2-2.『かつて別れた親友』
人を初めて手にかけた。
人の死を間近で見た。
人を貫く感触を味わった。
今まで経験しなかったことを全て行った。例え相手がどんな悪であろうとも、自身がどんなに傷ついていたとしても他人を傷つけたり、勢いで殺すことはしてはならないと、小さい頃から父に教わっていた。
そうして育まれた17年間、自身の良心を汚さず保ってきた。
しかし今、異世界に来て、そして人生初の殺人を犯してしまった。ヤマタオロチに身体を乗っ取られていたが何となく覚えている。この誘拐犯たちを手にかけたのは自分だと。同時にそうあってほしくないとも思った。
相羽拓人の悲鳴で多くの誘拐犯された人たちや、ベルが目を覚めた。ベルは何があったのかすぐに察知し、魔法で縄を切り相羽拓人に駆け寄る。
「ねぇタクト、しっかり! 気をしっかり持って!」
相羽拓人は「俺じゃない」と小さな声で何回も反復している。それはこの殺人を自分でやったことを認めたくないから。本能的に自己防衛をしている。
後から駆けつけた他の冒険者は被害者たちを迅速に保護し町に送り返した。相羽拓人もその人たちと共に運ばれる。
ギルドにある寝室の端っこで未だ狂乱状態の相羽拓人はその日の夜もずっとうなされていた。誘拐犯は悪であるが、殺人という言葉と事実が相羽拓人の心を抉る。
次の日、ベルは拓人の部屋に入った。拓人の目は廃人そのものだ。夢も希望もない死んだ目をしている。
「タクト、そんな深く考える必要ないよ? 前も言ったけどこの世界は弱肉強食。生きる人は生きるし、死ぬ人は死ぬ。今回はあの誘拐犯は死ぬ運命だったんだよ。だからそんな気を落ち込ませる事ないよ」
「……」
「これは仕方がないこと。あの人たちは悪いことしたから天罰が下っただけで、タクトは本当に悪くない」
「…………」
聞こえているのかどうかわからない。
ベルはその日、ずっと拓人を慰め続けた。しかし拓人の傷は相当に深く、簡単に癒えることはなかった。
あれから2日経つ頃にはギルドの寝室で1人、引きこもってしまう事態になった。ベルや被害者たちは何度も扉を叩いた。返答はなく、無人の部屋の様だった。
日にちが変わった新夜、月明かりが地上をよく照らしている夜だった。
相羽拓人はやっと部屋から出た。扉を閉めギルドの廊下をおぼつかない足取りでゆっくりと歩く。まるで死を待っているかのようなゾンビのように、ゆっさゆっさと歩く。
向かった先はギルドの大広間。日中は沢山の人が集まる場所だ。そこに置いてある無料で飲める水をコップに注ぎ、一杯飲み干した。
「タクト……?」
突然そう呼ぶのはベルだ。誰もいない夜のギルドはよく響く。月明かりがベルの銀髪をほどよく照らし、そのほんの少しの眩さが拓人の感情を呼び覚ました。
「ベル……。何でここに……」
申し訳なさそうに目をそらす。
「実はさっきまでクエスト行ってたの。夜にしか現れない魔獣の討伐。大金あるけど私が個人的に使うのはちょっと忍びなくて。タクトが正気になるまでは自分でお金稼がないとと思ってね」
「そう……なんだ。普通に使ってもいいのに。意外と律儀なんだ」
「まぁ、今は1番気を使う時だから余計かな。立って話すのも何だし座らない?」
コップに注がれた水を今度は少しずつ飲みながら、ベルと話した。
「ごめんね。また私迷惑かけた」
「ベルのせいじゃないよ。逆に俺が同じ立場ならそうなってたと思う。……あの時さ、オロチに身体乗っ取られて自分で制御できなかったんだ。でも朧げに意識だけは内側にあって、それで覚醒したら辺り一面が血の海で、片手に心臓があって、それで……まぁ……びっくりして。多分オロチは俺を助けるために出てきた。けどやり方があまりにも残酷過ぎた。魔獣も血は出るけどその辺にいる虫と同じ感覚。人の血をあそこまで見たのは初めてで……」
「タクトに掛ける言葉間違ってた。タクトって根っからの善人なんだね。私も含めてこの世界の住人はどこかそういう道徳的観念が抜けてる。弱肉強食だから、運が悪いから、死んでしまうのは運命だから仕方ないって感じで。タクトみたいな人に出会わないからその人の気持ちもわからない。だから自分たちの固定された観念で説得する。今回でわかった。私はタクトみたいに“善人”じゃないんだって」
ベルは落ち込みながらコップの水に映る自分を見ながら言った。
「だから私も“善人”になろうと思う。人が簡単に死ぬこの世界の在り方をちょっとでも考えてみる。……ってこれじゃああいつみたいだなぁ」
「あいつ……?」
「私の幼馴染だよ。私なんかよりもずっと強くてマスターになるんだっていつも言ってた。私もマスターになって少しでも世界のこと変えたい。まずは強くなって色んなことを教えられるようになる。そうすれば次の子どもたちが旅をする前に先生として色んなことを教えて変えていく。そうやって続いていけばいつか“善人”がこの世界に産まれるはず。ここに来る異世界人たちも安心して冒険できる。またタクトみたいに悲しくさせたくないから。私、誓うよ」
「俺はまだマスターとか考えられないけど応援する。あとごめん。心配かけた。ベルと話して心が落ち着いたよ」
「なら良かった。明日からダリア王国向かう?」
「そうしよ。向こうも待ってるだろうし」
「決定だね。行く前にやりたいことあるからちょっと付き合って」
その日、相羽拓人は1つの安らぎを得た。自身のやったことは許されない。それでも一緒になって聞いてくれる友を得た。
明朝、ベルに連れられてきた場所は教会だった。小さな町にあるようなもののためそんな良い造りとは言い難いが中はしっかりとした教会だ。
「ここは世界で1番布教されてる“エヴァルト教”という宗教の教会で、5代目マスター・ソーサラー、ローラント・エヴァルトという人が祀り上げられてるの。当時の行いが悪だったけれど、時代が進みその行動を見直すと彼の行動は英雄的だった。5代目の死後も彼の弟子たちが教えを布教し始めて今に至るの」
そう説明しながらベルはその教会の司祭から何かをもらい、それをそのまま渡してくれた。
「これはロザリオ。5代目が死刑にされた時が磔の刑で、この宗教のシンボルでもあるの。これに祈りを捧げて誓いを立てる。もし破れば報いを受けることになるから気をつけてね。まぁこれ、魔法道具の一種なんだけど」
「何か俺がいた世界と似たような話はどこにでもあるんだな」
「へぇ、そっちにもあるの?」
「まぁね。俺はそこの教徒じゃないけど確かかなりの信者数がいたはず」
話し終えるとお互い祈りを捧げ、誓いを立てた。
――1人は不殺を誓う。
――もう1人は世界の変革を誓う。
「これで私たちは今誓ったことを破れない。私の場合死ぬ直前に発動する」
「俺は人を殺めた瞬間。ベルは何か途方もない誓いな気がする」
「そうかもね。でもやる価値はある」
2人の冒険は一度終わり、また新たな冒険への幕開けとなった。
◇
ダリア王国とは、近年稀に見る近代国家に成長し、東の大陸では一番の先進国となった。もう1つの特徴は王国と付くように封建制度なのだが、国王と同じレベルの権限を持つ存在がある。それを『大賢者』と呼び、国王の補佐と同時に政治家であり、国を治める立場にある。
「と、けっこう変わった国なんだな。国王と同じ権限持ってる存在がある時点で封建制と呼べるかどうかはわからないけどまぁ君主がいるから一応封建制なのかな?」
「同じ権限持ってるけど、基本的に国王の方が上だよ。それと大賢者はマスター・ソーサラーのことを指して、国王と違って血統とか関係ないからダリア王国では国王が上。ちなみにその下の役職に賢者があって、大体賢者の人が次のマスターになってるの。でも今の大賢者は元賢者じゃなくてただの一般民から成り上がった人で、当時はかなり騒がれてた。私の村にまで届いてたもん」
「ということは凄い才能と実力を持った真の強者って訳だ。今からそんな人と会うのか。ふぅ……緊張してきた」
「噂では気さくな人らしいからそんな緊張するほどでもないと思うけど」
気さくな人ならありがたいけど、やっぱり緊張する。なんだって全ソーサラーの頂点に会うんだ。緊張しないわけない。
数日かけてダリア王国に到着した。俺はその光景に2重の意味で驚愕した。まず1つは建物自体は西洋風で人も欧州人のように鼻高で目の堀が深い。そしてそこの住人は何か耳に何か見覚えのある四角い箱当てている。2つ目は何やら街中に色んな装飾が成されていること。イメージは中世ヨーロッパ風とか思ってたけど違う。紛れもなく現代のヨーロッパだ。衛生的で道が綺麗に舗装されている。ビルとか高い建物はないが間違いない。
魔動車から降り、荷物(大量のお金とその他)を手に街中を歩いた。人はちらほらいるが聞いていた雰囲気とちょっと違う。
「あっ! そうか。今日国王誕生祭だ。すっかり忘れてた」
おいおいダリア国民。肝心な記念日忘れんな。
「だから人が少ないのか。てことは人はあの遠くに見えるお城付近に集まってる感じ?」
「うん。色んな店が中央に集中して食べ歩きとかできるんだ。ちょっと値段張るけどかなり美味しいよ」
日本でいうところの地方のお祭りの拡大版かな。屋台とか沢山あるんだろう。お祭りは好きだからかなり気になる。
「じゃあ、一応向かうだけ向かってみる? 多分今こんな感じだから門前払いされそうだけど」
「そうだね。遠くからでも王様のお顔くらい見ないと」
お城に近い街、中央部はかなりの賑わい。ベルに話しかけても周りの声でかき消されるほど。今はまだ王様は出てこない時間帯で、昼過ぎになると城のバルコニーから国王一家が姿を見せる。という流れらしい。ギルドもこの中央部にあり、どこも満室で荷物が置けない状況だ。こんな多額の資金を持ち歩く輩はいないから目立つこと目立つこと。
昼食を食べていると、音楽が流れ始めた。その音を聴くとベルが俺の手を引き、急いで城の近くまで走った。理由はより近くで国王一家のお顔を見るためだろうだ。
国王一家がついに姿を現した。人々は手を上げて振る。俺も真似をして振っていると、国王の左側三番目。明らかに違和感のある服装の人物がいた。国王とその王妃、そしてその子どもたちは皆赤を基調とした服を装っているがその人物だけ、ギリシャの神々が着てそうな肩から布をかけるラフな格好をしている。ベルも周りもあまり気にしてない。あの違和感に気づかないのか?
「ウィッチクラフト、あの違和感に対してズームインして」
親指と人差し指の先を丸く繋げ、指を望遠鏡にしてあの違和感を見た。手に持っていた昼食の残りを地面に落としてしまった。間違えるはずない。あれは1年前あの鳥居を通り消え去った一条力その人なのだから。




