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繁忙の徴兵期  作者: あき
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春 漣結梨1

 東京第4区高等学校の入学式から2ヶ月ほど経った6月の中頃。灰色の雲に覆われて今にも雨が降り出しそうな薄暗い空より暗くて静かな高架下で2人の生徒が対峙していた。同じ高校同じ学年の違うクラス、学校では顔を合わせて話したことのない2人が初対面で会う場所にしては外れだし、間に流れる空気はどうにもきな臭い。電車を降りて人気のない場所へと駅から離れて行った小鳥遊緑が、その後ろを追いかける漣結梨へ振り返ってご対面、という次第。

 この1週間、学校でも校外でも漣結梨に何か自分のことを調べられていると知った緑が、そろそろ邪魔くさいなとしびれを切らして誘い出した。一方の漣結梨も間違いなく小鳥遊緑がストーカーだという結論にたどり着き、チャンスと思い誘いに乗ったというかたちだった。


「さて、観念して洗いざらい吐いてもらいましょうか」

 目の前の学生服姿の男は、まさか脅迫されると思わなかったからなのか、戸惑ったような顔で立っている。

「小鳥遊緑であっているわよね。あなたが同級生の女子につきまとっている訳を聞かせてもらえるかしら。当たり前だけど、その後はもちろん警察行きよ」

 小鳥遊緑は理由が分かっていたからなのか、私の言葉を聞いても特に動揺することは無かった。いや、既に当惑した様子だったから、大きく何かリアクションを見せることはなかったと言うべきか。

「それはつまり俺がストーカーだと」

 確認を取ってくる。白々しい台詞だ。

「わたしはそう言っているつもりよ」




 事の始まりは先月。そろそろ梅雨に入るだろうかという頃、わたしは同級生から相談を受けた。

「最近誰かに見られている気がするって、ストーカーってこと?」

 クラスメイトの島永さんと若葉さんの二人と学校の帰りに寄った喫茶店で、注文した飲み物が届いて一息ついたところ、島永さんが「二人に話したいことがあって」と切り出した話題だった。

 入学してからというもの、たいていの同級生にはどこか遠慮されていたり、遠巻きに避けられている気がしていた。入学時の成績最優秀者という肩書きがどれほどのものかは知らなかった。日本一と謳われる高校のトップだと言われれば確かに聞こえはいいが、わたしが東京に住んでいなければきっとこの高校には入学していない。入試だけでなく中学時代の学外模試の上位常連だったから、とはあとで聞いた話。他に家族の影響もありそうだった。そんな少し扱いに困るわたしにこの二人は臆することなく接してくれて、そんな二人相手にわたしも気兼ねなく話せた。

「それって校外での話なの?」

「ううん、学校とどっちも。学校は中学校からときどき見られることはあったからそんなに気にしてなかったけど、それがずっとで。それと休みの日とか外でも視線があるような感じがして。ひょっとしたら特定の誰かにずっと付けられているかもって思ったの」

 ミルクティーの入ったグラスを両手で包みながら島永さんが詳しく話してくれた。入学後は新入生という立場もあって、さぐりさぐりの様子もあるから特に気にすることもなかった。ただ、ちらちらと視線がいつまでも続いているような気がしたのが始まりらしい。

 友人という立場から贔屓目に言っても島永さんは人目を引く外見をしている。ぱっちりとした目と他のパーツの小ささが女の子らしさをつくっている。高校に入ってから染めたらしい茶色の肩に掛かるほどの髪しかわたしは知らないけど、彼女によく似合っていると思う。あと島永さんは背が低い。わたしも黒い大きな瞳に見上げられる度に彼女に小動物味を感じることがある。異性ならば自分が守ってあげなくては、とか考えるのかもしれない。

「相手の姿を見たり、何かちょっかいらしいことはないのね」

「うん。気のせいくらいで放置していたから、わざわざ周りを確認することもなかったの。先週とか昨日の休みに外での視線に気がついたというか。帰り道でもときどき後ろで妙な物音が聞こえるときもあって」

「それでわたしたちに相談したのね。話の感じからストーカーだと思うけど。若葉さんはどう?」

 隣に座る若葉さんは、目の前のグラスのストローを一周させて氷を鳴らしてから口を開いた。

「生き別れた親兄弟姉妹がいないのなら、わたしも」

「ならやっぱり付けられてたのかなぁ」

 島永さんはそう言って不安そうにうつむく。見えない相手に私生活を見られていたのだ。無理もない。学校の教室で、街のショッピングで、自室でプライベートな時間を過ごしているとき、知らない誰かに見られている。わたしには経験がないが、想像しただけで気味が悪い。

「島永さん、わたしに何かできないかな」

 苦しいだろう彼女の助けになりたくて、わたしは尋ねていた。まだ1ヶ月の仲ではあるけれど、わたしに壁をつくらず話しかけてくれた子だ。力になってあげたい。自然とそう思えた。

「本当に!? ありがとう漣さん」

 ぱっと顔を上げた島永さん。少し明るくなった声にこちらを見つめる黒い瞳を見て、ああ、やっぱり守ってあげなくちゃいけないと思う。彼女はか弱い少女なのだ。

 若葉さんはどうだろう。人が多ければアイデアもでて、出来ることが増えるかもしれない。隣に座る彼女へ目を向けると、残念そうな顔で首を振られた。

「漣さんの気持ちはわかるけど、わたしたちみたいな子供で一般人にできることなんて、それほどないんじゃないかしら」

 若葉さんの言葉はわたしと違って突き放したようだった。いくら付き合いが浅いとは言え、距離をおきすぎではないだろうか。気持ちが顔に出ていたのだろう。ちらりとわたしの顔を見た彼女は2周分氷を鳴らしてわたしの方を向いた。

「わたしたちは犯人を見つけられない。いざというとき力でも負けてしまいかねない。できるなら警察に任せることが賢明だと思うよ。島永さん、警察には?」

「まだ言っていないの。実害がないからきっと動いてくれないだろうって。ひょっとしたら本当にわたしの勘違いかもしれないし…」

 若葉さんの言うことは分かる。警察は事件が起こってから対処してくれるところだ。島永さんが視線を感じているだけだということなら、まだ様子を見るか、気のせいかなんて言われかねない。彼女も事実そうなのか確認できないでいる。ただ、ずっと続く不安定な状態に耐えられなくなったのかもしれない。それが今回の相談につながったんじゃないだろうか。わたしたちに相談してきたのだ。何か気休めでもいいから彼女を安心させたい。理想的な空論を考えず、現実的な案がないか考える。

「なるべく一緒にいるようにするのはどうかな」

「ひとます登下校は一緒にいるようにしましょ」

 ぱっと口に出た案は解決策というには情けないものだった。ただ、若葉さんと被った。否定的だったのにどうして? 彼女を見ると、「文句だけ並べるのは3流でしょ」とのこと。友達としてなのか人としてなのかはわからなかった。

 島永さんはわたしたちの提案を今日一番の笑顔で、喜んで受け入れてくれた。

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