「それでも来てくれた。そのことに感謝してるんです。帰って落ち着いたらミツヨシに褒美の1つくらいあげないといけませんね」
「多分泣いて喜ぶでしょうね」
「ミツヨシはいい子ですから」
そこから話は途切れ途切れになるものの、六連一刀流の話になると徐々に盛り上がり始めた。しかしそんな中、警備隊が遠くの方に見えた。
「ここからは仕事モードに入らんと。魔法師団長、立てますか?」
座る魔法師団長に手を差し伸べると、素直に手を取り立ち上がった。すると、
「その……魔法師団長と言うのはやめていただけませんか? あくまで肩書きですので……」
その言葉に少し驚いた。
「じゃあ、団長?」
「あなたの団長は別にいるでしょう」
「ん〜、旋風様?」
「……普通にアイリで構いません。私も双竜ではなくタクトと呼びますから」
少しふくれっ面で起こる魔法師団長。
「じゃあアイリさん……と」
アイリさんの名前を呼ぶと今まで見たことない微笑みの表情に、俺は目を逸らさざるを得なかった。多分今の自分の顔は人に見せれるものではないと思う。
警備隊の人たちと合流後は囚われた人たちの保護、主犯格の拘束、館全体の調査を行い、全て終わる頃にはもう日が暮れていた。
帰りはもちろん北と東を結んだ転送システムで一気に東の大陸に帰った。ずっと待っててくれた魔法師団員はアイリさんが帰ってくると歓喜の声を上げた。
帰りは魔動車でアイリさんと2人で帰路に着いた。しかし、待っていたのは三厳だけではなく、カンカンに怒っている俺の上司エドガーと少し呆れ気味の団長だった。そしてエドガーの足元には正座して待機している三厳を見るとかなり怒られたんだろうとわかる。加えて三厳レベルの幻術を見破った人間がいたということにもなる。
「双竜、何が言いたいかわかるよな?」
「は、はい……」
「お前には身勝手な行動と、俺たちを騙したことへの罰として減給と1ヶ月間の謹慎を命じ――」
「と、言うのは早計です。騎士団長」
団長の言葉を遮ったのはアイリさん。
「確かに双竜は集団においてのルールを破ったのは事実かもしれませんが、それ以上にこの者は人命を最優先した。それの何がいけないのか答えてください」
「人命より大切なことはない。だが、それは魔法師団であっても可能なことだ。わざわざ双竜が出しゃばる必要はない」
「なら今回、私の居場所を突き止めたのは誰ですか? 紛れもなく双竜です。恥ずかしながら我々の団は居場所を見つけることもできなかった。もしまだ私が見つかっていなかったら、他に囚われていた人たちは今頃どこかに買われていたでしょうね。私も含めて」
「……」
団長はある程度今回の事については知っている。例え他の大陸の出来事であっても奴隷となるかもしれない人たちを放っておくことはできない。それを阻止したのだから今回の厳罰は非常に判断し辛い。
「今回の件について、双竜の処遇は保留とする。陛下に判断していただいくまで謹慎処分とする」
団長とエドガーはその場を去って行った。とりあえず謹慎処分だけで済んだか……。
「ありがとうございます。アイリさん」
「助けてくれたのですからこれくらいは当然です」
「あれ? 先輩と姉さん、いつからそんな仲良くなったんすか?」
「そうですか?」
「えぇ、なんか姉さん、先輩といるのに顔の表情柔らかくなった気がします」
「そんな日もありますよ」
アイリさんはまた微笑みながら城へ向けて帰った。また三厳も後を追う。
数日後、俺は城内の私室にて謹慎を受けていた。その間、三厳や環、そしてアイリさんがお土産を持って来てくれて、話し相手にもなってくれた。それ以外の時は基本剣の手入れ、使い魔達との会話をして過ごしたが、ついに謹慎が解けその処分が下る。
『此度の騒動について。双竜に一切の行動に対し咎めぬこととする』
という羊紙が私室のドアポストに投函されていた。しっかりと国王の名前と印が押されている事を確認し、その瞬間扉から飛び出して精一杯の深呼吸をして外の空気を目一杯吸った。
ちなみになぜ三厳ほどの幻術使いがバレていたのか謹慎中に聞いてみると、使う瞬間を騎士団長に見られたからだそうだ。大した理由じゃないのがまたムカつくところだ。それはさて置き、今回の騒動はこれにて一件落着したのであった。




