1-9.『再戦 ヤマタオロチ』
報酬額の4割の譲渡を条件にアシハラノクニの軍師有馬景綱さんに手伝ってくれることになった。内容は後方支援と指示役。国が認めるほどの人材だ。今度こそ討伐してやる。
「拓人、オロチ戦において痛覚麻痺の魔法かけておけよ。緩和の加護があっても対処しきれねぇと思うから」
「痛覚麻痺?」
「光属性魔法の1つだ。内容は読んで字の如く。お前の使い魔について聞いて思ったんだが、そのウィッチクラフトはかなり有用だ。そいつは攻撃型というより支援型だ。だからそういうのもっと使っていけよ」
「なるほど。緩和の加護ないからかなり痛いけど、そんな魔法あるんだ。知らなかった」
「お前、加護無しなのか?」
「はい」
「変わった奴もいるもんだな。そんな奴見たことも聞いたこともねぇよ」
「あはは、自分でもよくわかってないんです」
向こう側出身だから無いだけなんだろうけど。この世界の住人からしたら俺は異質なのは間違いないな。
夜、やっとの思いでベルや左大臣のいるアシハラノクニの首都、『秋瑞穂』に到着。足も体もふらふらだ。けれど景綱さんはピンピンしてる。この世界の人間は足腰が強すぎる。
詰所に入るとベルがお出迎えしてくれた。これまでの経緯を説明して理解に至った。
次の日。オロチに対して再戦する日だ。今回は頼もしい味方もたくさん増え、いざ大瀑布へ。しかしそんな行き道はとても不穏な空気をダダ漏れで余計に不安を感じることに。
「景綱! お前は軍師というのになぜ辞めようとしておる! 公が嘆いておられるのだ。少しは良きように計らえんのか!」
「はっ! お上が何と言おうと俺は軍師なんてやらねぇよ! それに文も出しただろうが。ましてや左大臣であるあんたの言うことなんて更々な!」
「貴様っ! お前の口の悪さは前々から気になっていたがここ数ヶ月でより際立ちよって!」
「あんたの前だからに決まってんだろうが! お上の前でこんな口聞けるか!」
「お前さんの能力を買い、今まではある程度抑えてきたがそろそろ本気で教育せんとな」
口喧嘩が絶えない左大臣と景綱さん。てか左大臣、素が出てるよ? ……本当にこんなんでオロチ退治できるんだろうか。
もうオロチが近い。少し離れているのにここまで伝わってくる威圧感。半端じゃない。
「拓人、痛覚麻痺を掛けとけ。これで傷ついても痛くなくなる。後は俺の使い魔を貸すから指示通りにしろ。ベルにも色々と作戦を言ってある。後半になれば合図するから合わせていけよ」
「わかりました」
「良し、結界張ったら中に飛び込めそこからはお前とベルと俺の使い魔のみだ。これで水による回復はない。心配すんな。何かあったらお前たちを結界の外に出してやる」
「ありがとうございます。……景綱さん、あなたの目から見て勝てる確率はどれくらいですか? まだ少し不安なんです」
「そうさな。数字としては出しにくいが、だからと言って確実に勝てるとも思えねぇ。それに討伐する必要はないんだぜ。お前は魔物使い(テイマー)なんだからやれる事は他にあるだろ?」
倒す必要がない、テイマーとして。その2つの言葉をよく理解できた。けれどテイムは絶対に100パーセント確実に出来るわけじゃない。相手のランクが高いほどテイムは難しい。そうする為には弱らせなければならない。
「出来ますかね……」
「さぁな。そういうのはやるだけやってみたらいいんだよ。本番になったら逃げ場ねぇから我武者羅にな。それとあんまり深く考える必要もない。誰もお前に期待なんかしてねぇからな。実際今まで“何とかしてくれるかもしれない”と数々の冒険者にそう抱いてきたがことごとく失敗してるんだ」
淡々と景綱さんが言う。
確かにそうなのかもしれない。今までだって失敗してきた。今回もそうなるかもしれない。自分は自意識過剰だったんだ。なら一層の事、開き直る。それが1番だ。
「ふぅ……。では行ってきます」
「あぁ、今の顔忘れんなよ」
「はい」
こうしてオロチ戦の幕が開かれる。
「ルミナス<フィールド>!」
結界師たちによる詠唱で、巨大なオロチがすっぽりとさらに余裕をもって立方体の中に閉じ込められた。俺とベル、そして景綱さんの使い魔が一斉に入る。
今回の結界は水を不要と判断される。たとえあの津波を使ったとしても不要とされ、全て結界の外に追い出される。
面と向かい合うとわかる。以前よりも鋭い眼光。8つの首、それに見合う胴体。極太の厳つい足。オロチの警戒心は並々ならぬオーラを発していた。
「またやるか人間。今回はそれなりに策を講じてるようだが、それだけで勝てると思っているのか? そう思うのであれば死ね! 我に仇なす愚人は何人たりとも生かさん!」
8つの首が一斉に息を吸う。柱の如きブレス攻撃。
『八方に打って来るから避けろ! あれを喰らえばしばらくは動けんぞ!』
頭部に乗せている使い魔から景綱さんの声が聞こえてくる。
今回の作戦において景綱さんからこの立方体の結界内での『地点』が定められている。オロチのいる所をA地点、オロチの右がB地点、最も広い中央がC地点、オロチの左がD地点だ。そしてブレス攻撃をしてきた場合、俺はA地点に行くことをあらかじめ指示されている。
オロチの攻撃は四方八方に乱れ撃ち、景綱さんの使い魔が何体かやられた。俺もベルも何とか避けれた。それにしても前よりも威力が上がっている。こんなん喰らえば動けないでは済まない。
『拓人はA地点にいるな? ベル、お前は少し離れた所から拓人を援護しろ。同時に攻撃も忘れるな。まずは弱点を探る!』
「「わかりました」」
と言い、ここで刀を抜く。
「ウィッチクラフト、サンフレイム。行くぞ!」
雷の魔法が刀を覆い、サンフレイムが通常火力を底上げしてる為威力が存分に高い。雷に触れるだけで鱗のないオロチの皮膚をブチブチと斬っていく。ベルも景綱さんの使い魔たちも果敢に攻めている。
終始優勢というわけではない。後方支援の防御魔法すら簡単に破ってくる威力を受けた。あの津波を連想させる水の暴力。たとえ水が結界の外に溢れ出たとしてもこれは中々に肉体的にきつい。それでも景綱さんの声と使い魔の支援、ウィッチクラフトの回復魔法で何とか立ち上がり、再び刀を握る。
「…………」
「景綱! 早く指示を出さんか! 拓人殿達が頑張っていると言うに!」
「んなことわかってらぁ! もう少し見させてくれ。あいつには明確な弱点がある。それさえわかれば……!」
『拓人、ベル。あと5分くれ。いけるか?』
『やってやりますよ。寧ろ5分で解決してくれるなんてさすがです』
今俺はアドレナリンがドバドバなのかもしれない。体は重いし痛覚が麻痺していると言ってもダメージは蓄積されている。けれど何とか動けている。
傷だらけのオロチ見て景綱さんはあることに気がついた。
『お前たち、尻尾の部分を攻撃しろ! 何かがある!』
オロチの尻尾と言われて俺はあることが頭に浮かんだ。本当に伝説通りなら確かに何かがある。
巨大な尻尾部分に差し掛かる。ベルが注意を引きつつ、その間に息切れの体に鞭を打ちながら、尻尾を斬り裂いていく。
尻尾のある地点を斬るとオロチが突然悲鳴をあげた。
『やはりな! 拓人そこだ、思いっきりぶった斬れ!』
「わかりました! ウィッチクラフト、火と雷ついでに風の魔法を!」
刀が轟々と鳴る。今まで出したことのない威力。
「やあああぁぁぁ!」
気合いを込めた一撃は硬い鱗で阻まれながらも精一杯力を込めた。刀に無茶を強いると尻尾はスパッと肉を完全に削ぎ落とした。オロチの悲鳴は今までに無いくらいひどく痛がる声だった。あまりの大きさに耳を塞ぎこむほどだ。
切れた尻尾は身体から離れた為か煙を出して、見る見るうちに肉が蒸発した。最後残ったのはとても綺麗な、あのオロチの体内から出たものとは思えないほどの白銀色の1.5メートルくらいの金属棒。
「確か神話では剣が出てくるはずなんだけど。まさかここが弱点だったなんてな」
ここまで神話に忠実とは思わず少し驚いている。剣とは違うが、それでもそれに相当するものが出てきた。
「タクト、大丈夫!?」
「ベル。大丈夫、少しびっくりしただけ」
「すごいねあのオロチが叫んでる。ここまでくればあとちょっとだよ! 頑張ろう!」
「もちろん、そのつもり」
『お前ら、何余所見してる! 攻撃来るぞ!』
オロチのブレス攻撃。臣下の人たちの防御魔法もあっさり抜かれた。俺は咄嗟に、反射的になぜか刀の持つ方ではなく、オロチの金属棒を前に出して受け止めた。
「あれ?」
尻尾切られた怒りからか、威力はさっきまでとは比べ物にならないくらいつよかった。しかし俺たちは無傷だ。
「まさか、この棒が水吸ったのか?」
「タクト、2発目が!」
オロチを見やると、もうブレス攻撃を放っている。また金属棒で攻撃を受けると、今度ははっきりと見た。棒が水を吸収しているところを。
「ベル、景綱さんの言ってた作戦やろう。もう頃合いだと思う」
「わかってる。じゃあしばらくの間お願い」
『よく分かってるなお前ら。言っとくが一瞬しか機会はない。触れる場所は8つの首が合流してる地点。あそこが一番成功率が高いはずだ』
「「わかりました」」
ここからは各々の戦い。この作戦が全てを決める。
俺の立つ位置はオロチの真正面であるC地点でベルの準備が出来るまで何としても気を引きつけ、耐えないといけない。景綱さんの使い魔も全力で気を引ている。
『拓人、ベルの準備が完了した。作戦開始する。気引き締めろ!』
ベルが別方向からの攻撃。オロチはベルの存在に気づくと定石通り、8つの首がブレス攻撃を仕掛けてくる。ブレス攻撃は一度思いっきり空気を吸う。その瞬間こそ、オロチの隙だ!
「エア・ブレイズ<スフィア>!」
風と火の合体魔法。形状は球体。それを8つの作り、大きく開いたオロチの口目掛けて放つ。魔法は口の中で破裂し、ブレス攻撃を不発にさせる。
『行け! 拓人!』
景綱さんの合図で走り出す。オロチはベルの魔法のせいでしばらくは動けない。その隙を狙い、一気に決着をつける。
「テイム!」
使い魔にするための短い詠唱。オロチの身体は少し光り出したがすぐにキャンセルさせた。その時、静電気を何十倍にもしたような痛みが右手に走る。
「人間……人間……人間……人間! 我は貴様なぞには屈しぬぞぉぉ!」
オロチ最大の威嚇。竦みそうだ。それでもここまで来たんだ、諦めるわけにはいかない。
「ウィッチクラフト、形状変換!」
物質の形状変換。変換させるのはオロチの金属棒。頭の中のイメージをそのまま形に変える闇属性魔法。イメージするのは当然剣。
「属性変換、水から火と雷に! 魔力あるだけ持っていけ!」
金属棒が吸い取った水を全て火と雷に変換。形状は剣、宿る使い魔はサンフレイム。
「やあああぁぁぁ! 喰らえぇぇぇ!」
攻撃は深く、ズブリ根元まで突き刺さる。悲鳴をあげるオロチに間髪入れず最後の一手を繰り出す。
「テイム!」
「クソオオォォ! 人間風情がぁぁぁ!」
オロチはスッといなくなり、俺の右の上腕に紋様を刻み込んだ。
『水神の天災 ヤマタオロチ《水》《闇》S級
→洪水や津波を神霊化させた水害の化身。人々の怠慢と信仰により具現化した。500年の年月をかけ、一線級の神霊になった』