3-8.『依頼No.3 黄昏の塔③』
塔の中に入ると初めて入った時とは何かが違う。侵入者に対する殺意なのかもしれない。それが全くと言っていいほど無い。
2階も同様で全く敵の気配がない。こんな気持ちが悪い内部は余計に悪寒が走る。
3階、幻覚魔法は今も健在で、緑が生い茂っている。ただ1、2階同様に敵が全くいないのだ。フロアボスの部屋も跡形もなく。そして3階と4階の途中。ここは俺とレオンが別れた場所だ。レオンが開け、俺が落とされた穴は完全に塞がっていて罅1つない。そこからはひたすらに階段を登った。
第5階層も6階層も下と全く同じだった。ただここからの階層はレオン1人で登ったことを考えるとレオンの状態が心配だ。
そしてついに階段を登り終え、そこにあった扉を開けた。錆び付き鈍い音を立てる扉を開け、目に映ったのは夕暮れの陽が差し込む大きな部屋、巨大な魔獣が骨と化した死骸。そしてその部屋の真ん中には1人、うつ伏せになりながら倒れている者がいた。
「レオーーーーーン!」
確認するまでもなくわかる。俺の師にして旅仲間のレオンハルトだ。俺はすぐに彼の下に駆け寄り、うつ伏せになっていた身体を起こし顔を見えるようにした。
その時、閉じていた瞼がゆっくりと開き手が俺の頬に触れた。
「タク……と……?」
「あぁ俺だよ、タクトだ。今治すから待っててくれ。ウィッチクラフト、早くレオンを治して」
ウィッチクラフトを出しレオンの治療をさせる。その間、レオンの弱々しい手を握り静かに見守った。
「タ……クト、怪我……大丈夫……か?」
「大丈夫。何とか戦えるまでは治ったよ」
「そう……か、よかっ……た。けどその目……、見えて……ねぇ……だ、ろ。だから……これ、お前……に……やる、よ」
レオンのもう片方の手から差し出されたのは人の目より大きな目だ。魔力で包まれていて鮮度が保たれている。
「それは……邪竜ニーズ……ヘッグの……目。そこにいる……デカブツの……目、だ。それを……お前の……目に、移植するん……だ。そうすれ……ば魔眼が開いて……見えるように……なる」
「あぁ、ありがとう。そうさせてもらうよ。だからもうこれ以上喋らないで。傷が深すぎるんだ」
レオンは俺の目をそらし、また俺の目を見た。呼吸しているのかどうかわからないほどの微量な呼吸をしている。話すのも精一杯で話す度呼吸が段々薄れていく。
「タク……ト、最後に……教え、る……こと……がある。どうすれ……ば、遠く……まで……行けるか……わかるか……?」
「そんなの努力すれば良い。この世界を生きるためにはそれしかないよ」
「努力……するだけじゃ……ダメ、だ。たまには……休憩……しろ。頑張って……その後に休んで、また頑張った奴……が、遠くに……行ける。だから……タクト。自分の……ペースで……いい。焦らなくて……いい。お前の……ペースで、お前に合う……やり方で、強くなれ。俺は……ずっと……見守ってる……から」
「レオン……?」
薄っすらと微笑み、開いていた目を閉じると俺の手の中にあったレオンの手がスルリと糸が解けるように抜け、地面にパタリと落ちた。
「レオン。おい、レオン。レオンってば!」
身体を揺らし語りかける。しかしレオンに反応はない。俺はウィッチクラフトの方を見て驚愕した。
「ウィッチクラフト! 何で、何でレオンを治療してないんだ!」
ウィッチクラフトのローブを荒く握り強く揺らした。怒りで頭の中はいっぱいだった。治療すれば何とかなると思っていたから。その治療をせずにただボッーと見ていた彼女に対し怒りがこみ上げた。しかしローブを掴んだ瞬間、カグツチがウィッチクラフトとの間に現れた。
「その手を離せ、主人よ。そのようなことをしても無駄だ。むしろこの場にいるレオンハルトに対し無礼と思わないか?」
「何だと……!」
「ウィッチクラフトも死人。死人のことは死人が1番よくわかっている。レオンハルトはもう死人も同然だったのだ。治療したとしても生存は望めないと判断し主人の魔力を温存するためにわざと回復魔法を使用しなかった。その彼女の気持ちが分からぬ主人ではあるまい」
カグツチの言葉に納得してしまった俺がいる。
この塔に入った時から頭によぎることがあった。塔の上から落とされる前にレオンが俺に言っていたことがずっと気がかりだった。もしかしたらレオンは自身の死に場所がここだと何となくわかっていたのかもしれない。
実際、側から見てもレオンの状態はかなり危ういものだった。しかしそれでも少しでも希望があるなら、また元気なレオンと旅がしたいと思った。
「主人よ、床を見るがいい。巨大な魔法陣がある。これは封印系だ。おそらくこの塔内部に魔獣が二度と出現しないように封印したのだ。しかもあそこにある邪竜を討伐してから。レオンハルトは邪竜と一騎打ちし何とか打ち勝ち、残り僅かな魔力を使いこの魔法を展開させた。これは出血死もあり得るが魔力の過剰欠乏による死なのかもしれん」
レオンは最後まであの村のためにこの偉業を成し遂げたということだ。自身の生存を投げ打ってまでこの西の大陸の最後の依頼をやってのけた。
「それに先程主人に渡した目。これは主人の目を憂慮し、邪竜から目を奪った。その目を移植さえすれば魔眼となって視力が回復するからだ。レオンハルトは村民だけでなく主人のことも考えていたのだ。そんな彼の目の前での荒事は如何なことかと」
カグツチが話し終えると瞼から筋を引いて涙が出てきた。もうレオンに会えないと思うと涙が止まらない。何度拭っても涙は流れ出てくる。声が喉から洩れ出て何度も息を詰まらせる。
真っ赤に染まっていた空は次第に黒く塗り替えていく。まだ少し残る夕陽の赤が山の向こう側に見えた。レオンを抱え村の教会まで連れて行き、明日葬儀を執り行う。
教会の椅子にバタンと勢いに乗せたまま倒れ込んだ。悲しさや切なさ、レオンが隣にいないことの違和感がひしひしと感じる。
――レオンがいない旅に何の意味があるのだろう。
と。レオンとの旅は長いものだった。レオンと一緒にいたから強くなれそうだった。レオンの笑顔と励ましが弱気な俺を奮い立たせてくれた。その存在が何よりも大きくかけがえのない人だ。
悲しみに暮れていると瞼が重くなり、意識も遠のき目の前が真っ暗になった。
目を瞑っていてもわかる朝日の眩しさ。窓から差し込む朝日はとても綺麗で新鮮だった。1日寝てある程度気持ちに整理がついた。悲しいことに変わりはないがそれでも前に進まなくてはそれこそレオンに何か言われるだろう。そのためにもまずやることがある。
「ウィッチクラフト。出てきて」
スッと彼女は出てきて俺の前に現れた。
「ごめん、君に美しいものを見せると言ったのにこんな無様な主人を許してほしい」
俺は彼女に頭を下げた。その場の勢いで憤り、彼女のローブを掴み、そして彼女に乱暴したことを謝罪しなければならない。これは俺のケジメの1つ。
ウィッチクラフトはほとんど話さないと分かっていても彼女からの許しがない限り俺は頭をあげるつもりはない。そんな時、
「それ……違う。美しい……ものは、煌びやかに、豪華なものだけ……にあら……ず。人は生き…….営み…….そして死んでいく。……喜びも……怒りも……楽しさも……悲しみも…………全て合わさり……初めて美しいものは……得られる。だから主様。私は初めて……怒る主様を……見てホッと……した。主様にも……憤りの心が……ある。それ……を感じれたことが……私の喜びで……あり、発見」
あのウィッチクラフトが話した。しかもはっきりと聞こえる声で。優しい声色をした彼女は俺の頬をそっと触れた。そしてそんな彼女の手を引っ張りぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう、ウィッチクラフト」
何度もありがとうと言った。許してくれたこともそうだが、何よりも彼女が俺の使い魔であること、そして使い魔達に恵まれていたこと。その全てに感謝の気持ちを込めて言った。
まだ昼になる前にレオンの葬儀ご執り行われた。と言っても俺と神父の2人だけの。西の大陸の風習に則り土葬によってレオンの身体は埋葬された。
「神父さん。お願いがあります」
「はい、何でしょうか?」
「この墓標変えることはできますか?」
「はぁ、可能ですが」
「できればレオンの名前をここに残したくないんだ」
「しかし、彼はこの村を救ってくれた恩人。その者に敬意を表するためにも名前は必須です。それに村の者もここに訪れ花を手向けるでしょう。そのためにも名前が無くては……」
「分かっています。ですが今後を考えてレオンの死を知られるわけにはいかないんです。村人はまだレオンの死を知らない。この後知られることになったとしても絶対に他言してほしくない」
「『雷鳴』は有名人。だからこそ死を外部に悟られるわけにはいかないと言うわけですか……。分かりました。では直ちに墓標を変更しましょう。……ですがせめて『ヘルトグロース』の名を送らせてほしい。この地域では英雄、偉大な人という意味を持ちます」
「それでお願いします」
今回の依頼主は村人代表であるこの神父だ。彼から村人に生涯他言無用の掟を結びレオンの死を誰1人として知られることはないだろう。それでいい。村人と俺だけが知る秘密。
葬儀を終え、神父は教会に戻り、幼い子ども達に絵本を読み聞かせている。その間この場には俺のみが墓跡の前で立っていた。
「レオンは言ったよな。ずっと見守ってるって。だから天国で見ててくれよ。俺が絶対に“マスター”になるところを。レオンが目指した極地に俺は登りつめてやる。そして誰よりも強くて、優しくて、レオンみたいな人間になるからさ」
レオンの墓跡の前で誓いを立てた。何の拘束も持たない口だけの誓い。けれど心の中で絶対に成し遂げてみせる覚悟と絶対に破らない意思をしっかりと自分の中で感じ取った。
そうだ。俺の物語はここから始まる。テイマー最強の座、マスターになるための物語を。
3章終了です。




