2-1.『汚れた手は戻らない』
ベルがテイマーに関して色々詳しいのは友達から沢山聞いて覚えたと言う。その友達もベルと同じくソーサラーらしいが、どうやら全ての職の知識があり、聡明で、時にお茶目で頼りない。けれどもいざ戦いとなればとてつもなく強い。そんな男だそうだ。ちなみにSランカー。
帝の眼、“魔眼”についても聞いてみると魔眼は『不意に眼を失った場合』のみ可能らしく、新たな眼はS級魔獣の眼に限る。帝の場合、回復魔法の実験中、本来ならばあってはならない過程に踏み込んだために両目を失うこととなった。そう言った風に意図せぬ事態にのみ魔眼は完成する。ただしS級魔獣の眼が手に入ればだが。
大金を得たので魔動車を借り、ダリア王国へ向かう。アシハラノクニからダリア王国は遠い。そのため1日で着く距離ではない。その途中、とある町である事件が起きていた。
端的に言えば誘拐事件。年齢は9歳から20歳までの男女問わず合計10人が誘拐されていた。そこにいた何人かの冒険者も捜査に当たっていた。もちろん警備隊も。そして俺たちも声を掛けられ町周辺を捜索している。
「タクト見て。跡があるよ」
「これは蹄と車輪の跡かな? 俺はよくわかってないんだけどさ、魔動車は一般的なの? それとも馬車を使う割合の方が高いの?」
「馬車の方が一般的かな」
「ついでにもう1つ、商人の可能性は?」
「向かってる方向が森だから商人の可能性はないと思う。地図によれば確かこの先の森は馬車が1つ通れるくらいの道しかないし、商人にとって森はとっても非効率的すぎるんだ。商人なら迂回してでも森には通らない。魔獣も多いし襲われたら商いができなくなるし。護衛として腕利きの冒険者をそう何回も呼べるとは限らないし」
「じゃあ可能性ありか。それなら向かってみる? 馬車で10人も誘拐してるからもしかしたら整理のために森の中に居座ってる可能性もあるけど。せめて他の冒険者を呼んでからにしよう」
「うん。その方がいいね」
数人の冒険者を呼んできて事情を説明し、蹄と車輪の跡を頼りに当たってみることとなった。
森には確かに馬車が1つ通れるだけの道が舗装されている。森は魔獣の宝庫だ。こんな所通る商人はまずいないだろう。この蹄と車輪の跡も最近できたばかりのものだ。確証はまだないが可能性はかなり高い。
ここからは3手に分かれて各々探すことになった。剣を手にし、あたりを見渡す。太陽の光すら遮るほどの深い森で少し薄暗い。魔獣のキーキーという甲高い鳴き声が聞こえてくる。
歩いていると遠くの方から男の声が聞こえてくる。静かに近づいてバレないようのぞいてみるといた。10人の誘拐された人たちと8人の誘拐犯たちもいる。予想通り荷物整理をしていた。
「おい、お前たち! 商品を片付けんじゃねぇよ。舌噛むようだったら猿轡をつけろ! 商品に何かあったら売れねぇだろうが!」
「へい、お頭!」
手際よく整理している。あの仕切っている男がお頭って奴か。
ここで別れた他の冒険者と合流しては時間がない。ならここで仕掛けて助けなければ逃げられる。ベルに合図して誘拐犯に姿を晒した。
「そこまでだ誘拐犯!」
誘拐犯たちは驚いて急いで誘拐された人たちを物のように馬車に詰め込んだ。
「行かせるか! ベル、援護!」
「うん! エア<レート>エンハンスメント!」
風属性の補助系魔法、速度上昇。馬車の車輪にさえ壊してしまえば動かせない。剣を振り上げ、車輪を壊そうとした瞬間、
「ダーク<ベンド>!
剣は突然曲がり斬り損ねた。
「ダーク・ショット>!」
誘拐犯の1人からの闇属性の攻撃。銃弾のような形の攻撃は貫通力はないものの俺を茂みの中まで吹っ飛ばした。ウィッチクラフトの痛覚麻痺のお陰で痛くはない。
「ダーク<キャプチャ>!」
誘拐犯の手から紫色の鞭状のものがベル目掛けて飛んできた。ベルも応戦するも、相手の方が一手上手だった。鞭状のものが何分割にも分かれ、その1つがベルに巻きついた。そしてそのままベルを連れ去った
「ウィッチクラフト、あいつらを追いかけろ! 俺も後から追いかけるから!」
武装していた彼女を分離させ、誘拐犯たちの追跡に行かせた。
「来い、オロチ」
ウィッチクラフトが居なくなったことで空きになった指輪にオロチを武装させ走って追いかけた。
彼女が木に目印をつけてくれているからわかりやすい。目印を頼りに息を切らしながらも走った。そしてウィッチクラフトがこちらに戻ってきた。
「はぁはぁ、ありがとう……。ベルのいる所に案内してくれ。……あと回復の魔法と」
彼女の魔法のお陰で切れていた息が落ち着いた。
案内されたのは洞窟。そこから少し離れた茂みで隠れて様子を見ていた。
「ここ平坦な森じゃないんだな」
鞄の中から地図を取り出した。
「国と国の境にあって山と森が一体化してる。それにダリア王国とは真逆の方向か……何とかしたいけど、これって多分罠……だよな」
洞窟に逃げた時点でその可能性は大いにある。冒険者を呼ぼうにもどこにいるかわからないし、今大声では叫ぶのは愚策だ。時間はあまりない。
1番危惧していることは人数差だ。1人対8人、こちらはS級のオロチを有しているがまだ完璧に使いこなせてない。ウィッチクラフトを主軸にしたいがベルの役割をしてもらう必要がある。心許ないがサンフレイムを主軸にするしかない。
「時間ないから行こう。ウィッチクラフト、念のため気配遮断と暗視をお願い」
彼女に魔法をかけてもらって、洞窟に足を踏み入れた。奥からの声が洞窟中に響いている。
オロチ戦で自信が付いたといえど緊張する。
暗視でよく見える。奥に沢山の人影がある。この洞窟は人の手で掘られた一本道だ。気配遮断していても結局は正面突破と大差ない。
「へっ、来やがったな。気配遮断しても意味ねーってのにバカなやつだな。それにこっちは8人だぜ? 分かってんのに来るとかバカのやることだ!」
内4人が剣を片手に襲いかかってきた。狭い洞窟の中ウィッチクラフトとオロチの水で防壁を作り何とか凌ぎきる。
「兄者、ここは俺っちに任せてくれ。闇貫撃ダーク<ショット>スルー!」
さっきの銃弾型の魔法を放ってきた。
「オロチ、水の壁!」
オロチが作る壁でさえもその魔法は無理やり貫通してくる。間一髪で避け、すかさず攻撃を仕掛ける。
「ウィッチクラフト! 火と雷!」
後方支援である彼女からの火と雷が剣に帯び、サンフレイムで火力を上げ、斬りつける。しかし、
「ダーク<リベンジ>!」
確かに攻撃したはずなのになぜか無傷だ。
「おら! 返してやんよ!」
ソーサラーの誘拐犯の攻撃を喰らった。しかも腹にもろに喰らった。痛覚はないが感覚はある。腹に思いっきり殴打された感覚だ。余りの強さに嘔吐してしまい咳が止まらない。これは人の拳では到底不可能な一撃だった。
「ふはははっ! お前、魔法のことなんっもわかってねぇなぁ! 警戒もなくホイホイやってくるとか餌やった虫かよ!」
気味の悪い笑い声が洞窟の中に響き渡る。
『やかましい人間どもだ』
突然声が聞こえた。オロチの声だ。誘拐犯たちには聞こえていない。
身体に悪寒が走った。これは経験がない。やばい、意識が飛びそうだ……。
「ギャーギャーやかましい、人間!」
スッと指を向けると指先から水の針が誘拐犯の1人に向かって発射された。それは脳天に直撃し、さらに貫通して血が吹き出て静かに倒れる。
「おめぇ、何もんだ。さっきのガキじゃねぇのはわかる」
「人間風情に我が名を教えるとでも? 頭が高いぞ」
「おめぇこそ人間だろうが」
「姿形はな。我のマスターが些か不甲斐なさすぎて出張ったまでのことよ。安心するがよい。お前たち虫けらは我に喰われる。女でないのが残念だが今日は我慢してやろうぞ」
「ダーク<エッジ>スルー!」
闇属性の刃が飛んでくる。しかしそんなこと諸共せず素手で掴み誘拐犯に返した。そしてそれは首元を綺麗に斬り裂いた。
「これで面倒なソーサラーいないな。あとは雑魚6人。ん? かかって来ても構わんぞ。この我が手を抜いてやる」
「ふざけやがってぇぇ!」
「愚策よな。2本」
左手から竜の首を模した水柱が2本現れ、襲いかかって来た1人と後ろにいたもう1人を食い破った。
「さっきまでお高くとまっていた連中が、一気に青ざめて戦意を失うその姿。実に無様、そして滑稽だ! さすが人間! これだから人喰いはやめられん!」
洞窟に汚い笑い声と目覚めた誘拐された人たちの悲鳴が共鳴する。
「あと4人、1番後ろにいるのが首領か? なら3本」
さっきと同じように水の竜が食い破る。今度は誘拐犯の悲鳴や断末魔と汚い笑い声が共鳴する。
「最高だ。あぁ最高だ。女を食うくらいにな。その悲鳴、そしてその表情。我の欲を満たしていくぞ。……さて、首領よ。最後に言うことはあるか? 悲鳴でも子どものように泣き喚いでも良い。我の耳は今絶頂している。これほどに心地よいものはないくらいにな」
徐々に首領に近づいていく。首領は後退る。そして首領はとうとう洞窟の壁に来てしまい逃げ場が無くなった。
「言うことは無いのだな」
首領はすでに恐怖のあまり声が出ない。口をパクパクとさせているだけで声がない。ズボンもびしょ濡れで地面には水たまりができている。
「汚いやつよのぅ。ーー死ね」
右手が首領の左胸の中に埋まり、引き抜いた手には血が滴る心臓があった。それを高く持ち上げ行儀悪く食べようとすると身体に違和感が走った。
「小便臭そうな心臓だがこれでも腹の足しくらいにはなるか」
心臓を口に入れそうとした瞬間だった。
「ぐぅぅ! ウィッチクラフトよ。我の食事を邪魔するか……!」
「………………」
「仕方なし。許す。此度は楽しめた。今日はこれで収まるとしよう」
邪気は消え去った。気が付きあたりを見ると血だらけの洞窟。そして手には心臓。足元には左胸がポッカリ空いた人がぶっ倒れている。
「俺が……やった、のか?」
段々と息が荒くなる。何となく覚えている。誘拐された人たちがこちらを殺人者のように見ている。
「――れが、俺が、俺が……あ、あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
洞窟中が1人の悲鳴で埋め尽くす。
今日、相羽拓人は人生初の殺人を犯してしまった。




