2-8.『昔日の思い出』
「そして僕、君は一条力と思ってるかもしれないけどそれは向こうでの名前。ここではリチャード・ダリア。そして今は大賢者ことマスター・ソーサラー。以後よろしく、拓人」
手を胸に当て堂々と自己紹介するいっちゃん。こんな姿向こうではあまり見られなかった。
「あれ、あんまり驚かない?」
「大賢者=マスター・ソーサラー。で、仁介さんから大賢者からの郵便物とか言われたら大体わかる。いっちゃんは大賢者でマスター。驚いたのはお前がダリアの苗字を名乗ってることくらい。多分これって王族の名前だろ?」
「そう。でも僕は名の無い一般民。正確には名を剥奪された死人かな。リチャードという名前すらも仮名に過ぎないから。話す前に君の身なりを何とかしようか」
いっちゃんは「ほい」と杖を振ると服が一新され和服とは異なり本格的な旅装になった。
いっちゃんの顔からはとても深い何かがあることを感じ取れた。いつも物分かりの良い優等生風じゃない。
「僕の本当の名前はシャルル・ライナス・オルドリッジ。ライナスは祖父の名前で、父はレナルド。この国の元官僚だった。けど父さんは国王に、有り体に言えば反逆したんだ。この国のおかしさをありのまま王に伝えた。今は温和な王様だけど3年前まではよく激怒する王でね。父さんの発言に憤りを感じ国家反逆罪で起訴された。父さんは母さんと僕を何とか逃した。その過程で秘密裏にアランの家族に手引きしてもらったんだ」
「まぁ、シャルルとは良き隣人で幼馴染っすから。死なれるとこっちも寂しいんす」
「逃げる道中は母が僕を警備部隊から少しでも距離を離せられるよう自ら囮になって死んだんだ。その後すぐに追ってが来たから、たまたま居た子鹿を殺して魔法で人の姿に変え偽装した」
「子鹿を人に?」
「物体の変換で無理やり変えるんだ。体重も大体同じくらいだったし。話を戻すけど、僕は顔割れしてなかったからその時容姿を僕とは違う名もない誰かに変えて。偽物に僕の名前入りのハンカチを持たせてね。死亡を偽装した。その後1人で彷徨っていると声が聞こえたんだ。『こっちだ』って。その声に従って行くと僕は向こうの世界にたどり着いた。これが日本に来るまでの話。どうだった?」
「どうって……何かあるなってことは分かってたけど思ったより壮絶だったんだな。どう言葉にすれば分からんけどまぁお疲れ」
「ふふっ、相変わらずボキャブラリーが乏しいね。それでも文系?」
「悪かったな少なくて。これでも頑張ってんだよ」
「あの、話終わったなら工房に戻っていいすか?」
「あぁ、ごめんアラン。戻っていいよ。わざわざ悪いね」
「いやいや、友のために呼ばれたならいつでも。あっ、タクト君。僕は言った通りメイカーだ。何か注文したいものがあるならいつでも承るっすから」
「それでは、また〜」と去っていったアラン。これでこの部屋には俺といっちゃんだけになった。
「そういや君、野球観戦はここに来るまで見続けていたの?」
「当たり前だろ。野球観戦は俺の生きがい。それを無くすってことはねぇよ」
「じゃあ弓道も?」
「もちろん。それに野球観戦と弓道は別だから。それに野球観戦の方が触れるのが早かったし。どっちが好きって言われると困るんだけど」
「相変わらずいつもの拓人だね、君は。だけどそんなやつと5年間も一緒だったと思えば案外悪くない。あの頃の生活は僕にとってかけがえないものだから。毎日が楽しくて、院長さんは優しいし、小6の担任は厳しかったなぁ」
院長さんとは、孤児院の責任者のことを指している。いっちゃんは向こうでは身元不明の孤児として引き取られていた。
「石川先生な。風の噂だと今は年で教師やってないんだとか。あの先生はほんとよくやったよ」
「そっか。石川先生は厳しかったけど嫌いにはなれないからなぁ。卒業式でも誰よりも泣いて、あの泣き顔は今でも忘れられないよ」
幾らでも出てくる思い出話。いっちゃんと別れたのはたった1年前だというのにもっと長い年月離れていたような感覚だ。
何だろう……。ここは異世界だというのにこの瞬間だけはただの相羽拓人と一条力のように、あの頃を思い出す。
「そういやタロウは? あいつ元気にしてる?」
「あぁ、タロウは相変わらずかな。そもそもここに来る前はタロウと観戦帰りだったし」
タロウとは小学生からの付き合いで同じく野球観戦仲間。この世界に来る直前の観戦で最寄りまで一緒だった奴だ。本名は力馬凛太朗。ニックネームはタロウだ。
「タロウも元気なんだね。タロウはあの神社とは真逆の方向で家遠くて呼ばなかったから少し心配だったんだ」
「学校では突然の転校という扱いになってるよ。まぁあいつしばらくの間不貞腐れてたけど」
「それは悪かったよ。あのタイミングでの帰還はこの国がもう僕らのことを忘れられてるからと思ったからなんだ。案の定、何も無かったかのような雰囲気だった。そして1年間の修行とアランのコネと神器のおかげでこうして大賢者まで上り詰めたんだ」
「神器? まさかその杖だったり?」
俺はいっちゃんが持つ杖を指差した。いっちゃんは杖に目をやり笑いながら「違う、違う」といった。
「僕の神器は……これさ」
魔法をかけて何やら体内から丸っこい水晶玉みたく透明感は一切ないのだが大きさはそれくらい。
「僕の神器は“叛逆の罪過 アトラス”と言って、能力は超パワーと触れた相手を石化。これは『世界の柱』とも言われている巨人アトラスの核を素材にできた神器なんだ」
いっちゃん曰く、遥か昔、人と巨人は共存関係だった。交わることはなかったがそれなりの友好関係を築いていた。しかしその関係を破壊したのが反人間共存主義の巨人アトラス。その巨人は3代目マスター・ソーサラーによって石化封印された。その後神々はその石化封印されたアトラスを神々がいる天界と人間が暮らす下界を繋ぐための柱にした。というのがいっちゃんの神器の元らしい。
「つまりこれは3代目が施した石化と巨人が持つパワーを併せ持った神器。あと追加で『世界の柱』ということで天界に自身の感覚を通して無限の魔力を得られたりもするんだ。つまり僕自身が『世界の柱』てこと」
「さらっとやばい能力説明すんな。てか何それ? チートなの? ぶっちゃけ無限の魔力の方が重要性大だろ。てかいきなりインフレ起こしすぎじゃね?」
「それはタクトが弱い人間しか見てこなかったからだよ。国を守る立場にいる人間とかは僕ほどではないけど大抵こんなもんさ。マスター・テイマーも僕とタイマン張れる強さを誇ってるよ」
マジですか……。もう唖然だわ、これ。そんな凄い人達がいるのか。それにマスター・テイマーがこいつと同格。
「拓人、見た感じあんまり知らなさそうだから先に言っとくけど、マスターにはそれぞれ権限が付いてくるんだ。ソーサラーは『無詠唱で魔法を放てる』、テイマーは『他人の使い魔を自身に宿せることとただの動物を魔獣化させる』こと。ただし、前者の力は相手の使い魔の了解が無いと出来ないけど」
「今ワザと強調したよな。使い魔の了解って。つまり使い魔の主人の許可は必要ないということか?」
「そう。マスター・テイマーの凶悪な部分と言っても過言じゃないね。使い魔を使えないテイマーなんて居る意味ないから。で、使い魔が裏切るかどうかなんだけど、過去の記録を見ると裏切っているのは主に悪魔種だったよ。悪魔種は不忠な性格に対し竜種は忠義に厚い性格をしているのが多い。だからほとんどのテイマーは竜種を求める。稀に悪魔種を好む人もいるけど少数派だから」
俺の使い魔の内2体は竜種。これは結果的に良い傾向なんだな。
その後スミスとメイカーについても教えてくれた。
スミスのマスター権限は破壊不可能な『神器』の作成。この世にある神器は全て歴代のマスター・スミスが作成したものだ。ただマスター・スミスに成れるのは1人。その人がどこの大陸に拠点を置いているかで大陸の環境が大幅に変わるらしい。
メイカーのマスター権限は『個人』で魔法道具の制作可能にすることと、A級までの魔法を使用できる。メイカー自体特殊なもので、マスターでない者は必ず隣にはソーサラーの人間がいる。通常はソーサラーが魔法を構築し、メイカーがその魔法に合う外枠を作り魔法をそれに納入する。メイカーは魔法道具そのものを作ること自体無理なのだ。しかしマスターになれば別であり、魔法も全て自分自身で構築し納入できる。
「メイカーはめんどくさい職なんだな」
「まぁね。こればっかりは仕方ないよ。だからメイカーたちはマスターになるため必死になって腕を磨いてる。その様ははっきり言って高校受験の受験生以上の集中力だから」
「あぁ、あん時はおかしいくらいやった記憶ある。地元の公立校偏差値高いからな。終わったら一気に頭から抜けたのも記憶にある」
その会話をして突然俺たちは黙り込んだ。なぜ途切れたかはわからない。会話をして突然止まるのはよくSNSであるだろう。まさしくそれだ。
「そういや何でいっちゃんの苗字ダリアなんだ。まだ聞いてなかったろ?」
「あぁ、そうだったね。シャルルとしての僕は死んだ。その後もう一度戸籍を作り直した時苗字無しで登録して、前任のマスターに勝ったはいいけど苗字無しの一般民が成し遂げたとなれば示しが付かないからダリアの国王の娘と結婚してダリア姓を得たんだ。簡単に言うと婿養子」
「いいの、それで。今は王様変わってるけどその人の父親はお前の親父さんを断罪した張本人。嫌じゃなかったのか?」
「現王の品格含めその他諸々は前王以上のもの。たとえ張本人の息子の家族に加わろうが僕は関係ない。だってシャルルは死んだんだから。それに妻はすごくいい女性でね。実は1人子どもを設ける予定なんだ。だから今と昔は関係ないよ」
「いっちゃんがそれでいいなら……」
「いいとも。僕も今の環境に満足しているから」
いっちゃんはいつものように笑った。本心からの満足だと言うことがわかった。何年も一緒にいたからこそ気づける思い。
いっちゃんの旅はここで終わった。これからは国民を守る盾として生きるから。それを告げるいっちゃんの顔は向こうにいた時よりも頼り甲斐のある凛々しい表情だった。