1-10.『帝』
オロチをテイムした。アシハラノクニの500年の呪いは今日ここに完全消滅したのだった。大瀑布が歓喜に包まれる。泣き崩れている者、踊っている者、嬉しさのあまり気絶した者など沢山の人の声がここに包まれている。
俺は緊張状態から解け、力が抜け立つことができなくなっている。
「おおぉぉ! 拓人様〜! 拓人様〜!」
「ちょっ! 左大臣殿!? 鼻水吹いてください。汚い!」
左大臣が泣きながら、鼻水を垂らしながら抱きついてくる。気持ちは分からないでもないがそれでも汚い。
「お疲れさん」
「景綱さん……。ありがとうございます。あなたのお陰で何とかなりました」
「いいや、俺は何もしてねぇよ。軍師として呼ばれたが軍師らしいこともなしてねぇ。そもそも軍師ってのは大量の人の動きを予測する奴のこと言うし、今回は軍師としてじゃなく観察者として助言しただけだ」
「謙遜ですね」
「まさか。俺はお上の前以外では謙遜なんてしねぇよ」
本人はそう言っているが間違いなく今回は景綱さんのお陰だと思っている。この人の使い魔がオロチの首4本相手してくれなかったら前回同様負けていた。それに景綱さんの指示があったから動けた。やはりここに連れてきて正解だった。
一度ギルドに帰り、風呂に入って一服していると使者の人が来て、ぜひ宮中に来て欲しいと伝達があった。ベルは喜びながらもどこか平然としているが、俺からしたらそれはかなり異例ではないのかと疑問を禁じ得ない。しかし帝が会いたいとそう仰るのであればもちろん無下にはできない。いやしてはならない。
宮中は外と違い厳かで、庭木や岩の配置苔に至るまで全て計算されたかのような美しさを醸し出している。
「どうぞこちらへ」とベルと別々の部屋に案内された途端、何の予告なしに服を脱がされ淡々と礼服に着替えさせられた。そしてされるがまま、気がつけば畳の上で正座していた。
「ねぇタクト、何があるんだろ?」
「帝からの賛辞、じゃないかな。俺も初めてだしよくわからん。てかそもそも帝という立場なら一般人と会う事自体ありえないんだけど」
「そうなんだ。外国なら武功を挙げたら王様から勲章もらったりするけど……?」
「そこは国によるけど。多分ここでは帝は神聖な存在だから一般人の目に入ることはないはず。勲章とかは左大臣、右大臣かそれより下の人間が行うと思うんだけど……」
全く読めない。
正座し始めてどれだけ経っただろう。ベルの足が痺れてきたのかもぞもぞしてる。
「辛いなら帝が来られるまで崩してても大丈夫だと思うよ」
「ありがとう。でもここまで来たし少し我慢する。タクトは慣れてるね」
「まぁそういう暮らしだったし。それでも痺れることは痺れる」
「ベル様、拓人様。お上がいらっしゃいます。ご静粛に」
突然臣下の人がやってきた。もうそろそろか……。
木の床からすり足の音が聞こえてくる。ゆっくりと上品な音だ。帝と思われるお方は少しだけある段差を登り、スッと一切の音を立てず座られる。俺たちは周りの人に習い深々と頭を下げる。
「して、そなたらがヤマタオロチを討伐した者か?」
「はい、相羽拓人ならびにベル。此度の戦いにてヤマタオロチを討伐せし者らでございまする」
そう言うのは左大臣。
「ふむ、そうか。ならこの簾を上げろ。この者らの顔をよく見たい」
「しかしそれは……」
「余が許す。父上や歴代の帝はどうかは知らぬが余はそこにいる勇者たちを見たい。早く上げろ」
「はっ」
御簾が人の手によって段々と上に上がっていく。そしてお上の足元が目に入り、最後にはそのご尊顔を拝見……。てかイケメン! ジャパニーズビューティ! いや、アシハラビューティか? とにかく男の俺でさえ見入ってしまうほどだ。
「ふむ。1人はこの国の者、もう1人はどこから来たのだ?」
帝がそのように言われた。
「わっ、わたしはダリア王国領の端に位置する村の者で……」
「ダリア王国か。懐かしいな。余が留学していた国だ。ベルよ。お前には姓が無いのか?」
「私は村の平民で、名乗るほどの姓はありません」
「ふむ、それは気の毒だ。おい左大臣」
「ここに」
「今から例のものを取ってこい。特別に入室を許す」
「かしこまりました」
左大臣が急ぎ足で何かを取りに行った。少しすれば戻ってきた。
「ベルよ、そなたに名をやろう。ヤマタオロチを討伐したというのに姓無しではな。ふむ、どれが良いか」
薄めの本を次々にめくるお上。姓を与えるというのだから、それに関連したものだろうけど。
「これが良いな。ベル、そなたには『クロンヘイム』という姓をやる。これからはベル・クロンヘイムと名乗るがいい。そしてその名は相羽拓人同様、この国を救った勇者として残すことになる。その名に恥じぬ行いをこれからも精進するといい」
「あっ、ありがとうございます」
アシハラノクニのトップが他国の人間であるベルに対して苗字を与えた。とても意外な光景で少し驚いた。
「陛下、失礼ながらこの相羽拓人に、発言する機会をお与えください」
「よい、許す」
「その書物は何でございましょうか?」
少し気になったので恐れながら聞いてみる。
「これは余がダリア王国に留学した際、趣味で作ったダリア人の苗字録。留学で初めて外の世界に触れてな。違う文化や歴史に興味が湧いて、民間人に片っ端から苗字を聞いて記録したのだ。他にも食文化を記した書、庶民がする遊びなど様々なことを記録した。そういうお前の苗字である“相羽”は余も初めて聞きた。藪椿から来たと知らせがあるのだが、あそこではよくある名なのか?」
「おそらく私だけかと。両親や親族はもう……」
そもそもこの国の人間じゃないのでとか言えない。
「嘘だな」
「!?」
今なんて……? いや、ありえない。俺の正体がバレるはずない。容姿も名前もこの国の人に近いんだ。そんなはずあるわけない。
「左大臣、右大臣。少し3人で話すことがある。席を外せ」
「かしこまりました。何かありましたらすぐに駆けつけまする」
左大臣、右大臣は音を立てず席を外した。
「さて、人もいなくなった。これで存分に話せるな。相羽拓人よ、もう一度言う。お前が口にしたことは嘘だ。なぜ分かるのかって顔をしておるな? 余の眼は魔眼だ」
魔眼……。何かしら眼に特殊な力があるっていうやつだろうか。
「今の反応でお前が誰なのかわかったぞ。お主異世界の住人だな? それもごく最近来た……、な」
「なぜそう思われるのでしょうか」
「余の魔眼の力は虚実を見破ること。嘘ならば眼が反応し、真ならば反応せん。ダリア王国に留学した際、魔法の実験でヘマをしてな。片目失ったのだ。王国側としては一国の皇太子が眼を失ったと聞かされて慌てふためいて、後日新たな眼を移植した。これは左大臣や右大臣おろか、亡き父上も知らぬのだ」
そういうことか。ならあまり隠す必要はない。
「ベル、ごめん。今まで隠してたこと」
俺は最初にそう言った。
「陛下がおっしゃった通り、私の発言に嘘があります。私の出身地は日本。来訪したのは数週間前。こことは別の世界であり、裏側の様な場所でございます」
「なるほどな。という事はあの浮島を通って最近来たのか。別に隠す必要はない。実際異世界人を利用し国を盛り立てている所もある。異世界人は国の貴族やそれに近しい存在なら意外と知られているのだ。我々が知らない技術、知識を有しておるのでな。その例でいくと近年ではダリア王国がかつてないほどの発展ぶりを見せておる。冒険者ならば一度行ってみるといい。国王と大賢者に文を出しておこう」
一部ではあるけれど、異世界人の存在は知られてるんだ。あんまり隠す必要もなかったってわけね。
その後俺たちは帝と共に色んなことを話した。とても気がよく、思っていた人柄と違い、何となくだが親近感と実家の安心感の両方を味わった。
そして次の日。俺たちはまた冒険に出かけるため、国を張っている結界の出入り口まで、帝と左大臣、その他臣下の人たちと景綱さんが送りに来てくれた。帝は本来外には出ないらしいが、今回は帝のわがままで、お忍びでここまで来ている。
「拓人、昨日頼まれていたオロチの尾から出たものを素材に使った。これからはこれを使うといい」
茶袋から取り出されたのは刀ではなく、よくある西洋風の剣。見るものを圧倒するほどの煌びやかさに加え白銀色の刀身がまるで生きているかの様なリアルな質感。
「本来なら刀でもよかったのだが、長旅をするなら研ぐ回数が少なく、割と雑に使えるこっちの方が良いと思ってな、刀にはしなかったのだ。本当ならあいつに打たせたかったのがな」
「あいつ?」
「あぁ、この国の一番の名工だ。しかし突然何の前触れもなく出走してな、今どこにいるかわからぬのだ。名を朝比奈 凛と言う。冒険していると会えるかもしれん」
「この国意外と問題多いですね。でも良い剣に違いはありません。ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
「うむ。そしてベル。お前にはこれをやる。素材は600年物でな。この国が保有する数少ないレアものだ」
ベルがもらったものはソーサラーらしく杖。ではなく見た目ただのローブの様だが。
「このような物をいただいてもよろしいのですか?」
「良い、余は寛大ゆえな。そのぐらいの出費などオロチ退治の方が釣りがくる。それは余がダリア王国で研究していた議題の完成形だ。羽織るだけで傷口がみるみると治る代物で素材の力も有する、いわば“ダブルエフェクト”よ。魔法使いのみ使用可能だ」
普段英語使わないのにこんな時に限って使ってきた。お茶目な帝なことだ。
そしてこのオロチ退治の一番の目的である多額の報酬が俺たちの目の前にドサっと渡された。まぁこの内の4割は無くなるんだけど。
「景綱さん。約束の4割分です」
「おっ、あんがとな。だけど俺はこれだけで良い」
4割分の金貨が入った袋に手を突っ込み取り出したのはたったの一枚。
「良い就職先見つけてな。これからはそっちに世話なるからそんなに金はいらねぇんだわ」
「もしかして学者ですか?」
「まぁな。ただの学者じゃなくて国家機関の一つに歴史を調べる所があってな。左大臣に今回の報酬に無理やり就かせてくれる様働きかけたんだ」
猟銃片手に脅してなきゃいいけど……。
帰りは何と山を登る必要はなくアシハラノクニのソーサラーたちが魔法で山の向こう側に転移させてくれた。
「終わったなぁ。でも何となく自信湧いてきた」
「私も。それよりタクト? 私のこと騙してだなんてね。知らなかったよ」
「ごめん。まさかここまで知られてるとは思わなくてさ」
「私も友達から少し聞いただけで、ちゃんと見たことあったわけじゃないから噂程度としか思ってなかったけど、タクトがまさかね」
「まぁね。それより友達いたんだ」
「なんか私が友達なしみたいな感じなんだけど。まぁあれだよ、その友達とは途中まで一緒だったんだけど、私の都合で別れたんだ。そいつ強すぎるから私のためにならないなって思って」
「いるよねそんな奴1人くらいは」
自分も似たような経験がある。もちろん向こうでだけど。
さて、次に向かうはダリア王国。帝曰く、異世界人のお陰でかなり技術が上がっているようなのでその異世界人に会う目的で行くことにした。けれど行く道中あんなことになるなんて思いもせずに。
第1章完結です。




